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その答えを探すため(リリなの×デビサバ2)

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第3話 献身

 あの後、リリムがジュンゴと呼ぶ少年にずっと抱きつき頬擦りするのを無理やり引き剝がすのに苦労し、すずかから事情を聞いた完全武装のノエルとファリンが部屋に突入してきて一触即発な雰囲気が生まれたのを仲裁するなど、忍に当初とは違った苦労が舞い込んできた。


 それでも、当初心配していた命を賭けた戦闘、という事態にならなかっただけおおいにましね。
 仲裁が終わっても、未だに警戒を解いていないメイド2人にため息をつくが、そう気持ちを切り替え、忍は話を進めるためリリムに視線を向けた。

「それでええと……リリムさん、でしたっけ?彼の容態は見てもらったとおりなんだけど。私たちが来てほしくない、って言った理由は分かってもらえたかしら。」

 この悪魔——リリムは、今はこちらに敵意はないし、契約者を心配する(むしろ溺愛、と言った方が正しい)あたり性格もそれなりに誠実で、悪いものではないだろうと考える。
 なら忍たちとしてもわざわざ強者たる彼女に敵意を向ける必要はないし、目の前の少年を助けたいと思っているのはこちらも同じだ。彼が絶対安静が必要なのだという事を理解してもらえたなら、すぐに部屋を出てもらいたい。

「あっ、名前で呼んでもらっちゃった♪ う〜ん、そうね。ニンゲンにしたらとってもいい対応だと思うわ。」

 納得した様子を見せるリリム。じゃあ、と切り出そうとする忍に、「けど」とリリムが続ける。

「こんな様子だからこそ、私が必要なの。」

「……あなたに今何かできる、とは思えないんだけど。安静を保つのが、今の彼に一番必要な事よ。さっきみたいに抱きつきでもしたら、傷の回復は遅れるばかりよ?」

「むぅ〜、失敬ね! 悪魔だからって、何かを壊すしか能がないって思ってるの? だったら見せてあげるわよ、私のとっておき!!」

 忍の言葉に、リリムが憤慨した様子でまた彼に抱きついた。
 その様子に慌てて彼女を少年から離れさせようとする忍。何を聞いていたんだこの悪魔は、と愚痴りたくなってくる。

 とにかく今はあの悪魔を引き剝がさないと。そう思いながらも忍が足を踏み出した瞬間、リリムの体が光り出した。その光は、すぐにベッドに寝ている少年をも包みこんでいく。


「えっ?」

「な、何なのこれ……」

「すごい……」

 今まで会話に入っていなかったすずかやノエルたちから驚きの呟きが漏れる。
 何故なら、彼女たちの目の前で少年の傷—―ベッドとリリムの体で隠れて顔の様子しか見えないが—―が何も無かったかのように消えていったからだ。
 忍も声には出さなかったが、口を手で覆い驚きを隠せない。

「ふっふーん。どう? 悪魔だからって、持つ力全部が物を壊すためのものじゃないのよ。私はこれくらいしかできないけど、格の高い悪魔……女神だったらもっとすごい事もできるし、伝承どおりの力を振るえる悪魔だっているんだから」

 治療を終え、自慢げに話しかけてくるリリム。
 先程の光景も充分驚嘆に値するが、それよりも凄い事が出来る存在がまだいるとは、忍、ノエル、ファリンは悪魔が現実のものとして存在することを改めて思い知る。

「力は、壊すだけじゃない………」
 一方すずかだけは、その言葉に何かを感じたのか、小声で呟きながら考え込んでいる様子だったが、それを気付いたものはいなかった。

 その後、リリムを除く4人が驚きのためしばし時間を忘れ茫然としていると、ベッドの方から声が聞こえてくる。それに気がついた4人は意識を引き戻し、彼へ事情を聞こうとベッドに近づいていった。




—―――それより少し、時は遡る。

 鳥居純吾は、暗い世界にいた。
 そこはほんの少し先も見渡せない、黒一色の世界。そんな世界にただ自分が横たわっているという感覚があるだけ。視覚も、聴覚も嗅覚もありとあらゆるものを使っても見出す事ができない、独り自分が世界から切り離されたかのような場所。

 これが、死後の世界というものだろうか? 純吾は働かない頭でそう思う。

……いいや、彼はこの世界を一回体験したことがあった。
 あれは、確か始めて悪魔と契約を結んだ時———



「やほほ〜、ティコりんだよ☆ ジュンゴちゃん起きてる〜?」

 突然、自分を取り巻く状況に考えを巡らせていたときに声が聞こえてくる。あたりを見回してみると、いつの間にか目前に緑色の自分の携帯電話が置かれ、画面の中から白黒のバニーガールのような少女が話しかけてきた。
 自分たちが生き残るために使っていた【悪魔召喚プログラム】を配信してきたサイトの案内役、ティコと名乗る少女だ。

「ん……、ジュンゴ、起きてるよ」

「おーけーおーけー。ねぇねぇ、ところでジュンゴちゃん。ジュンゴちゃん、また死にかけてるみたいだね☆」

 軽い口調で自分の現状を言うティコに、純吾は思わず顔をしかめてしまう。

「……何だか、ごめんなさい」

「あははっ、別に怒ってなんかいないよ☆ それよりもジュンゴちゃん。このままじゃジュンゴちゃんまた死んじゃうよ」

 そんな事言われずともだ。しかし前の時とは違い、今回は悪魔を召喚したら危機を乗り越えられるといったものではない。そんな状況をどうすればいいのか分からない。
 そう思い、それをティコに伝えようとした時

「だけどさ~。もし…、もしまた生きたいって思うなら、今回だけはなんとかなっちゃうかもしれないよ☆」


 その声を聞いた時、純吾は一瞬何を言われたのか理解できなかった。痺れたように満足に動かない舌を必死に動かし、ティコに確認する。

「……本当に?」
 ティコが、また、じぶんに、生きる、チャンスを、くれるの?


「もっちろん、ホントのホント☆ ……まっ、今回はティコりんじゃなくて、“あの方”直々にお越しいただいているんだけどね」

 あの方? 以前とは違った展開と、聞きなれない単語に思わず聞きなおそうとするが、コツン、というこちらへ誰かが歩いてくる音にその言葉を遮られた。

 コツン、コツンという音は段々と大きくなりながら暗い世界に響き渡り、それが近づいてくるのがはっきりと分かった。
 
 近づいてきたのは、どこか超然とした雰囲気を持つ青年だった。
 周りは黒一色の暗黒の世界だというのに、その青年だけはそれに溶け込まず自身の存在を主張し続けている。それだけで、この世界では充分な異彩を放っていた。

 アルビノとは少し違う、真っ白な肌に髪、そして灰色に近い目を持つ顔。赤と黒のストライプの上着に黒いズボンを纏った体は、触れれば折れそうなほど細く儚げに見えるのに、そんなことを感じさせなかった。彼はただ立っているだけだというのに、到底純吾では敵いそうにない圧倒的強者の雰囲気を放っていた。
 さりとてその雰囲気に圧倒されるかといえばそうはならない。純吾を見つめる目はどこか嬉しそうに細められ、口元にはあるかないかの微笑を浮かべていた。その表情だけで、その強烈な雰囲気を少なからず和らげる事に成功している。

「やぁ、天秤の守護者(ジュゴス)よ」

 純吾の間近にまでやってきた青年は、彼を見下ろしつつ開口一番にそう言った。
「ジュゴス?」青年が誰の事を呼んだのか一瞬分からず声に出してしまった。しかしすぐにそれが自分の事だと悟り、若干渋面になりながら純吾は答えた。

「……違う。ジュンゴは、鳥居純吾」

 それに何を思ったか。純吾は明らかに不機嫌な様子なのに、青年は感心したように口元に手をやり、微笑を深めた。

「…名か。儚く、そして無為だ。だが、……素晴らしい。」

 予想外の反応に、純吾は困惑して青年の顔を見つめる。それに気がついたのか、「あぁ」という声をあげ、青年は倒れ伏す純吾を改めて見下ろした。

「すまない、天秤の守護者(ジュゴス)を無視する気はなかったんだ。ただ、久しぶりに人間と会話をしてね、思わず感慨に浸ってしまったよ」

 そう穏やかな顔のまま告げる。自分の呼び方など気になる所はあるが、一応の納得をする純吾。 だが肝心の彼は誰なのか、という事を聞きそびれていた。「誰?」と短く青年に問いかけてみる。

「『憂うもの』。私は自分の事をそう呼んでいる」

 青年は口元に手を置いたまま、少し困ったようにそう返した。

『憂うもの』。
青年の明らかな偽名に純吾は眉をひそめたが、ふと自分が本題をすっかり忘れていた事に気がついた。慌てたように質問をする。

「ティコに聞いた。ジュンゴ、このままじゃ死ぬって」

「あぁ、君の死はアカシックレコード――絶対的な運命によって決定づけられたものだ。本来なら、それを回避するなど不可能な事だろう」

 ティコから言われ、自分でも覚悟をしていたのだが、やはりその言葉を聞いた途端、絶望で意識が遠のきそうになる。だが、これはあくまで分かり切っていたことであり、本番は此処からだ。純吾は意識を無理やりに世界につなぎとめ、震える声で質問を続ける。

「……けど、“あの方”ならなんとかなるって、言ってた」

 そして憂うものを見つめる視線に力を込め、はっきりと、彼に伝わるように問いかける。「憂うものが、あの方なの?」

「そうか…。
ああ、ティコが私の事をどう呼んでいるかは知らないが、確かに私なら君の運命を変える事ができる。そして、それを問うために私はここに来た」

その言葉に、純吾は動けないはずの体が打ち震えたのではないかというほどの衝撃と歓喜を覚えた。
もっと話が聞きたい。そう思い、純吾は力を振り絞って彼に近づこうとするが、「だが」という憂うものの声が押しとどめた。

「初めに言っておこう。もしこれを了承すれば、君は恐らく今までいた所には二度と帰る事ができないだろう。
それに、私が用意した道で君は間違いなく戸惑い、傷つき、そして他人と争う事となる。今ここで諦めたほうが、間違いなく君にとっては楽な道となるだろう」

――それでも、君はその道を選択する事ができるのかな?
 優しそうな様子など微塵も感じさせない、その強者としての重圧を容赦なくぶつけてきながら、憂うものは純吾へ問いかける。

 その先程までとは全く違う威圧を、純吾はまともに受けてしまった。
 彼の目を見てしまっただけで先程までとは違う、恐怖からの体の震えが起こる。「やめて」と懇願するはずの舌は動かす事ができず、喉の奥から体が干からびていくような気もちになってしまう。

 今ここで「諦める」と言えたら、一体どれほど自分は楽になれるのだろうか?

 だが、
「あ――」

「あ?」

「――ぁ、諦めたく、ない」

 口を衝いて出てきたのは、生きる事を選択するという決意。恐怖に震え、かすれて酷く聞き取りづらいものだったが、純吾は確かに生きる事を選択し、憂う者へ伝えた。

「…分からないかな? 私の言った事は脅しではない、全て本当の事だ。
君が選んだ道は、君という不確定要素を入れる事で少々の変更があるだろうが、間違いなく波乱に満ちたものになる。私はそれを“知っている“」

「……それでも、いい。ジュンゴは見てきた、壊れた名古屋を。いっぱい人が死んで、その中には、まだ生きたいって人も、いっぱいいた」

 ゆっくりと、探り探りではあるが、純吾は自分の決意を確認していく。それを威圧感を弱めることなく憂うものはじっと見つめる。

「だから……生きる事を諦めたくない。生きて、いつかアイリ達とまた会いたい!」

 その言葉と共に、純吾は今まで逸らしていた目を、憂うものへと向ける。すぐにでも逃げ出したくなるような重圧が襲いかかるが、それでも負けじと視線をそらす事だけはしなかった。
 しばらくの間、純吾と憂うものは無言で互いの視線をそらさずに見つめ合う。
そうして、純吾にとって永遠にも感じられるほどの時間が過ぎたように思えた頃、フッ、と憂うものが固く結んだ口を微笑へと変えた。

「そうか…。君の望んだ道は、私の願うそれと同じのようだ。……ティコ」

「はいは〜い! ジュンゴちゃんの強〜い『生きる意思』、私も確認したよ〜」

「ん…、じゃあ」

「ああ。君をこれから現実へと移す、少々荒いやり方になるが我慢して欲しい」

 そう純吾の声に答えると、憂うものはパチン、と指を鳴らした。
 音が鳴り止むと同時、純吾は青い焔に包まれた。熱くはなかったが、何も見えなかった暗い世界がゆらゆらと揺れる焔だけに変わったことにパニックを起こす。
 
「それではジュンゴちゃん☆ 新しい世界でもぉ、ハブ・ア・ナイスた~☆」

「天秤の守護者(ジュゴス)……。いや、純吾。その世界を、頼んだ……」

 焔の中でもがく中、不思議とはっきりと2人の声が響く。
 咄嗟の事であり、その声が何を意味するのか純吾は聞き返す事ができなかった。
荒れ狂う感情をどうにか押さえこんで色々な角度へ視線を向けるが、やはり辺りは青い焔しか見えない。

 そうして体を無理やり動かしたのがまずかったのか、やがて段々と視界が暗くなっていき……





「…………リリ、ム?」

「っ!……ぅん、うん!!」

 次に純吾が目を覚ますと、目の前にはここ数日見慣れた美しい顔があった。自分と契約をしてくれた仲魔、リリムが自分に抱きつき、顔を近づけている。
 その事に気恥ずかしさを覚え、リリムに声をかける。

「リリム。離れて……、恥ずかしいよ。」

「ダメ!! ジュンゴ一人だと絶対に無理するんだもん! もう絶対にジュンゴを一人にしてあげないんだから!!」


 ひしと彼女は自分の体を抱き寄せ、泣きそうな声でそう言った。

 あぁ、やっぱり心配をさせてしまったのか。
 「離れて」と聞いた時の、くしゃりと歪んだリリムの今にも泣きそうな顔。馬鹿な事をした自分を、まだこんなにも心配してくれる。
 心配してくれたリリムには申し訳ないが、自分と契約した仲魔はこんなにも優しい、その事に純吾は嬉しくなってしまう。

「……リリム」

「ん、なぁに?」

「一緒にいてくれて……ありがとうございます」

「っ! ふふっ、どういたしまして。私もジュンゴと一緒にいられて嬉しいわ♪」



 誰が彼女を悪魔と言えるだろう、純吾は思う。
 リリムが彼の言葉に返してくれた笑顔は、まさに輝かんばかりの、全く邪気の欠片もない純粋に自分の無事を喜んでくれているもので。

 
 不安は尽きる事はないが、それでも彼女となら乗り切る事ができる。今、この瞬間だけは、そう純吾は考えるのだった。
 
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