| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

SAO編
  五十四話 釣りは待つが肝

「んじゃまぁ、やりますかぁ?」
 巨大な湖の前で、リョウは一人、そんな言葉を呟く。
周囲には大勢のギャラリーとキリト達三人の姿があり、大きな声で声援を送って来る。

「兄貴!頑張れよー!」
「リョウ!しっかりねー!」
「お魚に引き込まれちゃだめだよー!?」
「へいへいっと…………」
 こうなったのは、昨日出会った、一人の初老の釣り師が発端だ。


 ニシダと名乗った五十代くらいのその釣り師の男性とは、リョウとキリトが晩のおかずの足しにと釣れぬ竿を振っていた時にたまたま話したのがきっかけで、夕飯に釣った魚(生産担当・ニシダさん)をこの世界には殆ど無い醤油(アスナ作)と、味噌(サチ作)を使って。魚のフルコースを振るまい(消費担当・リョウ&キリト)非常に仲良くなった。

 さて、会話もそこそこに食事をしていた時、不意に、ニシダの口から少々面白そうな話題が飛び出した。

 曰く、第二十二層の巨大湖には「主」が居る。

 何でも、コラルの村に一本だけ、非常に値段の高いつりざおが有り、それを、この階層で唯一難易度の高い巨大湖で使うと、そこでのみ、その竿がヒットしたのだと言う。
竿は取られてしまったものの、一瞬だけ見たその大きさは大きいなどと言うものでは無く、正にモンスターだったのだとか。

「おもしろそうっすねぇ……」
「でしょう?そこでものは相談なのですが……」
 ニシダの細い黒メガネがきらりと光る。

「お二方、筋力値の方に自信は……?」
「あー、えぇまぁそれなりには」
「約一名、絶対的に自信のある人が居ます」
「ほほう!」
 リョウの方ははぐらかそうとしたものの、キリトがそれを許さず、もろに指を差してそう言い放つ。ニシダの顔が一段と輝いた。

「なら、一緒にやりませんか!合わせる所までは私がやります。そこから先を、お願いしたい」
「あー、釣り竿版の《スイッチ》ってわけですか……」
「面白そう!」
「だな、兄貴やろうぜ?」
「楽しそうだね……やってみたら?リョウ」
 アスナが少々興奮したように、キリトがニヤッと笑って、サチは微笑みながらそんな事を言う。
何故だろうか?三人の後ろに「ワクワク!ドキドキ!」と言う文字が見えた気がする……

『まぁ、俺も興味有るし……』
「んじゃ、やっちゃいますか?」
 ニヤリと笑ったリョウに、ニシダは「そうこなくては!」と言うと、実に愉快そうにわ、は、は、と笑った。

 そして、時は現在に戻る。

 リョウの前に立つニシダは長大な竿を持ち、それを構えて此方を向き不敵な笑みを浮かべる。
餌は、体調40センチはあろうかと言う巨大なトカゲだ。

「用意はよろしいですかな?」
「うっす!いつでもどうぞ?」
「ではっ!」
 そう言うと、ニシダは勢いよく竿を構え、ぶんっ!と言う景気の良い音と共に水面に向かってトカゲを放り投げた。
ぼちゃんっ。と言う釣りにはあるまじき盛大な音と共に餌が着水し、その時を待つ。

 基本的に、SAOにおける釣りと言うのはあくまでミニゲームの様な物なので、他のRPGと同じく餌を入れてから魚が釣れる釣れないの結果が出るまでそれほど長い時間はかからない。
十五秒もすれば、餌が取られるか魚が掛るか二つに一つの結果が出る。
今回もまた、それはすぐにやってきた。

 巨大な竿の先端が、ピクリっと震える。

「来ましたね」
「来ましたな」
 リョウとニシダが同時に言う。
ニシダはそのまま竿の先端を見つめたままじっと動かず、キリトや女子二名はそわそわし始めているが、リョウや周囲に集まったギャラリーの釣り人たちは焦る様子も無くじっと時を待つ。

 ちなみに、釣り人たちはそれが当然であるからであり、リョウは単純にこういうのはプロに任せた方がいいと思っているからだ。
と、時間にして数秒。人きは大きく竿の先端が水面へとしなった瞬間、ニシダがその短躯を一気に仰け反らせ、それを思いっきり引いた。
途端、竿の先に有った糸が、ビィンッ!と張り詰めた音を響かせる。

「掛りました!後はお任せしますよ!」
 言うが早いがニシダはリョウに竿を手渡し、さっとその斜め後ろに付く。
試しにリョウが渡された竿を軽く引くと、まるで水面下の地面に針が引っ掛かってしまったのではないかと思うほどにビクともしなかった。
と、次の瞬間……

「おっ?と……」
 猛烈な勢いで竿が水底に向かって引き込まれ、不意打ちを受けたリョウは竿を持っていた右腕に少々強めに力を掛ける。

『なーるほど。こりゃ確かに……』
 並みの筋力値で支えられるような重さではないだろう。
そう思っている間にも、竿の先に居るであろう湖の主は、自分を捕えんとする魔の手から逃れようとするかのように右へ左へと大暴れする。
が……

「まぁ、しかしこのくらいなら……」
 余裕だな。と心の中でぼやきつつ、徐々に魚の力を支えている右腕の力を増加させていく。
リョウの馬鹿げた力に魚の力が負け、引かれ始めた所で……

「片手……いっっぽん釣りいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
 筋力値を最大。
片手一本で竿を思い切り引き上げ……

「へ?」
「は?」
「おや?」
 “体高二m半を超える”爬虫類型の巨大魚を、自分の頭の上を乗り越えて後ろの地面へと叩きつけた。

「「「「「「「「「デッカァ!?」」」」」」」」」
 ギャラリーと、キリト達四人の声が完全にリンクした。

────

 さて、現在の状況を説明しよう。
どうにもリョウはとんでもない魚を引き上げてしまったらしい。──以上

「って狙い俺かよ!?」
 どうやら一本釣りされた事がお気に召さなかったらしい。
地上に上がった超巨大魚は、ズシン、ズシンと音を立てながら明らかにリョウに向かって突進してくる。肺魚なのか何なのか知らないが、結構早い。
良く見ると頭の上にはHPゲージが表示されている。つまり、モンスターだ。

「あっ!?お前等!待てコラ!!」
 それを確認した途端に、脱兎のごとくリョウから離れだした周囲の人間達に向かって、リョウが怒鳴る。
唯一逃げないのはサチだけだ。というか……

「で、お前は何してる訳?」
「あはは……腰、抜けちゃって……」
 苦笑しながら言うサチだが、その顔は冷や汗がだらだらだ。
無理も無い。普段からモンスターへの恐怖でこの層以外のフィールドに出る事も出来ない女である。
今は展開がギャグだから平気そうだが、モンスターと言うだけで腰が抜けた辺りトラウマは健在だ。

『つーか……これじゃ逃げらんねー……』
 まさかサチを置いて行くことなど出来ないし、かといって担いで走るにも自分は鈍足だ。
跳ぶのは……自分は良いがサチが眼を回しかねない。

「しゃーねぇ……ったく、せめて動ける状態ならなぁ……」
「ごめん……行くの?武器は?」
「要らん。素手でやる」
 ぽきぽきと指と首の骨を鳴らしながら言ったリョウに、サチはさして心配そうにもせずに微笑む。

「気を付けて」
「おう」
 キリトにサチの救出を頼もうかとも思ったが、恐らくは倒せるだろうし、既にアスナが慌てて此方に戻ってきているのに気が付いていたのでやめた。

「ふっ、とぉ!」
 跳躍。
五メートル程度だった魚との距離を、その一階で一気に詰める。そして……

「そぉら……よっと!」
 空中で左に身体を捻り、ライトグリーンのエフェクト光と共に、両足を左右に広げて回転しながら振り回した。
回転した足が多段ヒットを繰り返して、巨大魚のHPを削る。そこへ……

「勢ィ!」
 最後の思い切り振りきられた右足が、その身体を蹴り飛ばした。

足技 7連続攻撃技 飛脚《ひきゃく》蓮蹴《れんげ》

「ん。行けるな」
 5メートル程吹き飛んで行く巨体を眺めながらリョウはのんびり呟いた。

 キリトから聞いた話だが、攻略組のサポートをしていると言うダンジョン行商人で、筋力値無しの敏捷―極型ビルドで、超高速で動き回りながら“体術だけ”で戦うと言う、クソ度胸の持ち主もこの世界には居るらしい。ならば……

『流石にこれから先も全部体術ってのは無理だが……』
 一気に接近しつつ再び足に力を込める。
横倒しの魚の前で立ち止まり、身体を右に捻って……

『こんだけ的がでかきゃ、俺でもやれる!』
 身体を一回転。後ろ蹴り気味に右足を突き出す!

足技 重単発技 車蹴り

 吹き飛ばされ、更に巨魚の身体が湖から遠ざかる。
彼方も正直かなりの鈍足だし、横倒しにしてしまえば直ぐには起きて来ない。巨魚の残りHPは既に三割。足技だけでも充分に倒せる相手だ。

 しかし相手も唯やられているばかりで居るつもりは無いらしい。
車蹴りで吹き飛ばされた身体が、シーラカンスの様な足を地面にこすらせ、土煙を上げながら急停止らする。そうして息を吸い込むように大きく身体を仰け反らせると……

「おぉ!?」
 口から大きな水の弾を吐き出して来た。
それだけでも直径一メートルは有り、楕円形になって此方に真っ直ぐ飛んでくる。

「にゃろ……うわっぷ!?」
 防御しようと両手で顔をかばい……ものの見事に顔面にクリーンヒットする。が……

「きったねぇな……」
 たいしたダメージは無い。
HPも一割も減らないらしかった。

「んじゃ、お返しだ!」
 立ち直り、一気に低空跳躍で接近。巨魚の真下に潜りこむと……

「ふっ飛べ!」
 真上に蹴りあげ、何とか立ち上がった魚の顎(?)を蹴りあげる。

足技 重単発技 柱脚《ちゅうきゃく》

 頭の部分を強烈な力で跳ね上げられた巨魚は、
そのまま空中で一回転。腹を上にしてひっくり返ると、そのまま再び横倒しになった。HPは残り一割
即座に地を蹴って空中へと身体を跳ね上げ……

「ラストォ!」
 空中で縦に一回転しつつ振り上げた足の踵を魚の鰓。
人間で言うなら首にでも当るであろう位置めがけて振り下ろした。

足技 重単発技 飛脚《ひきゃく》斬首《ざんしゅ》

 通常のモンスターで有れば首が砕け散っていたであろう空中からの踵落としが魚の表面にめり込んだ瞬間、巨魚の身体は粉々の光の粒となって砕け散った。

────

「いやぁ……楽しかったな」
「まぁ……良い運動にはなったか」
「それで済ませる辺りリョウってタフだよね」
「あははは……昔から元気だけが取り柄だったもんね、リョウ」
「おいこら待てどういう意味だサチてめぇコラ」
「いや事実だろ」
「よーしお前等そこになおれ」
 その日の帰り。
既に日も沈みかけ、夕陽の赤い光が差し込む中リョウ達は歩いていた。
あの後ニシダ達と釣りにいそしむ事になり、男性陣は今までの分を取り戻すかのように大量だった。これからアスナ達の家で、その魚をフルコースにして食事会だ。

「アスナ、俺、刺身頼むな」
「はいはい」
 キリトがアスナに腹を押さえながら首を向け、アスナがそれに笑顔で返す。

「サチ、俺は──」
「味噌煮?「……正解」ふふふ……」
 クスクスと笑うサチに、アスナが感心したように声をかける。

「凄いね……サチ、リョウが何言うか知ってたみたいだった……」
「あははは……ずっとご飯作ってると、自然に分かるようになっちゃって。アスナもすぐ出来るようになるよ?キリトは分かりやすいから」
「あ、それはそうかも」
 楽しそうにクスクス笑う女子二人を尻目に、男子二人は口を尖らせる。

「分かり易くて悪かったな……」
「あれって、遠回しに俺も馬鹿にされてんよな……」
「「……ハァ」」
 溜息をつきつつ、キリトは少し、真剣な顔になると、二人に聞こえぬように小さな声でリョウに声をかける。

「そろそろ……ボスが出る時期だよな」
「あぁ。七十五層……当然、つええのが来んだろ」
「…………」
 黙り込んだキリトに、リョウは続ける。

「俺はレベル調整が物の目的だから、多分呼ばれっけど、つられて一緒に来る必要はねぇからな。お前は自分とアスナの事だけ考えりゃいい」
「……あぁ」
 後半は、少しばかり優しい調子だった。
自分を安心させてくれようとしているのが、キリト自身にも分かった。

『けど……俺は……』
 どうすべきなのか、リョウに聞けば、恐らく自分で決める事だと言われるだろう。
そして自分がその質問を最も向けるべきなのは、アスナと、自分自身だ。

 アスナの安全と、自分が前線へ出ないことへの後ろめたさ。
二つの感情が、キリトにいずれ来る決断の時を示していた。


そしてその時は、予想するよりもはるかに早く、やって来た。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧