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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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SAO編
  四十五話 拾われた少女

 キリトとアスナが結婚し、リョウ達のお隣さんになってから一週間が経った。
その日、第二十二層の外周部から、フィールドに朝日が差し込んで数時間が経った頃。
自宅のリビングで、リョウは窓の外を眺めながら……ボーっとしていた。

「あー……暇だ……」

 サチはコラルの村で朝からやっている生活品の安売り。所謂「朝市」に行っているため、現在家には居ない。

 以前買ってそのままになっていたSAOのプレイヤーが書いた小説は昨日までに読んでしまっていたし、楽器の演奏も考えたが気分が乗らない。
武器の整備は、防具はそもそも整備師が同居人だし、武器は一昨日行ってきたばかりだ。

 以上の理由によりリョウは現在する事が無く、暇だった。
と、言うわけで……

「隣行くか」
 新婚さんに水を射しに行くことにした。

────

 キリトとアスナの新婚さん宅と、リョウコウとサチが暮らすログハウスは、お隣さんとは言え少しは距離が離れている。
とはいっても、二十メートルも無いが。

 その道程を鼻歌を歌いながらリョウは歩く。
手には釣り道具。
取りあえずリョウは、キリトの事を釣りに誘うつもりだった。
アスナを一緒に連れ立って行くのも面白いかもしれないし。

「ん~んんん~ん~ん~♪」
 ドアの前に立ち、ノックする。

「は、はーい?」
「俺だ、リョウだ。キリトー、遊ぼうぜ~」
「小学生かっての……」
 そう言いながら呆れ顔で扉を開いたキリトに、リョウは片手を上げて、「よっ」と挨拶をする。同じ動作で返したキリトに早速釣り道具を見せ、「やんね?」と誘うが……

「あー、ごめん。今日はちょっと……」
「?なんだ?どっかアスナと行く用事あったか?」
「あぁ、いや、うん。まぁ有ると言うか無いと言うか……」
 「ハハハ……」と乾いた声で笑いをもらすキリト、明らかに、リョウから目を逸らしている。
つまり、目を見られたら不味い何かがあると言う事だ。つまり……

「キリト、知ってるか?」
「え?な、何を?」
 キリトは自分に何か隠し事をしている!

「お前後ろめたい事がある時、指先で足の付け根を掻く癖があんだよ!」
「え、嘘!?……ちょ!兄貴不法侵入!」
「この世界に法律は無―い!」
 動揺した隙を突き、少々悪いとは思いつつもキリトの横を通り抜ける。
不意をつかれ、服を掴もうとしたキリトの手を上手く避け、リビングに入るとそこには……

「り、リョウ!?」
「よぉ、アスナ。元気……は?」
 部屋着姿のアスナが何時も通り栗色の髪を揺らしているのは良い。だがその隣には……この家に居るはずの無いもう一人がいた。

 外見は……十歳より下くらいだろうか?黒く、腰下まで届くくらいのかなり長い髪をしており、それに退避するように肌は真っ白だ。非常に整った美しい顔立ちをしており、何処となく、日本人では無いかのようにも見えた。
「あー……」と言いながら追いついて来たキリトに対し、リョウは慌てて聞く。

「な、誰だ!?その嬢ちゃん」
「あー、いやそのだから、えーっとだな……」
「あのね、リョウこれには訳が……」
「……パパ?……ママ?」
 ビシリッ!と、空気が凍りつく音がした気がした。
最後の声は、完璧に調律されたピアノの高音のように、美しく良く通る声だった。
この場に居る人物から、それが目の前の少女の声である事は容易に想像が出来たが、問題なのは内容である。

 パパ、ママ。それが何を表わす単語であるか分からないほど、リョウは無知では無い。
そしてそれはいま、明らかに目の前に居る男女……否、「夫婦」に向けられていた。
それはつまり……

「あぁ……」
 小さく、リョウは半ば達観とした声で呟き……

「……お幸せに」
「「待ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 立ち去ろうとしたリョウを、キリトとアスナが必至の形相で引き止めた。

────

「はぁ!?拾ったぁ!?」
「ちょ、声でかいよ!」
「あ、あぁ、すまん」
 あの後、少女は直ぐに眠りについてしまい、現在はお昼寝中である。(まぁ実際隣に音は届かないのだが)
彼女をアスナが寝室のベットに寝かせた後、リョウ達は椅子に座って話し合いを始めていた。

「じゃあ、何か?森の肝試し言ったら、それがガセじゃ無くて、それどころか本物の嬢ちゃんが倒れてたと。こういう事で合ってるか?」
「うん……」
「大体あってるな……まぁ遠目に見てた時は立ってたけど」
「ふむ……」
 どうにも初めて遭遇する問題のため、リョウにも解決法が思い付かない。
先程リョウは少女に目を逸らしてみたが、この世界に置いてはプレイヤー、NPC、モンスター問わず動的オブジェクトならば必ず存在するはずのカラーカーソルは出ないし、かといってどう見ても不動オブジェクトでも無い。
自分でしゃべることも出来ているし、キリト達の手で移動させることも出来る上に、特にクエストが始まった様子も無いと言うから、恐らくはプレイヤーであると言う事だけは推測できるが……

「そういや、名前以外何にも思い出せねって?どういうこった?」
「あ、うん……ユイちゃんって名前みたいなんだけど……自分に関する記憶もほとんど無いみたいで……」
「多分だけど……精神的に……」
 キリトもアスナも泣きそうな表情でやっとそこまで口にする。
そもそも、ナーヴギアには、一応建前上年齢制限があったため、本来13歳以下の子供はこの世界には居ないはずなのだ。
それでも、それ以下の子供が迷い込んでしまっていると言う話は一応あるのだが……ユイは見た所八歳か九歳くらい。
そんな小さな少女が、この冷酷で狂った世界に迷い込み、記憶を失う程の精神的ダメージを負ったのだとしたら、それは……それはなんて……

「お世辞にも、良い気分とは言えねぇわな……」
「……くそっ…………」
「キリト君……」
 拳を握りしめて小刻みに震えるキリトの肩をアスナが両手で抱く。
どうしようもない無力感とやるせなさ、怒りが、三人の中で渦巻く。
その中から初めに回復したのは……年長者であるリョウだった。

「で?」
「え?」
「な、なんだ?」
 いきなり尋ねるように首を傾げたリョウに、キリトとアスナの視線が集中する。
その視線を正面から受け止めながら、リョウはさらに質問を続ける。

「お前等はどうしたい?パパさん、ママさん?」
 ニヤリ、と何時ものように笑ったリョウを見て、キリトとアスナはハッとしたように眼を見開くと、その眼に一概に真剣な光を宿し、答える。

「俺……あの子を、出来るだけ早く解放してやりたい」
「うん」
 互いに、心からの願いだろう。その眼を見て、リョウはバシンッ!と手を叩くと、保護コードでユイの眠る寝室に音が聞こえないのを良い事に立ちあがり……

「おっし!なら、やる事は決まってくらぁ。取りあえず、情報がいるな」
「そうね。でも、新聞の訪ね人コーナーにも村にも情報は無かったし……」
「なら今日は、ユイが起きたら《はじまりの街》に行ってみよう。あれだけ目立つプレイヤーだし、少なくとも知ってるプレイヤー位居るだろう。もしかしたら親とか兄弟が見つかるかも」
 そうして、ユイの出所を調べるための調査が、幕を開けた。
取りあえず、ユイが眼を覚ましてから出かける事にしたため、リョウはいったん準備のために家に帰る事にした。

「んじゃまぁ、頑張っていこうせ」
「おう!」
「うん……」
 玄関で見送りに出た二人にそう言ったリョウは、歩き……出そうとして、アスナの眼に、小さな「迷い」が宿っている事に気付く。

「アスナ、どうかしたか?」
「えっ?」
「アスナ?」
 慌てたように此方を見たアスナは、慌てて両手を自分のめの前で振り、否定の意を示す。

「な、何でも無いよ!がんばろ!うん!」
「?」
「そか?んじゃ、あとでな~」
 此処で話していても仕方ないと判断したリョウは、少しばかり必死な形相でアスナの言葉を信じる事にして、その場から立ち去った。

────

 もぐもぐと、黒髪の少女が口を動かして黄色い物が挟まったサンドウィッチを咀嚼する。
ちなみに、定番のタマゴサンドでは無い。
辛いもの好きのキリトのためにアスナが特別に作った、マスタードサンドだ。

「「「「…………」」」」
 難しい顔で咀嚼を続ける少女……ユイの顔を、キリト、アスナ、リョウ、サチの四人が固唾をのんで見守る中、ユイはそれを飲み込み……途端、輝くように笑った。

「おいしい」
 ヒュウ、と、リョウが驚いたように口笛を吹く。

「ほっほぉ、なかなか根性あるなぁ」
「あぁ、夕飯は激辛フルコースに挑戦しような」
「キリト君調子に乗らないの!そんなの作らないからね!?」
「そうだよ。身体に悪いよ?」
 上から誰であるかは、言わずとも分かるだろう。
あの後、ユイが目を覚ました報告を受けてから、聞き込みになった時のため人手は多い方が良いと考えたリョウは、サチを連れ立ってキリトの家へと向かった。
するとそこでは、ユイがアスナの作ったフルーツパイよりもキリトのサンドウィッチに興味を示すと言う事態が発生しており……今に至る。

「ユイは辛いもんが好きなのかもしんねぇなぁ……」
「そうだね。最近出来た新作のエビチリ作ってみようかな?」
「なぬ!?サチ、そんなのあんの!?」
 サチの何気ない一言に、辛い物大好きっ子ことキリトが過剰に反応し、サチは目を向いている。
と、リョウがふとユイの方を見ると、不思議そうな眼で此方を見ているユイの姿があった。

「……あぁ」
 暫くユイの視線の原因が分からず困ったが、唐突に思い出し、キリトに声をかけた。

「おい、パパさんよ、そこの嬢ちゃんに俺らの紹介してくんねぇ?」
「え?あ、そうか。ユイは兄貴達の事知らないんだよな」
「あいき?」
 またしても不思議そうな顔で首を傾げるユイを見て、サチが小さく「可愛い……」と呟いたのが聴こえたが、取りあえず無視した。

「ユイちゃん、この人たちは、私達と一緒に居てくれる人たちだよ」
「いっしょ?」
「そうだぞユイ。いっしょだ」
 ユイは少し考えた後、にっこりと笑って、リョウとサチの方へと手を差し出した。

「いっしょ!」
「……おう!」
「よろしくね!ユイちゃん。私は、サチって言うの」
 リョウはニヤッと笑い、サチは微笑んで屈み、ユイの手を取りながら名前を名乗った
リョウも、釣られて名乗る。

「俺はリョウコウだ。リョウで良いぞ」
「さち……ようこ……」
 此処で、サチとリョウはそれぞれ、笑顔と苦笑をする。

「うん!私のはあってるよ?」
「俺のはちょいと違うな。リョウでいいんだが……」
 リョウも、流石に「ようこ」では完全に女の名前になってしまうため、気が進まない。
ちなみに、「リョウコウ」と言うHNは「キリト」と同じくリョウの本名を少しばかり弄った物だが、スペルを「Ryoko」と書くため、VR前のMMOではよく「リョーコ」とか、最悪「リョー子」と呼ばれ、リョウのちょっとしたトラウマになっている。

「まぁ、何でも良いぞ。呼びやすいので頼む」
 「ようこ」よりはましだと、リョウはそう言う。というか、アスナとキリトがパパとママなら、自分はどうなるのかと言うのが興味があった。
あらかた予想は突くが……

「…………」
 暫くユイはまた難しい顔をして考え込んでいたが、やがて思いついたらしく、少しばかり緊張した面持ちで口を開いた。

「さちは……ねーね」
 それを聞いた瞬間、サチの眼がキラキラと輝く。
現実に居た頃、リョウ達と共に居たもう一人の幼馴染を思い出したのだろうか?

『となると……パターン的に俺は決まって来るな』
 なんだかんだで、そう呼ばれる事が多いな。などと思いつつ、リョウはユイの言葉を待つ。やがて……

「ようは……」


「おいちゃ」
「Why?」
 そう来たか。

────

「そう落ち込むなって、兄貴」
「別に落ち込んでやしねぇよ。ちょっと悔しかっただけだ」
 結局ユイの四人への呼び方は、

アスナ=ママ
キリト=パパ
サチ=ねーね
リョウ=おいちゃ

 で確定した。リョウとしては大いに不本意だったが、本人がそう呼ぶし、何でも良いと言ってしまった以上どうしようもない。
今は、サチとユイが、白いパフスリーブのワンピースのみと言う、冬も間近なこの時期に出かけるには少々寒すぎる恰好をしているユイの着替えを自分の持ち物の中から探している。
一応、サチもアスナに言われて自作の着替えを持ってきてはいたのだ。
 と、テーブルの上に衣服類を山と積んだサチとアスナが困っているのを見て、キリトが何かを察したようにユイに近付いて行き、アイテムウィンドウを開けるかを問うた。
自身も右の指を振ってお手本を見せる。

 ユイはたどたどしい手つきではあるものの、右指を正しく振ったが……特に何かが表れる事は無かった。

「おいおい、まさかバグってんのか?」
「そうかも……でもこれじゃ、何にも出来ないな……」
 リョウとキリトが真剣に話し始める。と、向きになって指をぶんぶんと音がなりそうな勢いで指を振っていたユイが、何を思ったか左指を振った……途端、ユイの前に紫色の四角いウィンドウが発現した。

「でた!」
 嬉しそうに言うユイだったが、他四人はもう何が何なのか分からない。と言った様子で一瞬呆然とする。
が、すぐに気を取り直し、アスナとサチはユイの後ろに回る。恐らく、ユイの指を使って、覚えている可視モードのボタンを押そうと言うのだろう。
ウィンドウの呼び出しを、右手から左手に帰るオプション設定などあっただろうか?
そう思い、リョウが自身のウィンドウを開こうとすると……

「わぁ!?」
「な、何これ!?」
 そんな声が上がり、二人の動きが止まる。
隣に居たキリトと共にユイの後ろに回り、彼女のウィンドウを覗き込む……途端、二人も息をのんだ。

 メニューウィンドウのトップには基本的に三つのエリアがある。
先ず、HPバーとEXP(経験値)バー、それにレベルと英語表記の名前が表示された最上部。
その下は右半分が装備フィギュア。左半分はコマンドボタンだ。
基本的には、アイコンデザイン以外にコマンドボタンで変更できる点は無い。
しかしユイのアイコンボタンは、アイテムとオプションの二種類だけが有り、フレンドリストやメッセージボックスなど、その他の物が一切存在しなかった。
また装備フィギュアはあるものの、その上の最上部にはHPバーとEXPバーはおろかレベル表記も無い。

 そして……

『なんだ……?これ……』
 その上、最上部に表示される名前には《Yui-MHCP001》と言う奇怪な名称が表示されていた。

『この名前……どっかで……?』
 
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