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仮面ライダーZX 〜十人の光の戦士達〜

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宮殿の人狼

 ゼネラルモンスターはその時シリアゴラン高原にいた。
 この地はイスラエルとシリアの激戦地であった。この地を巡りシオンの民と『シリアの獅子』と謳われたアサドは死闘を繰り返した。
 いまだにこの地は緊張がくすぶっている。停戦を監視する為国連からPKOが派遣されている。この中には我が国の自衛隊も含まれている。
「あの者達までいるとはな」
 彼は眼下でせっせと働く青いベレー帽の者達を見ながら呟いた。
「どうした、何か思い入れでもあるのか」 
 そこに誰かがやって来た。
「お主か」
 それはゾル大佐であった。
「俺もお主もこの地には何かと縁があるからな。あの者達もいることだし」
 大佐はそう言うと右手に持つ鞭で高原の遠くを指差した。
 自衛官達とは反対側のその場所にはイスラエル軍がいた。独特の形をした戦車が走り回っている。
「今はあの連中にこれといった感情はないが」
 二人はかってナチスの将校であった。戦犯として追われたこともある。
「中東にいた時はあの連中とも渡り合ったな」
「うむ」
 ゾル大佐はショッカーで、ゼネラルモンスターはネオショッカーでそれぞれ中近東支部長を務めていた。そしてこの地で数多くの功績をあげている。
「モサドの者達をよく返り討ちにしたものよ」
「私はむしろ原理主義者達との戦いが多かったがな」
 大佐とゼネラルモンスターは口に笑みを浮かべて語り合っている。彼等にとっては誇らしい戦績なのである。
「残念だが俺はイギリスに向かう。後のことは頼んだぞ」
 ゾル大佐は言った。
「うむ、任せておけ」
 ゼネラルモンスターはそれに対して頷いた。
「この中東は私が戦乱の渦に落としてやる」
「フフフ、期待しているぞ」
 大佐は満面に笑みをたたえた。まるで血に餓えた肉食獣の様な笑みである。
「ところでだ」
 大佐はここで表情を戻した。
「魔神提督の話は聞いているな」
「ああ」
 ゼネラルモンスターは答えた。
「タイで仮面ライダースーパー1に敗れたらしいな」
「うむ、タイでの基地建設は失敗に終わった。シンガポールに続きあの場所での基地建設は再び失敗した」
「そうか」
 ゼネラルモンスターはそれを聞き目に何かを宿らせた。
「あの男も死んだか。長い因縁があったが」
 彼と魔神提督はネオショッカーで宿敵関係にあったのだ。
「借りを返すことは出来なかったか」
「だがお主には一人倒さねばならん男がいる」
「わかっている」
 ゼネラルモンスターはゾル大佐のその言葉に頷いた。
「それは俺にも言えることだがな」
「お主はどちらを倒すつもりだ」
「それは決まっている、と言いたいところだが」
 ゾル大佐はここで言葉を切った。
「両方倒さねばならん。どちらを倒すという問題ではない」
「そうか」
「俺にとっては仮面ライダーはどちらも宿敵だ。両方共倒さねばならない敵だ」
 その目には炎が宿っていた。
「ではな。俺はロンドンでお主の活躍を見守るとしよう」
「うむ、達者でな」
 ゾル大佐はそこで姿を消した。あとにはゼネラルモンスターだけが残った。
「あの者は既に行っているか」
 ふともう一人の男のことを考えた。
「フランスでの戦いだというが。さてどのようなことをしてくれるか」
 彼はそう言うとゴラン高原から姿を消した。そして自らの基地へ戻っていった。

 フランス、欧州の指導的な役割をドイツやイギリスと共に長い間果たしてきた国である。欧州屈指の農業国でありその産業は多くの分野で世界に知られている。
 特に文化は彼等の自慢するところである。バロックやロココといった貴族文化だけでなく文学や哲学等でも欧州の文化の中心となってきた。
 芸術でもそうである。絵画や彫刻等その粋がルーブル美術館に収められている。ヒトラーがここに来れたことは一生で最も嬉しいことだと言ったこの美術館は全てを見回るだけで四日かかると言われている。
「けれどそれだけじゃないのよね、フランスの誇る文化は」
 ルリ子はパリオペラ座から出てきて言った。
「オペラとか音楽でも有名なのよ」
 彼女は文学部出身でありこうしたことには詳しい。とりわけ音楽には造詣が深い。
「しかし」
 隣にいる本郷猛は少し首を捻った。
「フランスのオペラはイタリアやドイツのもの程あまり知られてはいないと思うのだけれど」
「そういえばそうね」
 ルリ子は本郷の言葉に相槌を打った。
「ビゼーとかオッフェンバック位かしら」
「だろう、カルメンはどの国でも上演されるけれど」
 カルメンはビゼーの代表作である。メリメの小説を題材にしたこの作品は初演の時こそ不評であったが今では最も名の知られているオペラの一つである。
「長い間フランスは見る方だったしね。何処かで作るものじゃないって意識があるのかしら」
「俺はマイアベーアが好きだけれどあれは何かと言われてるしな」
「グランドオペラは最近見直されてきているわよ」
「ううむ・・・・・・」
 二人はそんな話をしながらオペラ座を後にした。彼等は今パリにいる。ここにバダンの影があるとインターポールからの情報が入ったのだ。
 この街は多くの人々がいる。住んでいる市民達だけでなく観光客や留学生。フランス政府もここにいある。他には欧州にその名を知られたロスチャイルド家のパリ分家もいる。あらゆる分野で欧州の中心の一つなのだ。
 この地で若し何かあれば・・・・・・。欧州は忽ち大混乱に陥るだろう。だからこそ本郷とルリ子はここに来たのだ。
「そういえば猛さんパリには何度も来ているのよね」
「ショッカーとの戦いの時からね」
 彼は欧州で死神博士と死闘を繰り返していたのだ。
「その後も何度か来たな。いつも戦ってばかりだったが」
 彼はそこで腕を組んだ。
「たまには戦い以外で来たいものだ」
「それはバダンを倒してから言いましょ」
「うん。ルリ子さんはしっかりしているな」
「猛さんが浮世離れし過ぎているのよ」
 ルリ子はそんな本郷に対し微笑んだ。そして二人はそのままセーヌ河の方へ向かった。
 セーヌ河はパリを流れる河である。古くからこの街に美しい景観だけでなく水運により多くのものをもたらしてきた。フランス革命の原因は寒波によりこの河が凍結し穀物が運べなくなったことであった。
 今二人はその石橋の上を歩いていた。その両端には枯れた木々が立ち並んでいる。
「詩的な風景ね」
「そうかな」
 本郷はルリ子の言葉に首をかしげた。
「もうっ、猛さんってこうしたことには鈍感なのね」
「俺はどちらかというと日本の景色の方が好きなんだけれど」
「好みの問題じゃあしょうがないかな」
「すまない、こればかりはどうしようもない」
 本郷はルリ子に口を尖らされながら橋の上を歩いていた。そこへ誰かが来た。
「本郷猛と緑川ルリ子だな」
 それは黒服に身を包み帽子を目深に被った男だった。
「そうですが」
 本郷はその男の怪しげな様子に警戒しつつ答えた。
「そうか。ならば問題ない」
 男はくぐもった声でそう言った。
「死ね」
 そう言うと服を脱いだ。そして何かを投げて来た。
「ムッ!」
 本郷はそれをジャンプでかわした。橋の手摺りの上に着地した。
「バダンか!」
「いかにも」
 男の正体は怪人であった。ショッカーのオーロラ怪人カメストーンである。
「貴様の命、貰いに来た」
「何をっ!」
「そして来たのは俺だけではない」
「何っ!?」
 その時だった。橋の下から何かが跳んで来た。
「ウォッ!」
 それは何か黒いものであった。本郷の首を掴むとそのまま河の中に引き摺り込んだ。
「猛さんっ!」
 ルリ子は驚いて本郷を助けようとする。だがそれは間に合わず本郷はそのまま河の中へ消えていった。
「エエエエエ」
 カメストーンは無気味な笑い声を出しながらルリ子に近付いて来る。
「無駄だ、本郷猛は助からぬ」
 彼は笑い声に劣らぬ無気味な声でルリ子に対して言った。
「あの者の髪の毛から逃れた者はおらん」
 河の中から一体の怪人が飛び出てきた。
「ヒッ・・・・・・」
 怪人のその醜悪な姿を見てルリ子は思わず引いた。ネオショッカーの鬼火怪人クチユウレイであった。
「クァーーーーー」
 怪人は無気味な叫び声を出しながらルリ子に近寄って来る。彼女は前後から怪人に取り囲まれた。
「緑川ルリ子よ」
 そこで後ろから声がした。
「こうして会うのははじめてかな」
 左右に戦闘員達を従えたその男は言った。
「オオカミ長官・・・・・・!」
「いかにも」
 オオカミ長官はルリ子に名を呼ばれ悠然とした態度で答えた。
「流石に俺のことは知っているか。誇り高き狼男の末裔を」
「知らないとでも思っているの!?」
 ルリ子は左右を怪人達に取り囲まれながらも毅然と彼を睨みつけて言った。
「貴方のことは色々と聞いているわよ」
「ふむ、それはこちらとて同じことだ」
 オオカミ長官は右手に持つステッキを弄びながら言った。
「ショッカーの時から我々に対し刃向かってきた女、それを忘れたことなどない」
 そう言うと目に残忍な光を宿らせた。
「生け贄には丁度いい。我が力をより強くする為にな」
「クッ・・・・・・」
 ルリ子は左右から怪人達に押さえられた。
「さて、と覚悟はいいな」
 長官はなおも彼女に対し言葉を続ける。
「今ここで偉大なる祖先に捧げてもよいが風情に欠ける。生け贄を捧げるにはより素晴らしい場所がある」
 彼はそう言うとパリの南西の方角に目をやった。
「そこで貴様を生け贄としよう。美しい女はそれだけで価値がある」
「待てっ!」
 そこで橋の下から声がした。
「生きていたか」
 オオカミ長官はそれを聞いて顔をそちらに向けた。
「この程度で死ぬとは全く思っていなかったがな」
 そこには仮面ライダー一号がいた。
「だがそうでなくては面白くはない」
 オオカミ長官は彼を睨みつける一号に対し悠然とした態度を崩さない。
「女はとりあえずは放っておけ」
 彼は怪人達に対し命令した。
「まずはライダーからだ」
「ハッ」
 怪人達はそれに従い左右に散った。ライダーも橋の上に降りて来た。
「かかれっ、まずはライダーから先だっ!」
 オオカミ長官がステッキを振るう。それに従い怪人と戦闘員達が一斉に動いた。
「エエエエエエーーーーーッ!」
 まずはカメストーンが来た。怪人は左手からオーロラを放つ。
「トォッ!」
 ライダーはそれを上に跳躍してかわす。そこにクチユウレイが襲い掛かる。怪人は歯を投げ付けながら空中でライダーに迫る。
「ムッ」
 ライダーはその動きを冷静に見ていた。そして歯をかわしつつ怪人の動きを冷静に見ていた。
「来るな」
 爪で切り裂かんとしてきた。ライダーはその爪をかわし逆にその手を取った。
「ライダァーーーーきりもみシューーーーートォッ!」
 そして頭上で激しく回転させ投げ飛ばす。怪人は地面に叩き付けられ爆死した。
「今度は貴様だっ!」
 そしてカメストーンと対峙する。その周りを戦闘員達が取り囲む。
「ライダー、戦闘員は私に任せてっ!」
 ルリ子がその脇に来た。そしてライダーに迫る戦闘員達を次々と倒していく。
「頼むっ!」
 ライダーは彼女のサポートを受けつつ怪人に迫る。怪人はその右手にサーベルを握っている。
「エエエエエ」
 そして奇妙な叫び声を再び発する。次第に間合いを詰めていく。
 斬りかかった。ライダーはそれを後ろにのけぞってかわした。
「ムンッ!」
 その力を利用して空中で後転する。足の先でそのサーベルを蹴った。
「エッ!?」
 怪人の手からサーベルが飛んだ。それは空中で回転し地面に突き刺さった。
「今度はこちらの番だ」
 ライダーはそう言うと間合いを一気に詰めた。武器を失い狼狽した怪人はそれに対処できなかった。
「トォッ!」
 まずはチョップを繰り出した。それは怪人の喉を撃った。
 ライダーの攻撃は終わらない。さらに拳を繰り出し膝で蹴る。これで怪人の姿勢は完全に崩れた。そこに一気に畳み掛ける。
「ライダァーーーーパァーーーーンチッ!」
 拳を連続で繰り出した。そしてそれで怪人を激しく撃った。これで決まりであった。
 怪人は倒れた。そしてカメストーンも爆死した。
「力もかなり上がっているようだな」
 オオカミ長官は今しがた怪人をしとめたライダーの拳を見て言った。
「当然だ、何時までも同じところに留まっているライダーではない」
 ライダーは彼を指差してそう言った。
「ふむ、確かにな」
 彼はステッキを相変わらず弄びながらそう言った。
「だが今見ただけでは断定は出来ん」
 そう言うとライダーと正対した。
「俺も一度手合わせしておこうか」
「望むところだ」
 こうして両者の闘いがはじまった。
 まずはオオカミ長官が牙を出してきた。
「喰らえっ!」
 おしてその牙を投げ付けて来た。
「ムッ!」
 ライダーは横に動いた。それまでいた場所が爆発に包まれる。
「ルリ子さん、安全な場所に」
「はい」
 ライダーは彼女を避難させた。そして改めて長官と対峙する。
「今のはほんの小手調べ」
 長官は余裕を保ったまま言う。
「これはどうかな」
 今度はステッキを手にライダーに挑みかかって来た。
「ムッ」
 ライダーはステッキを防いだ。そして拳を繰り出す。
「甘いな」
 だが長官は慌てない。冷静にその拳をステッキで防ぎ逆に膝蹴りを放つ。
 ライダーはそれを己の膝で相殺した。そして手刀を繰り出した。
「やはりそうきたか」
 長官は後ろにステップしてそれをかわした。そして間合いを離した。
「これ位でいいだろう」
 彼は不敵な笑みと共に言った。
「貴様の腕前はあらためてよくわかった」
「ここで決着をつけるのではないのか!?」
「残念だったな。俺は場所を選ぶのだ」
 彼はクールな声で言った。
「貴様との決着をつけるべき場所はここではない。そこで貴様を倒してやる」
「そうか」
「もっともそれは貴様が俺の作戦を阻止できたらの話だがな」
「作戦!?」
「いずれわかることだ」
 オオカミ長官はそれに対して言葉を返した。
「このパリで死ぬか俺に倒されるか。どのみち貴様はフランスを墓場とすることになる」
「そうはさせんっ!」
「そうやって強気でいられるのも今のうちだな」
 彼は余裕の声で反論した。
「教会にでも行っておけ。この世に別れを告げる為にな」
 彼はそう言うと姿を消した。
「偉大なる狼男の恐ろしさを味わいながらな」
 オオカミ長官の気配が消えた。ライダーは変身を解きそれを見守っていた。
「倒れるのはオオカミ長官、貴様の方だ」
 本郷は毅然とした声で言った。その目には強い光が宿っていた。

「フフフフフ、それでは作戦の最終準備をはじめるとするか」
 基地に戻ったオオカミ長官は指令室に入ると部下達の敬礼を受けながら言った。
「怪人達の準備はいいか」
「ハッ、既に長官のご指示を待つだけです」
 戦闘員の一人が敬礼して答えた。
「そうか。すぐに全員指令室に呼べ」
「わかりました」
 彼はそれに従いマイクの前に向かった。そして怪人達を呼び寄せた。
「花の都か」
 彼はモニターに映るパリ市内を見ながら言った。
「もうすぐこの街が血により美しく塗られることになる」
「あの時のようにですな」
 ここで戦闘員の一人が言った。
「あの時といっても色々あるがな」
 オオカミ長官は機嫌がよかった。彼は戦闘員の言葉に対し上機嫌で返した。
「サン=バルテルミーの時もそうだった」
 ヴァロア朝末期新教と旧教の対立が引き金となった。事件である。彼等の対立が遂に爆発し旧教徒達が新教徒達を虐殺した事件である。
「フランス革命の時も」
 この時はフランス全土が血に覆われた。百万人以上が死んだと言われる。とりわけジャコバン派の粛清は酸鼻を極めた。狂信的な彼等により銃弾、そしてギロチンの前に死した者は数えられない。
「コミューンやその他の革命騒ぎもあったな。この街はその外観とは異なり血により塗られた街なのだ」
 それは歴史がよく物語っていた。パリもまた人間達の血生臭い抗争の舞台の一つであったのだ。
「だがその中で俺が最も気に入っている話は」
 オオカミ長官の目が喜びに満ちる。
「クルトーに攻められた時だな」
 クルトーとはかって冬のパリを何年にも渡って脅かした巨大な魔王である。彼は人ではなく狼であった。その群れを率いパリを攻めていたのだ。
「一人の騎士と相討ちになったというがそれまでこの街を血と恐怖で覆い尽したのだ。人間共をその牙で支配したのだ」
「誇り高い話ですな」
 クルトーの正体は普通の狼ではなかった。彼は魔界より抜け出てきた魔性の者だったのだ。言わばオオカミ長官の眷属である。
「そうだ。誇りある我等狼男の一族の中でも特に知られた英雄の一人だ」
 彼の声は誇らしげなものであった。
「そうですな、我々は今またパリを攻めようとしております」
「今度はあの時の比ではないぞ。何しろ何百万の人間共の血が流れるのだからな」
「はい、真に楽しみです」
「フム、何百万の人間共の血か」
 そこで誰かの声がした。
「貴様か」
 オオカミ長官は声がした方に顔を向けた。
「うむ、折角だから観戦に来てやったのだ」
 指令室の中に火の玉が現われた。その中から百目タイタンが現われた。
「久し振りだな」
「ウム、お互い元気そうで何よりだ」
 両者は心にない挨拶をした。
「パリを血で覆うと言ったが」
「今からな」
「そうか。美しいこの街が紅く彩られるか」
 タイタンはその無数の眼でモニターに映る市街を眺めながら言った。
「実に楽しみなことだ。しかし」
 タイタンはここで言葉をつけ加えた。
「俺の好みとしては全てを焼き尽くすのだがな」
「そして人間共が炎の中で苦しむのを楽しむということか」
「そういうことだ。やはり赤といえば炎だからな」
「それは貴様の好みだがな」
 オオカミ長官は言葉に僅かの皮肉を込めて言った。
「俺は血で染める。狼にとって血は月と同じく力の源だ」
「そうか。月はないがな」
「月は切り札だ」
 彼は言った。
「ライダーを倒すのは月の下でだ。その時まで俺は動かん」
「それまでは他の怪人達に任せるのか」
「そういうことだ」
「成程な」
 彼は何かを言葉の中に含んでいた。
「どちらにしろ今はここにいさせてもらうとするか。貴様の戦いぶりをとくと見せてもらおう」
「何なら席を用意しておくが」
「いい。立っているのも気分がいい」
「そうか」
 タイタンは懐から葉巻を取り出した。そして指から火を出しそれを点ける。
「俺はこれさえあれば他には何もいらんしな」
「その嗜好も相変わらずだな」
「美味いぞ。一本どうだ?」
「俺はいい」
「そうか」
 そこで指令室のシャッターが開いた。そこから怪人達が入って来た。
「来たか」
 数体の怪人達が中に入る。そしてオオカミ長官に敬礼した。
「よく来てくれた」
 彼は怪人達に対して言った。
「かねてからの計画通り頼むぞ、いいな」
 怪人達は無言で頷いた。
「ならば行くがいい。そしてパリを血の海に変えるのだ」
 怪人達は敬礼し指令室を後にした。そこにいた戦闘員達のうち数人がそれに続く。
「おれも用意をしておくか」
 オオカミ長官もそう言うと指令室を後にしようとする。
「何処へ行くつもりだ?」
 タイタンは彼に対して問うた。
「ライダーを倒すのに相応しい場所だ」
 彼は不敵な声でこそう答えた。
「そうか」
 タイタンは深く尋ねようとしなかった。
「では俺はここでずっと見せてもらうことにしよう。貴様の戦いぶりを」
「うむ。期待しているがいい」
 オオカミ長官はそう言うとその場を後にした。見れば部屋にはタイタンだけが残っている。
「さてと」
 彼はモニターを複数つけた。
「ここで一部始終をしっかりと見せてもらうか」
 無数の目が光る。彼はその目でパリをしかと見ていた。

「猛さん」
 その時ルリ子はモンマルトルのカフェで本郷と共にいた。
「さっきインターポールから情報が入ったんだけれど」
「何て!?」
 本郷はその言葉にすぐに反応した。コーヒーから口を離す。
「オオカミ長官のことなんだけれど」
「うん」
 本郷は思わず身を乗り出した。
「どうやらパリに総攻撃を仕掛けるつもりらしいわ」
「総攻撃か。一体どうやって」
「何でも怪人達を使って。かなりの戦力が動員されるみたいよ」
「そうか。これは厄介なことになったな」
 本郷は眉を歪めて言った。
「インターポールからも援軍がやって来ているわ。ヨーロッパ中から腕利きばかり呼んでいるみたいよ」
「そうか、それは一体何時のことなんだい!?」
「そこまではけれど既にかなりの数のバダンの連中が潜り込んでいるらしいわ」
「まずいな。一刻の猶予も許されない」
 本郷の顔は完全に悪と戦う戦士のそれとなっていた。
「ルリ子さん、こうしてはいられない、すぐに動こう」
「ええ。けれどどうやって!?」
 ルリ子は本郷の何時にない性急な様子に戸惑っていた。
「俺には怪人の居場所が大体わかるんだ」
「あ・・・・・・」
 彼女はOシグナルのことを思い出した。
「それだけじゃない。奴等の動きも大体わかる。ここは任せてくれ」
「ええ」
 そして本郷の頭脳も思い出した。彼を支えるのは何もその技と力だけではない。かってその天才的な頭脳をショッカーに狙われたことからもわかる通り彼はライダー達の中でも特に頭の回転が速かった。そして勘も長きに渡る悪との戦いで鍛えられていた。
「ルリ子さんはインターポールに協力してくれ。俺は独自にバダンの連中を各個撃破していく」
 彼はそう言うと席を立った。
「じゃあ」
 そして停めてあるバイクに向かう。
「猛さん」
 ルリ子は彼の背中に声をかけた。
「何だい!?」
 本郷は振り向いた。
「・・・・・・いえ仮面ライダー」
 彼女は言い直した。彼の心は既にライダーとなっていたのだから。
「勝ってね」
「有り難う」
 本郷、いや仮面ライダー一号はそう言うとバイクに乗った。そして戦場へ向かった。
「頼んだわよ、ライダー」
 彼は疾風となりその場を去った。ルリ子はその後ろ姿を見送っていた。

 パリの数多い名物の中にエッフェル塔がある。これは一八八九年に開かれた第四回パリの万国博覧会に際してギュスタフ=エッフェルにより建てられた。建設当初は景観を損ねる等といった多くの批判があったが電波通信塔として有効なことがわかり市民達に受け入れられた。今ではパリの象徴の一つである。
 その下にも観光客達が集まっている。だが今はどうしたことか誰もいない。
「これは一体どういうことだ!?」
 そこにやって来た黒服の男達が思わず声をあげた。
「インターポールとフランス政府が退避勧告を出したのだ。テロがあるという理由でな」
 そこで塔の上から声がした。
「その声はっ!」
 彼等はその声を嫌という程よく知っていた。
「そうだ、貴様等のあるところライダーは必ずやって来る!」
 塔の鉄筋の上に両足をかけた仮面ライダー一号がそこにいた。
「ぬうう、仮面ライダー!」 
 男達は彼の姿を認めて呻く様に叫んだ。
「正体を現わせ、バダンの怪人達よ!」
「望むところだ!」
 彼等は服を脱ぎ捨てた。戦闘員達と一体の怪人が現われた。
「パフォーーーーーーッ!」
 ゴッドの発狂怪人パニックであった。彼は角を振りかざし吠えた。
「行くぞっ!」
 ライダーは下に飛び降りた。そして戦いがはじまった。
 戦闘員達がサーベルを振るう。ライダーはそのうちの一人からサーベルを奪いそれで彼等を斬り伏せていく。
「今度は貴様だっ!」
 そして怪人に向かっていく。パニックは角からミサイルを発射した。
「ムンッ!」
 それはサーベルで斬り落とした。そしてそれを投げる。
 怪人はそれをマントで防いだ。ライダーはその間に上に跳んでいた。
「喰らえっ!」
 ライダーはいきなり技を放ってきた。
「ライダァーーーー月面キィーーーーーーック!」
 そして空中で宙返りをし蹴りを放つ。それはパニックの額を直撃した。
「ウオオオオーーーーーーッ!」
 怪人は断末魔の叫び声をあげエッフェル塔の下に倒れ爆死した。ライダーはそれを見て背を向けた。
「サイクロン!」
 そして彼はマシンを呼んだ。何処からか銀色のマシン新サイクロン改が姿を現わした。
「トォッ!」
 ライダーはそれに跳び乗った。そして次の戦場へ向かった。
 
 モンマルトルの丘は栄華にもよく出る場所である。その観光の中心はサクレ=クール寺院である。
 これは一八七〇年に普仏戦争の後カトリック教徒達により建てられたものである。昔からフランスはカトリックの勢力が強かった。それに対してプロイセンはプロテスタントである。彼等にとっては宗教においても負けたも同然だったのだ。
 彼等は信仰とフランスの未来を願いこの寺院を建てた。『キリストの聖心』という意味の名はそこからきている。
 白い寺院の中はモザイクで飾られている。だが今その前で激しい戦いが行なわれていた。
「ザーーーーキーーーーー」
 その中心にはやはり怪人がいた。デストロンの電流怪人クサリガマテントウである。
「まさか怪人まで出て来るとは・・・・・・」
 それに対するのはインタポールの捜査官達である。彼等は皆手に得物を持ち怪人や戦闘員達と対峙していた。だが怪人が相手では流石に分が悪く苦戦を強いられていた。
「フフフフフ、我等の存在を忘れていたとでもいうのか」
 クサリガマテントウはインターポールの捜査官達を蹴散らしつつ笑った。
「バダンの基幹戦力である怪人達を忘れているとはインターポールも相当迂闊だな」
 そこに白い服の男が姿を現わした。
「貴様はっ!」
 捜査官達はその男を見て凍りついた。
「だが俺のことは知っているか。少しは見所があるな」
 ゼネラルシャドウは彼等の顔を見て機嫌をよくした。
「ゼネラルシャドウ」
 だが怪人も戦闘員達も彼の姿を見て驚いていた。
「何故貴方がここに・・・・・・」
 彼等はオオカミ長官の部下達である。彼とは別系統に所属している。
「何、ただ諸君等の戦いぶりを見に来ただけだ」
 ゼネラルシャドウは不敵に笑った。
「あいつも来たか」
 それは基地の指令室から作戦を観戦するタイタンからも確認された。
「作戦の妨害をするつもりはない。安心するがいい」
「しかし」
「俺はすぐに消える。それよりもだ」
 彼は寺院の下をサーベルで指し示した。
「御前達を追ってやって来たぞ」
 見ればライダーがマシンの乗りこちらにやって来ている。
「健闘を祈る。精々頑張るがいい」
 そう言うと自分のマントで身体を包んだ。
「マントフェイドッ!」
 彼はマントの中に消えた。丁度その時にライダーが寺院の前にやって来た。
「ゼネラルシャドウは消えたか」
 ライダーはマシンから跳び降りて言った。
「だが今はそれはどうでもいい、バダンの改造人間よ、覚悟しろっ!」
 そしてクサリガマテントウに向かっていく。
「来たかっ!」
 怪人はそれを認めて身構えた。
「貴様はこの俺は倒すっ!」
 そして右手からチェーンを出してきた。
「おっと」
 ライダーはそれを右にかわした。そこへ左手の鎌が襲い掛かる。
 ライダーはその手を掴んだ。そして上に投げ飛ばした。
「トォッ!」
 そして自らも跳んだ。そしてその背に攻撃を仕掛ける。
「ライダァーーーーニーーーーブロォーーーーーック!」
 膝蹴りを浴びせた。怪人はさらに上空に吹き飛ばされ爆死した。
 着地する。そこにはマシンがあった。
「行くぞっ!」
 そしてその体当たりで戦闘員達を一掃した。彼は次なる戦場へ向かった。
「やはりな、怪人一体だけでは話にもならんな」
 シャドウは寺院の上からそれを見ていた。
「オオカミ長官も戦いがわかっていないと見える」
 彼は嘲りを込めた声でそう言った。
「各個撃破。まあ奴の策はこれだけではないと思うが」
 彼は姿を消した。ライダーはそれには気付かずマシンで次の戦場に向かっていた。

 バスチーユ広場。かってはここに監獄がった。
 バスチーユ監獄。絶対王政の象徴と言われた要塞でもあった。
 この牢獄は最初は百年戦争の時に宮殿を守る為の砦であった。だが時代が経るにつれ牢獄としても使われた。これはよくあることであった。ローマの聖天使城等もそうである。
 ここには主に政治犯が収容された。サディズムの語源となったマルキ=ド=サド侯爵もここにいた。生きては帰れぬというのは誤りで貴族が収容されることが多かったせいでもあるが囚人の待遇は悪くはなかった。だが発禁処分を受けた本やサド侯爵の様な思想的に快く思われていない人物が入れられていた為専制政治の象徴とされていたのだ。
 革命当時は囚人は数える程しかいなかった。だがその巨大な壁と大砲を誇示している為パリ市民を威圧していた。
 革命における襲撃の話はよく劇的に言われ芸術作品に使われるが実像は違う。政治犯の釈放よりも大砲を退けて欲しかったのだ。
 当時のこの監獄の責任者は事態を重くは考えていなかった。最初に話を持って来られた時はもう夜遅いから明日にしてくれと言った。
 朝になった。会談の要請が市民側から来た時彼は朝食を摂っていた。食事中だから後にしてくれと言った。彼は別に市民達を敵と思っていなかったし彼等が攻めて来ているとも思っていなかった。実際にそうであった。
 そして朝食が終わった。彼は市民側の代表と会った。まあお茶でも飲みながら、ということで穏やかに会談の席に着いた。
 代表から話を聞いた時彼はそんなことか、と思った。大砲をどけること位何でもなかった。既にバスチーユは少数の罪人しかなく大砲も旧式なものである。彼は快諾し大砲をしまうように命令した。彼はこんな些細なことで二日越しになるというのもおかしなことだと思った。
 だが大砲がしまわれる時市民達はその真下にいたのだ。大砲が後ろに退くのは砲撃する前に砲弾を詰める時である。市民達の誰かが騒ぎだした。
「砲撃して来るぞ!」
 それが決め手であった。恐慌状態に陥った市民達は監獄の中に突撃した。そして監獄は陥落し責任者は虐殺されその首は晒しものとなった。これがフランス革命の導火線となるのである。元々は寒波による食糧危機にはじまった革命であるがその実像からは遥かにかけ離れて美化されそして多くの血を流している。
 今その監獄はない。広場になり七月革命の記念碑が置かれている。
 そこに怪人達がいた。逃げ惑う市民達に襲い掛かっている。
「殺せ、殺せっ!」
 その中央にいる怪人が指示を出している。ジンドグマの石鹸怪人シャボヌルンである。
「ここにいる人間共は皆殺しだ、それこそがこのバスチーユに相応しい!」
 多くの血が流れた革命の発端である。彼は興奮して戦闘員達に虐殺を督励している。
「待て!」
 そこにライダーがやって来た。市民達に襲い掛かろうとする戦闘員達をサイクロンカッターで一掃する。
「イィーーーーーーーッ!」
 戦闘員達は倒れた。ライダーはマシンから降りると怪人の前に来た。
「罪無き人々を殺めることは許さん!」
「ボフォフォフォフォフォフォ」
 怪人は彼のその姿を見て嘲笑った。
「これは有り難い、わざわざそちらから死にに来てくれたか」
「どういう意味だ」
「それは・・・・・・」
 怪人は右腕をライダーに向けた。
「こういうことだっ!」
 そしてそこからシャボンを放って来た。
「ムッ!」
 ライダーはそれをかわした。そして間合いを離して身構えた。
「どうだ、俺の攻撃は」
 シャボヌルンは誇らしげに言った。
「今度は外さんぞ」
 そして再び放とうとする。
「また来るか」
 ライダーはそれを見て身構えた。
「ならばっ!」
 放たれたシャボンを跳躍でかわした。そして怪人の頭上に襲い掛かる。
「これでどうだっ!」
 怪人の頭を両足で掴んだ。そしてそのまま前に倒れる」
「ライダァーーーーーヘッドクラッシャアアーーーーーーッ!」
 一度怪人の頭をコンクリートに打ちつける。そしてその力で再び上にあがりもう一度叩きつける。それで決まりだった。
「ウオオオオーーーーーーッ!」
 怪人は頭を押さえ倒れた。そしてそのまま爆発した。
 ライダーはそれを見届けるとその場を風のように去った。そして次なる戦場に向かった。

 凱旋門。シャルル=ド=ゴール広場にあるこの門はナポレオンが作らせたものである。彼は自身の栄光と勝利を讃える為に作らせたのである。
 この門からシャンゼリゼ通りをはじめパリの十二の通りがはじまっている。そしてその門には多くの美しいレリーフが飾られている。
「カオーーーーーオゥ」
 ゲルショッカーの水素怪人ガラオックスである。彼は凱旋門の上で車の群れを見下ろしていた。
「さて、今こそはじめる時か」
 彼はその角に力を込めようとしていた。
「そしてこのパリの交通を破壊してやる」
 彼の角から白いガスが放たれようとしたその時であった。
「そうはさせないぞっ!」
 そこにライダーが現われた。そしてガラオックスと対峙する。
「クッ、もう来たかライダー!」
 怪人はガスを放つことをやめた。そしてライダーと対峙した。
「行くぞっ!」
 凱旋門の上で戦いがはじまった。ライダーは怪人にパンチを浴びせた。
「フンッ!」
 だが怪人はそれをかわした。そして上空に飛び上がった。
「フフフ、おしかったな」
 彼は翼を羽ばたかせながらライダーを見下ろしていた。
「今度はこちらの番だ」
 そして彼は指からミサイルを放ってきた。
「ムッ」
 ライダーはそれを跳んでかわした。
「そうか、空に留まるつもりか」
 彼は怪人を見上げてそう言った。
「ならばこちらにも考えがある」
 そして右手を挙げた。
「サイクロンッ!」
 シャンゼリゼ通りを銀色のマシンが駆けて来る。ライダーの愛車新サイクロン改だ。
 マシンは跳んだ。ライダーはそれに動きを合わせる。
「トォッ!」
 そして跳躍した。空中でマシンに飛び乗る。
「サイクロンアターーーーック!」
 体当たりを敢行した。それは怪人を直撃した。
 ガラオックスは致命傷を受け地に落ちていった。そして空中で爆死した。
 ライダーを乗せたマシンはそのまま大空を飛んでいった。そして何処かへ消えていった。

 それで終わりであった。バダンのパリ総攻撃はライダーの前に失敗に終わった。
「これで終わりね」
 ルリ子はインターポールパリ本部に帰って来た本郷を笑顔で出迎えた。
「いや、まだだ」
 しかし本郷の顔は暗かった。
「えっ、もうパリにバダンは残っていないわよ」
 彼女はそれを聞いて怪訝そうな顔をした。
「一人残っている、あの男が」
 彼は厳しい顔のままそう言った。その時インターポールの事務員が入って来た。
「本郷猛さんですね」
「はい」
 本郷は答えた。
「お手紙です」
「俺にですか」
「はい」
 手紙を受け取った。そして封を切り中身を読む。
「これは・・・・・・」
 それは果たし状であった。差出人はオオカミ長官である。
「どうしたの!?」
 ルリ子が尋ねる。
「・・・・・・オオカミ長官が今夜決闘を申し込んできた」
「本当!?」
「ああ。場所はベルサイユ宮殿だ」
「ベルサイユ・・・・・・」
 太陽王ルイ十四世が建てさせた巨大な宮殿である。パリの南東にある。
「そこで待っているそうだ。一人で来いと言っている」
「あのオオカミ長官が・・・・・・」
 彼が策謀家であることは彼女もよく知っていた。
「猛さん、やっぱりこれは・・・・・・」
「罠なんじゃないか、と言いたいのだろう」
「ええ」
 ルリ子はそれを否定しなかった。かってはあのゼネラルシャドウを陥れようと企んだこともある男である。
「心配はいらない。俺は必ず勝つ」
 本郷は心配する彼女を勇気付けるようにして言った。
「けれど・・・・・・」
「大丈夫だ、明日の朝ベルサイユに来ればそれがわかるから」
「信じていいのね」
「勿論だ、俺が嘘を言ったことがあるか」
「いえ」
 本郷は決して嘘は言わない。そして約束を破ったこともない。
「明日の朝だ、いいね」
「はい」
 ルリ子は頷いた。本郷はそれを見て優しい笑みを浮かべた。

 その日の夜本郷はベルサイユ宮殿にやって来た。
 この宮殿はルイ十四世が建てさせたものであるがあまりの巨大さの為彼の生きているうちには完成しなかった。完成したのは十九世紀ルイ=フィリップのオルレアン朝の時代である。その間にフランス革命が起こりブルボン王家も一旦断絶している。ナポレオンが皇帝になり失脚している。この宮殿はそれを栄華の中に見ていた。
 第一次世界大戦の終了の場もこの宮殿で設けられた。ドイツはこの宮殿において連合国と講和し多くの領土を失い多額の賠償金を支払うこととなった。その時の怨みがナチス=ドイツを誕生させる遠因の一つとなったのだ。
 宮殿の中は豪華絢爛な総飾で飾られている。金や銀で目も眩まんばかりであり幾何学の模様や宗教画と共にこの宮殿を彩っている。
 その中でも最も有名なのが鏡の間である。ルイ十四世の居室であった場所でありここでベルサイユ条約も調印されている。
 庭園に面したこの部屋は一七の鏡と窓がある細長い部屋である。天井画はル=ブランの手によるルイ十四世の生涯を古代風に描いたものである。
 本郷猛はその部屋にいた。そして前に進んで行く。
「よく来てくれた、礼を言うぞ」
 前から声がした。
「ここにいたか」
 本郷はその声を聞き前を見据えて言った。
「フフフ、貴様との闘いに相応しい場所だと思ってな」
 オオカミ長官が姿を現わした。
「この宮殿の中でも最も美しい部屋、貴様の死に場所にはもってこいだろうな」
「それはどうかな」
 本郷はそれに対して言い返した。
「俺は負けるわけにはいかない」
 そして身構えた。
「そうか、ライダーとしての意地か」
「だとしたらどうする」
「来い」
 オオカミ長官は一言で言った。
「そんなものが何の役にも立たんということを俺が教えてやる」
「そうか」
 本郷はオオカミ長官を見据えた。
「ならば行くぞッ!」
 構えを取った。腰からベルトが現われた。

 ライダァーーーーー・・・・・・
 右手を左斜め上からゆっくりと旋回させる。その手刀の手は弧を描いている。
 それと共に身体が黒いバトルボディに包まれていく。胸は緑となり手袋とブーツが銀色になる。
 変身っ!
 右手を拳にし脇に入れる。左手を手刀にし右斜め上に突き出す。
 顔がライトグリーンの仮面に覆われる。右から左へと。目が紅くなった。

 光が彼の全身を包んだ。そして彼は本郷猛から仮面ライダーとなった。
「行くぞっ!」
 ライダーは変身を終えるとすぐにオオカミ長官に立ち向かった。
「フフフ、来たな」
 彼は自らに向かって突き進んで来るライダーを余裕の表情で見ていた。
「喰らえっ!」
 ライダーはチョップを繰り出した。長官はそれを身をのけぞらしてかわした。
「甘いな」
 そして彼は蹴りを出した。
 ライダーも蹴りを出す。両者の右脚が激しくぶつかり合った。
「ムウウ・・・・・・」
 ライダーはその衝撃を受けて思わず呻いた。だが怯んでいる暇はなかった。
 オオカミ長官はステッキを突き出してきた。ライダーはそれをかわし左手で掴んだ。
「ムムム」
 両者はステッキで力比べをはじめた。力はライダーの方がやや上であった。そして長官はステッキを離した。
「それは貴様にくれてやろう」
 彼は後ろに跳んだ。
「そのかわり本気を出させてもらおう」
 彼はそう言うと顔の前で両腕をクロスさせた。
「受けてみよ」
 その頭部を覆うユニットに光が宿っていく。
「満月プラズマ光線っ!」
 そしてその光をライダーに向けて放ってきた。
「何っ!」
 ライダーはその光を見て驚愕した。それは今までの満月プラズマ光線とは比較にならぬものだったのだ。
 ライダーは紙一重でそれをかわした。つい先程までいた床が完全に破壊される。
「な・・・・・・」
 ライダーはその床を見て驚愕した。何と飴の様に溶けているのだ。
「どうだ、今までのプラズマ光線とは全く違うぞ」
 オオカミ長官は高らかに笑いながら言った。
「確かに・・・・・・」
 ライダーもそれは認めた。
「しかし何故だ」
「フフフ、知りたいか」
 オオカミ長官は自信に満ちた笑みを漏らした。
「どうせ貴様はここで死ぬ身、教えてやろう」
 そして窓を指差した。
「あの月は一つだけではないのだ」
「どういう意味だ!?」
「鏡を見よ」
 彼は今度は鏡を指差した。
「この鏡が月の光を反射する。そして俺に月の光を普通に浴びるより多く与えてくれるのだ」
「クッ、そうだったのか・・・・・・」
「それにより今までとは比較にならぬ程の満月プラズマパワーを手に入れたのだ。最早貴様など相手にもならぬ程にな」
 彼は全身にみなぎるその力を感じながら言った。
「仮面ライダー一号よ」
 彼はその勝利を確信しためでライダーを見据えて言った。
「貴様はこの俺の栄華の前祝いにここで滅ぼしてやる、感謝するがいい」 
 彼はそう言うと力をためた。
「最早誰も俺には適わん。俺こそが最強なのだ」
 ユニットだけではなかった。全身をその光が覆った。
「喰らえ、満月プラズマ光線っ!」
 オオカミ長官の全身が光った。それは凄まじい光の帯となりライダーに襲い掛かる。
「来たか」
 ライダーはそれを見ていた。
「フフフ、観念したようだな」
 オオカミ長官は彼がさけようともしないのを見て勝利をさらに確信した。
「仮面ライダーよ、砕け散り死ぬがいいっ!」
 だがその時であった。ライダーは手に鏡を取った。
「何っ!?」
 それは鏡の間に多くある鏡の一つであった。それで光線を受けようというのである。
「馬鹿め、それで俺の満月プラズマ光線が防げるかっ!」
「それはどうかなっ!」
 一号は叫んだ。光線はその鏡を直撃した。
「ウォッ!」
 凄まじい衝撃がライダーを襲う。だが彼はそれを受け止めた。
「ムンッ!」 
 そしてその鏡にエネルギーを伝える。鏡がさらに光った。
「何とっ!」
 オオカミ長官はそれを見て思わず叫んだ。何と鏡が光を反射したのだ。その衝撃も。
 そしてそれを弾き返した。逆にオオカミ長官の足下を狙って来た。
「クッ!」
 オオカミ長官はそれを跳躍でかわした。そして空中で身構えた。
「来たか、やはりっ!」
 ライダーも跳んでいた。そして空中で拳を繰り出す。
 二つの拳が空中で激突した。夜の闇に包まれた宮殿に鈍い衝撃音が響く。
 両者は交差して着地した。そして互いに振り向く。
「グッ・・・・・・」
 だがオオカミ長官はその時一瞬足が揺らいだ。満月プラズマ光線を全力で放出した疲れが出たのだ。
「今だっ!」
 それを見過ごすライダーではない。素早く上に跳んだ。
「喰らえっ!」
 彼は斜めに跳んでいた。そして部屋の壁を蹴った。
「ライダァーーーーーー」
 彼はそのままオオカミ長官に向けて弾丸の様に跳んで行く。
「稲妻キィーーーーーック!」
 そして蹴りを繰り出した。疾風の様な速さである。
 それはオオカミ長官の腹を直撃した。蹴りを入れたライダーはその反動を利用して後ろに跳んだ。
「グウウ・・・・・・」
 キックを腹にまともに受けた長官は呻き声を出した。そしてガクリ、と片膝を着いた。
「まさかあのような防ぎ方があるとはな」
 オオカミ長官は口から血を出しながら言った。
「鏡が貴様の力を反射させ大きくさせると聞いたからな。咄嗟にそれに思いついたのだ」
「フン、貴様に話してしまった俺の迂闊か」
 彼は一号の頭脳を侮っていたのだ。
「だが月の力を浴びた俺を倒したことは褒めてやろう」
 彼はよろめきながら言った。
「そこまでできたのは貴様がはじめてだ。俺は月の力を浴びれば誰にも負けなかったからな」
「だがそこに慢心が生じたようだな」
「クッ、確かに。だがな」
 彼は言葉を続けた。
「それでも俺を破ったことは事実だ。それは褒めてやろう」
 そしてニヤリ、と獣の笑みを浮かべた。
「偉大なる狼男の血を引くこの俺をな」
 そう言うと立ち上がった。最後の力を振り絞った。
「偉大なる魔界の支配者よ、今こそ貴方のもとへ!」
 そう言うと後ろに倒れた。そしてそのまま爆死した。
「欧州の夜の世界の君主もこれで死んだか」
 一号はその爆発を見届けて言った。彼の死をもってパリでの仮面ライダーとバダンの戦いは幕を降ろした。

「フム、敗れたか」
 タイタンはその戦いの一部始終をモニターを通して見ていた。
「惜しい男だったがな。自らの力と血脈を過信し過ぎたな」
「そう言っていられる状況なのかな」
 そこに誰かが入って来た。
「やはりここにも来たか」
 タイタンはその男の姿を認めて言った。
「貴様も暇なことだな。あちこちを飛び回って」
「それはお互い様だ」
 ゼネラルシャドウは皮肉に怯むことなくそう言い返した。
「フン、貴様とは目的は違うがな」
「同じだと思うが」
 シャドウはあえて挑発する言葉を出した。
「何っ」
 そしてタイタンはそれに乗ろうとした。しかし。
「・・・・・・フン」
 それに乗るのを止めた。
「今貴様を倒しても何の利益もない」
「そうだな。貴様はこれで全ての手駒を失くしてしまったのだし」
「いずれは切り捨てるつもりだった。その手間が省けただけのことだ」
 彼はそう言うと懐から葉巻を取り出した。そして指で火を点けた。
「惜しくもない」
「そうか。だがあの男に対抗するには苦しいようだな」
「別にな。機が来ればこちらから出向いて倒してやろうと思っている」
「貴様にそれが出来るかな!?」
 シャドウは冷静さを保とうとする彼をさらに挑発した。
「・・・・・・さっきから何が言いたい」
 タイタンの言葉に怒気が含まれた。
「まあそう怒るな」
 彼はそう言うとグラスを取り出した。
「折角だ。一杯やらんか」
「生憎だが俺の飲む酒は決まっていてな。安物は口に合わんのだ」
「残念だな。これは魔界で摂れた銘酒なのだが」
 彼はそう言うとグラスにその紅い酒を注ぎ込み口に含んだ。口が血を飲んだように紅くなる。
「そして何の用でここに来た!?」
 タイタンはシャドウが酒を飲み終えるのを見てから問うた。
「何、一つ情報が入ってな」
「何だ」
「城茂のことだ」
「あの男か」
 タイタンはその無数の眼を光らせた。
「今はインドネシアにいるらしい」
「インドネシア、バリ島にでもいるのか」
「そうだ、そこに二人の同志が向かった」
「二人、か。誰だ」
「磁石団長とヨロイ騎士だ」
「あの二人か」
 タイタンはそれを聞いて暫し考え込んだ。
「大方その後ろにはあの男がいるのだろう」
「ほう、察しがいいな」
「それ位馬鹿でもわかる。だがあの男が自分の仲間を二人共送るとは珍しいな。バリ島に何かあるのか?」
「もう一人ライダーがいる。スーパー1だ」
「成程な。だからこそ二人を送ったのか」
 納得がいった。タイタンは大きく頷いた。
「二人でライダー二人を一気に始末してしまおうということか」
「そのようだな。あの男らしい」
「バリ島での作戦も考えているのだろうな。奴のことだ、ただであの島に行くとは思えん」
 バリ島は観光地として有名である。
「それはこれからのお楽しみだ。どちらにしろ我々が動くわけにはいくまい」
「それはそうだが。貴様にしてはやけに大人しいな」
「フッ、それはどうかな」
「・・・・・・・・・」
 タイタンはそれを見て妙だと思った。今のシャドウの言葉は何処か強がりがある。常に自らをクールに見せる彼だが今はそこに虚勢がある。
(そういえば最近ヘビ女の行動を聞かないな)
 ふとそう思ったが口には出さなかった。
(まあ良い、あの女が消えてくれたならば俺にも好都合だ)
 タイタンは言葉を出した。
「そしてバリ島は今どうなっている」
「既に二人はライダーを狙って行動しているようだ」
「そうか、流石に速いな」
 タイタンは頷いた。
「しかしそうそう上手くいくかな」
「それはわからんな。ただ」
 シャドウはその虚勢を覆って言った。
「この戦いの結果が俺達に大きく影響することは確かだ」
「それはわかっている」
 タイタンは言った。
「ストロンガーが勝っても負けてもな。だが」
 彼は一旦言葉をとぎらせた。
「あの二人が倒せるとは思わんが」
「貴様が倒すつもりだな」
「それは貴様とて同じことだと思うが」
 タイタンは無数の眼でシャドウを見据えながら言った。
「確かにな」
 シャドウはその言葉に対して不敵に返した。
「奴を倒すのは俺だと決まっているのだ。カードがそう教えている」
「ほう、俺は貴様ではないと確信しているが」
「何なら争うか?奴の首を」
「当然だ。力こそが我がバダンの最大の法であることは知っていよう」
「・・・・・・フン」
 シャドウはそこでタイタンに横を向けた。
「面白い。ではバリ島での戦いの結果を見てそうしようか」
「望むところだ」
 二人はそう言うとその場から消えた。そしてそれぞれの基地へと戻っていった。


 宮殿の人狼    完


                                     2004・5・12

 
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