SAO─戦士達の物語
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SAO編
三十六話 “切り開く運命”と“絶望と言う幕切れ”
「美幸いいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
光が欠片となって、砕けた。
砕け散った光は、そのままポリゴンとなって消える。
ただしそれは、そこにいたサチの身体では無く、切り落とされた、モンスターの腕で有った。
「うェあァ!!!!」
雄叫びを上げながら突如として現れた青年が、自らの幅の広い刃が付いた槍を振り回す。
速さは無いがしかし、それは一振りするごとに、確実に二、三匹のモンスターを吹き飛ばす。
「伏せろ!美幸!」
「っ!」
一瞬、突然の事に呆然としサチだったが、怒鳴られた事によって反射的にひざを曲げてしゃがみこむ。
本来ならモンスターを前にしてその場にしゃがみこむなど有り得ない事だが、今の青年の声は問答無用でサチの身体を動かした。
「阿あああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
黄色いライトエフェクトと共に、青年の持つ槍が一回転で思い切り振りきられる。
重両手槍 範囲攻撃技 《サークル》
文字通り、槍を一回転に振りまわして周りを薙ぎ払う。この状況では非常に有効なスキルだ。まぁ、そこまで上位のスキルでは無いので普通なら威力は期待できないのだが……この青年ならば話が別である。
案の定、周りに居たモンスター達は穂先や柄に当って吹き飛ばされ、サチの周りに空間が出来る。
「キリト!箱ぉ!」
「あ、あぁ!」
その硬直しながら青年はキリトへと指示を飛ばし、キリトは未だにアラームを騒々しく鳴らし続ける宝箱に向かってモンスターを掻き分け突進する。
再びモンスターがサチに肉薄して来るより速く、硬直から立ち直った青年が槍を振り回し、危うい所でモンスター達を止める。
幸い、追いつめられていたサチは壁際ギリギリの位置で戦っていたため、その青年の陰でしゃがみこむサチの身体に、モンスターの凶刃は届かない。
やがて、キリトが宝箱を破壊し、溢れるように通路から次々に現れてたモンスターの湧出《ポップ》が止まる。
「飲め!」
「え?「早く!」は、はい!」
青年が後ろ手に突然投げて来た蒼い液体の入った瓶を危うい所で受け止めたサチは、再び怒鳴られた事でその中身を一息に飲み干す。
すると、徐々にだが確実なスピードで、サチのHPが回復し始めた。
回復用のポーションだ。しかも回復速度から考えて、恐らくレアなものだろう。
自身のHPをゆっくりとだが一定のペースで回復し続けているのが分かる。
不思議と冷静にそんな事を確認しつつ、サチは目の前の青年を仰ぎ見る。
銀色のプレートアーマーに身を包み、重そうな鋼鉄製の槍を跨手を付けていないおかげで自由に動く手首や指先を上手く使いながら、通常の敏捷値によって腕を振る速さよりも素早く振り回す独特の戦闘法を持つ青年。
「リョウ……」
「あン!?んだよ!?」
自分が最後の瞬間にもう一度会いたいと願った青年……リョウの姿が、確かにそこにはあった。
「何で……」
居るのか。
当然の疑問だ。さっきまでリョウは此処には居なかったはずだし、偶然にしては出来過ぎている。
何よりも何故突然部屋の“中”に現れたのかが疑問だ。モンスターのポップによって三つの入り口は全てふさがれていたはずなのに……
「言ったろうが!危なくなったら……」
そこまで言ったところで、再び切りかかって来たモンスターに仁王立ちになったままリョウは応戦する。
薙ぎ払いで吹き飛ばし、言葉を続ける。
「何時でも助けてやるってなぁ!!」
……そう言えば、ずっと昔にもにもこんなことが有った気がする。
あの時は、同級生の男の子達に絡まれて、学校の廊下で泣いてた時だった。
周りには六人くらいの男の子が自分を囲っていて……臆病な自分は何もされていないのに直ぐに泣きだして、気が付いたら大泣きした六人といつの間にかぼこぼこになったりょうが同じ様に目の前に立って居て……
結局先に手を出したのはりょうだったから先生にはりょうが怒られてたけど……あの後お婆ちゃんの家でも叱られた時、りょうが不貞腐れたみたいに言った言葉ははっきりと覚えてる。
『だってみっちゃん泣いてたから、助けなきゃって思ったんだもん』
ああ言った時の彼と、今目の前にいる彼の後ろ姿が、今サチの瞳の中では確かに重なって見えた。
「約、束……」
高レベルの剣士と槍使いによる猛然とした反撃を受けたモンスター達は、あっという間にその数を減らし、ついに、その部屋には一匹のモンスターも居なくなった。
────
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
「はっ、はっ、はっ……」
「ふ、二人とも、大丈夫?」
サチの心配そうな声が、リョウとキリトの耳に響く。
二人は肩で息をし、リョウは槍を杖にして何とか立っているものの疲労困憊。キリトに至っては床に座り込んでいるため、どちらもサチの問いに答える事すらできない。
しかし、やがて息を整えた二人は、何とか立ち上がる。
一瞬向かい合い、見つめ合ったまま黙りこむキリトと二人だったが、やがてゆっくりとリョウが口を開いた。
「お前等……無事だよな?」
「え?」
「あ、……あぁ」
キリトとサチの眼を交互に見据えながらリョウが問うたその言葉にキリト達は一瞬何を聞かれたのか分からず答えを濁す。
だが、小さく漏れたその言葉を聞いた瞬間、リョウは大きくため息をつき……
「無事なんだな……死んでねえんだな……」
そう一人呟く。
その顔は安堵に満たされており、只々義弟と友人の生存を喜んでいた。
「皆……」
次に口を開いたのはサチだ。
思い出した瞬間哀しみがあふれて来たのか、その眼に涙があふれる。そして……リョウの背に、顔を押し付けた。
「お、おい!?サチ!?」
「うっ……ひくっ……うああああああああ!」
リョウは驚いたようにサチに目を向けると、泣いているのが見えたのだろう。キリトの方を向いて尋ねる様な表情をする。
「ケイタは主街区に居るけど……」
その先の言葉は発する事無く、キリトは首を横に振った。
「そうか……」
途端にリョウの表情が悲痛な物へと変わり、背後のサチはより一層強く泣き始める。
キリトにとっても、そこまで言う事が限界だった。
俯き、泣きそうになる事を必死にこらえる。
レベルを偽り、此処がどういうエリアであるかを知っているにもかかわらず、つまらぬ自尊心を通して、結果として三人を殺した。
その結果から来る自責の念は、キリトの脆い精神を締め付け、それ以上の発言も、動きすら困難な物にさせていたのだ。
結局、キリト、サチ、リョウのメンバーがその部屋を出て、ケイタに事態を報告すべく主街区へと向かい始めたのは、それから三十分後の事だった。
────
黒猫団が泊っていた宿が有る主街区に何とか到着し、俺とサチ、キリトは宿へと向かう。
「…………」
三人のうちの誰もが声を発しようとはせず、うつむいたまま無言になってしまっている。
それはそうだろう。ギルドメンバーを一気に三人も無くしたのだ。むしろこの状況で明るく元気にふるまえる奴がいたならば、俺はそいつの正気を疑う。
やがて無言のまま俺達はキリト達の泊まる宿へと辿り着き、俺は一人だけ建物の外で待つ事にして、サチとキリトだけがケイタへの報告のために宿の中へと入っていった。
壁に背を預けて二人を待ちながら、俺は二人の元へと駆けつけた時の事を思い出す。
あの時、俺は最前線の迷宮区に居た。
そこから何故間に合ったのかと言うと……簡単にいえば俺とキリトが義兄弟だったからだ。
俺はキリトがあのギルドに入ってから、一日の中でかなり頻繁にキリトのステータスと残りHPを確認するようにしていた。
本人は隠しているものの、キリトはあのメンバーの中で突出して高いレベルを誇るため、原則的に戦闘の中で体力が大きく減る事は殆どない。
しかしそれは逆に言うと、俺から確認できるキリトのHPが大きく減った時は、彼や彼と共に居るはずのギルドメンバー全員にとって、かなり深刻な危機が迫っていると言う事の判断材料にもなるのだ。
その結果、キリトだけでなく、小さなころからの友人でもあるサチの事も気がかりにだった俺は、こまめにキリトのHPを確認する事で、キリトやサチに危険が迫っていないかどうかを確認し続け、何かあれば即座に駆けつける事が出来るよう構えていた訳である。
あの時も、一つの戦闘を終えてキリトの状態を確認した俺はそのHPが通常よりも明らかに早い、黒猫団の活動範囲でキリトが受けるには多すぎる量のダメージを受けているのを見て、すぐに嫌な予感を感じ取り、キリト達の所へと一気に向かった訳である。
ちなみに、その時使ったのも義兄弟設定に関係のある物だ。
《兄弟結晶》
同じ色だが、微妙に輝きの違う複数の結晶で、義兄弟設定をプレイヤー間で結んだ時、そのプレイヤーたちのレストレージに自動的に出現すると言う物だ。
売却及び譲渡する事は出来ないアイテムで、片方のクリスタルの持ち主が《転移》(複数人の義兄弟の場合はそれに+対象の名前)とボイスコマンド起動をさせると、そのもう一方(もしくはその対象)の「目の前」に一発で転移出来ると言う優れものである。
しかも、効果を発動させるのはあくまでもコマンド起動をする本人の側のクリスタルであるため、仮に転移対象の人物が《結晶無効化空間》の中にいたとしても問題無く転移する事が出来る。
何時でも援軍として駆け付ける事が出来ると言う、非常に便利なクリスタルなのだ。
ただ、今回の場合、転移すべき場所であるキリトの目の前にモンスターが居て、転移すべき座標が塞がっていたため、結果としてキリトよりもサチの近くに転移してしまったわけだ。
そして転移した直後。大量のモンスターとHPを死亡寸前まで減らしたサチの姿を見た瞬間に、無我夢中で俺は走り出していた。
その後はまぁ、知っての通りだ。
結果的には、ギリギリでサチの命を護りきる事が出来た訳である。
俺がそんなふうに物思いにふけっていると……
バンッ!と言う破裂する様な音と共に、サチ達が入って行った宿の扉が開き、中から人影が飛び出して来た。
俺など眼にも入らないと言った様子で転移門の方へと走り去っていくその人物の顔は、俺も良く知る人物。黒猫団のリーダーである、ケイタだった。
「待って!ケイタッ!」
続けて開いた扉から、サチが泣きそうな声を上げて飛び出してくる。続けてキリト。
ただ、俺は瞬間的に二人の顔を確認したが、サチの眼は相変わらず読みとることが出来ず、キリトの眼には……後悔と、強い自責の念が宿っているように見えた。
『なにが……』
答えを出すより早く、サチとキリトがケイタを追って走り出したため、俺も続く。
って……あ、やべ、俺敏捷……。
────
結局、俺達三人が追いついた時にはケイタは転移門から別の階層へと跳ぶ直前だった。
喧噪のなかで何処行くのかを聴き取る事等出来るはずもなく、転移してからサチがフレンドリストで行き先を確認しようとしたが……
「無い……」
「あぁ?」
「ケイタの名前が、リストから消えてる!」
半分泣き声の様に裏返った声でそう言ったサチにキリトから答えが返される。
「多分、向こうからこっちを連絡禁止指定したんだ……ギルドもリーダー権限で強制脱退させられてる」
「そ……そんな……」
これでは追跡は不可能だ、相変わらず眼に涙を溜めながらウィンドウを必死に捜査しているサチを横眼にどうすべきか考える。
しかし、あちらが本気で此方からのコンタクトを拒否していると考えると、正直な所どうにも……
「…………」
「……キリト?」
おれは黙り込んでしまった義弟に目を向ける。
顔を下に向け伏せがちになったその目線からは、何の感情も読み取る事が出来ない。
「兄貴……頼みがある」
「……言ってみろ」
何かただならぬ気配を感じて俺は正面からキリトの方へと向き直る。
しかし、自分から頼みが有ると言っておきながら、その眼は決して俺の眼を正面から見ようとはしない。目線はうつむきがちに地面を睨んだままで固まり、まるで俺の眼を見る事その物を恐れているかのようだ。
「俺との義兄弟設定を……破棄してほしい」
「…………っ!」
正直、その時俺が受けた衝撃は、先程サチ達の元へと駆けつけた時のそれに迫る物が有った事を認めなければならないだろう。
その時の答えを冷静に返す事が出来たあの時の俺は、今の俺から考えても中々の胆力の持ち主だったと思う。
義兄弟設定は、いわば相手を心の底から信頼している事の証とも言うべき物だ。
それを破棄すると言う事は……
「き……キリト……何言って」
「サチ、黙ってろ」
「でも…………!」
「こりゃ俺らの問題だ」
そう言って、俺はキリトの方へと一歩前に出る。
「……本気だな?」
「……ああ」
ボソリと答えたキリトに、意識せずにだろうなと呟く。と言うか、此処で冗談だなんて言おうものなら筋力値最大で殴り飛ばす所だ。
「良いだろ。勝手に何処へでも行け」
「り、リョウ!」
「黙ってろ!」
「……っ」
まだ何か言おうとするサチを一喝して黙らせ、俺はウィンドウから義兄弟設定の解除をキリトに向かって発信。受諾。
その瞬間から、俺とキリトはシステム上……そして俺達自身の心の中でも、義兄弟では無くなった。
まぁ、一方的にでも破棄できる義兄弟設定を、一応俺に相談して来ただけでもまだいいか……
「暫くは、その面俺に見せんな」
「……わかった」
「……っ!」
何の動揺も、質感も無く放たれたその言葉に、俺の方が痛みを味わう。
サチは何も言えず、泣きそうな顔で立ちつくしているだけだ。
「いままでありがとう……ごめん、リョウ兄さん」
「…………」
そう言って転移門の中へと消えて行ったキリトを、俺はただ黙って見送る事しか出来なかった。
ただ、キリトの姿が消えた後で、俺の口から小さく言葉が漏れる。
「謝んな……馬鹿」
────
その後、耐えられなくなったのだろうサチは大声を上げて泣いた。
どうして……どうしてと、ただそれだけを呟きながら。
数日後、始まりの街の碑でケイタの死を確認し、またサチは泣いて、キリトともそれからかなりの期間連絡が取れなくなったりして、結局、月夜の黒猫団は、事実上壊滅したのだった。
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