SAO─戦士達の物語
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SAO編
五十三話 許されぬ幸せ、押し通す思い。
小さな少女と、一組の男女が子供を中心に抱き合っている。
その光景に最も適当な名をつけるとすれば間違い無くそれは『親子』あるいは『家族』だろう。『兄妹』や『姉妹』もまた間違ってはいないだろうが、それらを候補にしても、この三人には『親子』と言う言葉がぴったりだった。
だが……
「ユイは、俺達の子供だ……家に帰ろう……一緒にくらそう……いつまでも」
キリトのこの言葉に、ユイは首を、“横”に振る。
「もう……遅いんです」
この世界の神は、その幸せを許そうとはしなかった。
「ちっ……」
ユイの言葉を聞いた瞬間、舌打ちしてリョウは行動していた。
部屋の中心にあった黒い石机のようなオブジェクトに向かう中で、リョウは自分自身を叱責する。
本来ならば直ぐに気付くべきだったのだ。
何故ユイが急に記憶を取り戻し、MHCPとしての能力を行使出来るようになったのか。
明らかにバランスブレイカーなあのボスモンスターや其処にあった要素を考えれば解った筈なのに、それに気付く事が出来なかったのは自分のミスだ。
『んなもんバグ修正がかかったからに決まってんだろうが……!』
カーディナルの特長の一つ。二つのコアプログラムによる相互バグ修正機能。
恐らく、ユイはその機能から干渉を受けた事でバグを起こしていた部分が修正され、現在の人格と記憶を取り戻したのだろう。
しかしだとするなら、 此処に来るまでユイに何も変化が無かった事を見るに、そうなる為の何らかの“きっかけ”が有ったと見るのが妥当だ。
このSAOの世界は、良くも悪くも全てカーディナルの管理下だ。しかしそれでも、直接的にシステム側から干渉を受けるきっかけとなると限られてくる。この場合で言うならば……
『アクセスコンソール……!』
特定の権限をもつプログラムがシステムにアクセス出来る場所。そしてこの部屋にあるそれらしき物は……
『ビンゴ……!』
黒い机に触れた瞬間、その表面上に青白い線が走り、ホログラムで出来たような色の薄いディスプレイとキーボードが空中に出現した。
リョウは素早くディスプレイ上に視線を走らせ、それが自分の望む条件を満たしている事を確認するや否や、恐ろしいスピードでキーボードを叩き始めた。
「あ、兄貴!?」
「リョウ、何してるの!?」
「見りゃわかんだろうが。おいユイ坊!」
「は、はい!」
「手が離せん。其処の物分かり悪ぃ奴等に説明!」
いきなりで驚いたのだろうか?身体を硬直させて答えたユイにディスプレイからは目を離さずにリョウは今の状況を説明するように告げる。
対し、ユイは若干動揺した様子を見せたものの、元々そのつもりだったのだろう。自分に起こっていることを、多少かいつまみながらも詳しく説明していく。
すなわち、自分が元に戻ったのは今リョウが操作しているGM緊急アクセス用コンソールに触れ、カーディナルのエラー訂正プログラムが働いたからである事。
先程のボスモンスターはプレイヤーがこの場所に接近出来ないよう、防衛の為に設置されたものであろう事。それを消し去った焔剣はユイのGM権限を使って呼び出した物だった事。
そしてこれらの操作。特にエラー訂正プログラムに干渉された事によって、今まで放置状態になっていたユイのプログラムにカーディナルが注目してしまい、間もなく自分が異物として消去《デリート》されてしまうであろう事まで。
全てを聞き終えたアスナは、絶望的な表情を浮かべて小さく呟く。
「そんな……じゃあ……ユイちゃん……」
「ごめんなさいママ……ここでお別れ──「待てコラ」え……」
割り込んできた言葉に、ユイは再び疑問の声を上げたが、それを更にリョウの不機嫌そうな声が遮った。
「誰が別れまで告げろっつったよ。つか、俺が何の為に柄にも無く必死こいてると思ってんだお前ぇは」
「オイオイ……兄貴まさか侵入……」
アスナとユイが意味も分からず呆然とする中、キリトが呟いた一言に、ニヤリと笑ってリョウは答える。
「ったりめぇだ。俺はユイ坊の叔父だし、端くれだがプログラマーなんだっつーの……たかだかシステム如きに手前《テメェ》の姪っ子まで好き勝手されて、黙ってられっか……!」
「リョウ……」
アスナが驚いたような、呆然としたような声をあげる横でキリトは少し口角を上げ、若干嬉しそうに笑う。
「さて……ユイ坊!」
「は、はひ!」
「どもんなよ……一旦お前のコアプログラムを圧縮してオブジェクト化する。ゲームクリアと同時にキリトのナーヴギアのローカルメモリに回すから、お前はそれまで昼寝だ」
「お、お昼寝……ですか?」
「あぁ。次起きたら大分時間経ってるだろうが……ま、少なくとも二度と起きれねぇなんて事にはならねぇから安心しろ。それとな……」
「はい」
一旦キーボードの操作を止め、リョウはユイに向き合う。
「あっちで起きたら……ちっとだけで良い。お前の生みの親に、会ってくれねぇか……?」
「へ?」
リョウの頼み込む視線を受け取りながら、ユイは質問の意味を分かりかねたように少し首を傾げる。
対し、リョウは少し言いずらそうにした後、ゆっくりと口を開く。
「その……な、俺の姉貴結構自分の作ったりしたもんに愛着持つタイプだからよ。多分だけど……お前の事も、かな―り心配してっと思うんだ。だからまぁ、顔も見たくねぇかもしんねぇけど、少しだけ、顔見せてやってくんねぇか?」
「えっと……良く分からないですけど……分かりました」
「……そうか。サンキューな」
分かったのか分からないのか。この際そこはどうでも良い。
唯了承してくれたユイに、リョウは一瞬苦笑して、「さて!昼寝の時間だ!」と言いながらキーボードをダンッ!と叩いた。
途端、リョウの眼前に合ったディスプレイにプログレスバーが表示され、線が徐々に溜まって行く。それと同時に、ユイの身体が優しい藍色の光に包まれる。
「わ……」
「ゆ、ユイちゃん、大丈夫?」
「安心していいぞユイ。オブジェクト化の準備みたいなもんだ」
「そう言う事だ。どれ、アスナ」
「あ、うん……」
徐々に輝きを増して行くユイの身体を、アスナはそっと抱きあげる。その正面にキリトが立ち、リョウは先程と同じように、少し離れて腕を組む。
「ユイ、気分どうだ?苦しくないか?」
「はい……大丈夫です……でも少し……眠くなって……」
キリトの言葉に、ユイはトロンとして来た眼で答える。成程、圧縮すると言うのは、AIで有る彼女にとっては本当に寝るのと変わらないのだろう。
アスナは眠そうに眼をこするユイの頭を愛しそうに撫で、柔らかく微笑する。
「ユイちゃん……お休み」
「ふぁい……お休みなさい……ママ……パパ……」
「あぁ。お休み」
最後に少し強い光に包まれたユイは、眠りに落ちる子供その物の顔で、眼をゆっくり閉じた。
────
「ふぅー。やーっと戻ってきたっつー感じだな」
「だな、実際は三日しか経ってないのに……なんか、随分長く下に居た様な気がするよ……」
「長い旅行してたみたい……」
「そうだね……」
第二十二層、コラルの村。ようやく帰りついた自分達の暮らす階層の転移門の前で、四人はそれぞれ呟く。
あの後、街に戻ったリョウ達三人はサチに事情を説明。
サチは若干泣きかけたが、目の前のアスナが平気だと笑っているのを見て、お返しの様に(半泣きで)微笑んだ。
そして今アスナの首元には、オブジェクト化したユイのコアプログラムが、涙滴型クリスタルのネックレスとして掛っている。
それは一定周期でまるで心臓が鼓動するように光を放ち、それが生きている事を伝える。
彼女が再びあの姿としてよみがえる時……その時は、今居るこの世界の全てが終わり、元の世界へと帰りついている時……アスナはその事を噛みしめるように思い出して、ゆっくりと空を覆う鉄の蓋を仰ぐ。
全てが終わるまで、あとどれだけの時間がかかるのか。それは誰にも、まったく分からない。
しかし、やがてはこの穏やかで温かい日々は終わりを告げ、再び命のやり取りをする場へと自分達は戻るのだろう。
それが明日か……はたまた十日後なのか……少なくとも、そう遠くない日である事は、アスナ含め、リョウとキリト、そしてサチも、感じ取っていた。
「さ、帰ろうぜ?俺達の家によ」
「あぁ」
「うん」
「えぇ」
何処か遠くから……闘いの足音が、聴こえた気がした。
Eighth story 《腕に抱く光》 完
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