SAO─戦士達の物語
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SAO編
五十八話 終の鐘
リンゴ―ン……リンゴ―ン……
鐘が鳴る。
二年前のあの日、全てのプレイヤーに現実との離脱と始まりを告げた鐘が、再び……帰還と終焉を伝えるために鳴り響く。
『アインクラッド標準時 十一月 七日 十四時 五十五分 ゲームは クリアされました』
無機質に告げたシステムの音声が、ただ事実だけを淡々と述べて行く。
あらゆるNPCはその姿を消し、モンスターも消え去った世界の中で、人々はそれぞれの場所に立ちその放送に耳を傾けるが突然の事に理解が付いて行かず、一瞬浮遊城の全ての人々の動きが止まる。しかし……その次の言葉を聞いた瞬間……
『プレイヤーの皆様は 順次 ゲームから ログアウトされます その場で お待ちください。 繰り返します プレイヤーの皆様は 順次 ゲームから ログアウトされます』
凍った空気の中にあった絶句は、地を……頭上を塞ぐ鉄の蓋を……天をも揺るがす大歓声へと変わった。
あらゆる人々が喜びをあらわにし、街で、村で、フィールド、ダンション、ありとあらゆる場所で歓声を上げたおかげで、浮遊城アインクラッドその物がその鋼鉄の巨体を細かく揺らす。諸手を上げる者。転げまわる物。抱き合う者。
ある鍛冶屋の少女は自身の店の前で片思いの相手への愛を叫ぶ。
また中層域のある少女は長い月日を共に過ごした相棒の竜に抱きつき、同時に別れを惜しみ、再会を誓う。
下層に居たある女は子供達に囲まれながら泣き笑いして、その姿をからかわれて怒りつつも又笑う。
湖の前に居たある男は釣り糸を垂らした姿のまま、暖かく、満足気に笑う。
新たなギルドについて話し合っていたある男は自身の副官の女と共に驚きつつ喜びながら抱き合う。
またある者は……深い闇の中でひっそりと、静かに、残虐な笑みを浮かべる。
そして、とある少女は……
「りょう……?」
この喜ぶべき状況にあって、不安に顔を歪ませていた。
何故だろう。放送の意味は理解できるし、ようやく帰れるのだと言う安堵感も喜びもあるのに……
『大丈夫だよね……りょう……全部、終わったんだよね……?』
どうしようもなく不安な気持ち胸中を満たす中、彼女は胸の前できつく手を結んだ。
────
「ん……?あ?」
眩しい。
閉じた瞼の中に、望んでも居ないのに強いオレンジ色の光が差し込んで来るのを感じて、リョウは目を開く。目を開けると、そこには燃え上がる様な橙色染まった空が有り、周囲をその空と雲が満たしていた。
「あの世……ってわけでもなさそうだな、こりゃ」
試しに指を振ると、ちゃんとウィンドウが出た。ただし、そこには無機質な文字で最終フェイズだの25パーセントだのが書いてあるだけで、何時ものステータスウィンドウでは無かったが。
そうして、ふと下を見た時だった。
「おっ……とぉ……」
遥か下に、鋼鉄の城があった。
全百層、一層一層の間が100mで有る事を考えると、全高約十キロにも及ぶ巨大な……空に浮かぶ世界。
浮遊城 アインクラッド
「上から拝める日が来っとはな……」
苦笑しながらリョウは一人ごちる。SAOの資料で見た事はあっても、まさか自分が居た世界を外から見る等思いもしなかった。現実でいえば地球を眺める様な物だ。
圧倒的で、荘厳な城。しかし今その浮遊城は、ゆっくりと、下層からバラバラになって崩れていた。
層の一つ一つがはがれおち、遥か下の海に向かって落下して行く。
「削除中……ってとこか?」
「そうだ。どうだね、こうして見ると中々……」
「ま、確かに。滅多に見れねぇ絶景ではあるな」
隣にいつの間にか白衣を着た現実の姿の茅場晶彦が表れ、リョウの問いに答える間にも、浮遊城はまた一つ層を落とす。なかなかどうして、この世界で見た人やモンスターよりも、遥かに現実味のある“死”だと思えた。
「……で?こりゃクリア後の特典映像か何かか?」
「ははは……なに、製作者のコメントとでも思ってくれればいい」
「成程。リアルの俺なら速攻で飛ばすな」
「スキップのボタンが無くてすまないね」
皮肉の応酬の様になっているが、言いつつもリョウと茅場は笑顔だった。互いに何処か通じ合う所のある二人である。もし現実に置いて歳が近かったなら、良い友人になれていたかもしれない。
「何人残った?」
「6203人だ」
「そうか」
不意にリョウが問うた、生き残った人数。否、消えて行った命の数3797人。
その無機質な四ケタの数字の中に、シルバーフラグスや月夜の黒猫団のメンバー。中層で死んでいった者達。誇り高く闘いながら死んでいった者達。……自分が殺した者達の命が含まれている。
「さて、リョウコウ君。どうだったかね私が全てを賭けた世界は」
「すげぇ悪趣味。っとに最悪で最低だったよ」
遠慮することなく、リョウはきっぱりと言い切った。
初めから全てのプレイヤーを絶望の淵に陥れ、人の欲望や狂気、悪意を引き出してしまうゲームシステム。これを悪趣味と言わずして何と言おう。
常に死の恐怖におびえながら生きねばならず、これまで少なくとも生死に関してはぬるま湯で生きて来た人間達をいきなり焦熱地獄に落とすようなやり方。最悪だし、最低だろう。
その答えを聞いて、茅場は特に怒る事も無く、唯薄く笑った。それと言うのも……
「ふ……散々だな」
「あぁ、最低だ。けどまぁ……」
そう言っているリョウ自身の顔が、楽しげな笑顔を見せて居たからである。
「最高に面白かった」
リョウコウは、少なくとも彼個人としては茅場晶彦を怨んでは居ない。
確かに、此奴の娯楽で命がけのゲームに付き合わされた事は未だに納得して居ないし、大事な物を無くした事はあった。気付きたくない事にも気付いてしまったりして、正直言えば、辛い時期も無かった訳ではない。
だがそれを考えても、この世界で得た出会いや繋がりは、自分にとっては言葉で言い表す事など出来ないほど大事な物だし、それはこの世界に来なければ決して得るはずのなかった繋がりなのだ。故に、その繋がりを作るきっかけとなった茅場を、リョウコウ個人は怨んで居ない。
しかし……
「つーわけで……」
それはあくまでリョウコウ“個人”の話……
「一発殴らせろや、茅場」
初めに誓った事と個人の感情は話が別だ。
「……何故かな?」
「何故とか質問できる立場か。ほら歯ァ……喰いしばれぇ!!」
それ以上茅場が発言するより前に、鈍い打撃音が天空に響いた。
────
「ふぅ……」
あの後、茅場は結局吹っ飛んでから苦笑して消えた。捨て台詞も残さなかった辺りはまぁ、評価してやっても良いだろう。
「おっ、と……そろそろか」
眼下のアインクラッドはもう殆ど崩れ去り、結局訪れる事が出来なかった七十六層以降も殆どが消えて居る。
残っているのは頂上。茅場が紅玉宮と呼んだ城。それが……ゆっくりと、崩れた。
「さてと……行くか」
何処に行くかなど知りはしないが、口から自然とそんな言葉が出た。
ラスボスである茅場と同時に死亡……相討ちになった俺がリアルに戻れるかどうかは、正直分からない。唯これまでのゲーム感覚で言わせてもらうなら、ラスボスと何らかの要因で相討ちになった場合は大体がゲームオーバーだった。だから、妙な期待はしない方が良いだろう。
と……右腕に、再び鉄の感触がして、袖をまくる。
そこにある純白の腕輪が、今は先程の斬撃を受け止めた事でくっきりとその跡が残したまま光っている。
あの時最後の一瞬だけ、諦めと共に……安堵が浮かんだ。
現実に戻れば、自分は誰かに責められ、糾弾されるかもしれない。そんな不安は、何時でも自分の中にあった。自分ではそこまで恐れて居ないつもりでも、実際は何処かでそうなる事ほんの少し恐れて居たのだ。だから、それから逃げられると、何処かで小さくそう思った時、安堵した自分が居た。
お守りと言われて渡された腕輪が、自分を縛る枷に感じたのはそのためだ。
そこに生きる道を示された事で、敗北による死に逃げる道はその時点では塞がれてしまった。
償うまで逃がしてはくれぬ、自分への手枷のように思えたのだ。
「けど死んじまって……こりゃ腕輪に面目たたねぇな」
いずれにせよ、命を救ってくれた事は事実。最後に腕輪に感謝の気持ちを込めつつ、ひょっとしたら、また腕輪が手錠効果で自分を生かしてリアルに返すのでは無いか等と都合の良い想像する。
「……なんてな」
──むー……──
最後に耳に聴こえた声に驚く暇も無く、意識が光に呑まれた
Act 1 Ninth story《剣の世界》 完
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