八条学園怪異譚
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第十話 大学の博士その十三
「その幽霊は江戸から大阪まで一瞬で来たと言っていました」
「その足跡を残した幽霊がですか」
「そう言ってたんですね」
「そうなんです。ですから幽霊もまた」
「中から出て来ても」
「その経緯を覚えていないこともあるんですか」
「行き来してその旅路を見ているから覚えています」
これは人間も同じだ。見て聞いたからこそ覚えているのだ。
しかしそれがなければどうなるか。やはり覚えられないのだ。
「そういうものですから」
「妖怪とか幽霊は気付いたらそこにいたり行き来するから」
「だから」
「彼等は出入りしてもそこに急にいてもその経緯は知らんことがあるぞ」
博士がまた言ってきた。
「だからこの中に妖怪が出て来る泉なりがあってもな」
「私達は知らないです」
ろく子は妖怪としての立場から話す。
「知ることができるとすれば」
「それは一体?」
「誰ですか?」
「人じゃ」
博士はこう二人に述べた。
「人だけじゃ。妖怪や幽霊ではなくな」
「つまり。人間の中でもですか」
「人が、なんですね」
二人は既に『人間』とは人間の心を持つ存在がそれだとわかっていた。だから妖怪、幽霊であっても心が人間ならばそれで『人間』おなるのだ。
それがわかっているからこそこう言うのだった。
「だからこの場合は人が、ですか」
「そうしたものを見つけられるんですか」
「わしでもいけるじゃろうな」
博士の言葉は何故か疑問形だった。それが何故かも自分で言う。
「わしは長生きしておるからのう」
「だよね。戦争前からその格好だしね」
「先の戦争からね」
「先の先の戦争の前からの付き合いだれど」
「博士ってあの頃から格好変わらないからね」
妖怪達が博士の周りで笑って言う。彼等の言葉はかなり有力な証拠になるものだった。
「百歳じゃ効かないから」
「明治時代から健在だしね」
「多分百二十歳?」
「百三十歳じゃないかな」
「ほほほ、長生きはするものじゃ」
博士自身も笑って言う。
「婆さんともダイアモンド婚からいよいよ百年じゃ」
「六十年でダイアモンド婚よね」
「確かね」
二人はここでまた二人で話した。
今の二人の顔はかなりいぶかしむものになっている。その顔で博士の結婚の年数について話すのだった。
「それで百年って」
「百年も夫婦?」
「それってギネスブックに載るんじゃ」
「普通以上に有り得ないわよね」
「というか博士って一体」
「どういう人なのかしら」
先程の『人』で見つけられるものもかも知れない、と疑問形で言ったことも心に残っていた。このことも疑問だったのだ。
「仙人かしら」
「何か色々御存知みたいだしね」
「だから百年以上生きているとか」
「そんな人かしら」
「まあ仙術の薬も飲んでおるがな」
博士からもこんな言葉が出る。
「健康には気をつけて華陀の医学も毎日しておるぞ」
「華陀って確か」
「三国志に出て来る名医よ」
中国の歴史上でも屈指の名医と言われている。東洋医学の確立者の一人でもあり伝説では麻酔まで使っていたという。
聖花はその名医のこのことも愛実に話した。
「何かあの人も百二十歳位まで生きてたらしいし」
「それで曹操に殺されたのよね」
「殺されてないともっと生きたかも知れないわね」
「そうした人なのね」
愛実はまた首を捻ることになった。話が常識では計りきれない域に達したと思ったからだ。
そして博士は華陀の話を出してからさらに言う。
「まあ言うなら丹薬じゃな」
「仙人が飲んでいたお薬です」
ろく子が絶妙のタイミングで注釈を入れる。
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