MUV-LUV/THE THIRD LEADER(旧題:遠田巧の挑戦)
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13.任官
13.任官
日米合同演習の後、しばらくして巧の任官が決まった。大規模な大陸派兵と、本土防衛軍創設による新体制への移行に伴って、帝国軍の中で大々的な人事異動があったのである。
パンサーズは本土防衛軍に組み込まれることになり、所属する軍が陸軍から本土防衛軍に代わるだけである。しかし巧は別の部隊に任官することが決まった。その話を巧は現在の上官である篠崎から聞いていた。
「特別試験中隊でありますか?」
「そうだ。近年帝国軍が新型の開発に取り組んできているのは聞いているだろう?その新型の試作機が完成したんだ。貴様の任官する中隊はその試験機のテストを行う部隊でな、今回の大規模な人事異動に伴って新設された。」
新型の開発の噂は帝国軍衛士なら全員知っている有名な話で、巧は子供の頃から父親に聞かされていた。
「質問をよろしいですか?」
「何だ?」
「自分は未だ実戦の経験もない新米衛士です。実績も何もない新人を、帝国軍の悲願と言われている純国産戦術機の開発に噛ませる意図は何でしょうか?」
その疑問は当然のもので、通常そういった試験機の開発衛士には熟練の猛者、たとえば富士教導隊のような名の知れた部署から派遣される。
それには二つの理由がある。一つは試作機の値段。試作機とは文字通り試作の機体であり、生産ラインの確保や大量生産の体制が整っておらず非常に希少な上、最先端技術の塊であるために非常に金がかかっている。衛士によって機体の扱いは様々だが、新人より熟練の衛士の方が機体の扱いは丁寧で壊れにくい。
二つ目は試験機の性能限界を新人では引き出せないことに起因する。新型の実戦における潜在能力というものは未知数であり、それを探ることも開発衛士の重要な役割である。しかし新人では新型の潜在能力を存分に引き出すことが出来ないことがほとんどである。急激な加減速、高速旋回、実戦における射撃精度など新人で満足にこなすことができるのは稀であり、また従来機との比較も難しい。
そういった理由もあって新任が開発衛士に選ばれることは今までなかったのである。
「もっともな質問だ。まあ俺に答えられる範囲で答えよう。まず前提としてあるのはお前の能力は新人離れしているということだ。これまでの訓練や先週の日米合同訓練で見せたお前の力が上層部の目にとまったということだな。お前のセンス、戦術機適性なら新型の潜在能力を十分に引き出せると判断されたんだろう。その上でお前が新任だからという点も選ばれた理由の一つらしい。」
「新任だからですか?」
「そうだ。帝国の主力戦術機はF-4の改修機である撃震。新型はF-15を踏み台にし、帝国の技術を結集して作られた最新鋭の機体だ。15年近くの技術格差があり、戦術機の概念も全く新しいものになっている。新型が主力になる際にはそのギャップを埋めることが重要となる。そのために富士教導隊のようなエースだけでなく、お前のように新しい感性を持っている新人や極々一般的な能力しか持たない衛士のデータも必要となる。そのためには通常の試験部隊とは別の部隊を作り、そこでデータを取るというわけだ。」
戦術機の技術革新や概念の変化については巧も日米合同演習で思い知っていた。確かにこれまでの概念を覆すような能力差だった。新型の詳細は分からないが、もし帝国軍の主力がストライクイーグルの様な機体に代わるなら、代変わりは困難なものになると容易に想像できる。優秀な機体も衛士が使いこなせなければ宝の持ち腐れなのだ。
「なるほど……だから『特別試験中隊』なのですね。」
「そうだ、俺はそう聞いている。ただな…」
それまでの口調とは変わって思案するように篠崎は続けた。
「この人事は胡散臭い…。特別試験中隊の任官先は決まっていないが、大陸派遣団とともに海外に行くと言われている。試験部隊が海外に行くなど聞いたことがない。」
「た、大陸派遣ですか!?ということは試験機で実戦をやる可能性があると?」
「そのことは公にされていないし、海外に行くというのも噂の域を出ない。しかし事実なら実戦だろうな。前線に戦力を遊ばせている余裕はない。通常勤務では基地内でデータ取りだろうが、緊急時には出撃することになるだろうな。」
「そんなことあり得るのですか…?試験機に新任を載せて実戦で使うなど正気の沙汰ではありませんよ!」
試験機というものは机上で計算され、さまざまなシミュレーションを経て完成するものである。しかし実際に使わないと分からないトラブルが頻発するのが常である。それを様々な実機試験を経て取り除いていくのも開発衛士の重要な役目なのである。素の状態の試験機で実戦に出れば、敵軍の真ん中で予期せず機体が停止する可能性すらあるのである。無論そうなれば死ぬしかない。
「確かにな…だから胡散臭いんだ。だが軍とは時に理不尽な要求を軍人に課す。そして軍人はそれに従わなければならない。そして悲しいことはその要求が正しいとは限らないことだ。」
巧は総戦技演習の時のことを思い出していた。田上が脱落した後、巧は指揮官として追撃してくる部隊を抑えるために隊員に殿を命じた。それが最善であったかどうかは別として、結果は合格。隊員たちの犠牲には総戦技演習合格の要因という価値がつけられた。
しかし今回の人事で仮に試験機で実戦に出たとき、試験機の不良で隊員たちが成す術なく死んでいったときそこにどんな価値があるのか。『試験機の不良が発見された』などという、犠牲を出さなくても分かったことを知るためだけの犠牲。それは無駄死にだ。
「さて、遠田少尉。お前には二つの選択肢がある。この辞令を受け入れ特別試験中隊に配属されるか、除隊申請を出して家に帰るか。」
徴兵制が復活した今、自己申請による除隊は可能ではあるもののほとんど犯罪である。巨額の罰金を課され、それが出来ない場合は権利を失い強制労働を強いられ、非国民として蔑まれる。兵役から逃れようとする者は多いが、デメリットが大きすぎて普通は自己申請せず兵役を終える。兵役は三年。その間は一応衣食住を保証され、除隊後の職業斡旋の補助もあるのだ。
それに申請が通るとは限らない。申請が通らず、それでも命令を拒否した場合は軍法会議で処刑されることもあり得るのである。
巧の場合は家が遠田技研の創業一族であり、一人息子なので元々徴兵免除の権利がある上に金はある。技術者としての能力も高い。そのため自己申請でも問題なく通るだろう。
しかし遠田はその道を選ばなかった。
「大尉、自己申請などしませんよ。自分にも逃げ道はないのです。それに意地もあります。」
巧は周りからは遠田のボンボンなどと言われているが、それほど余裕のある立場ではない。SES計画で家の資産のかなりを消費したし、そもそもSES計画は遠田技研の未来のための計画だ。遠田技研が他の兵器メーカーに負けず第一線の企業として返り咲くために、そしてそこに勤める社員のために巧の衛士としての経験が期待されているのである。それに巧にも意地がある。巧の人生は衛士になるためのものだった。それを今更やめることなど出来ない。
「任官の辞令、確かに受け取りました。これまでありがとうございました。」
「そうか……。お前のような若者が大陸に派遣され、生贄のような部隊に配属されるかもしれないとは世も末だな。大人として申し訳なく思うよ。」
「大尉、自分は死ぬつもりはありませんよ。確かに過酷な任務で、新人の自分が『覚悟』しているなどとは言えませんが、これは自分にとってはチャンスでもあります。最新鋭の機体に乗って前線で戦い、その経験を活かす。考えてみれば自分にこれほど合った任務もないでしょう。」
巧が不敵な笑みを浮かべて話す。それを見て篠崎は目を丸くして、笑いながら言った。
「くくく……、最後までお前らしいな。今までいろんな衛士を見てきたけどお前のような奴は初めてだったよ。絶対死ぬなよ。生きて帰ってこい!」
◆
巧side
特別試験中隊の辞令を受けてから数日後任官先が決まった。任官地はインドのカルカッタ。やはり大陸派遣組だったか……。まあ大尉から聞いた時から覚悟していたことだがやはり実戦と聞くと怖いな。
腕には自信がある。パンサーズに加わって訓練する中で分かったことだが、俺の戦術機の操縦技術は平均からするとかなり高い水準にある。これは自惚れではなく事実だと思う。今なら篠崎大尉や城井中尉にも負けない力がある。
だけどもちろん無敵というわけではない。シミュレーターでは何回もBETAに食われたし、日米合同訓練も結局撃墜された。実戦だったら死んでいたんだ…。任官先で死なない保証なんてない。『死の八分』などと言われているように新任の死亡率は高い。柳田さんも新任が生き残るのに必要なのは操縦技術ではないと言っていた。 そう思うと城井中尉が言った『戦う理由』という言葉がどうにも気にかかる。
俺は任官先に行く前にもう一回城井中尉と話したいと思った。
今日パンサーズは非番でそれぞれが思い思いの時間を過ごしている。城井中尉は政府が援助している厚木基地近くの保育園に行っているらしい。子供と遊んでいるのだろう。
家族水入らずの時間に行くのは気が引けるが、もう出発まで日がない。ゆっくり話せるのは今日だけだ。
俺は厚木の保育園を訪ねた。保育園の壁には帝国軍のポスターがたくさん貼ってあり、戦術機や兵士達の訓練風景の写真、インタビューで誇らしげに自分たちの仕事を語っている衛士の写真やコメントなどが目にとまる。スケジュール表では厚木基地へ社会科見学に行く日程が書かれていたりと、幼児教育でも軍隊志向が強く反映されているのが分かる。少なくとも俺の記憶ではこんな感じじゃなかった。
俺は事務室で城井中尉は今お昼寝教室にいると聞いたので、そこに向かった。そこでは訓練の時とは全く別の『母親』の表情をした中尉がいた。ギャップが激しすぎて驚いた……。
多くの園児たちや保育士、母親がいる教室には入りづらく教室前でウロウロしていると中尉の方から俺を見つけたのか、目があった。何か見てはいけないものを見てしまったような気がして気まずかったが、用件は果たしたい。俺が一礼すると中尉の方からこちらに来た。
「今日は非番だ。こんな時まで押し掛けてくるとは迷惑な奴だ。」
いきなりこれか…。まあ予想していたことだけど。
「すいません中尉。任官先が決まったのでご報告に来ました。」
「貴様の任官のことなら知っている。一々報告などしなくていいものを。用件はそれだけか?」
「いえ、中尉が先日話していただいたことについて任官前に話しておきたかったのです。」
「……分かった。今日の夕方には帰る。PXで良いか?」
「はい。ありがとうございます。」
巧side out
◆
巧がPXで待っていると城井がやってきた。保育園で見せていた顔はなりをひそめ、いつもの厳しい表情をしている。城井は巧を見つけると正面の席についてきりだした。
「待たせたな。先日の話ということは『戦う理由』か?」
「はい。任官が決まり、中尉に話していただいたことがどうしても気になるようになりました。大陸に行く前に整理をつけておきたいと思いまして…。」
「なるほどな。だが私に言えることはないぞ。そういったものは自分で見つけるものだ。」
「『見つける』ですか?」
「そうだ。少なくとも私はそうだった。私の戦う理由については覚えているか?」
「子供の養育費のためだったと記憶しています。」
「その理由はな、私の連れが死んで、仲間が死んで、戦場で何回も人間が死んでいく様を見て、ようやくたどり着いたものだ。はじめはそんなこと考えず、軍の教えの通りに『世のため人のため』だった。私だけじゃない。どの衛士も大抵は極限に追い込まれないと自分の本心に気づかないんだ。中には大義が即ち個人の理由ってやつもいるが、そんなのはほんの一握りだ。戦う理由ってのは『何のために命を張れるか』ってことだ。実際に命を張る状況にならないと本当のところは見えてこない。」
帝国軍において現状では大陸で戦った経験があるものは多くない。帝国は未だBETAの脅威に直接は晒されていないためだ。衛士で言えば中尉以上の熟練者は大陸での戦闘経験があるが、新任の少尉や多くの若者はニュースなどで情報を得ていても対岸の火事なのである。
「では実戦をするまでは戦う理由は見つからないということですか?」
「極論すればな。戦う理由といっても色々あるんだ。建前、本心、本能…、人それぞれだ。だが大事なことはな、本人が見えなくてもそれがあるかどうかだ。実戦で命をかける状況になったときにそれが有るか無いかでは大きな差がある。それがない奴はBETAを前にしてただただ恐怖して死んでいく。理由があれば死なないということではないが、強い理由は生き残ろうとする意志を支える力になるんだ。私がお前に対して抱く懸念は、幼いころから純正培養された衛士であるお前が、本当に大切だと思える理由を持っているかどうかだ。どうなんだ?」
巧はすぐに答えることが出来ない。先日の問答から今日まで巧なりに悩んできたつもりだったが、その実一歩も前進していない証拠だった。
「言ったように今答えられるとは思っていない。だがな、今日保育園に来てお前どう思った?」
「えっ……?」
急に話が変わり戸惑う巧。今の話と何の関係があるのか?
「具体的に言えば保育園の雰囲気というかそういうものだ。何か違和感を感じなかったか?」
そう言われ保育園に貼ってあったポスターやスケジュール表を思い出す。
「俺のころと比べて軍の志向が強く出ていたと思います。」
「そうだ。今のところBETA戦争は大陸が主戦場だが、今後東進が止まらなければ当然帝国本土が舞台となるだろう。それを見越して今大幅な教育改革が進んでいる。全学徒総動員で軍に尽くし、男も女も兵士となって戦う。そんな時代はもう目の前だ。だから幼いころからそういった状況になじめるようにしているのさ。国のために戦って当たり前、世界のために命をかけようってな。だがそんな風に訓練漬けの毎日を送る子供たちが、自分の大切なものを見出すことができるとは私は思えない。」
そこまで言われれば巧にも城井が言いたいことが分かった。城井は巧が今の園児たちと同じだと言っているのだ。衛士になることを第一義として生きてきた人間が、それ以外のものに命をかけるだけの価値を見出せるのか。そう言っているのだ。
「だから中尉は俺にあんなことを…?」
「どうなんだろうね。あの時はほとんど私情だったし、なんとも言えない。でも一つ確かな事は……私はお前に死んでほしくないってことだ。いや私だけでなく幼い子供たちすべてにとってお前の生死は重要な意味を持つ。生まれてから真っ直ぐ軍人を目指してきたお前が戦場で確たる意志を持って戦い、生き残ることができれば…それは大きな希望になるんだ。」
そういう城井の表情は今までのような疎ましく思うものではなく、いつもの厳しいものでもなく、とても真摯なものだった。それを見て巧は自分の中で言葉に出来ない何かが固まるのを感じた。それはとてもあやふやな気持だったが、城井から託された大事なものだということは理解できたのだった。
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