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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
戦争の陰翳
  国際諜報団 その3

 
前書き
 今回も3000字弱。 

 
 ソ連がハイネマンの作ったF-14を欲しがったのにはいくつかの理由があった。
 まず、新開発のフェニックスミサイルである。
精密誘導の可能なクラスター弾に関して、ソ連には魅力的に見えたのだ。
 次に、F‐14に搭載されたAN/AWG-9レーダーである。
この全天候型火器管制レーダーは、F-111に搭載する目的で開発されたものであった。
 レーダーの最大探知距離は200kmを優に超え、戦場で24の目標を自動追尾、補足し、6の目標を同時に攻撃できる他に類を見ない物であった。
 だが、F-111Bの開発計画が頓挫(とんざ)した後、宙に浮いていた物であった。
それをフェニックスミサイルの運搬を主目的とするF‐14に転載したのであった。   
 このレーダー探知機は、米海軍の他に採用したイラン空軍で別な運用をされていた。
それは一種の早期警戒管制機(AWACS)としてである。
 イランは、その国土の多くが高原に挟まれた地形であることが原因だった。
ペルシア高原と呼ばれる盆地状(ぼんちじょう)の高原が、東のイラン中部からアフガニスタン,パキスタンにまたがる。
北部はエルブールズ山脈、ヒンズークシ山脈、南西部にザグロス山脈が連なる。
 これらの山脈の為、ソ連やアフガンからのソ連重爆撃機や偵察機の侵入を警戒するための固定式のレーダーサイトが設置しずらいという過酷な環境であった。
 その為、早期警戒管制機の導入が急がれたが、BETA戦争での情勢悪化を理由に取りやめになってしまった経緯があったのだ。
以上の理由から、F‐14はイラン空軍で簡易早期警戒管制機(AWACS)として運用され、地上攻撃機としても使用され始めた。

 ソ連のKGBの関心は、フェニックスミサイルではなく、F‐14に搭載された電子計算機であった。
この技術を盗んで、より優れたスーパーコンピューターを作ることが目的であった。
 一方、GRUの目的は、F‐14に搭載されたAN/AWG-9レーダーであった。
このレーダーを改良し、ESP専用の特殊戦術機を量産化する事であった。
BETAの行動や目標検知追尾装置を兼ね備えた、無敵の超マシンを開発することが最終目的だったのだ。

 場面は変わって、大阪府豊中市にあるソ連領事館。
そこの一室では、ある男が深夜にもかかわらず長電話をしていた。 
「GRUが飼っている猿どもが、ハイネマンを()っしたらしい。
で、……どうする」
 電話の相手は、ウラジオストックのKGB第一総局だった。
第一総局長はタバコを吸うのをやめ、男の問いに答える。 
「話は分かった。
GRUの奴らと手を組むことには異論はない。
だが……信用できるか」
 ソ連人、いやロシア人は、決して見知らぬ人間を信用しないという意識が厳然として残ってた。
互いに同国人同士を信用せず、異国より支配者を招き入れ、(いただ)ていたロシア社会の宿痾は、ソ連になっても解消できなかったのだ。
 しかし、ひとたび身内となれば、ロシア社会では冠婚葬祭の互助はおろか、退職後の面倒まで見るのが一般的だった。
役所の部署は、自分の子飼いの部下や身内で固めて、上司の異動ごとに芋づる式に連れて歩くのが一般的である。
今日のロシア社会でもそういった慣習は引き継がれ、社会の腐敗や汚職の温床となってしまっている面がある。
「お互いに信用などしていない。
だが、同じ目的の為ならば、裏切りはしまい」
 KGBには、イワン・セーロフを始めとしてGRUの人員が1953年以降、高級将校として採用された。
だが、KGBの前機関であるNKVDでは、GRUの名だたる幹部を粛正した歴史を持っていた。
 またKGBは1918年以来、ソ連指導部の命により、ソ連赤軍を監視し、スパイ活動を行っていた。
そういう経緯があったので、GRUとKGBは相互不信の間柄でもあったのだ。
「俺たちは急がねばならん。
死に掛けの老人に、この国を潰されるような真似は……」
 チェルネンコ議長の病気は、KGBでの公然の秘密だった。
病弱だったチェルネンコは、長年の不養生がたたり、慢性疾患である肺気腫に苦しめられていたのだ。
 その時、第一総局長室のドアを叩く音がした。
男は受話器を置くと、カズベックの箱に手を伸ばす。
「同志局長!」
 入って来た兵士を後目に、男は口付きタバコに火をつけた。
「本日の閣議は、同志議長のご不例より延期となりました」
「また、お倒れになられたか」
「はい!」
 男は、壁にかかった歴代書記長の肖像の方を振り返る。
じっとチェルネンコのポートレートを睨みながら、つぶやいた。
「たしかに、急がねばならん!」


 KGBに時間がなかったのと同様に、マサキ達にも時間はなかった。
仮にハイネマンが日本国外に連れ出されれば、司直の手が容易に伸ばせなくなる。
 そしてソ連の誘拐を成功させてしまえば、日米関係の悪化を招く事にもなる。
そうすれば、マサキの思い描く、世界征服の夢もまた一歩遠くなる。
故に、マサキには時間がなかったのだ。
 捜査官の話し声によって、マサキの意識は再び現実に引き戻された。
いつの間にか来てた御剣雷電に対して、捜査官がこのと経緯を説明している最中だった。
「そういう訳でして、警官が現場に着いた時、もぬけの殻でした。
ハイネマンを乗せたと思われる自動車は、宇治川の河川敷に乗り捨てられてました」
 御剣は思案の末、瀧本を問いただした。
「瀧元君、警察出身の君はどう思う」
「ハイネマンの宿泊先や滞在日数をしていることから、内部の者が関係していると思われますが」
「その裏切り者は、誰か、直ぐにわかるんだろうな」
「いや、ハイネマンの護衛は警備部が行っていたが、その日は博士の指示で引き上げています。
とはいっても彼の訪日は週刊誌で報道されていて、周知の事実。
複数の尾行があれば、今回の襲撃は可能なのです」
 瀧元の発言は、官僚らしい要領を得ない物だった。 
マサキは苛立ちを隠すために、煙草に火をつけた。
「特定の人物を絞るには、かなりの時間が……」
 御剣は、思わず苦虫を嚙み潰したよう顔をした。
マサキは驚きのあまり、吸っていたタバコをもみ消す。
 普段は、決して表情を変えない男が……
目を白黒させて驚き見入るマサキの前で、御剣は満腔の怒りを露わにした。
「それにしても、こんなことは初めてだ。
将軍のおひざ元で、堂々と人攫いをするとは良い度胸だ!」
 
「失礼します」
 その時、どこからか現れた鎧衣が、複数の写真を彼らの前に示した。
それはハイネマンが誘拐される屋敷の写真だった。
「これは情報省が、仕掛けた監視カメラで密かに捉えたものですが……」
 写真には黒覆面に作業服姿の男たちが、銃で武装した姿が写っていた。
マサキは我慢が出来なくなって、脇から口をはさむ。
「AK47やSKS……
東側の軍隊用の武器……
日本の武家社会では、こういう物が出回っているのか?」
 この異世界の日本では、刀剣類はおろか、拳銃の個人所有が免許制で認められていた。
事情を知らないマサキは、思わず口に出したのだ。
 御剣は少し思案した後、口を開いた。
「ふむ。
言われてみれば、五摂家の私設軍隊である近衛軍以外に本格的に武装した組織は聞いたことがないな」
 瀧元は鎧衣の方を向く。
「鎧衣君、君の意見は……」
「闇社会でも、こういった武器を手に入れれば、普通は噂になるはずです。
外国政府のスパイか、自分の軍隊を持つ五摂家なら別ですが……」
 マサキが納得したかのように呟いた。
「正論だな」  
 

 
後書き
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