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始皇帝の目

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第一章

                始皇帝の目
 漢の高祖劉邦は始皇帝を見たことがある、彼は項羽と戦っている間に家臣の一人にそのことを言われたことがあった。
「始皇帝に会われたことがおありですね」
「ああ、あの時か」 
 劉邦は酒を飲みつつ家臣に応えた。
「昔の話だよ」
「そうですか」
「昔と言っても十五年位前か」 
 笑ってこうも言った。
「ほんのな」
「それ位ですか」
「あの時はわしもこうなるなんてな」
「戦をされるとはですね」
「天下を争ってな」
 項羽、彼とというのだ。
「そうするなんて思わなかったよ」
「そうですか」
「あの頃のわしはもうな」
 劉邦は自分から言った。
「遊び人で官吏にはなっていてもな」
「それでもですか」
「仕事も竹刀で飲んでばかりだった」
 今も飲みながら笑って話す。
「かみさんがいてもな」
「それでもですか」
「他にも女が結構いてな」
「そちらもですね」
「今も変わらないがな」
 それでもというのだ。
「そっちも楽しんでいたな」
「そうでしたか」
「ああ、それでその頃にな」
「始皇帝と会われたんですね」
「いやいや、会ったっていうかな」 
 そうではなくというのだ。
「見たんだよ」
「そうでしたか」
「ああ、あの人あちこち行ってたな」
「巡幸ですね」
「いつもそうしていただろ」
「あれは旅行ですね」
「どうもあれがかなり好きでな」
 それでというのだ。
「わしもその時にな」
「見掛けましたか」
「たまたまわしが住んでいたところに来てな」 
 沛にというのだ。
「見たんだよ」
「そうでしたか」
「それだけでな」 
 劉邦は正直に話した、今は城の中で夜で周りには他の家臣達もいて二人の話を楽しそうに聞いている。
「会ってないな」
「始皇帝の姿を見ただけですか」
「しかも大勢兵隊を引き連れて」
 始皇帝の巡幸はそうしたものだった、当然護衛の兵達である。
「車に乗ってたからな」
「何か凄い車ですね」
「豪勢なな」
 そうしたというのだ。
「その車に乗っててな」
「それで、ですか」
「ああ、姿もな」 
 始皇帝のそれもというのだ。
「見たことは見たけれどな」
「それでもですか」
「車の中にいるのを遠目で見ただけでな」
「それだけですか」
「わしは道の端に立ってな」
「車に乗って道を進む始皇帝を」
「ああ、それだけでな」
 何でもないという顔で述べた。 
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