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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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ALO編
  閑話 歪な狂気

 須郷伸之と言う男は一言で言うと、利己的一直線な男だと言える。
 常に他人より上に立つ事を目指し、自身より下に見る人間をこき落とす事が何よりの快楽。周囲の人間達は自分がのし上がるための駒だと意識せずに思えるほどのある意味では天性の自己中心主義者だ。
有る意味では目的のためならば手段を選ばないと言う才能の表れでもあると言えるが、どんなものでも一直線過ぎると他人から見ればそれは良い事とは言えないし、増してそれが利己心なのだから彼を良く思わない人間が多い事も仕方がないと言う物だろう。

 しかして、そんな彼が初めからそんな性格であったかと言うと、無論違う。人の人格はその人物に対する教育や境遇等によって決定されるが、彼の場合はそれが親から始まっていた。

 彼、須郷伸之の両親は、一人っ子だった彼をとにかく甘やかしながら育てた。しかして彼の父親はそこまで他人の上に立っていた訳ではない。寧ろ逆。上司に媚びへつらい、表向きは頭を下げつつも、家に帰ってくると何時もその事を愚痴っていた。
母親もまた、表向きは世間体を気にして良い顔をしていたが、家ではやれ隣の家の女がどうだの町内会のあいつがどうだのと、徹底的な愚痴を言っていた。

 それらは、何処の家庭でも見らる光景の筈だ。人は何か不満を持ったときに、どうしてもそれを吐き出したくなる。唯なまじ彼が不幸だったのは(彼が今の自分を不幸だと思っているなら、の話だが)親がその愚痴を言う対象が誰でもない。自分達の子供だった事だ。

 無論、子供にそんな事を言った所でそれがどういう事かなど理解出来るはずもはない。しかし彼らにとって、何も言わずに自分の愚痴を「うんうん」と聞いてくれる我が子は、格好の愚痴の吐き出し場所だったのだ。
 それはそうだ。なぜなら人は勝手な生き物で、自分の愚痴や悪態は吐き出したがる癖に、他人のそれを聴くとまるでそんな物自分でどうにか城と言うかのように、直ぐに辟易とする生物なのだから。(いや、まぁそもそも生物の中で愚痴を吐く生き物など人だけだが)

 しかし、彼らの子は違った。一方的に吐き出される愚痴を、ずっと聞き続けてくれた。最悪だったのは、彼らの子供に聞き上手な才能が有った事だ。
絶好のタイミングで、「うん」のひと言を差し込む。唯それだけのことだが、非常に効果のある事が、その子供には出来てしまった。
 その結果、その子供には親の悪態と怒り、悔しさや憎悪が幼少から凄まじい勢いで蓄積していった。

 ちなみに誤解の無いように言っておくが、この時点で彼らの親は正常ではない。唯一この点においては、彼の親は狂人だったと言っていいだろう。

 そしてその教育の成果は、彼が小学三年性になった時、始めてその頭角を表した。

 彼は、元来頭が悪くなかった。理由は簡単。先生に睨まれないようにするためだ。
オトナの事情とやらをずっと聞かされていた彼には、力有る者にとって気に入らない事をするのは得策ではないと、なんとなく理解していた。
 無論、小学校の先生の前で悪い点を取ったところでさしたる実害など有るわけもないが、とりあえずそのなんとなくに従って有る程度努力した。まぁ、だから当然、悪さもせず常に先生に怒られるような事はしなかった。

 そんな時、クラスのとある悪ガキの少年が、彼に何事だったかのイチャモンを付け、取り巻きと共に彼に攻撃を仕掛けた。彼はその少年が遊びに彼を誘っても、先生を怒らせたくないためにことごとく断っていた。少年は曰く、彼のそう言った「良い子ぶった」態度が気に入らなかったらしい。

 当然、彼は先生にその事を言いつけた。当たり前のように、その少年は先生に叱られたが、今度は「お前のせいで先生に怒られた」と言う意味不明な理由で彼にまた攻撃を仕掛けた。彼は理不尽だと主張したかったが、それを言ったらもっと殴られた。

 何度かそれを繰り返すうち、ついにその少年は、先生を本気で怒らせた。その次の日。彼は学校の帰り道で、怒鳴られた事によって逆に憎しみを募らせた少年達に無理矢理二メートルの塀から突き落とされた。手首が折れた。
 しかも少年はあろうことか、そんな事をしておいて彼に「今度先生に言ったらもっとひどい事をする」と言った。

 彼は、先生には言わなかった。その代わりその悔しさと怒りと恐怖と憎悪のすべてを、彼の親に言ったのと全く同じ口調で──親に言った。

 親の対応は迅速だった。例えどんな親であったとしても、彼の親は彼らなりに、息子を愛していたのだ。
直ぐに学校及びその少年の親に連絡し、しかるべき手段を持ってその少年の親から金銭的な責任を取らせ、学校には全力の抗議を向けた。
果たして小学三年生であった相手の少年達が、その事で一体どのような処置を受けたのかは分からない。しかし数日後学校の一室でその少年達が、それぞれの親のどなり声に怯えながら泣きながら自分に謝り、それ以降やっかみと同時に恐怖の視線を向けて来る事で、彼らの攻撃と、彼の復讐の連鎖は終わった。

──快感だった──

 自分にあれほどまでに偉そうな態度を取り、あれほどまでにクラス内で厚顔不遜に振舞っていた連中が、自分を恐れていると思うと、それだけで圧倒的な快感と、歓喜が彼を包んだ。
そもそも自分は、彼らのような馬鹿よりも明らかに上の立場にいるはずだった。彼らが自分に攻撃を仕掛けること自体が、明らかに摂理に反する事だったのだと、子供午後ろながらに深く思った。

 そこから彼は中学、高校と歩を進める中で、彼は上の者には猫を被り、下の者はとにかく見下すようになった。自分がより上に立ち、より上に立っていた者を見下すために。あるいは、自分の利益を得るために、彼はその人より少しだけ成熟した脳を、そして人よりも歪んだ人格をフル稼働させた。自分の周囲の無能は上の立場にある自分を敬い、自分に平伏すべきだと、彼は信じて疑わなかった。

 しかし、そんな彼の前に、どうしても超える事の出来ない壁が立ちはだかる。

 名を、茅場明彦。

 茅場は、彼自身認めたくはなかったが、天才だった。
 自分に出来ないどんな事も、茅場には出来た。いつもいつも、自分よりも茅場は上にいた。
同じ場所にいるだけで、彼の周囲の目は全て茅場一人に向き、自分はその横の付け合わせのように見られた。しかも周囲の馬鹿達は、茅場の横にいると言うだけで、彼の事すらまるで下位の人間であるかのように見た。彼よりも下にいるはずの馬鹿達が、茅場のせいで彼を見下したのだ。

 自分よりも下にいる人間から見下され、しかも自分の欲しいものは、栄光も、名誉も、名声も、好意を持った(ひと)ですら、全て茅場の方へと流れて行った。
 彼のこれまでの人生の中で、茅場と共にいた数年間は最も屈辱と怒りに満ちたものだったと言っていいだろう。

 しかし茅場は、彼の前から……更に言うならば世間から消えた。世紀の天才として。そして……史上最悪の犯罪者の一人として。
そしてそれと同時に、彼のそれまでの負の感情を抑えていた者は、完全に消え去り、それらは暴走した。
 想定される限り、最悪の方法の一つを持って。

────

 今、彼は自身の務める企業の出張に出かけ、その道中の送迎車の中にいる。

「ん……?」
 そんな彼の端末に、一件のメールが届いた。
開くとそれは、彼が秘密裏に進めている実験の進行状況報告だった。

「へぇ……」
 報告には、幾つかの被検体の実験状況と許可申請が来ていた。その中の一つが、彼の目に留まる。

「おやぁ?これはこれは……」
 被検体番号152番の実験進行状況だった。彼女は有る一定の信号に対してとても興味深い反応を示し、時折彼を楽しませてくれる。
流し込んでいるのはFear《恐怖》や、Pain《痛み》。おそらくだが、先天的にそう言った者に精神面で弱人間なのだろうと、彼は予想していた。

「ま、可哀そうだけど。もう少し続けようかねぇ……」
 しかしそれが分かっているからと言って、彼がそれをやめるよう指示することなど無い。
 傷が有ればえぐる。彼にとっては当然の思考だった。

 ちなみに、最近彼が152番に注目しているのは、それだけが理由ではない。

 SAOを外から監視していたレクトを含む幾つかの組織体と国は、あのゲームの内部情報を、ほんの少しならば入手する事に成功していた。
すなわち、プレイヤーの名前とレベル。そして、現在位置。

 彼は週に何度か、興味本位でそれを見ていた事が有る。と言うより、自分の役に立ってくれるはずのとある小鳥が、ちゃんと生きているかを自分の目で確認していただけだが。
そんな中、あのゲームがクリアされる前の十数日間。彼の監視する小鳥の基本位置が、変化した事が有った。
 それまで50層以上の上層階にいたそれが、突然、22層を中心に、低層階に位置取り始めたのである。その小鳥の周囲に、何時も存在した幾つかの別のプレイヤーID……おそらくは友人か何かだと思われるそれは、三つ。二つは、この前いまだ眠り続ける小鳥の部屋を訪ねてきた勇者気取りの子供《ガキ》二人。そしてもう一人は……SachiというHNを持つ女性プレイヤー。

 そしてそのプレイヤーIDは……

「クッ、クッ……クク……」
 被検体152番と……

「アハハハハハハハ……!」
 次にあの囚われの小鳥と会った時は、この話をしてやろうと、彼は考えていた。
一体あの優しいオヒメサマはどんな顔をするのだろう。絶望するだろうか?泣き崩れるだろうか?あるいは怒り狂うだろうか?もしそうなれば、その時点で実力を行使してやるのも良い。既に勇者気取りの話をして、あれの精神はボロボロの筈だ。

 そうして、彼はやがて、その思考をある域にまで至らせる。

──いや、いっその事あれの目の前で152番の精神を……──

「ヒ、ヒヒ……ハハハハハハハハハハハ……!!」
 雨の中を走る車内で、耳障りな笑い声が、運転手の耳へと響いていた。 
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