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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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無印編
  第十五話 裏 中 (なのは)





 高町なのはは、朝から機嫌がよかった。
 今日は休日で、朝から友人である翔太と一緒にいられるからだ。ここ最近のジュエルシードの集まりは確かに悪いが、なのはにとっては、この時間が長引く要因にしかならないのだから望むところである。

 今日も朝から、兄の恭也を伴って翔太と海鳴の街を地図を片手に歩いていた。なのはにとっては住んでいる街でも、ジュエルシード探しを始めてから行った場所は初めての場合が多い。気分は、まるで冒険のようで、なのはの心をワクワクさせていた。

 楽しみといえば、翔太と一緒に見知らぬ土地を歩く冒険気分もそうだが、歩いている途中の会話もなのはにとって楽しみになっていた。なのは自身は話すことは苦手だ。苦手と言ってしまうと語弊があるが、話すのがワンテンポ遅れる。それは、なのはがこれまでの十年足らずの人生の中で、人に嫌われるような言動を極端に嫌うからである。受け答え、あるいは発言する前にどうしても人に不快感を与えないか、嫌われないか考えてしまう。それが、ようやくできた友人である翔太であれば尚のこと。
 だが、翔太は一年生のときになのはの受け答えの遅さに逃げていった同級生とは違い、嫌な顔一つせずになのはの答えを待ってくれる。最近は、大体、翔太が何を言っても不快感を与えていないことに気づいたため、前よりも若干受け答えのタイミングは改善されている。
 その内容の中にはなのはが翔太との会話についていけるように翔太が話題にした内容を覚え、まねをするという涙ぐましい努力もあるのだが。

 それらの甲斐もあって、なのはは一人、家か商店街で過ごす休日とは180度異なる休日を過ごしていた。

 先日までは少し自然が多かった場所を捜索していたが、どうやら段々と海鳴の中心街に近づいている。その証拠に高層ビルが段々と増えてきた。このように自然が多い場所を優先して捜索してきたのは、探索魔法の効率の違いだ。探索魔法は基本的に人がいない方が精度もいし、範囲も広い。なぜなら、中心部には人が多すぎて、彼らの思考がノイズとなって精度と範囲を狭めるからだ。

 なお、今現在も探査魔法はユーノが一人で行っている。なのはも先週、一人でジュエルシードを見つけて封印して以来、探査魔法が使えるようになったが、そのことはまだ誰にも話していない。なのはが探査魔法を使えることを知っているのはなのは自身とレイジングハートだけだ。

 なのはが探査魔法を使って捜索に協力しないのは、なのはが探査魔法を使って協力すると、単純に考えても効率は二倍、いや、なのはの魔力等々を加味すると四倍ぐらいまで跳ね上がる。だが、その代償として捜索時間が短縮されることになる。一見すると、メリットのようにも思えるが、なのはがジュエルシードを探している理由が翔太と一緒にいる時間を過ごすということを考えれば、そのメリットはなのはにとってデメリットにしかなりえないのだ。
 だから、なのはが探査魔法を使えることは内緒であり、現在もユーノ一人で遅々として探査魔法を使って探索している。なお、これからの探索は、市街地に入り人が増えることもあって、さらに範囲が狭まり、時間がかかるらしい。
 渋い顔をしていた翔太には悪いが、なのはとしては望むべき状況だった。

 さて、市街地に入り、住宅街や自然が多い公園とは異なり、娯楽施設が増えてきた。例えば、ゲームセンターなど主たる例だ。なのはにとってゲームセンターなどは未知のものだ。一人でゲームセンターに入るような趣味もなかったし、友人がいなければ、一緒にゲームで遊ぶことはない。さらに言うと、興味がなかったため、ゲームセンターがどのような装いをしているかもあまり知らなかった。

 なのはがゲームセンターの装いを知るようになったのは、ユーノが翔太にゲームセンターについて尋ねたからだ。ユーノがやけにUFOキャッチャーが正面においてある建物を見て、あれは何? と尋ね、翔太が答えたからこそ、なのはもゲームセンターの装いを知ることができた。

 ―――ああ、あれがゲームセンターなんだ。

 一年生の頃、なのはがまだいい子であることを演じようとしていた頃、噂に聞いたことがある。だが、まだ幼稚園から卒園したばかり、小学校に入学した頃のなのはたちにとって、ゲームセンターなんていうのは、危険な場所という認識であり、本当に話でしか聞いたことがなかった。

 だから、初めて見るゲームセンターにUFOキャッチャーともう一つ入り口からずらりと並んでいる箱が気になった。そこから出てきた同い年の女の子がきゃっきゃっ、ワイワイ言いながら楽しそうに何かを見ていたからだ。その光景があまりに楽しそうでなのはは思わず足を止めて見てしまった。

「ん? なのはちゃん、どうしたの?」

 そのことに気づいたのか、翔太が足を止めて振り返る。そして、翔太がなのはの視線の先を追い、納得したように頷いた。

「ああ、プリクラだね」

「ぷりくら?」

 その響きは聞いたことがあった。なのはのクラスメイトたちが休み時間にその『ぷりくら』とかいうものを貼った手帳を広げてお喋りに花を咲かせているのを見たことがある。
 もちろん、今まで友達がいなかったなのははプリクラなど撮ったことはない。話には聞いていたが、どうやって撮るかも知らないし、どんなものかも具体的には知らなかった。

 しかし、翔太がそんなことを知る由もない。なのはが視線で追っていたのをどういう風に勘違いしたのか、ポンと手を叩くと奇妙な提案をした。

「プリクラ撮りたいんだね」

 女の子は好きだからね、とか零しながら、手馴れたようにゲームセンターに歩いていく。え? え? と思いながらもなのはは追いかけるしかなかった。護衛として着いてきている恭也もやれやれ、という態度で後ろからついてきていた。

 慣れたようにゲームセンターに入り、プリクラの大きな機械に入る翔太を見て、もしかして、こんな風に何度もプリクラを撮ったことがあるのだろうか。そう思うと、なぜか胸がチクリと痛んだ。相手は、先週の休日に楽しそうにテーブルを囲んでいた彼女たちだろうかと思うと胸が苦しくなる。

 ―――私は、ショウくんだけなのに……。

 翔太が相手というだけで満足していないわけではない。一年生の頃に憧れだった翔太がなのはのことを友達だと認めて、こうして一緒にプリクラまで撮ってくれるような仲にまでなったのだ。それで満足しないわけがない。だが、さらに欲を言うなら、なのはが翔太だけのように翔太もなのはだけになってくれれば、それは誰にも邪魔されず、ずっと二人でいられるということで、きっとそれは今よりもずっとずっと幸せなことに違いない。

 だが、それはしょせんなのはが夢見る幻想だ。翔太はそれを望んでいない。ならば、なのはも望まない。ただ、なのはと翔太だけの二人だけという空間を夢見るぐらいは許して欲しいものである。

 さて、なのはの願望はともかく、翔太は手馴れたようにプリクラの機械の一台に入るとお金を入れ、カチカチカチと操作を始めた。なのははそれを物珍しそうに見ているしかない。翔太の操作で背後の壁紙が変わったときには酷く驚いたものだ。そんな風にいくつか操作を繰り返すとどうやら撮影の段階に入ったらしい。

 もっとも、なのはには状況が理解できない。翔太の言われるままに機械に入り、操作は任せたまま、フレームがなんとかといわれてもなのはにはまったく分からず、翔太にすべてを任せていたからだ。

 やがて、カウントダウンが始まる。だが、目の前の画面では、周りに白い花が散りばめられ、真ん中の開いた空間に翔太と半分だけ白い花に隠れてしまっているなのはがいるだけだ。このままではなのはが半分だけ切れてしまう形になるのだが、無情にもカウントダウンは止まらない。混乱しているなのはでは状況判断ができなかった。このまま、カウントダウンが終わってしまうのか、と思ったが、カウントダウンがイチ、ゼロとカウントする直前で、翔太がなのはの肩を掴み、翔太に近づけた。

 結果として、なのはの肩と翔太の肩がくっついた状態でシャッターが切られてしまったのだが、それはちょうど周囲を花に囲まれた翔太となのはという形で綺麗にフレームに収まっていた。

 翔太は笑っており、なのはは少し驚いた表情をしていた。

「えっと……これでいい?」

 少しだけ気まずそうに翔太がなのはに尋ねた。おそらく、プリクラがこれでは残念と思ったのだろう。幸いにしてこの機種は取り直しができるようだ。だが、なのははそれを拒否した。せっかく翔太と一緒に撮った初めてのプリクラなのだ。なのはの表情がどうであれ、消すなんてもったいなくてとてもできそうにない。だから、なのはは一枚目をそれで承諾した。

 さらに撮影は続く。だが、二枚目は真ん中にユーノを挟んで、三枚目は後ろに恭也も足した状態で撮った。特に恭也は仏頂面というのはどうなのだろう、と慣れてきた三枚目には演じた笑みを浮かべているなのはは思った。

 三枚のプリクラの撮影が終わり、待つこと五分程度、プリクラといわれるように同じような写真が何枚も写ったものとして出てきた。どうやら、全部で6枚が3セット。合計18枚らしい。三種類をそれぞれ3枚ずつではさみで切って翔太がなのはに渡してくれた。

 気づけば、どれにも落書きがしてあった。なのはと翔太の初めてのツーショットである周囲が花で囲まれたプリクラにはなのはと翔太の洋服の部分に今日の日付と『海鳴市探索にて』という落書きがしてあった。

 なのははそれらのプリクラを胸に抱きながら、一生の宝物にしようと心に決めた。



  ◇  ◇  ◇



 タクシーでジュエルシードが発生した場所へ向かう途中、なのはの心の内は期待と不安で揺れていた。

 期待は、ジュエルシードが発動したことによる期待だ。ジュエルシードを封印できるのはなのはだけ。ならば、ジュエルシードを封印すれば、また翔太に認めてもらえるはずだ。それはなのはにとって至上の喜びである。甘いものを食べたときのように甘美なものである。それを得られるのに期待しないはずがない。

 もう一つの不安は、この場所に向かう途中で翔太が話していた内容によるものである。彼が口にした『すずかちゃん』という言葉。親しみ具合から察するに相当親しい友人なのだろう。親しい友人というのは嫌でも先週の嫌な感情を思い出させる。あの足の下から崩れていきそうな絶望感と不安感。翔太の親しい友人がいるというだけでそれを感じてしまう。自分以外と楽しそうに話しているのを見るのが嫌だった。もしかしたら、ジュエルシードを封印するなのはよりも、彼女を優先してしまうのではないかという不安である。

 それらの期待と不安に揺られている最中、それらを一気にかき消す出来事が起きた。

「……ジュエルシードの反応が消えた?」

 無意識のうちに呟いてしまった。

 そう先ほどまでは頭の隅で嫌というほどに存在を主張していたジュエルシードの反応が不意に消えたのだ。綺麗さっぱりと。いくら意識を集中させて細かく探ったとしても欠片も反応を見つけられない。聞いた話によるとジュエルシードは自然に消えることはない。もしも、消えるならなのはは必要であるはずがない。
 だが、こうして反応が消えた。それが意味するものは―――。

 なのは一瞬、答えを見つけることを拒否した。だが、自然となのはの頭は一番なのはが否定したかった解を導いてしまった。

 ―――なのは以外の誰かがジュエルシードを封印した。

 その結論はなのはにとって脅威だった。翔太に唯一上回るなのはがなのはである存在意義とも言うべき魔法を使うことができる。ひいては、ジュエルシードを封印することができるという要素がなのは以外の誰かも持っているということに他ならないのだから。

 それはなのはにとって脅威だ。もし、もしも、その人もジュエルシードを探していて、もしもなのはよりも優秀だったとしたら、きっと翔太はなのはのことなど捨ててその人へ走ってしまうかもしれない。それは、なのはにとって否定しなければならない現実だった。だが、その現実はタクシーに乗っていれば自然と近づいていてしまう。

 ―――また、またあの絶望感を味わうのか。

 なのはは先週のあのすべてを失うかもしれない恐怖を再び感じていた。座っているためあまり目立たないが、足が震えている。もしも、地面に立っていたなら膝をついて崩れていただろう。それほどの恐怖だ。もし、翔太が近くにいなければ、寒気すら感じ、自分の肩を抱きしめて、温もりを逃がさないようにしていたかもしれない。今、それをかろうじて回避できているのは翔太が隣にいるからだ。誰でもない高町なのはの隣に。だから、まだ温かさを感じられる。この現実が嘘ではないと信じられる。

 壊したくない。失いたくない。

 それがなのはにとっての今のすべてだった。あんな暗かった過去なんていらない。未来もいらない。この翔太の隣に立って温かさを感じられる今だけでいい。この今を壊したくない。失いたくない。

 だから、もしもこの『今』を壊すようなことがあれば、そのときは――――。

 なのはの心の内を知らず、翔太とタクシーを乗せたジュエルシードが発生したであろう土地へと二人を運ぶのだった。



  ◇  ◇  ◇



 ―――可愛い。

 大きな門をくぐって西洋風の左右の扉が開く片方の扉から出てきた少女を見て、なのはは素直にそう思った。

 黒い服を身に纏った女の子。なのははあまり好きではない色だ。黒が穢れているような気がして、理想である翔太の隣に立つには、あまりに不釣合いな気がして。しかし、それらを鑑みてもなのはは、黒いワンピースを身に纏った少女を可愛いと思ったのだ。

 女の子であるなのはでさえそう思ったのだから、翔太は言うまでもない。一瞬、呆けたような表情をしたかと思うと、すぐに取り繕って、彼女を褒めるような言葉を言う。彼女は、その言葉を聞いて頬を染めていた。

 そのやり取りを見て、なのはは何とも形容しがたい感情に襲われた。いうなれば、羨ましいという気持ちが半分、悔しいという気持ちが半分といった感じだろうか。一瞬、呆けた―――いや、見惚れたような表情をした翔太に対しては、怒りのようなものを抱いたが、翔太に怒りを抱くはずがないとすぐにその感情は打ち払った。

 なのはは、自分が可愛らしくないことを自覚している。いや、顔の造詣で言えば、あの桃子の子供なのだから、十二分に可愛いのだろうが、問題は一切着飾っていないということである。なのはが着ているのは、少女のような可愛らしいものではない。近くの量販店で買ったようなトレーナーとスカートだ。着飾る要素など何所にもない。

 ―――お母さんに相談してみよう。

 そういえば、桃子は去年は休みのたびに度々、買い物に行こうと誘われていたのだが、どうせ見せる人もいないし、制服だし、買ってきたもので事足りるから、と拒否してきたのだ。その付けが今来ているといっても過言ではない。もしも、桃子に誘われたときに一緒に買い物に行って、可愛らしい洋服を着ていたら、きっと翔太も褒めてくれるに違いない。

 しかし、買い物ぐらいで翔太と一緒にいられる時間を削るのは勿体無いと思ったが、よくよく考えれば、一緒に買い物に行けばいいのだ。そうすれば、翔太が気に入った洋服だって選べるのだから。

 なのはは、翔太が少女が着ている黒い洋服を褒めているのを見て、黒もいいのかもしれない、と思いながら、今度の休日にどうやって翔太に買い物に誘うかを考えていた。

 なお、なのはが今度の休日に思いを馳せている間に翔太と忍の話し合いで森に行くことが決定しており、我に返ったなのはは慌てて翔太の後を追うのだった。



  ◇  ◇  ◇



 結局、封印されたジュエルシードも何も見つからなかった。見つかったのは戦闘を行ったであろう跡地のみだった。なのはにとっては、ジュエルシードが見つからなかった以上、あまり興味はなかった。ただ、ジュエルシードを封印したであろう魔導師には危機感を抱いたが、今は見つからない魔導師を気にしても仕方ない。

 それよりもなのはが気にするべきなのは、月村家の邸宅から出てきた先ほどの可愛い洋服を着ていた女の子とセミロング金髪を靡かせた少女の存在だ。特に金髪の少女はなのはに見覚えがあった。
 そう、先週、なのはを笑い、嗤い、哂った少女である。その少女を見たとき、思わず翔太の後ろに隠れてしまった。怖かったからだ。あのときの感情を思い出してしまったから。まるで自分がいないように翔太と少女が話すのも起因しているのかもしれない。

 やがて、話は後ろに隠れているなのはについてに移った。

「それよりも、あんたの後ろにいるのは誰よ?」

「ああ、彼女は、僕の友達で、話していた一緒に探している高町なのはちゃん」

 翔太が金髪の少女になのはを紹介する。

 翔太のなのはの紹介を聞いてなのはの感情は有頂天になる。翔太はしっかりとなのはのことを友達だと紹介してくれたからだ。ただ、それだけでなのはの気持ちは舞い上がる。口に出さずとも分かることであってもしっかりと言葉にして表に出してくれたほうが嬉しいからだ。

 だが、そのなのはの有頂天ぶりも次の翔太の言葉で一気に奈落へと突き落とされる。

「そして、彼女たちは僕のとも―――親友のアリサ・バニングスちゃんと月村すずかちゃん」

 ―――シンユウ?

 一瞬、なのはは翔太が何を言っているか分からなかった。
 翔太は、なのはのことを友達だといった。ならば、目の前の少女たちは? 友達? 違う。翔太ははっきりと口にした。

 ―――彼女たちは親友だと。

 なのはにとって親友という言葉は、辞書には載っていても使われない言葉だった。なぜなら、親友とは友達とは違う。もっと親しい関係だ。友人さえいなかったなのはにとってはハードルの高い存在だ。特になのはの理想である翔太がなのはを友達と言ってくれるのはある種の誇りでもあった。それが、たとえ、魔法というたった一つの要素で結ばれた細い要素であったとしても。

 だが、目の前の少女たちは、翔太の親友らしい。翔太が言うのだから間違いない。自分より高い位置に立っている存在の出現になのはが彼女に嫉妬しないわけがなかった。

 ずっと魔法を頑張ってきたのに。それでも、まだ友達なのに。まだまだ頑張らないとダメなの。そうしたら、ショウくんは自分も親友と認めてくれるのか。

 ―――羨ましい、悔しい、どうして、どうして、どうして?

 疑問、嫉妬、羨望、様々な感情が入り乱れる。だが、なのはが直接それらの感情を翔太やアリサに口にすることはなかった。

 翔太にはそんな暗い、黒い感情を口にして嫌われたくなかったから。アリサにいえなかったのは、翔太が近くにいることもあったが、元来、なのはは見知らぬ誰かと話すのが苦手だ。他人から嫌われる、嫌悪感を抱かれることを極端に嫌うなのはの性格は、自分を嘲笑い、嫉妬の対象であるアリサに対しても有効だった。

 故に、結局なのはができたのは、金髪を靡かせる少女に対して睨みつけるぐらいしかなかった。

「ここで会ったのも何かの縁だから、仲良くしてくれよ」

 翔太が笑いながら言うが、無理だと思った。彼女と自分は相容れない。お互いがお互いを許容しない。
 それを感じ取ったのはなのはの本能ともいうべき部分だ。親友ともいうべき存在だ。おそらく翔太の隣にも立ちなれているのだろう。だが、違う、違う、違う、違う。そこは、今はなのはの場所であり、ずっと譲らない、譲れない場所なのだ。
 だから、翔太が言うことであろうとも彼女となのははお互いをお互いに許容できない。翔太の隣は一つしかないのだから。

「ショウ、今から帰るんでしょう? あたしも、帰るから一緒に帰りましょう」

 不意にアリサがなのはから視線を外して翔太を誘う。
 それは、なのはの睨みを恐れたわけでもない。彼女はなのはを見ていない。まるでいないかのように振る舞い、翔太のみを誘う。

 なのはは、それを心ので似非笑う。今日はまだ日が沈んでいない。つまりジュエルシード探しは続行しているのだ。だから、翔太はすぐに断わり、ジュエルシード探しを再開するだろう。なのはの隣で。だから、何も言わなかった。言うつもりはなかった。結果は決まっていると思ったから。

 だが、なのはの予想に反して、翔太が考え込み始めた。それはなのはの予想外だった。翔太はいつだって、決まっているとは即断即決だ。ならば、この状況で即断しないのは、両者を天秤にかけているからだ。どちらが、正しいのか。
 つまり、翔太にとっては考える要素があったということだ。何所に天秤に掛ける要素があったか分からない。だが、もしも、万が一にも彼がアリサと一緒に帰るなんて言い出したら……。

 そう思うと、自然と手が伸びて、翔太の袖を引っ張り、口に出していた。

「ねえ、ショウくん、一緒に帰ろう?」

 不意に出た言葉だ。正気なら間違いなく口に出せない。だが、予想外に翔太が考え込んだことで、焦ったあまり口に出してしまった一言だ。口に出した後にしまった、と思うが、後の祭りだ。翔太が考えている途中に邪魔をしてしまった。これで、嫌われたら―――

 だが、なのはの不安に反して翔太の表情は嫌悪感を浮かべてはいなかったので、ほっと安堵した。もっとも、さらに困惑した表情ではあったが。



  ◇  ◇  ◇



 結局、翔太となのは、恭也はアリサの車で帰ることになった。できれば回避したかったのだが、翔太が快諾した以上はなのはも従うだけだ。兄は後部座席と運転席が遮られた向こう側の助手席に座り、なのはたち三人は後部座席に翔太を真ん中において座った。

 アリサの車の中は静かで、座っている椅子もソファーのようで快適だったが、まったく楽しくはなかった。いや、それどころか不快だった。理由は、分かっている。アリサだ。
 彼女は、翔太の隣に座り、翔太を独占している。ずっとなのはを空気のように扱い、翔太とだけ話している。なのはにそれを止められるだけの勇気はない。翔太が嫌な顔の一つでもすれば身体を張ってでも止めるのだが、彼は基本的に笑っている。時々、困惑したようになのはに視線を向けるが、すぐにアリサに話しかけられ、視線をアリサに戻す。

 楽しそうに話している翔太とアリサを見ていると心の底がドロドロとした黒いヘドロのようなものが溜まっていく。自分以外と楽しそうに話す翔太を見たくない。そもそも、今はなのはが、なのはだけが隣にいられるはずなのだ。なのに、なのに、なのに、なぜ翔太の隣にいるのがなのはじゃなくて、アリサという少女なのだろう。

 そこは、魔法という翔太に唯一勝る能力で得た場所なのに。どうして、何も持っていない少女がそこにいる。それがなのはにとっては許せないことだった。

 だが、結局、翔太の家について、降り、手を振って別れても、なのははそのことを翔太にもアリサにもいえなかった。

「あ~あ、でも、ショウも災難ね。あんたみたいなのに付き合わされるんだから」

 翔太が降り、車が走り出した後で、後部座席の背もたれに身体を投げ出しながら、金髪の少女は本当に翔太を哀れむような声色で、嫌味ったらしくなのはに向けて言葉を発した。

 だが、なのはにはその意味が分からなかった。翔太の親友というぐらいだ。もしかしたら、事情も聞いているのかもしれない。だが、それにしては、なのはに付き合っているという意味が分からない。なのはと翔太は、海鳴の街を守るために活動している過ぎない。それが、どうしてなのはに付き合うなどという言葉が出てくるのだろうか。

「どういうこと?」

 実に端的になのはは尋ねる。だが、なのはのその返答が気に入らなかったのだろうか、さらに不機嫌になって言葉を続ける。

「なに呆けているのよっ! あんたがなくした蒼い宝石を捜してショウが毎日、塾まで休んで放課後付き合ってるんでしょっ!?」

 微妙に事実とは異なるアリサの発言になのはは嗤った。嗤ってしまった。いや、これは嗤わずにはいられないだろう。
 翔太の意図を理解したから。そして、先ほどの翔太の発言の嘘を理解したから。目の前の女の子の勘違いを知ってしまったから。

 ―――彼女は、翔太の親友なんかじゃない。

 なのはにとって親友とはある種、神聖なものだ。友達すらいなかったのだから、当然なのかもしれない。何でも話せて、悩みも包み隠さない。それがなのはの想像する親友だ。だが、目の前の翔太に親友と呼ばれた女の子は、翔太に嘘を教えられている。それは、つまり、翔太が彼女を親友と認めていないということだ。
 ならば、先ほどの発言はなんだろう? ということになるが、きっと翔太に無理矢理、親友と言わせているのだろうと思った。

 翔太に無理矢理にでも親友と呼ばせ、その位置を確認している彼女が余りに滑稽でなのはは彼女を嗤うしなかった。クスクス、クスクスと。

 だが、アリサはそんななのはが気に入らなかったらしい。明らかに憤怒とも言うべき表情を表に出していた。

「なによっ! なにがそんなに可笑しいのよっ!!」

「別に」

 わざわざ教えてやる義理はない。しかも、翔太がそんな風に教えているのだ。それをなのはが訂正するようなことはない。せいぜい、真実を知らず、翔太から教えられたことを事実だと思い込んで滑稽に踊ればいいのだ。

 アリサはなのはに何か言いたそうだった。だが、なのはに何を言っても無駄だと、悟ったのだろうか。自分を落ち着けるように深呼吸した後、一度はなのはに何か言うために浮かせた腰を再び戻した。

「ふん、あんたが何を考えているか分からないけど、どうでもいいわよ。どうせ―――」

 そこまで言った後で、慌てて自分の口をふさぐ。どうやら、何か意味ありげに言いたそうだったが、しょせん、事実を知らない彼女が言うことだ。負け惜しみに決まっている。だから、なのはは、アリサがなのはと同じようにニヤニヤと嗤っていることも、すべてを無視した。



  ◇  ◇  ◇



 帰宅したなのはは、いつものようにご飯を食べ、お風呂に入り、翔太に勧められたテレビを見て、部屋に戻り、魔法の練習をした後、あとは寝るだけという段階になって机に向かう。
 なのはは、おもむろに机の引き出しから一冊の本のようなものを取り出す。それは、なのはが密に書いている日記だった。四月、翔太と出会った後にあまりにも嬉しくて、その思い出を何か形に残したくて、なのははそれ以来、ずっと毎日のことを日記に書いている。翔太と話した内容、褒められたこと、嬉しかった翔太の言葉などがメインである。

 今日のことを反芻しながら、日記に今日の出来事を書き綴る。今日のメインは当然、プリクラのことだ。そのプリクラは今は大事に机の上の写真立ての中に収められている。本当は、プリクラを写真立てに飾るのはおかしい話なのだが、それ以上に大事にできる場所がなかったのだから仕方ない。
 今度、プリクラ帳を買ってくるのも良いかもしれない。どこかに出かけたときに翔太と一緒のプリクラが増えれば、それはきっとすごく嬉しいことだから。

 そして、話は月村邸での出来事に変わる。その辺りを書こうとすると、なのはの筆が止まる。いいことはまったくなかったからだ。出てきたのは、翔太の親友だと勘違いしている金髪の女の子だけだ。
 あまり思い出したくない彼女だが、車内で不穏なことを言っていなかっただろうか。

 ――――どうせ。

 その後に続く言葉は? どうせ、という言葉の意味を考えれば、なのはを卑下するような言葉なのだろうが、思いつかない。具体的なことは思いつかないが、大体意味は同じだろう。

 ―――どうせ、なのははずっと翔太の隣にはいられない。

 そんな意味を言いたかったに違いない。だが、それはない。それはありえない。翔太がジュエルシードを追う限り、それはありえないのだ。

「そうだよ。これがある限り、ずっと一緒だもん」

 なのはの机の引き出しの一番上にある唯一鍵がかかる場所に厳重に箱に収められた蒼い宝石―――ジュエルシードを見ながらなのはは笑った。
 その笑みを、電灯に照らされ、その宝石が持つ蒼を反射するジュエルシードだけが見ているのだった。


 
 

 
後書き
 最後に出てきた日記の名前は『なのにっき』です。

 プリクラは携帯と同じ理由で翔太のほうは描写されていません。
 翔太は撮るの手馴れています。ただし、プリクラコーナーは女の子限定なのでもちろんアリサたちと一緒です。

 さて、実は後一話だけ続きます。このまま書くと30kbを超えそうだったので。
 後一話、アリサ編とすずか編にお付き合いください。 
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