SAO─戦士達の物語
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SAO編
三十四話 最低の選択
月夜の黒猫団と初めて会ってから一ヶ月半近くがたったころのとある夜。
その知らせが来た瞬間、俺は即座に転移門に向って走り出した(鈍足だが)。
From Keita
Main サチが居なくなった。探すのを手伝ってほしい。
────
メッセージで連絡を取り合い、情報を受けた所、どうもサチが黒猫団が寝泊まりしている宿屋から急に姿を消したらしい。
事情は不明ながら、とにかく既に日も落ちて危険が増す時間帯だし、ギルドメンバーリストからプレイヤー追跡機能を使っても居場所が特定できない所を見るに、迷宮区に居るのではないかと思われたためメンバーは大急ぎでそちらに向かったらしいが、キリトだけはフィールドにもマップ追跡不能の場所が有ることを理由に街に残ったらしく、人手不足になりかねないのでそちらの方を手伝ってほしいと言う事だった。
了解の意を返した俺は、すぐにマップ追跡を掛け、キリトのいる方へと向かう。しかし……
『ちょっ!?』
俺が追いつくより前に、キリトの光点も街中で突然消えてしまった。
俺はとにかく大急ぎでキリトの反応が消えた場所へと向かう。
────
そこにあったのは主街区の外れの水路だった。
チョロチョロと小さな水音が響く中、トンネルの中へと続く水路の中から、小さくキリトの声が聞こえた。
「逃げるって……何から」
『?』
聴こえたその声に何の事だか分からず俺は首を傾げる、気がつかれないように近づき、少々彼らには悪いと思いつつも聞き耳を立てる。
「この街から。黒猫団の皆やモンスターから……この世界から」
『…………』
その言葉を聞いて、俺は大体の事情が分かった気がした。多分、三年以上分かれていたとはいえ、長い時間一緒に居たせいもあるだろう。
それから、サチは話し始めた。
死ぬ事がとても怖い事。
以前からその恐怖で不眠症になり易く、ここ数カ月はあるきっかけが有り落ち着いていたものの、最近またしても、しかも今度は完全に眠れなくなった事。
そして、キリトに問うた。何故こんな事になったのか、何故ゲームから出られないのか、何故ゲームで本当に死ななければならないのか、こんな事をした張本人に、一体どんな得が有ると言うのか、そもそもこんな事に……何か意味が有るのか。
『…………』
サチの恐怖を俺は、少しだけだが感じてはいた。
そもそも、あの臆病だったサチがこの階層まで登ってきている事実その物が、実を言えば俺にとっては意外だったのだ。
その驚きを、あの時はサチが成長したのだろうと思いそのままにして立ち去ったがしかし……どうやら、俺はあいつの事をしっかりと見ていなかったらしい。
自惚れる訳ではないが、きっとここ数ヶ月間の間の何処かに、俺なら気付ける要素はあったはずなのに……
キリトが答えを返す。
「多分、意味なんて無い……得する人間なんてのも居ないんだ。この世界は、始まった時点で大事なことが終わった後だったんだと思う」
キリトの答えは、彼なりに必死に考えた上での答えだったのだろう。不器用ではあったがその声からは彼なりの葛藤が聞き取れた。
「……君は死なないよ」
そう言って、必死にサチの不安を和らげようとしているであろう義弟に俺は心の中で感謝する。
今、サチに必要なのは隣に居て不安を和らげ、彼女を護ってくれる存在だ。
キリトは結局未だに自身のレベルを隠したままあのギルドの中にいるが、彼奴が頼りになる存在だと言うのは、サチ自身もうっすらと感じてはいるだろう。
ならば、此処はキリトに任せた方が無難だ。レベル的に下手に介入出来ない俺がしゃしゃり出るより、このままにした方が良い。
そう思った俺は、その後、暫くしてからキリトとサチが水路から出て行き、ケイタから見つかった事を知らせるメッセージが飛んでくるまで、一切二人と接触せず、宿屋に戻ったキリト達と合流してからも、何も知らないふりをした。
キリトが、サチの盾剣士への転向を無理にする必要が無い事や、自分自身に前衛の負担がかかる事には特に問題が無いこと等を伝えるのを聞いてから、結局無駄足を踏ませてしまったと謝るケイタの声を背中に受けつつ、俺は自身の泊まる階層へと戻って行った。
これでいいと。そう確信しながら……
────しかし、後になって振り返ってみれば、なんてことは無い。
あの瞬間、俺はキリトの義兄として。もしかしたらサチの幼馴染としても、ある意味で最も残酷な選択をした。
まだ十五歳の少年に、人一人の「命」を背負わせ……そして何より、その重みから……「サチ」と言う、自分にとっての特別な人間の「命」を背負うそのプレッシャーや責任から、(きっと無意識のうちに)俺は逃げたのだ。
しようと思えば、その重みをキリトと共に背負ってやる事も出来たにもかかわらず、恐れ、眼をそむけ、都合の良い様に自分を納得させて……俺は、そんな最低な選択をした。
そしてその選択という罪は……俺では無く、キリトとサチに牙を向く事になる。
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