銀河英雄伝説~その海賊は銀河を駆け抜ける
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第十話 報酬と贈り物
帝国暦 488年 8月31日 ガイエスブルク要塞 カルステン・キア
親っさんがブラスターをホルスターケースに収めた。もう危険は無いって事かな。俺達もブラスターを収める。ずっと握ってた所為だろう、ちょっと掌が痺れるような感じがした。
「さて、元帥閣下、そろそろ報酬について御相談したいと思います。まず私達の働きについて御報告させていただきます」
ようやく来たぜ、この時間が、長かったよな。ウルマンもルーデルもほっとしたような表情をしている。
「一つ、キルヒアイス提督の辺境星域鎮圧において補給を支援した事。二つ、レンネンカンプ、シュタインメッツ提督を御味方につけた事。三つ、キフォイザー星域の会戦におけるリッテンハイム侯の醜態を録画し放映、貴族連合軍の士気を挫いた事……」
あれ、なんか皆顔が引き攣ってるんですけど……。金髪もちょっと変だぞ、さっきまでと表情が違う。勘弁しろよ、またケチるのかよ……。
「四つ、ヴェスターラントへの核攻撃を防ぎ、ブラウンシュバイク公の暴挙を暴くと共に貴族連合軍の士気を再度挫いた事、五つ、アンスバッハ准将によるローエングラム侯暗殺を未然に防いだ事、六つ、リヒテンラーデ侯の陰謀を暴き、粛清の大義名分を得た事。これにより帝国におけるローエングラム侯の覇権が確立しました。以上でございます」
式場がシーンとした。何か妙に静かなんですけど、何で? 俺達何か悪いことしたか? ただ頑張っただけだし、頑張るのは悪い事じゃないよなあ。褒められて良いと思うぜ。確かにちょっと働きすぎたかなとは思うよ。でも親っさんが防がなければ金髪は死んでたんだし、アンスバッハの死体は有効利用しなくちゃ勿体ないだろう。親っさんのやった事は間違ってねえと思うぜ。
「私達の働き、如何評価して頂けますでしょうか。御答えください」
親っさんがにこやかに金髪に話しかけたけど金髪は顔を強張らせている。お前なあ、頼むから自分の命値切るようなまねはするなよ、男を下げるぞ。情けねえったらありゃしねえ。海賊社会じゃそんな奴は相手にされない、いや女にだって相手にされねえよ。お前はやっぱり頭領の器じゃねえ。
「……武勲第一位と認める」
しかめっ面をした金髪が答えるのと周囲から溜息が聞こえるのが同時だった。おいおい、なんだよそれ。“良くやった”とか“御見事”とかねえのか? お前ら根性が汚いよ、スカした面しやがって。なにがハーッだ、このボケ。大体金髪、お前が溜息ついてどうすんだよ、失礼だろう。
親っさんを見てみろ、ニコニコして全然嫌な顔をしねえ、大したもんだろうが。こういう男はなあ、男にも女にももてるんだよ。俺達は皆親っさんが好きだし女だって親っさんに夢中だ。クラインゲルトのベルタ婆さんは自分があと二十若ければ親っさんを放っておかねえ、なんてぬかしやがった。六十過ぎの婆さんがだぜ。俺が二十じゃ足りねえ、倍の四十は要るだろうって言ったら箒で俺の頭を思いっきりぶっ叩きやがったぜ、年をばらすんじゃねえってな。エライババアが居たもんだ。
「有難うございます。では代価として三つ頂きたいものがございます」
「三つか」
「はい」
なんだかなあ、金髪は警戒心を露骨に出してるぜ。
お前なあ、そんなに警戒するんなら最初から断れば良いじゃねえかよ。黒姫の協力なんか必要ねえって。そうじゃなきゃ報酬はこれだけ、お前はその分だけ働け、そう言えば良い。お前みたいな客は一番嫌がられるタイプだぜ。仕事させといて後からブウブウ言う。俺達の世界じゃそう言うのはブヒちゃんって呼ぶんだ。ブウブウブヒちゃんってな。
「まず一つ目は辺境星域についてのお願いです。今後五年間、政府において辺境星域に関わる政策を執行する場合は事前に辺境星域住民の協議を必要とする。受け入れて頂けるでしょうか」
え、何それ、初っ端はお金じゃないの。ウルマンもルーデルも目が点だ。それに何だ、いきなり式場がざわめき始めたぜ。彼方此方で私語が聞こえる。
「事前に協議? どういうことだ、それは」
「その政策が辺境星域の住民にとって受け入れられるものかどうか判断させて欲しいと言っています」
おいおい、ますますざわめきがデカくなったぜ。まあ無理はねえよな、これまでそんな事は無かったんだから。俺だって吃驚だぜ、多分親っさんは辺境星域の実力者達と相談しているんだろうが、辺境だけじゃない帝国全土でも事前に協議させろなんて要求はこれまで無かったはずだ。
「誤解しないで欲しいのですが彼らは元帥閣下の覇権を認めないと言っているのではありません。ただ辺境はこれまで常に無視されてきました。彼らは意見を述べる場を与えて欲しいと言っているのです」
親っさんの言葉に式場が静まり返った。金髪も考え込んでいる。
「……彼らが反対意見を表明した場合、私はどうすればよいのだ? 政策を修正するのか」
「無視するか、政策を修正するか、閣下御自身の判断で決められれば良いと思います。彼らもそれ以上は望んでいません」
金髪が親っさんを見ている。考えてるな、思慮深さは感じるが疑い深さは感じない。結構いい感じだぜ、根は真面目なのかな。ケチじゃ無ければそれなりなのにな。こいつ、貧しい家に生まれたって事だからそれでケチなのかもしれない。まあ個人としてはそれでもいいけどよ、組織の頂点としてはちょっとなあ。浪費しろとは言わねえが金払いは良くして欲しいぜ。
「つまり私がどう判断するかで彼らは私の統治者としての資質を判断するという事か……。なかなか厳しい条件だな」
金髪が苦笑している。親っさんも笑みを浮かべた。
「閣下にとっても統治の判断材料が手に入るのです。悪い事ではないと思いますが」
金髪が声を上げて笑い今度は親っさんが苦笑した。
金髪が笑いを収めた、親っさんもだ。二人とも視線を逸らさない。やべえ、緊張する、息が苦しいぜ。
「五年か……、ずっとと言うのでは気が重いが……、良いだろう、受け入れよう」
「有難うございます」
彼方此方で息を吐く音が聞こえた。多分皆息苦しさを感じていたのだろう。
「では二つ目として我々黒姫一家に反乱軍との交易を行う権利を認めて頂きたいと思います」
「交易? 反乱軍とか」
「はい、フェザーンに中継貿易の利を独占させる事は無いと考えます」
親っさん、お金の話は? それは最後? 最後に吹っ掛けるって言う事ですか。揉めますぜ、そいつは。金髪は金に煩いから……。
「それは構わないがフェザーンがそれを許すと思うか、いや許したとしても反乱軍が卿らを受け入れるかな。アムリッツアでは随分と煮え湯を飲ませたはずだが」
笑うなよ金髪、お前が笑うと他の奴も笑うだろ。上手く行くわけねえだろ、笑わせるな、そんな風に聞こえるぜ。
「それはこちらの営業努力で何とかしようと思います。ですが先ずは帝国政府の許可を頂きたいのです」
営業努力かあ、親っさん、決して楽じゃありませんぜ。フェザーンの事務所の連中から時々話を聞きますが、フェザーンの連中は俺達をかなり嫌っているとか。フェザーンの自治領主府もフェザーン商人も俺達にはなかなか仕事を回さないそうじゃありませんか。そんなもの貰ったって役に立つとは思えませんけど……。大体反乱軍の領内に入ったら俺達縛り首ですぜ。
「良いだろう、認めよう」
「有難うございます」
親っさんが金髪に向かって一礼した。あーあ、認めちゃった。まあ認めるよな、金髪にとっちゃ痛くも痒くもねえ話だからな……。さあて、こっからが本番だぜ。金髪も表情を硬くしている。ケチだな、ウチは正当な代価しか貰わねえぞ。お前は自分の命、いくらで買うんだ?
「では最後に閣下より黒姫一家に対して感謝状を頂きたいと思います」
「感謝状?」
金髪が目をパチクリしている。いや俺もだしウルマン、ルーデルもだ。お金は? 親っさん、お金、俺達の給料……。金髪の部下も狐に化かされたような顔をしてる。ニコニコしてるのは親っさんだけだ。
「はい、感謝状です。昨年貰うのを忘れましたので二枚、黒姫一家の働きに感謝している。子々孫々に至るまで忘れることは無いだろうと記した閣下の直筆の感謝状を頂きたいのです。私達にとっても家宝と言って良い品になると思います」
親っさん、金髪の感謝状って何です? そんなもの貰ったって何の役にも立ちません。お金を貰いましょうよ、お金。一人頭四万帝国マルクはいけますぜ。
「子々孫々か……。なるほど、卿が何を考えているか分かる様な気がするな」
「ただの感謝状です。そのように難しく考えなくても良いと思いますが」
金髪よー。そんな変な目で親っさんを見るなよ。お前がケチだから親っさんは感謝状なんてもんを要求してるんだぜ。ここは一発、お前のほうから金を払うとか言ってみろよ……、無理だよな……。
「良いだろう。だが私は卿らのために特別な事はしないぞ」
「有難うございます。黒姫一家はこれからも閣下の忠実な協力者である事を御約束いたします」
どうしたんだろ、親っさん、お金貰わないなんて。まあウチは今景気が良いから無料奉仕ってことか。しかしなあ、金髪は癖になりますぜ。将来的には良く無い様な気がしますけど。
親っさんが契約書を差し出し金髪がサインしている。あーあ、これで今回の取引は完了かよ。後は感謝状を二枚貰うだけか……、金髪の野郎、丸儲けだな。俺達をただで使いやがって、笑いが止まんねえだろう、嬉しそうな顔してるもんな。金髪の部下も嬉しそうにしている、こっちは泣きたくなってきたぜ。親っさんって金髪には甘いよな。
「今回の戦勝を祝しまして我ら黒姫一家より元帥閣下に贈り物を用意致しました。御笑納頂ければと思います」
「ほう、贈り物か」
はあ? 親っさん、ただ働きの上に贈り物って、勘弁してくださいよ。何なんです、これ。大体金髪もその部下も変な顔してますよ、俺達からの贈り物なんて喜んでいませんって。
「イゼルローン要塞でございます」
「……」
え、何それ、イゼルローン要塞ってあのイゼルローン要塞? まさかね。……新しいフェザーンの玩具かな、何万分の一のサイズの模型とか。皆、固まってる、金髪も変な顔をしてるな。ウルマンもルーデルも変な顔をしてる。多分俺も変な顔をしてるだろう。イゼルローン要塞って何だ?
「イゼルローン要塞、と言ったか?」
「はい、イゼルローン要塞と言いました」
おいおい、なんかざわめいてるぜ。金髪の部下達が彼方此方で小声で喋っているし顔も引き攣ってる。金髪、お前も引き攣ってるぞ、大丈夫か? 平然としているのは親っさんだけだ。親っさん、本当にイゼルローン要塞を贈るんですか? あれって反乱軍の物ですよ。
「あれを、攻略したのか?」
声が掠れてるぞ、目が飛び出そうになってる。
「はい、攻略しました」
え? 攻略したの? 本当かよ? ウルマンもルーデルも興奮してる、っていうか興奮してないのは親っさんと副頭領だけだ。え、ホントなの。
「帝国も反乱軍も国内が内乱状態にあり相手に構っている余裕は有りませんでした。そしてイゼルローン要塞のヤン提督は国内の内乱鎮圧のため要塞を離れています。イゼルローン要塞は無防備な状態にあったのです」
「しかし、だからと言って簡単に落とせるものではあるまい。まして卿らにはまとまった兵力は無いだろう」
金髪の言葉に野郎の部下達が同意するかのように頷いている。
「そうですね、我々には大きな兵力は無い、つまり外から攻めたのでは要塞は落とせない」
「要塞内に入ったと言うのか、しかし」
金髪の言葉に親っさんが頷いた。
「簡単には入れません。ヤン提督は帝国軍人に偽装して兵を要塞内に潜入させました。当然ですが同じ手は通用しません、反乱軍の兵士に偽装しても身元証明によりあっという間に素性がばれるでしょう……」
「……」
誰も一言も喋らねえ。黙って親っさんの言う事を聞いている。格好いいぜ、親っさん。俺には親っさんの言ってる事は半分も分からねえが皆親っさんの言う事を聞いてるんだ、痺れるぜ。
「偽装が無理なら帝国人として潜入させるしかありません。そして今ならそれが可能です」
「可能?」
金髪が訝しそうに声を出した。金髪だけじゃない、皆困惑した様な表情をしている。
「大規模な内乱が発生しているからこそ可能な手段、……亡命希望者として要塞内に潜入させる」
「そうか!」
金髪が叫ぶと彼方此方で声が上がった。皆興奮している。親っさんはそんな連中を静かに見ている。クールだぜ、本当に痺れる。
「ヤン提督は司令部の管制機能を三か所に分けたようです。言ってみれば頭を三つ持っているようなものですがイゼルローン要塞の心臓は一つ……」
「それは」
「レンテンベルク要塞と同じです。核融合炉を押さえさせました。その後は三つの頭に降伏しなければ心臓を潰すと言えば良い……」
さっきまで有った興奮は無くなった。皆、親っさんを見ている。親っさんが笑みを浮かべた。
「あそこには兵達の家族、女子供が多く居るんです。誰も彼らを放射能の危険には晒したくなかったのでしょう。大人しく降伏してくれましたよ」
式場がシーンとした。誰も何も言わない、ただ笑みを浮かべている親っさんを見ている……、金髪もだ。ややあって親っさんが金髪に話しかけた。
「元帥閣下、イゼルローン要塞、御笑納頂けますか」
金髪が唾を飲みこむ音が聞こえた。
「ああ、有難く、頂戴しよう。黒姫一家の厚意に感謝する」
彼方此方で息を吐く音が聞こえたぜ。いや、俺だって息を吐いた。なんかスゲエ緊張した。
「ただ、引き渡しに於いて二つの条件が有ります」
「うむ、聞こうか」
「元帥閣下にお納めするのは要塞のみ。要塞が保有する艦船、捕虜、物資は黒姫一家の物とする」
え、それってもしかすると、美味しくないか。
「良いだろう、こちらは注文を付けられる立場ではない」
「もう一つは、黒姫一家に対してイゼルローン回廊の通行をお認め下さい。それによる反乱軍とのトラブルについて国家に泣きつく様な事はしません」
親っさんの言葉に金髪が微かに苦笑した。
「……なるほど、反乱軍との交易の権利を求めたのはこれが理由か。フェザーンがフェザーン回廊の使用を独占するなら卿はイゼルローン回廊を独占するか……。面白いな、反乱軍との間に交易が成立するかな、すればフェザーンの足元が揺らぐが……」
金髪が笑っている。楽しそうに笑っている。そして親っさんも笑い出した。
「いずれ反乱軍は無くなる、そうでは有りませんか」
「……」
「今回の内乱で反乱軍は一個艦隊を失いました。弱体化した軍事力はさらに弱まった。そしてイゼルローン要塞を失った事で彼らの領域への門は開いたのです。国内態勢が整えば何時でも攻め込めます」
金髪が親っさんを見ている。もう笑っていない、金髪も親っさんもだ。
「銀河の統一か……」
「不可能とは思いません。そろそろ百五十年続いた戦争を誰かが終わらせるべきでしょう」
親っさんの言葉に金髪が笑みを浮かべた。何かとんでもない話をしているな、銀河統一かよ、金髪がやるのか? ケチな所を治さねえと難しいと俺は思うぞ。
「そうだな、終わらせるべきだ。だがその前にこの帝国の覇権を握るとしようか。幸い卿がリヒテンラーデ公粛清の大義名分を与えてくれた」
そうだよな、これも親っさんなんだよ。ホント、親っさんって凄いぜ。軍に残ってたら元帥とかになって金髪の事を部下にしていたんじゃねえかな。気前の良い元帥だったろう、渋るとか絶対なかったと思うぜ。
「では私達は辺境へ戻らせていただきます」
「オーディンには来ないのか」
訝しげな金髪の声に親っさんが答えた。
「イゼルローン要塞には約三百万の捕虜が居ます。身代金を受け取って家族の元に返してあげないと」
「三百万……」
「一人二十万帝国マルクとして六千億帝国マルクは頂きたいと思っています」
「六千億……」
六千億! ス、スゲエ、ウルマンもルーデルも目を白黒させている。いや彼方此方で六千億って声が聞こえる。
金髪がいきなり笑い出した。
「黒姫一家があこぎと言われる訳が分かった。身代金で六千億帝国マルクか。相場の倍ではないか、暴利だな」
おいおい、相場って、帝国軍最高司令官が身代金の相場なんて覚えてどうすんだよ、嫌な奴だな。
「そちら様からは一帝国マルクも頂いてはおりません。その分も頂きませんと……」
また金髪が笑った。
「私の分も向こうへ押し付けたか。反乱軍も踏んだり蹴ったりだな」
お前がケチだからだろ。親っさんだってお前に金請求するの諦めたんだよ。お前、後で反乱軍に謝るんだぞ、ケチでごめんねって。それから後で潰しちゃうけどそれもごめんねって。
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