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俺屍からネギま

作者:ゴン
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長、来たる

御陵 陣が誕生した晩……御陵一族の館ではいつに無く賑やかな様子である。

それもそのはず、御陵 陣は御陵一族 当主・御陵 哲心の長男…つまり次期御陵一族の当主となられる資格を持った人物の誕生である。しかも代々御陵一族預かりとなっている、次期新選組筆頭となるなら尚更である。


現在、館の大広間にて一族及び新選組幹部が一同に会し豪華な食事とお酒が振舞わられており、また敷地内にある新選組屯所や孤児院でも今日という日を皆で祝っている。

「いやー目出度いですな。若様が生まれ一族は安泰ですなー」

「若様誕生、誠に目出度い。くぅー酒が美味いなぁ。」

「お前は何時も酒を美味そうに呑んでるだろうが…しかし、目出度いのは事実だ。」
皆が皆祝いの言葉を述べながら、酒や箸を進めている。


「しかも、多大な魔力を秘めておる。あれ程の魔力見た事が無いのう。」
この言葉を聞いた周囲の人間たちも、同意する様に頷いている。

「確かにあの魔力は凄い、剣士だけで無く術者としても一流になれる素質を持っている様だ。ますます今後が楽しみだ。御当主も鼻高々であろうよ…」
皆が頷いた後ある一方を見つめる、見つめた先には当主である哲心と哲心に抱かれながらも笑い声を上げる陣と周囲に集まる人達の笑顔があった。


この時、哲心も信頼している一族の大ベテランにして相談役 御陵 弦一郎は喧騒の中、一人考え込んでいた。
(若様の誕生は嬉しいが魔力の量が多すぎる。まだ幼い若様に耐えれるかどうか…また関東が、近右衛門がどう動くか…。まぁ体の方は数年経てば慣れてくるだろうし、何より出産時の事がある問題は無かろう。……やはり問題は近右衛門だな。今は問題無かろうが、十年後,二十年後、一体どんな無理難題を言って我等の力を削ぐ気か…注意が必要だな。
…木乃実様が何処まで近右衛門を抑えられるか…他の幹部連中は近右衛門の事になると抑制が効かなくなるからな、藤堂を始めとした関東の術師や周辺の土着部族は事ある事に麻帆良に対して敵対行為を行う者も多い、今は抑えられても今後がどうなるか……)

近右衛門とは、元関西呪術協会の長で現在・関東魔法協会の長,兼・麻帆良学園都市の学園長を勤めている近衛近右衛門である。近右衛門は、元々術師の名門・近衛家の人間で術師としての能力は勿論,その権謀術数は対関東魔法協会に対して期待され関西呪術協会の長にまでなっていたが早くに出奔。次期長としてまだ若く自身の娘である近衛木乃実を就任させ、自分は魔法使いに鞍替えし気付いた頃には関東魔法協会の長にまでなっていた。

本来であれば、出奔した人間の娘を長にするには抵抗が大きかった。しかし近衛の血,木乃実の実力・政治手腕,何よりもカリスマ性があった、また関西呪術協会で大きな力を持っている御陵哲心が後ろ盾となっていたが故に幹部連はまだ若い木乃実の長就任を認めたのだ。また木乃実が近右衛門や関東魔法協会を嫌悪していた為に支持するものも多くいた。

関西呪術協会と関東魔法協会との溝は近右衛門の鞍替えにより更に深まったと言える。
また近右衛門による関西呪術協会への謀略は今でも定期的に行われており、またそれにより関西呪術協会の過激派と呼ばれる人達による麻帆良襲撃と言った事が交互に起きるなど抗争が後をたたない。



賑やかな中、一人で考え込んでいる弦一郎を見掛けて美幸は声を掛ける。
「あなた、如何したのです?今宵は目出度い日なのですから、その様な仏頂面やめて下さい。あなたがそんな顔していたら周りが飲みにくいでしょう。縁側で頭を冷やして下さい。」

妻の遠慮ない言葉に苦笑するも、周囲の苦笑いを見て周りを気遣った妻の言葉に気付き、周囲に心配をかけぬ様に縁側に酒を持って移動する。

「ふー、相談役のワシが周りに気遣われては、まだまだだなぁ〜。」
自嘲しながら酒を飲んでいると美幸が盃を持って隣に座った。

「あなた、先程はもしや…ぬらりひょんの事を考えていたのではありませんか?」
美幸が自分の思考を見抜いていた事に驚くと共に、流石我が妻と弦一郎は顔を綻ばせた。


「ああ、若様に対して近右衛門がどんな謀略を張り巡らすかを考えていた。若様の魔力は群を抜いておる故にな……現在魔法世界は、亜人の皇帝が統べるヘラス帝国と関東魔法協会の母体であるMMとの間で冷戦状態との事だが、いずれは本格的な戦争になるやもしれん。
まぁ、五年後,十年後の事ではあろうがな…。流石に齢、十の子供に戦争に出ろとは言わぬであろうが、心配でな…。」
妻の前故か…胸の中に有った心配事を妻に不安をあらわにしながら語った。

あの時聞き出したらせっかくの目出度い空気が重たくなると思ったのだ、そして予想通り二人の空気は重たくなっていた。

御陵一族の相談役であるが故に、関西の事,関東の事,魔法世界の事,多くの情報を見聞きした為に考える事も多く、苦悩をしていた。
美幸はそれが分かっている為に、離れた場所で弦一郎の話しを聞こうと縁側に誘導したのである。

「あなたの心配事は分かりました。確かに近右衛門の事です。何かしら関西や一族に対して要求や謀略をするでしょうが…しかし、今何が出来ると言うのですか?
心配は杞憂とは言いませんが、今私達に出来る事は若様の誕生を祝いこうして酒を酌み交わす事では有りませんか?」

そう言いながら美幸は弦一郎の空になった盃に酒を注いでいった。

「おぉ、すまない。…んんっ…ああ美味いな。……確かに今心配してもしょうがないな。よしっお前も飲め。」
弦一郎は美幸の盃に酒を注ぐろ美幸は一気に飲み干したが、その顔は赤くなっていた。

「おまえ、酔ったのか?」

「まさか、私は酒を飲んだのではありませんか。重い空気を飲んだのです。どうですか?空気が変わったんじゃないですか?」

ふと弦一郎は周りの重たい空気がスッカリなくなっていた事を感じ取り妻の機転が嬉しくなった。
弦一郎も酒を飲み干し、二人はお互いにお酒を注ぎ飲み交わした。

その後しばらくの間二人で飲んでいると、二人の後ろから近づいてくる足音が聞こえた。

「おぉ二人ともそこにおったのか、何処に行ったのかと思ったぞ。」
その声に振り向くと、子供の頃から面倒を見てきており当主となってからも支え続け、今日父親となった当主・哲心が近づき二人の横に腰掛けた。

「当主様、若様は如何しましたか。」
先程まで締まりのない顔で抱いていた赤子がいない事に気がつき、何かあったのか聞き出そうとした。

「何も無い、疲れたであろうし遅くなったからな…ずいぶん前にはるの所に戻して寝かしつけてもらっている。まぁ、イツ花もおるから大丈夫だろ。」

この言葉で二人はようやく、自分たちが長い間話し込んでいた事を知った。

「もうその様な時間でしたか…申し訳ありません。本来なら私が預かるところでしたのに…。」
美幸は、はるも,イツ花も出産の事で大分緊張していた為に、自分がサポートに回らなければいけなかったと考えていたが、実施出来なかった事に反省し苦悶の表情を浮かべていた。

「何気にするな。イツ花だけではなく女中の者たちが、ようやってくれていた。美幸がおらんでも充分に役目を勤められている。それ程心配はいらない。もっともウチの息子は、人見知りせず誰に抱かれても泣はし無かったわ。ありゃぁ、大物になるぞ!なんせ、初代様の名前をもらったからなぁ。」

まだ目も開いていない状態で人見知りも何も無いだろうと、二人は産まれてから間もないのに親馬鹿の当主に苦笑いした。


「お前らにも苦労をかけるな、息子の事,関西の事,関東の事,そして近右衛門の事,悩みの種が多いな。……ふぅ。」
溜息をつく哲心に自分達の思考が読まれたのかと慌てて二人は哲心に反論する。

「何を言います。若様の魔力の高さは我が一族の中でも屈し、今後の成長によっては中興の祖と成り得るでしょう。」
「その通りです。関西・関東については木乃実様を中心に幹部連が結束すれば関東なぞ恐るるに足りません。まして近右衛門なぞ謀略しか考えられない腸の腐った様な男です、充分に対応できるでしょう。」

二人の慌てた状態が面白かったのか、哲心は笑いながら答える。
「ははっ、分かっているとも、考えた所でどうしようもないとな…。とにかく来週には幹部会がある、その折に一度話しをしておこう。
しかし息子の魔力の高さには驚いたが…なるべく早くに修行を開始する必要があるな…よしっ七歳位になったら本格的にー教えていく事としよう。」

「幹部会での話しはよう御座いますが、若様の修行が七歳からとはいささか早くありませぬか?普通は十歳前後で始める者が多いですよ、せめて基本的な修行の開始にすればよろしいのでは?」

本格的な修行開始時期は、一族や家によってまちまちではあるが関西における基本的な時期が十歳位と言う場合が多い。修行開始迄は子供らしく遊び,健康的に成長させて行く事が多い。また他者の話しを聞ける様になる事や身体的な成長等を考慮すると十歳前後が望ましいとされいるからである。
しかし本格的な開始時期の話しで有り、それまでに基本的な魔力の扱い方を親族や遊びの中から習得しておき十歳に本格的な呪術や武術を学ぶと言う場合が多い。


「確かに早いかもしれぬな。しかし出産時に行った様な魔力コントロールが、確かなら七歳からでも問題あるまいて…それに‘不条理’に抗う力を得る事がアイツの為でもある。」

「……確かにその通りで御座いますな、分かりました。我等もそのつもりで若君に接していきます。」

哲心の言った‘不条理’と言うのが、先程まで自分達が心配していた事と同義であると察した二人はそれ以上聞く事もなく哲心に同意した。
産まれてきたばかりの息子に、重荷を背負わせてしまう事を哲心は何よりも悔やんでいたが一族の当主である責任を果たさなければならなかった。個人の事では無く組織・一族を第一に考えるべきと…親として非情な決断をした哲心に二人は何も言えなかった。


「ああ、頼むぞ。二人とも…」

二人の同意を得た哲心は再び立ち上がり去って行った。

残された二人は哲心が見えなくなるまで頭を下げて見送ったのであった。



ーーーーーー

翌日

多くの者は二日酔いであったにも関わらず、休む事なく粛々と片付けや担当の業務を行っていた。

その中でもイツ花を始めとした女中達が忙しなく働いていた。

「イツ花様、仙台の真宮寺様、東京の藤堂さま、沖縄の隼人様よりお祝いの品が届きました。」

「イツ花様、此方にいらっしゃったのですね…関西呪術協会の幹部の方々からもお祝いの品が多く届いております。」

「イツ花さまぁ〜、京都及び関西地方の有力者の方々からもお祝いの品や花束が届きました。」


「使者の方には呉々も粗相の無いように!…あと受け取った者は仮目録に記入を!
あと冷蔵,冷凍が必要なものはキチンと運んで下さい!!………あゝもう忙しいですね!!」


その中、御陵の若様誕生の知らせは関西呪術協会に届き更には全国の支部にまで届いていており全国から贈答品や花束などが贈られてきた。その為、女中たちとりわけイツ花は多忙を極めていた。


「イツ花様!」

「はい!ただいま!!」

「イツ花さまぁ!」

「はいはい!」

「いつかさま!!」

「あぁーーハイハイ!!!!」


「…イツ花。」

「今度は何だーー!!!!……って美幸様!?…はっ、も、申し訳ありません」
忙しさのあまり鬼の様な表情となっていたイツ花だが、声をかけたのがはるだと知ると羞恥から顔を赤くしつつも御陵一族の相談役に対する言葉遣いでは無かった事により顔を青くしその場で土下座して謝った。

「良いのよ。忙しい中ごめんなさいね…あと十分程でお客様が来られるようだからお願いしようと思ったんだけど……‘最優先’で頼むわ。」

‘最優先’と言う言葉に引っかかりをイツ花は覚えた。美幸は相談役として重宝されているが高圧的な人物では無い。普段であればイツ花が忙しい場合は、声をかけても支度は自分から行う事が多い。

にも関わらずイツ花に最優先で頼む。つまり女中頭としてのイツ花が行わなければならない相手が来訪すると言う事だ。
御陵一族が正式に,かつ礼を持って会う。その様な人間は数えるぐらいしかいない、しかも京都・関西を始め全国の名士達から贈答品が届いている中で唯一まだ話しに上がっていない人物が一人だけいる。

「もしや……木乃実様ですか?」

その言葉に美幸はただ頷いた。
そう近衛木乃実だ、関西呪術協会の幹部達からは贈答品が来ていたが長である木乃実からは来ていなかった。本来なら一番に来ていても可笑しく無かった…それ程、木乃実と哲心の関係性は重要であった。


「ええ、奥方が外の様子を見る為に出していた式神で知ったそうよ。今此方に歩いて向かっている様だから支度を…離れ座敷の掃除は先程違う方にお願いしたから迎えは私が行きます。イツ花は女中と玄関で出迎えの準備を…。」

関西呪術協会の長が訪問するならば支度を優先し礼を持って事に当たらなければならないし、迎えに行くならば多少の格という物を考える必要であった。女中頭とはいえ女中でしかないイツ花では格が違う。その点美幸は元一般人だが、誰もが認める御陵一族の相談役であり当主・哲心も認めている女傑だ案内役としては申し分ない。

「分かりました。聞きましたね…現在行われている作業の内、急を要するもの以外は支度の手伝いを…玄関周りや廊下等の掃除・準備を七分でお願いします。あとあなたは離れの座敷に花をいけて下さい。そっちのあなたはお茶の用意を…。私は各部署に連絡したあと各地の確認をします。……皆さん…バーーンとお願いします!!」


「「「「「はい!」」」」」
イツ花のテキパキとした指示と女中達の元気な声を背中に聞きつつ、美幸は急いで木乃実を迎えに行く。



ーーー
美幸が屋敷の門前より少し歩いていくといつもの術師としての衣装では無く着物姿の木乃実と荷物を持った女性がが歩いてくるのが見えた。

美幸は木乃実に近づき相対すると静かに頭を下げ挨拶をした。
「木乃実様、お久しぶりでございます。本日はお忙しい中、このような所まで良くぞ頂きました。当主に成り代わりまして、深くお礼申し上げます。」

「いややわぁ〜美幸さん。此方も連絡もせんで来てしもうて…えろうすんませんなぁ〜。赤子が産まれた聞いたら政務も手つかんと、きてしもうたわ。哲心さんにも会いたかったしな。」

二人は挨拶を交わすと屋敷に向かって歩き出した。





 
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