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弱者の足掻き

作者:七織
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十話 「登っているのか降りているのか」

 
前書き
テストが終わって久しぶりの投稿。自分の地の文の稚拙さを知り精進する構えです。

今回テスト的に地の文と会話文の間の感覚を一行多くしました。
前回までの方がいいか今回の方が見やすいなどありました行ってくれると嬉しいです。
会話文どうしの間も一行開けるか考え中。


 

 
 目の前には階段がある。とても長い階段だ。自分はその一番上まで上がりたいと思っている。
 一段一段最後まで上がることは許されていない。いや、そんな時間はないといったほうが正しいだろう。

 助走をつけて一息で跳ぼうか? そう思うが頂上までの距離は思ったよりも高く自信がない。跳びきれず足を打ち付けのたうち回る様が容易に想像できてしまう。
 そう思い一段登る。時間の許す限り少しでも登り近づけばそれだけ楽になるからと。
 そしてもう一歩、足を進めるのだ。少しでも楽になるために。跳ぶ距離を減らすために。

 霞と見えない頂上に手を伸ばすために。










 
「今回はこれや」


 いつもと変わらぬ胡散臭い表情をした火車から渡された紙を読む。
 頼んでおいた通りの情報に流石だと内心舌を巻いてしまう。一体どうやって仕入れてきているのだろうか。


「これで何回目やったけ。そないな情報知ってどうするん?」
「少しこいつらに用があるんですよ」
「……知り合いなんそいつらと? あんま褒められたことやないで」
「いえ全く。名前を聞いたこともありませんよ」


 軽く手を挙げて無関係を訴える。あんな連中と同類だと思われるなんてゴメンだと俺は返す。
 していることも全く違ってこちとら善良な一般市民ですよ。


「いずれ何がしたいのかわかりますよ。それで証明します」
「何を言いたいのか分からんが、まあええ」


 火車との付き合いも数ヶ月。そこそこの信頼も結んである。
 確かに火車が疑問に思うのも仕方ないことだ。何せ初めて会った時からずっと頼んでいることだからだ。とある連中の捜索。大雑把でいいと頼んだのに毎回詳細に教えてくれる辺り気前がよくてありがたい。
 狐を思わせる男、火車の網はどこまであるのか。今のところそう遠くまでの事は頼んでいないが一回うんと遠くの事を頼んでみたらどうなるのか少し気になる。


「変な頼みごとなら受けんで」
「そんな事するわけないじゃないですか嫌だなー」


 キセルを蒸して向けてくる細い目に誤魔化す様に返しそそくさと紙を懐にしまう。
 ちょっと風の国のこととか岩の国の特産物欲しいなーとか思ったりとかしてないですよホント。ボク嘘つかない。


「さっきの連中少ししたらどっか行ってまうで。別の連中でもええなら別やけどはよしいや」
「何日くらいかわかります?」
「そやなぁ……三日四日はおると思うで。念のため動くルートもいくつか書いといたさかい」


 山中の道がいくつか予想で書かれている。これだけあれば十分過ぎる。
 頭の中でするべきことを軽く計算する。今のところ問題は何一つない。するべきことはなんて事はないゴミ掃除と経験値積みで俗に言うレベルアップでしかないのだ。
 問題は俺が保つかだが、まあ、大丈夫だろう。無責任なことには自信がある。


「知り合い……というか仲間なんですけど、後で連れてきていいですか? 信用できる奴なんで」
「んー、まあ信頼できるならええで。仲間の信頼はその人の信頼でもあるしな」


 火車は済ました顔で言っているがつまりそいつに問題があれば俺の信用も傷つく、と暗に告げられたわけだ。


「その辺は大丈夫です。俺なんかよりずっと真面目で、素直なやつですから」


 店を出て帰途につく。
 既に季節は秋。肌寒さを感じさせる夜風に揺られ息を吐きながらこれからの事を思う。もう振り返るには遅い。覚悟を決めなくてはならないがそれが嫌でつい回り道をしたくなる。
 『誰かの為に』 そう言えたら楽できっとそいつは人を思いやれる善人だ。
 『自分の為に』 そう言えたらこれもまた楽で割り切れるだろう。
 いつになったらそう割り切れるのか。その答えが見当たらない。
 いつまで経っても自分は曖昧で、けれど理由を押し付けている。


「……帰るか」


 答えなど見つからないまま歩く先を見て見ぬ振りする自分はどこに辿りつけるのだろう。












 道具の手入れというのは大事だ。刃物の切れ味なら言わずもがな。サビや湿気など道具の力を十全に発揮するにあたり手入れというのは重要な役割を果たす。
 例えば刀。白木の鞘に入っているのは錆を防ぐ意味もある。素手で触りなどしたら持ち主に怒られることは必須だろう。
 刃物の手入れといえば基本的には研いで油を塗ること。油膜は空気による酸化から守ってくれる。
 例に漏れず俺と白は自室で手持ちの刃物の手入れをしていた。
 朝っぱらから床一面に形も違う大小様々な刃物が転がっている様は一般人から見たら通報必死な有様だろう。火薬とかもある。発見を防ぐために一応ではあるが鍵はかけてあるしそもそも登ってくる足音でわかるので問題はないが。


「そっちは終わったかー?」
「一通り研ぎ終わったので仕舞ってます。そっちはどうですか?」
「こっちも終わりだ。意外と楽しいなこれ」


 砥石から上げたチャクラ刀を見ていると水に濡れキラリと光るその刃に思わず見入ってしまう。どんな切れ味がするのかつい指を当ててスっと引きたくなって……


「イツキさん!」
「やらねぇから叫ぶな煩い」


 ハサミとかならまだしもこんな切れ味が良さそうなのでするわけがないだろう。少し危なかったけど。
 手入れが終わったものを仕舞い、その内必要なものをカバンとホルスターに入れて押入れの奥や天井裏に隠す。


「あの、ホントにするんですか」


 不安を瞳に浮かべ白が俺を見る。
 それは酷く真っ当な感情と疑問で優しい白は俺にそれをぶつける。


「変えるつもりはない」
「ですが……」
「『ですが』じゃねぇよ」


 だがその疑問をわざわざ受け入れるつもりもないし辞めるつもりも更々ない。何を勘違いしているのだコイツは。
 白の顔を鷲掴み壁に押し付け、驚きに震えている白に顔を近づける。


「そりゃ前にいったよ俺は。自分で考えていいし俺の言うことに逆らっても良いってさ。でもそれは最終的に『俺の利益』になるか『邪魔をしなければ』って言ったよな。で、今回どんな理由があるの?」
「それは、その……」

 
 無いだろうねそりゃ。お前の良心が原因なんだからさ。でもそれいらないから。
 

「割り切れよ。お前何だっけ?」


 叛意はいらない。名前すら呼ばない。
 暴力でなく精神で。存在を問う言葉をぶつけられた白は一瞬震え、そして直ぐに穏やかな顔で口を開く。


「イツキさんの道具……です」
「その通り」


 満足のいく言葉が聞けて白を解放しその頭を撫でる。
 最近こういうことしていなかったいい薬になるだろう。鞭と飴は定期的にやらなくては相手が勘違いしてしまう。白の場合は大丈夫だと思うが、それでもしないよりはいい。


「罪悪感なんか俺に押し付けろよ。俺に言われたからやった、命令されたからだって。お前が優しいのは知ってる」
「分かりました」


 ふと昔どこかで聞いた質問が思い浮かぶ。戦場で戦う兵士が何故敵を殺すのかというもの。一番多かった理由は『命令されたから』だとか。理由を外に預けるというのは気が楽になる行為だ。


「さっきは悪かったな。ちょっと気が荒れてるらしい」
「僕は大丈夫ですから気にしないで下さい」
「助かる。これからも意見があったらドンドン言ってくれ。裏切ったりしない限り白の好きにな事していいし、俺の為になるなら俺なんて無視して自分の意志で動いてくれていい。言うこと聞くだけの人形はいらん」
「裏切ったりなんかしませんよ。存分に使ってください」
「その点は信頼してるよ」


 時計を見れば既にカジ少年たちと会う予定の時間だ。そろそろ動いたほうがいい。


「行くぞ。カジ少年に頼んだ件がどうなってるかにも関わるしな」







「おーいイツキ、泊まるの大丈夫だぞー!」


 ブンブンと手を振って己の存在を誇示しながらカジ少年が言う。
 いつもの広場にいるのはいつもの連中だ。呼んだ覚えもないのに何故かいるのが不思議だ。

 
「本当か。助かる」
「おう! ごまかすくらい楽勝だぜ」
「よくやった。ほーらお駄賃だぞ~」
「わーい、ってアホか!」


 差し出したサンドイッチを前にカジ少年はノリツッコミをしつつ蹴りかかってくる。元気いいなこいつ。
 受け取ったサンドイッチをほおばり無言になったカジ少年をよそに他の連中が寄ってくる。


「何頼んだのイツキー」
「ん? ああ何日か俺がカジの家に泊まるって口裏を――」
「カジの家泊まんの? いいなオレも泊まってさわぎたい」
「いやだから実際は泊まって――」
「オレらも泊まろうぜハリマ。なあカジいい?」
「皆でカジんち行くかー」


 話を聞けキサマら。あと少女を巻き込むんじゃない。その子引っ込み思案だから誘われて嬉しそうだけどお前らの集まりとか絶対後悔するから。
 まだサンドイッチが食べきれていないカジ少年は頬にマヨネーズを付けたまま無言で親指を立てオッケーを示す。親に聞けよそこは。


「それで、イツキくんは何頼んだの?」


 いい質問だ少女よ。他の連中だとラチあかないからこっからは君の質問だけ答えよう。


「カジの家で何日か泊まってるってことにして欲しくてな。その口裏合わせてくれって頼んだんだ」
「家の人には言わないの?」
「まあね」
「何で? 何するの?」
「家出」


 まあ嘘だけど。
 その言葉に興味深そうな顔を少女は浮かべる。他の連中も面白そうな顔をしてどこに行くだのなんだの聞いてくるがあいにく少女以外の質問に答えるつもりはない。

 
「いいなー楽しそう。白ちゃんも一緒?」
「ええ、一緒です」
「何処行くの? 教えて教えて」
「それは、その……」
「秘密。まあ数日で戻ってくる予定」
「いいなーいいなー。そういうの凄く良い。何か冒険、って感じするよね」


 目を煌めかせた少女は期待に満ちた想像を浮かべ嘆息する。
 落書きの時に話を聞いたがこういった事に憧れているのだ。俺自身そういった思いはわかる。特にこの年頃なら大人のいない時間や空間、自分だけで何かするということに憧れている時期だ。

 
「まあそういう訳だから俺と白は暫く出かける。何か聞かれたら口裏合わせてくれると助かる」
「白ちゃんもなんだいいな。分かった、了解しました!」
「ありがとう。後で何か礼するよ」


 敬礼みたいに軽く手を頭にあげ元気よく了承してくれた少女の笑顔が眩しい。
 サンドイッチを食べ終わったカジ少年がやっとこさ口を開く。


「イツキこれ何の肉?」
「猪の肉。白がチャーシュー作った」
「いろいろ試してみようと思いました。味はどうでしたかカジ君?」
「美味い。もっとくれ!」
「ねぇよ」


 お手軽チャーシューを作ってみたのだが意外に好評だ。取った肉は多くて処分に困るのでレパートリーが増えるのは助かる。
 伸ばされた手を叩かれたカジ少年はつまんなそうに呟きながら手を引っ込める。


「まあそういうわけだから頼むよお前ら。後で何かやるから」
「もっと肉くれ肉!」
「オレも食べてみたいからそれでいいや」
「オレも何か食いたいから作ってくれよ」
「私も食べてみたいなー」


 どいつもこいつも安い礼で助かる。後で適当に作って持ってきてやろう。
 
 






 友人の家に泊まる。仲の良い者同士なら経験したことのあることの一つだろう。
 家に招くや家に遊びに行く、というのよりも上の行為。無防備を晒し共に就寝をするという以上それは当然だ。
 それはつまり相手との中がいいということを示す指針でもあり、保護者からしたら心配でもあると同時に嬉しさもあることが多い。
 その例に漏れず、なのかは定かではないが庵のおっさんもカジ少年の家に泊まりに行くという事を聞き二つ返事で了承してくれた。


「迷惑かけてくんなよ。文句言われるの俺なんだからよ」
「大丈夫ですよ」
「白の方は心配いらないがお前はなぁ……」


 泊まりに行く為の荷物も少ないラフな格好をしている二人を見ておっさんは酷く失礼なことを言う。

 
「まあいい。変なことして愛想つかれねぇよにしろよ」


 一人の食卓でおっさんは酒をチビチビと飲みながら猪のチャーシューを齧り視線を向ける。


「仲良くしてくれるダチがいるってのは大事だ。お前にそんな奴がいるってのは驚いたが、ホントにそんな奴がいるなら仲良くしとけ。少し安心したぞ」


 カジ少年たちと最初に知り合った理由はなんだっただろうか。確かなんでもない理由だった気がしたが思い出せない。
 けれど良いやつだとは知っている。いや、知ったのか。


「大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「そうか」
「はい。じゃ、行ってきます」
「行ってきます庵さん」
「おう行って来い」



 外に出て少し時間を置き、そして戻って音を立てずに屋根へと登り白とともに部屋に入る。
 隠しておいたカバンとホルスターの中身に間違いがないことを確認して取り直ぐさま部屋から出る。これが無くては意味がない。


「そういえばさ白、カジ達と知り合った理由って覚えてるか?」
「覚えてますよ」


 火車から渡された紙を見ながら歩く夜道で飛ばされた問を受け白が静かに語る。


「確か神社の階段でぶつかったんですよね」
「……ああ、そういやそんな事あったな」


 この国に来てまだ間もない頃に街に何があるのかと歩き回っていたことがある。それで神社に行ったときに階段の反対側を走る少年とぶつかった。ふらつきから戻ったその少年はこちらが文句を言うよりも早く捨て台詞を吐いて逃走したのだ。

『おい何走って――』
『あぶねぇだろバーカ!』

 その後一通り街を周り適当な子供の集団に話しかけたらリーダーが不在。そして戻ってきたのがその少年、カジだった。軽い言い争いから乱闘に移り俺が圧勝しかけたところでゲームで決めようと提案が出された。そして白と二人で圧勝をし続けるも認めないカジ少年によって何度もゲームが続きそのままなし崩し的に他の連中とも知り合って仲良くなったのだ。
 ずっと昔の記憶。思い返してみると下らないものだ。


「あの時俺は階段の横の地面に足つけたんだよな。咄嗟にお前も支えてくれようとしてさ」
「そうでしたっけ?」
「そうだよ。確かな」


 夜風が少し冷たい。吐いた息が白くなるのを見ながら人気の少ない道を歩き過去を振り返る。


「階段って言えばさ、やったことあるか? 何段一気に跳べるかとかさ」
「いえ、ありませんがどんな物なんですか」
「そのまんまだよ。助走つけて跳んで、一気に上まで登る。上まで一段足りなくて最初一段登って始めるんだけど、助走つけられないから余計跳べなくて段差に膝ぶつけて見てる奴に笑われたりしてさ」
「楽しそうですね」
「降りる方もあってさ。一気に跳び降りて足が痺れるから膝曲げて衝撃殺そうとして、跳べたからってもっと上の段差から跳ぼうとして、でも怖くて一段二段って降りて跳んで、これまた助走足りなくてこけそうになってさ」


 懐かしい、もう戻れない記憶を語り、それを白は黙って聞いていく。
 跳んだ場所は学校だっただろうか。それとも同じに神社とかだっただろうか。これなら跳べると思って跳び、無理なら一段詰めて跳ぶ。
 俺がしたいことも結局はそうなのだ。跳んだ時少しでも足を痛め無い様にしたいだけ。


「そういえばさ、あの時の俺、登ってたんだっけ。それとも降りてたんだっけか」
「下に降りていたんだと思います」
「そうか。俺は上に向かってると思ってたよ。……あの時はさ、横に足を下ろすことができたんだよな」


 何か言おうとして、けれど何も言えなくて俺は曖昧に白い吐息をもらして口を紡ぐ。
 そんな俺に何か言いたげに見つめ、けれど何も言わずにただ黙って笑顔を向ける白の頭を乱暴に撫でた。
 

 夜の闇の中、俺たちは紙に記された場所へとただ静かに向かっていった。
 
 

 
後書き
次回いきなり修羅場予定。
今月中に載せる予定。頑張る。

感想などありましたご自由に。



自家製チャーシュー楽だから作ってみると美味しいよ!
自炊勢の味方鳥胸肉ももっと味方になります。
 
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