SAO─戦士達の物語
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SAO編
四十六話 お出かけ
「まぁそう落ち込むな、義弟よ」
「別に落ち込んでないさ……ただ、すごく悔しいだけだ」
「パパ?」
「あ、あははは……」
「き、キリト君!元気出して!」
現在四人はこんな会話をしつつ二十二層を、主街区、コラルに向かって行進中である。
ちなみに、ユイはリョウに肩車され、周りの景色をしきりに首を動かしながら楽しそうに見まわしている。
キリトは肩をぐったり落として落ち込み、アスナがそれを慰め、サチは苦笑いしつつもアスナの援護に回っている。
何故こんな事になったかと言うと話は簡単。ユイが、キリトの腕に抱かれて家を出た直後、こんな事を言ったのだ。
『おいちゃ、パパより、高い』
で、キリトからリョウに乗り換え、肩車される事を望んだのである。
確かに、SAO開始時中二だったキリトの身長は、変化なしのため160ちょいくらい。
対しリョウは、高一だったため成長期も過ぎており、180を超えてはいたが……リョウとの背の差がある事を多少なりとも気にしていたキリトにとっては娘ことユイには振られるわ何気に義兄より背がかなり低い事を指摘されるわで、精神的に結構なダメージだったらしい。
それからずっと、この調子だ。
「ほら、キリト、コラルが見えて来たよ?は、早くいこ?」
「そ、そうだよキリト君!急がないと!」
「わかってるよぅ……」
「おいちゃ、おいちゃ」
「どした?ユイぼう。ん~?あれはな~」
本日モ晴天ナリ
────
アインクラッドの中で、最も人口の多い街は何処か。
恐らく、この浮遊城の中で百人に聞けば百人ともが迷わず「はじまりの街」だと答えるだろう。
ゲーム開始時、この街には一万人の人間が居ただけの事はあって、このはじまりの街は転移門のある中央広場からしても他の街と比べ桁違いに広い。当然街そのものも広く、ようは収容できる人間が多かったのがまず最大の要因と言えるだろう。
また、ベースタウンとしても優れていて、この広大な敷地内には、宿、武器及びよろず屋の類が無数に存在する。初めの街なので物価も安いのもあると思う。
が、現在この浮遊城アインクラッドにおいて生存している人口約六千人超の、その全てがこの街に居る訳ではない。居るのは、全体の約三割程度。二千人弱だ。
中層プレイヤーや、一部のハイレベルプレイヤーなどは殆どこの街には住まず、自分の気に言った上層階で宿を取るか、自宅を構えている。
転移門もあるのだし、前線までの距離云々に関してさほど問題があるわけでも無いのだが、それでも多くの者達がこの街に住みつかないのは恐らく、この転移門広場に立ってしまうだけで全てが始まったあの日の事を思い出してしまうと言うのが大きいのだろう。
いや、或いは前へ進むのだと言う彼らの決意の表れか。
いずれにせよ、サチ達は第一層主街区、《はじまりの街》へとリョウ以外の全員が数カ月ぶりに降り立ったのである。
「ユイちゃん、見たことある建物とか有る?」
アスナがリョウの肩の上で周囲を見回してるユイにそう聞くが、ユイの答えは難しい顔で周囲を見回してからの……首の横振りだった。
「わかんない……」
「うーん」
そう言われ唸るアスナにリョウがのんびりと……
「まぁ、この街だいぶ広ぇし。とりあえず市場までぶらぶらしようぜ。道中なんか有るかもしれねぇ」
「そうだね。行こっアスナ、キリト」
そう言うと、二人も顔を上げて歩き出し、五人は転移門広場中央の時計塔から、南に延びる中央通りへと進み出した。
歩きながらふと、リョウが訝しげな声を出す。
「ちと寂し過ぎやしねぇか?この街」
「そう言えば……」
言われて気付き、四人は一斉に辺りを見回す。
この街には二千人近い人間が暮らしている……はずなのだが、現在サチ達が居る中央通りには殆ど人っ子一人の姿も見えなかった。
これが上層エリアの大都市ならば、露天商や道行く人などで、真っ直ぐ歩くのも困難になるほどなのに……
仕方なく、市場に集まっているのかと思い行ってみるが……
「誰も居ないね……」
「あぁ。これはちょっとおかしいな……」
サチとキリトが呟く。
一応NPCが元気よく店への呼び込みをしたりはしているのだが、それだけだ。
大声は虚しく通りを行きすぎるだけで有り、定期的に同じ事を繰り返すNPCで有る事も相まって、何処となく不気味な雰囲気を醸し出している。
と…………
「いや、どうやら人間が居ない訳じゃねぇらしいぞ?」
「え?」
リョウが唐突にそんな事を言い、アスナは疑問符を持って答える。
ちなみにユイはリョウの肩の上に居る間に段々とまどろんできてしまったため、今はキリトの腕の中だ。
「一応声は聴こえるな。宿には人間が居るってこった」
「そっか。兄貴《聞き耳》スキル有るんだよな」
「えぇ~~?」
リョウのスキルの事を聞いた瞬間、アスナが怪しむように眉をひそめた。
《聞き耳》スキルは、上げて置くとスキル発動を行わなくても通常より遠くの音を聞く事が出来るようになり、スキル発動を行うとより広範囲の音や、指向性を持ってより遠距離の音を聞く事が出来るスキルだ。
それだけならよいのだが、このスキルは通常プライバシーの保証される宿屋の壁の向こうの音も聞く事が出来たり、一個人の事を指定してその周囲の音を聞く事の出来る。
《盗聴》とも言うべき余り感心できない面も持っているため、犯罪に利用される事もあり、プレイヤー、特に女性にはスキルとして余り好感をもたれていない。
「リョウ、何か変な事して無いでしょうね?」
アスナがそう聞くと、リョウはニヤリと何時もの企むような笑みを浮かべ、からかうような声で言う。
「おやおや、そのような事を私がする筈が無いでは有りませんか?それとも、警戒しなければならない様なやましい事情をお持ちで?アスナ嬢」
「……サチ、色々気を付けた方が良いよきっと」
「あ、あははは……」
アスナの言葉に苦笑を浮かべたサチだったが、それは一瞬だった。
直ぐに気を取り直したように頬笑みを浮かべ……
「大丈夫だよ?アスナ。だってもしリョウがそんな事してるのが分かったら、リョウのご飯は無くなるもん」
「ねっ?」とリョウに向かって視線を向けたサチの笑顔の先には、「お、おう……」と引きつった笑顔を浮かべるリョウの姿が合った。
男と言うのは、胃袋を掴まれると弱い物である。
────
「東七区の教会…………か」
リョウの呟きを聞きながら、キリトは足を止めることなく隣を歩くアスナの腕の中で眠るユイを見る。
あの後、中央通りの街路樹の傍にしゃがみこんでいた一人の男から情報を得た五人は、現在広大な始まりの街の中を南東へと歩いていた。
彼曰く、東七区に有る教会に、子供のプレイヤーが集団で生活している教会が有るのだと言う。
子供のプレイヤーが集まっているとなれば、ユイの情報も少しは有るかもしれない。そう思っての事だが、正直、どうなるかは全く予想がつかない。
唯でさえユイの情報すら碌に持って居ないのだ。極端な話、この子の保護者が本当にこの世界に居るのかさえ怪しい。
『その時は……どうなるんだろうな……?』
試しに、そうなった時の事を想像してみる。
ユイの手をアスナと二人で片方ずつ繋ぎ、のんびりと買い物に出かける。
家に有る暖炉の前で、ユイに読み聞かせをしながら、いつの間にか寝てしまった三人そろってソファで眠る……
「リト……?キリト!」
「ん!?わ、悪い。考え事してた」
幸せな想像から戻ると、目の前には黒髪の自分より少し年上の少女……サチの姿が合った。
彼女とキリトは、既に同じギルドに居た頃と同じくらい親しげに話せるようになっていた。否、むしろ今の方が、遠慮が無いという点では大きいかもしれない。
何度かリョウと引き合わされている内、キリトの中に一方的にあった後ろめたさも溶けた様に何処かへ行ってしまったのだ。
というか、それを気にし続けるのはむしろサチに失礼だと言う事に気付いたと言った方が正しい。何しろキリトがぎこちなく話す間、終始サチはキリトに気を使いっぱなしになっていたのだから。
「付いたみたいだよ。ほら。あそこ」
サチが指でさした先をたどると、東七区の特徴らしき広葉樹の森の向こうに、小さく突き出た十字架付きの尖塔が見えた。
「早いな、殆ど迷ってないんじゃないか?」
「うーん、何かリョウが先頭でどんどん行ってるから……もしかしたら知ってるのかも」
「ふーん?」
そう言っている間にも、リョウは教会に続くのであろう三メートル程向こうの小道の前に立って「ほれほれ」と手招きをしている。
しかし…………
「ち、ちょっとまって」
リョウの元へ行こうと歩き出そうとしたキリトの足を、アスナの一言が止めさせた。
「ん?どうした?」
「アスナ?」
キリトとサチの二人が訝しげな声を出す。
リョウはと言うと、何かアスナの内心を悟った様な顔で、腕を組んで立っている。
正直な所、妻の気持ちを夫である自分よりも早く感じ取れてしまうリョウに若干の嫉妬を覚えないでも無かったが、こればかりは昔からのリョウの特技なのでどうしようも無い。
「あ、その……もし、あそこでユイちゃんの保護者が見つかったら……」
言う事をためらうようなその言葉に、キリトはようやくアスナの言わんとする所を察した。同時に、先程思い描いていた自分の中に先程の理想図がありありと思い浮かぶ。
気が付くとキリトは、眠るユイを間に入れたままアスナの事を両腕で包み込んでいた。
「俺も……本当の事言うと別れたくないよ。ユイといっしょに居ると、なんていうか、あの森の家も、俺たち家族も本物の家と家族になったみたいな感じ……したもんな。でも、ずっと会えなくなる訳じゃない。ユイも記憶が戻れば、きっとまた会いに来てくれるよ」
理想論だ。と言うのは自分でも分かっていた。それは保障される事ではないし、自分とアスナはそう遠くない未来には再び戦場に戻らなければならないだろうから。
けれど今、泣きそうな顔をしているアスナにその事実を告げる事は、キリトにはどうしても出来なかった。
リョウとサチが見守る中、初冬の乾いた風が梢を鳴らす林の中でアスナは小さく頷いた。
────
「ごめんくださーい、どなたかいらっしゃいませんかー?」
教会の入り口である扉から上半身を入れつつ、アスナが呼びかける。が、返事は無い。
アスナの声が残響も消滅させ、リィィィィンと消えた後数秒してサチが首を傾げる。
「留守……なのかな?それとも誰もいない?」
だがその問いに、男二人は首を横に振った。
「いや、人は……居るよ。右の部屋に三人と左に四人。二階にも何人か」
「あぁ。しかもこの声は大人じゃねぇな……どうやらビンゴっぽいぜ」
キリトとリョウが言うと、アスナは半ば呆れた様な声を出した。
「リョウの《聞き耳》はともかく……キリト君、《策敵》も壁の向こう側が?」
「あぁ。ただし熟練度は九八〇からだけどな」
「ソロじゃ重宝するんだぜ?どうだい?痴漢対策に一つ取ってみりゃいいんじゃねぇの?」
「いやよ。《聞き耳》は悪趣味だし。《策敵》は地味だし」
リョウの誘いも冷たく突っぱね、アスナは教会の中へと入っていく。苦笑していたサチもそれに続き、男性陣はユイを抱いたキリトが残念そうに。リョウは肩をすくめながら中へと歩き出す。
「あのー!人を探してるんですけど!」
アスナが再度呼びかける。
と、数秒の沈黙の後、今度は反応が帰って来た。
右側のドアが開き、中から細めの女性が怯えの光を宿した眼と共に顔を出す。
「……《軍》の人じゃ、無いんですか?」
「えぇ。私達、上の層から来たんです」
アスナが持ち前の社交の能力を駆使した柔和な笑みを浮かべ、穏やかに話しかける。
それ聞いてか、ドアの向こうの女性は幾分か信頼してくれたのか、ドアから身体を出して来た。そもそも、リョウ以外のメンバーは武装してはいない。リョウにしても、それは服が何時もの灰色浴衣だと言うだけで、冷裂は出していないのだ。
原則的に、軍のメンバーは常に統一性のユニフォームじみた鎧を着こんでいるため、恰好を見ても軍からは無関係であることが分かるはずである。……まぁ、「私服警官」ならぬ「私服軍人」で有る可能性も、否定はできないのだが。
奥からてきた女性は、温和そうな雰囲気を醸し出す、優しげな光を目に宿した人物だった。
髪は暗めの青で眼は深緑色。丸い眼鏡をかけて濃紺のプレーンドレスをまとった姿は、何処となくこの教会と言う場所にはピッタリな修道女《シスター》を思わせる。
「本当に、軍の徴税隊じゃないんですね……?」
未だに怯えと警戒の色が抜けきらない目でそう聞いてきた彼女に、アスナが再び笑いかける。
「えぇ。私たちは人探しの途中で、ついさっき上から来たばかりなんです。軍とは何の関係も無いですよ──」
「上から!?てことは本物の剣士なのかよ!?」
アスナがそこまで言った所で、高めの少年らしき声響き、突然右側の扉が開いたと思ったら、その中から数名の小さな影が跳び出して来た。見ると、左側からも感化された様に数名が飛び出してくる。
「お、おぉ?」
「うわぁ……!」
キリトとアスナはあっけにとられ、リョウが戸惑い、何気に子供好きなサチが感嘆じみた声を上げる中、女性の周りに並んだ影は、全て現実世界なら小学生か中学前半くらいの歳であろう子供たちだった。
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