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拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~

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第2章 高校2年生
  冬休みin東京 ②

「あ……純也さん、こんにちは。今帰ってきたの? 車が停まってたのに姿が見えなかったから」

「うん、まあね。ホントは少し前に着いてたんだけど。ちょっと近くのパティスリーへ買い物に出てたんだ」

 愛美がこわごわ話しかけると、彼は先ほどの剣幕はどこへやら、いつものにこやかな顔に戻って答えてくれた。
 そして、持っていた紙袋からキレイな包装紙に包まれた箱を一つずつ、愛美と珠莉に手渡してくれた。

「これ、愛美ちゃんと珠莉に、俺からのクリスマスプレゼント♪ 中身はその店特製の、焼き菓子のセットだよ」

「わぁ……、ありがとう!」

「叔父さま、ありがとうございます」

 たとえ消えものでも、大好きな人からのプレゼントは愛美にとってものすごく嬉しかった。

「あと、さっきはわたしの代わりに言いたいこと全部言ってくれて、それもありがと」

 もし、あそこで純也さんが現れなかったら、愛美が自分で珠莉の母親に食ってかかっていただろうけど。そして多分、言わなくてもいいことまで言って自分の立場を余計に悪くしていただろう。

「まあ、約束したからね。でも、あの連中にはあれでもまだ言い足りないくらいだよ。大切な人のことを値踏みするみたいに言われて、俺も相当頭に来てたから」

「そっか……。嬉しい!」

(わたしが感じた怒りを、純也さんも同じように感じてくれたんだ……。やっぱり、恋愛っていいな)

「愛美ちゃん、この家にいる間、また誰かに何か言われたら何でも俺に言えよ? 俺はそのために、今回帰ってきたんだから」

「うん」

「珠莉もな。俺はこの家の中では唯一、お前の味方でいるつもりだから。愛美ちゃんのことだけじゃなくて、お前が何か悩んでるならちゃんと話聞いてやるから」

「ええ。叔父さま、ありがとう」

 純也さんは愛美の恋人としてだけでなく、珠莉の叔父としても優しい。そんなところに、愛美はまた喜びを感じたのだった。


   * * * *


  ――夕方六時から始まるクリスマスパーティーの支度があるため、愛美と珠莉は純也さんと一旦別れた。

「愛美さん、後でお着替えを済ませたら私の部屋にいらっしゃいよ。簡単なヘアメイクくらいは私がして差し上げてよ」

「えっ、いいの? ありがと。じゃあ、部屋で着替えたら行くね」

 珠莉とも別れた愛美は、ゲストルームへ足を踏み入れる。

「…………わぁ……、広~~い!」

 何か気の利いた感想を言いたいけれど、我ながらボキャブラリーの乏しさが情けない。仮にもプロの作家なのに。

 この部屋一室だけで、今寮で珠莉たちと三人で暮らしている三〇一号室くらいの広さがある。インテリアはどれも高級感が漂い、ベッドはフカフカで、天井にはここにもキラキラしたシャンデリアがぶら下がっている。
 広いし快適そうな部屋ではあるけれど、何だか落ち着かない。

「……さて、着替えよっかな」

 〝あしながおじさん〟――純也さんから送られてきたドレスや小物などの一式は、スーツケースとは別に梱包してここへ持ってきた。執事の平泉さんがリムジンから運び込んでくれている。
 ところが、いざ着替えようとドレスを手に取ったところで問題が発覚した。

「……っていうかこのドレス、ひとりで着替えるのはムリなヤツだ。着替えも珠莉ちゃんのお部屋でしなきゃダメだな」

 愛美は一式を抱えて、隣りの珠莉の部屋のドアをノックした。

「珠莉ちゃん、愛美だけど。ゴメン! 着替えもこっちでしちゃダメかな? ちょっと手伝ってほしくて」

「どうぞ、入ってらっしゃい」

 ――珠莉の部屋へ入れてもらった愛美は、彼女に背中のファスナーとホックを手伝ってもらいながらドレスに着替え、黒のストッキングとワインレッドの靴を履き、あと残すはネックレスと襟巻きだけ。

「ネックレスはどうしようかな……。襟巻きしたら見えないよね」

「まあ、襟巻きは外すこともあるでしょうし、ネックレスを着けた上から最後に襟巻きをすればいいんじゃないかしら」

「あ、そっか! じゃあそうしよう」

「でも、襟巻きをする前に……。愛美さん、こちらへいらっしゃい」

 手早く着替えを済ませた珠莉が――彼女のドレスは水色で、スタイルの良さが引き立つタイトなデザインの膝丈だった――、愛美をドレッサーの前に手招きした。

「髪のアレンジとメイクをしてあげるわ。大人っぽいヘアスタイルとメイクをしたら、純也叔父さまもあなたに惚れ直して下さるわよ」

「え……、うん。じゃあ、珠莉ちゃんに任せるよ」

 珠莉はワックスやヘアアイロンなどを使いこなして愛美の髪にウェーブをかけ、コスメボックスを開けてメイクを始めた。

「……ねえ、珠莉ちゃん」

「何ですの?」

「純也さんに、珠莉ちゃんの夢のこと相談してみたらどうかな? この後、パーティーに出る前に時間取ってもらって」

 睫毛にマスカラを塗ってくれている珠莉に、愛美は言ってみた。
 めったに実家へ帰ってこない彼がこの家にいる今こそ、相談する絶好のタイミングではないだろうか。電話で相談するよりも、直接話した方が伝わりやすいだろうし。

「わたしもついててあげるから、この後純也さんのお部屋に行こう?」

「……そうね。こういうことは早い方がいいものね。じゃあ、後でちょっとお付き合いしてもらおうかしら」

 純也さんに相談する決意を固めた珠莉は、愛美のメイクを進めた。
 両瞼の上に淡いピンク色のシャドウを乗せ、指先でぼかす。下瞼にはポッテリとした涙袋を作り、可愛らしい目元に仕上げていく。

「愛美さんはお肌もキレイだし、元がいいからお化粧映えがしそうね」

 アイシャドウと同じ色のチークを頬に乗せながら、珠莉が愛美の肌や顔立ちを褒める。

「え……、そうかな? わたし、お肌の手入れとか特になんにもしてないんだけど」

「それはきっと、あなたの内面から出てくる美しさね。叔父さまと恋愛をしていて幸せホルモンが出てるから。あと、夢を叶えて生き生きと毎日を楽しく過ごしているから、かしら」

「……なるほど」

 毎日鏡で自分の顔を見ていても、その美しさに気づけなかったのはきっと、すぐ身近に珠莉という自分よりもキレイな存在がいるから。ついつい彼女と自分を比べては、「わたしは珠莉ちゃんほど美人じゃないし……」と自分を下に見てしまっていたんだろう。

「愛美さん、自分に自信を持つことは、自分の美しさを素直に受け入れることから始まるのよ。まずは叔父さまに、キレイなあなたを見てもらいましょうね」

「うん」

「それじゃ、リップを整えるから、ちょっとお喋りはストップしていましょうね」

 愛美が口を閉じると、珠莉がリップブラシを使って丁寧に口紅を塗っていく。選んだ色はチェリーピンク。少し派手めな色だと愛美は思ったけれど、パーティー用のメイクならこれくらいでちょうどいいのかもしれない。
 さらにその上から別のリップブラシでグロスを乗せられ、珠莉の手によるメイクアップは完了した。

「――はい、終わりましたわ。鏡をご覧なさい」

「…………わぁ……っ! これ、ホントにわたし……? 別人みたい」

 ドレッサーの鏡に映るのは、普段見慣れた愛美とはまったく違う女の子の顔だった。

「ね、お化粧ひとつで変わるものでしょう? じゃあ交代して下さる? 私もヘアメイクしたいから」

「ああ……、うん」

 愛美が交代すると、珠莉はこれまた手早く自分の髪型やメイクを整えていく。それは愛美にしてくれたような手の込んだものではなく、わりと簡単なものだった。
 襟巻きを着け、ハンカチとポケットティッシュなど最低限の小物を入れたクラッチバッグを持って準備万端整った愛美に、珠莉は自分のヘアメイク完了を告げる。

「……ま、私のはこんなものでいいでしょう」

「えっ、珠莉ちゃんはそんな適当でいいの? わたしはこんなに可愛くしてくれたのに」

「ええ、いいの。私はどちらかというとホスト側だもの。さ、純也叔父さまのお部屋へ行くわよ」

「うん。純也さんも着替え終わってるといいんだけど」

 珠莉の部屋を出た二人は長い廊下を進んでいき、突き当たりの角部屋のドアをノックした。ここが純也さんの部屋である。

「――はい?」

「純也さん、愛美です。珠莉ちゃんも一緒なんだけど。今、おジャマして大丈夫? もう着替えって済んでる?」

「ああ、大丈夫だよ。どうぞ」

「――だって。珠莉ちゃん、ほら」

 純也さんの返事を聞いてから、愛美は珠莉に入室を促した。

「おジャマしまーす」

「叔父さま、失礼します」

「二人とも、どうした?」

 二人を迎え入れてくれた純也さんは、ボルドー色のスーツにグレーのカラーシャツ、紺色のネクタイというスタイルだった。

(わ……! やっぱり純也さんのスーツ姿、カッコいい……!)

「……叔父さま、またそんなキザったらしい格好を」

 一人ときめいている愛美とは逆に、珠莉は叔父の独特なカラーセンスに呆れて一言物申さずにはいられなかったらしい。

「珠莉、お前はわざわざ俺にそんなことを言いに来たんじゃないだろ」

「ああ……、そうでした。つい口が滑ってしまって」

「あのね、純也さん。珠莉ちゃんがちょっと、純也さんに相談に乗ってほしいことがあるんだって」

 珠莉も自分からは言い出しにくいだろうと思い、愛美が先に助け舟を出してあげた。

「俺に……相談? 珠莉、言ってごらん?」

「ええ……。叔父さま、実は私――」

 珠莉は叔父に、将来モデルになりたいという夢があること、それを両親には猛反対されそうだから打ち明ける勇気がないことを話した。

「――私も半ば諦めかけていましたの。でも愛美さん、さやかさんとお友だちになって、あと叔父さまにも感化されて。やっぱり諦めきれなくて、本気で目指そうと思うようになりましたの。ただ……、お父さまとお母さまにはまだ打ち明ける勇気が出なくて……。叔父さまが味方について下さったら、私も話しやすくなると思うんですけど」

 一言も口を挟まず、うんうんと頷きながら話を聞いてくれた純也さんが、珠莉の話が終わったタイミングで口を開いた。

「一つだけ確認させてもらうけど。珠莉、お前は本気でモデルを目指すつもりでいるんだな?」

「ええ、もちろん本気です」

「……分かった。お前が本気なら、俺も全力でお前の夢を応援するよ。お前が兄さんとお義姉さん――両親に打ち明ける時にも、俺が援護射撃してやるから。そこは信用してくれ」

「……ええ! 叔父さま、ありがとうございます! 私、必ず叔父さまの恩に報いるようなモデルになりますわ!」

「わたしからもありがとう、純也さん!」

(やっぱり純也さん(このひと)は、夢を追う子供を放っておけない優しい人なんだ。わたしやリョウくんだけじゃなくて珠莉ちゃんのことも)

 だからこそ、〈わかば園〉のような児童養護施設にも援助を惜しまないのだと愛美は思った。

「――ところで純也さん。今のわたし、どう……かな? 髪とメイク、珠莉ちゃんがやってくれたの」

「珠莉が?」

「うん。……どうかな?」

 純也さんは(ほう)けたように愛美をしばらく見つめた後、やっと感想を言ってくれた。

「…………うん、スゴく可愛いよ。ドレスもよく似合ってる」

「ありがと! このドレスは田中さんからのクリスマスプレゼントなの。っていうか、わたしが今身に着けてるもの一式」

「……へぇ、そうなんだ」

(あ、純也さん、気づいたな。わたしが今着てるのが、自分が選んだものだって)

 〝あしながおじさん〟こと田中太郎氏の正体が純也さんだと分かっている愛美には、彼のリアクションがわざとらしく感じた。けれど、知らないフリをしていることに決めたので、それはあえてスルーした。

「……あ、そうだ。わたしからも一つ、純也さんにお願いがあるんだけど」

「愛美ちゃんも? なに?」

「わたし、今度長編小説を書くことになって。また純也さんを主人公のモデルにしようと思ってるんだけど」

「え、また俺がモデル?」

「愛美さん曰く、叔父さまは小説のヒーローに持ってこい、なんですって」

「うん。……でね、舞台を東京にしたいんだけど。純也さんに、わたしがまだ行ったことない東京の名所とか案内してもらいたいなぁ、って」

 脱線しかけた話を戻し、愛美はお願いを言った。

「いいよ。明日、一緒にあちこち回ろう。前回は渋谷~原宿方面だったから、(ぎん)()とか浅草(あさくさ)とかかな」

「うん、いい! あと、スカイツリーにも行ってみたいな」

「いいね。じゃあそこも」

「やったぁ♪」

「あらあら。愛美さん、よかったじゃない。純也叔父さまとデートできることになって」

「で……っ、デデデ……デート!?」

 珠莉の口から思いもよらない言葉が飛び出し、愛美は思いっきりうろたえた。

(好きな人と二人きりでお出かけ……。そっか、それって「デート」ってことになるのか……)

「こら、珠莉! からかうんじゃない! ……でも、そういえば俺と愛美ちゃんってデートらしいデートはしたことなかったな」

「あ……そういえば、そうかも。夏には長野で二人きりで色々遊んだりしたけど、あれはデートにならないし」

 バイクでツーリングしたり、二人で山登りをしたり……は〝デート〟のカテゴリーに入れていいものか……。

「じゃあ、明日が初デートか。二人で思いっきり楽しんで来ような。もちろん、浮かれて遊んでばっかりじゃなくて、ちゃんと執筆のための取材もしてね」

「わ……分かってます!」

 愛美は純也さんに噛みついた。
 人生初のデートはもちろん楽しみだし、ドキドキもしているけれど、本来の目的はあくまで新作執筆のための取材である。明日はちゃんとスマホも持っていって、銀座や浅草・スカイツリー周辺の街並みやお店などの写真をたくさん撮っておこうと思った。

(でも……初デート。もちろん取材もしなきゃだけど、楽しみすぎる……)

「――もうすぐクリスマスパーティーが始まるな。二人は先に行っといて。俺は後から行く」

「はーい」

「分かりましたわ。叔父さま、相談に乗って頂いてありがとうございました」

 愛美と珠莉は、一足先にパーティー会場である一階のメインダイニングへと下りていった。


   * * * *


 ――辺唐院家で行われるクリスマスパーティーは、牧村家のそれとは趣向も規模も大違いだった。

 食事は立食スタイルなのでテーブルマナーをうるさく問われることはないし、ケーキなどのスイーツも出されている。のだけれど。
 招待客は多いし、それもセレブばかり。話す内容は高級ブランドだの、身に着けているジュエリーがいくらかかっただの、株や投資の話題だのという上辺だけの会話ばかりで、その人自身の話題や身近な話題はほとんど出てこない。

 愛美も「これも取材の一環」と、どうにか話に食らいつこうと頑張ってはみたけれど、元々が次元の違いすぎる人たちの話題なので、聞いたところでまったく理解が追いつかなかった。
 
「う~……、疲れたー……」

 脳が完全にキャパオーバーを起こし、テーブルにグッタリと突っ伏していると、目の前にクラッシュアイスが浮かんだ冷たいオレンジジュースのグラスがゴトリと置かれた。

「愛美ちゃん、お疲れ。こういう雰囲気って、慣れてないと疲れるよな」

「あ、純也さん……。ありがと」

 顔を持ち上げると、グラスを置いてくれたのは遅れて下りてきた純也さんだった。
 自分も飲みかけのオレンジジュースのグラスを持っていて、愛美が持ち上げたグラスに「乾杯!」と軽くコツンと合わせた。

「食事は済んだ? こういうところじゃ、あんまり食が進まないだろうけど」

「ううん、けっこう食べられたよ。美味しそうなものがいっぱいあったから。……ジュース、いただきます」

 ジュースを一気に半分ほど飲んだ愛美は、ホストとして招待客の社交辞令に付き合っている珠莉に視線を移す。

「珠莉ちゃんはスゴいなぁ。あの輪の中にすんなり入っていけるんだもん。わたしはムリだったなぁ。何ていうか、わたし一人だけハブられてるような疎外感が……。今も多分、純也さんがいてくれなかったら一人だけ浮いてたよ」

「まあ、珠莉は小さい頃からこういう場に慣れてるからな。俺はキライだけど、今日は愛美ちゃんが壁の花にならないようにここにいるんだ」

「〝壁の花〟?」

「うん。欧米では、パーティーの席で誰からも話しかけられない人のことを〝壁の花〟って言うんだよ。何かちょっとシャレてるだろ?」

「ふふふっ、うん」

 確かに、彼がいてくれなかったら愛美は一人だけ疎外感を感じてパーティーを楽しめなかった。
同じくこういう場が好きじゃないという純也さんがいてくれてよかった、と愛美はホッとしていたのだった。


 ――その夜、ゴージャスなバスルームで入浴を終えた後、愛美は〝あしながおじさん〟に宛てて手紙を(したた)めた。


****

『拝啓、あしながおじさん。

 お元気ですか? わたしは今日も元気です。
 この手紙は東京の白金台にある珠莉ちゃんのお家で書いてます。
 寮には平泉さんっていう、年配の執事兼運転手さんが立派なリムジンで迎えに来ました。
 まだ〈わかば園〉にいた頃、わたしはよくさっそうとリムジンに乗り込んでお屋敷に帰っていくお嬢さまになった空想をしてました。今日、珠莉ちゃんがリアルにその空想のお嬢さまに見えて、何だか面白かったです。あ、わたしも一緒に乗って来たんだった……。
 平泉さんはすごくいい人で、「モデルになりたい」っていう珠莉ちゃんの夢も、純也さんと同じように応援したいって言って下さって。珠莉ちゃんも、こんな身近に味方が一人増えたことをすごく喜んでました。
 珠莉ちゃんのお家は靴を脱がなくていい欧米の生活スタイルで、〈双葉寮〉もそうですけど、一般のお家にもそんな家庭があったなんてわたしは知らなくてビックリしました。
 着いた時、お家の前にはもう純也さんの車が停まってました。
 最初に出迎えて下さったのは家政婦の高月由乃さんで、なんか冷たい感じの女の人でした。
この人もそうだけど、辺唐院家の人たちはみんななんかヘンです(あ、純也さんと珠莉ちゃんは別ですけど)。特に、珠莉ちゃんのお母さまはものすごくイヤな感じの人。さやかちゃんのお母さんとは正反対の人です。わたし、将来結婚しても、絶っっ対にこの家みたいな家庭にはしたくないって思いました。……あ、招待されたお家をディスるのってよくないですよね。おじさま、ここだけの話ってことにして下さい。
 だって、珠莉ちゃんのお母さまにはムカついたんですもん! わたしが自己紹介してるのに、途中で遮ってわたしの両親のことを訊いてきたの。で、両親が亡くなってて中学卒業までは施設で育ったって言ったら、わたしを値踏みでもするみたいに見て、マウントをとろうとしてたんです! でも、ちょうどその時に純也さんが現れてガツンと言ってくれて、わたしスカッとしました。
 辺唐院家の人たち、特に珠莉ちゃんのお母さまは純也さんが養護施設とかに寄付したりしてることを、「下らない」って思ってるみたい。もっとセレブらしいことにお金を使えばいいのに、って思ってるみたいです。でも、純也さんは庶民的なお金の使い方だってするんですよ。スイーツだって買うし。
 純也さんはわたしと珠莉ちゃんのために、近くのパティスリーまでクリスマスプレゼントを買いに行っていたらしくて、一箱ずつくれました。中身はクッキーとかマドレーヌとかの、焼き菓子の詰め合わせ。今ちょっと小腹がすいてきたから、この手紙を書き終わったら夜食代わりにつまもうかな。でも、モデルを目指して体型維持を頑張ってる珠莉ちゃんはどうするんだろう?
 夜は広いメインダイニングで行われたクリスマスパーティーに出ました。おじさまにおねだりしたドレスや靴でオシャレをして、珠莉ちゃんに可愛くヘアアレンジやメイクもしてもらって。純也さんに「すごく可愛い」って褒めてもらえました。大好きな人にそう言ってもらえるのって、女の子にとってはものすごく嬉しいことなんですよ! 最近の男の人って、そういうことを女の人に面と向かって言える人が少ないから。
 でも、パーティー自体は「ザ☆セレブの集まり」って感じでわたしはあまり楽しくなかったな……。
 食事は立食スタイルのビュッフェで、マナーとかうるさく言われなかったんですけど(だからわたし、美味しいものをモリモリ食べまくってました!)、出席してた人たちの話題がなんかつまらなくて。だって高級ブランドとか、身に着けているジュエリーがいくらかかったとか、株や投資の話題とかそんなのばっかりで、建前の会話しかなくて、その人自身の話題とか身近な話題はほとんど出てこないんです。
 わたしも「これも取材だ」って思って、話の輪に加わろうと頑張ってみたけど聞いても全っっ然分からなくて、頭がパンクしそうでしたでした。その後に純也さんと話すとホッとしました。
 純也さんはわたしが〝壁の花〟にならないために、パーティーに出たんだって言ってくれました。欧米では、パーティーの席で誰からも話しかけられずに孤立する人のことを〝壁の花〟って言うんだそうです。なんだかオシャレな言い方ですよね。わたし、今年の冬は珠莉ちゃんのお家で過ごすことにしたのを後悔し始めてたんですけど、純也さんがいてくれるおかげでその気持ちは半減しました。
 そして、明日は純也さんが、東京でわたしがまだ行ったことのない銀座とか浅草とか、スカイツリーに連れて行ってくれることになりました! わたしにとっては人生で初めてのデートです!! 本来の目的は新作のための取材なんですけど、今からものすごく楽しみでドキドキしてます……。
 とにかく、明日はちゃんと取材もしつつ、初デートを楽しんできます。デートの様子はまた改めて……。ではおじさま、おやすみなさい。
                                かしこ


        十二月二十四日               初デート前にドキドキ♡の愛美』

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