魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)
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【第一部】新世界ローゼン。アインハルト救出作戦。
【第7章】アウグスタ王国の王都ティレニア。
【第6節】状況終了。アインハルトの登場。
そして、三人の足が揃って地面に着くなり、ツバサはそっとユリアの手を離し、大急ぎでザフィーラから手渡された犬笛を吹きました。もちろん、超音波だけではなく、人間の耳に聴こえる音も多少は出てしまいます。
背後は王宮区の外壁で、左右も背の高い植え込みが密に葉を茂らせており、視界はほぼ完全に遮られていました。良く言えば、ただ前方にだけ注意していれば良い。悪く言えば、前方を塞がれてしまうと、もうどうしようもない、という状況です。
「……あ、あなたたちは……まさか……」
ややあって、ユリアは何かを言いかけましたが、あたかもそれを遮るようにして、不意に植え込みの向こう側から女性の声が届きました。
「何の音? そんなところに、誰かいるの?」
そう問いかけながら、小走りで姿を現した十五~六歳と思しき美少女は、三人の姿を見るなり、思わず驚きの声を上げます。
「ユリア! あなた、公爵家の方に行っていたのではなかったの? それに……そちらの二人は、誰?」
「あ、あの、姉様。これには、いろいろと訳が……」
《姉様って……ユリアのお姉さん?》
《そのようですね。顔立ちも何やら似ています。》
「姫? 何かあったんですか?」
ユリアの姉に続いて、すかさずもう一人の人物が、そんな言葉をかけながら急ぎ足で植え込みの向こう側から姿を現しました。しかし、その人物の姿を見ると、今度はカナタとツバサの方が、思わず驚きの声を上げてしまいます。
「「ああ~~~っ!」」
その人物は、何とアインハルトでした。
「ええっ? カナタ! ツバサ! 一体どうしてここに?」
「それは、こっちのセリフだよ、兄様! 姉様もボクらも、兄様は今頃、地下牢とかに幽閉されてヒドい目に遭ってるんじゃないかと、本気で心配してたのに!」
カナタは思わず、本当に怒っているかのように大きな声を上げてしまいました。
「身重の妻をあれほど心配させておいて、御自分は昼間から浮気ですか? なかなか良い御身分ですね!」
ツバサの方は、本当に「怒りの口調」でそう怒鳴り込みます。
「いや! ちょっと待って、ツバサ! これ、全然、浮気とかじゃないから!」
「では、兄様! そちらの美女は、一体どなたなんですか?」
「こちらは、この国の第一王女アティア・アウグスタ殿下だよ。私は王家の客人として、殿下からの御相談に乗っていただけで……」
そこで、カナタはふと大変な事実に気づいてしまいました。
「えっ? お姉さんが第一王女ってことは……ユリアって?」
「あの……すみません。大変に申し遅れましたが……この国の第二王女です」
「なるほど。やはり、そうでしたか」
「やはりって、何だよ、ツバサ! 解ってたんなら、どうしてボクには教えてくれなかったんだよ!」
「確証が得られなかったんですよ。それでも、公爵家に対する口ぶりから、おそらく、本当は公爵よりも身分が上の生まれなのだろうと推測できました。しかし、公爵家よりも位が高い家柄は一般に王家しかありません。
それと、自分や母親の名前を口にする時、あれほど言いづらそうにしていたのも、『この国の人間ならば、王女や王妃の名前ぐらいは知っていて当然だ』と思い、自分の身分を覚られたくはないと考えたからなのでしょう?」
「すみません。全くそのとおりです。わたしは少し……お二人を騙そうとしていました」
「そうか! 兵士たちが妙に及び腰だったのも、相手が王女様だったからなんだ!」
「そのとおりです。……お二人とも、本当にすみませんでした」
「いや。まあ……身分を隠してたのはお互い様だから、ボクだって別に本気で怒っちゃいないんだけどサ」
カナタはそう言って肩をすくめました。
そこで、ユリアはふと小さな矛盾に気が付きました。
「あれ? でも、アインハルト様! 先程は、こちらの二人から『兄様』と呼ばれておられたようですが、確か、アインハルト様には、もう親兄弟は一人もいらっしゃらないというお話だったはずでは?」
「ええ。ですから、そちらの二人は妻の妹たちです。義理の妹なんですよ」
「えっ? あの……『妹』ですか? 『弟』じゃなくて?」
「ああ。すみません、ユリア。私たちは仕事の都合で今日もこんな格好をしていますが、何と言うか、その……二人とも、普通に女の子です」
「ごめんね、ユリア~。ボクらは普段からこんな感じだから、今日もこの件に関しては、特に騙してるつもりは無かったんだけどサ~」
双子はごく軽い口調でそう答えたのですが、それを聞いた途端、ユリアは絶望の表情でがっくりとその場に両膝をついてしまいました。
そのまま両手で顔を覆い、いきなり涙声を上げます。
「そんな! あんまりです!」
《ええっ? いきなり何事ですか?》
ツバサの当惑をよそに、ユリアは独白を続けました。
「生まれて初めて好きになった人には、実は、もう身重の奥様がいらっしゃって……今度こそ本当の恋かしらと思ったら、実は、相手が女の子だったなんて!」
《え? 恋って? ……ええっ!?》
《あ~あ。やっぱり、こうなっちゃったか~。》
《やっぱりって、何ですか、カナタ! 何か解ってるなら、教えてくださいよ!》
《要するに、ユリアは最初からツバサに『一目惚れ』してたんだヨ!》
《ええっ? 一目惚れって……そんな要素は、どこにも無かったでしょう??》
《アリアリだよ! ただ手をつないだだけでドキドキするなんて、ボクですら解るレベルなのに! ……まったく、ツバサは「女の子の気持ち」ってものがゼンゼン解ってないんだから! 女子力、低すぎるヨ!》
《よ……選りにも選って、カナタにそれを言われるとは!》
よほどのショックだったのか、ツバサも思わず右手を心臓の上に当てて、その場にがっくりと膝をついてしまいました。
と、その時、上空から突然、一頭の巨大な狼がその場に舞い降りて来ました。
もちろん、ザフィーラです。彼ほど強い魔力の持ち主ともなれば、結界で出力を何十分の一かに抑制されていても、普通に空を飛ぶ程度のことは造作もありません。
「二人とも無事か?! ……アインハルト? ……おい、カナタ。これは一体どういう状況だ?」
「え~っと、ですね~。ボクらが街で出逢った女の子が、たまたまこの国の王女様で……追われてやむなく壁を飛び越えてみたら、たまたまそこが王宮区で……いよいよ例の笛を吹いたら、たまたま目の前に兄様が現れて……みたいな状況です」
カナタのごく大雑把な説明に、ザフィーラは思わず苦笑しました。
「まったく、『たまたま』だらけだな。……ところで、ツバサはどこか痛むのか?」
「ああ、すみません。ちょっと、心が……」
「ボクに言われたのが、そこまでショックなのかヨ!」
カナタは思わず、実際に大きな声を上げてしまいました。
「ア、アインハルト様! お、狼が、喋っています!」
「ああ。大丈夫ですよ、姫。あの方は私たちの仲間で……」
アインハルトがアティア第一王女に詳しく説明しようとしたその矢先に、二人の背後から、不意にもう一人の人物が「いささか芝居がかった口調のセリフ」とともにその姿を現しました。
「おやおや。二人とも、そんな隅の方で、一体何の内緒話をしているのかね?」
四十前後と思しき大柄な男性は、最初は妙にニヤニヤとした笑顔を浮かべていましたが、ザフィーラの姿を見るなり、一転して険しい表情を浮かべて素早くアティア王女の前方に回り込み、即座に腰の長剣を抜こうとします。
「お待ちください、陛下! あちらは私の仲間です。私の身を案じて、はるばる様子を見に来てくれたのです。……ザフィーラさん。取りあえず、人間の姿に戻ってはいただけませんか?」
「うむ。その方が良いのなら、そうしよう」
ザフィーラが素早く人間の姿に戻ると、アインハルトはアティア王女の狼狽をよそに、また言葉を続けました。
「しかし、あなたが、今この場にいるということは……本当に、八神提督がこちらに来ておられるのですか?」
「うむ、上層部からの指名でな。……それよりも、アインハルト。お前は随分と厚遇を受けているようじゃないか。オレはてっきり、地下牢で鞭でも打たれているだろうと思っていたのだが……」
それには、アインハルトよりも先に、国王が答えました。
「とんでもない! 七百と七十七年ぶりにベルカからはるばる御出でになった客人を、我等ローゼンの民がどうして粗略に扱ったりするでしょうか。最初にただ一言、『ベルカから来た』と言っていただければ、我等とてあんな手荒な出迎えなどいたしませんでした!」
「あの、ザフィーラさん。こちらは、この国の国王、ガイウス8世陛下です」
「おお。これは失敬。申し遅れましたが、私は、ガイウス・ティベリウス・アウグスタと言います。この国の王として、この世界の盟主を務めさせていただいております」
「これは、わざわざ御丁寧に。私のことはザフィーラとお呼びください。〈夜天の王〉八神はやての許で守護騎士を務めております」
ザフィーラは、相手の「正式な名乗り」に、自分も「正式な名乗り」で返しました。
一方、アティア王女も当初は『お父様ったら、一体どこから出て来たのよ?!(怒)』という顔をしていましたが、「八神はやて」の名前を聞くと、またすぐに表情を変えます。
「アインハルト様。その『はやて』という方は……確か、先日のお話では、私たちの母と瓜二つだとかいう……」
「はい。実際に会ったら、きっと、姫も驚かれると思いますよ」
「おお! それでは、是非とも今すぐ、全員で王宮へお越しください。察するに、今、下町で騒ぎを起こしておられる方々も、みな、お仲間なのでしょう?」
ガイウス王は喜びの色も露わに、そう問いかけました。
「はい。御推察のとおりです」
ザフィーラが実に恭しい口調でそう応えると、ガイウス王はポンポンと手を打って、慎重に背後に控えていた侍従を呼びつけます。
「市内のすべての魔導師および兵士らに、急ぎ通達せよ。『闖入者らは、みなベルカからの客人である。礼を尽くして王宮までお連れせよ』と!」
その一方で、ザフィーラは、ふと空を見上げてつぶやきました。
「しかし、このままでは、転送ができんな。……陛下。この抑制結界は、もう外していただくという訳には参りませんか?」
「解りました。元より、相手に敵意が無いと解れば、無用の長物です。一度消すと再起動に時間がかかるので、今までは念のために張ったままにしておりましたが、すぐに外させましょう」
ガイウス王はそこでまた侍従の側に向き直り、こう続けました。
「抑制結界を解除するよう、急ぎ神殿に通達せよ。それと、今宵の予定を前倒しにして、西の大広間で急ぎ宴の準備を進めよ。失礼の無いよう、心してかかれ!」
「畏まりました」
「それから、今宵の宴に参加を予定していた貴族たちには、その理由を添えて『中止』の知らせを。これも、大急ぎだ!」
「ははっ!」
侍従は速やかに国王の命令を実行に移しました。
と、その時、ザフィーラの許に突如として念話が届きました。
《おい、ザフィーラ! 一体何があった? 今さっき、ヴィクトーリアの方から、お前が狼の姿ですっ飛んで行くのが見えたが一体何事か、と問い合わせがあったぞ!》
《おお、ヴィータか。済まんな。突然だが、状況が終了した。》
《はあァ? 終了って、何だよ? 一体何がどう終了したんだよ?》
《双子が王宮区に入りこんで、いきなりアインハルトを見つけた。どうやら、国賓待遇を受けていたようだ。》
《なぁんだ。ホントに、はやての「お気楽な予想」のとおりなのかよ。……ったく、あたしらは、もっと大掛かりで手間のかかる「救出作戦」のつもりでいたのに。》
あまりの「拍子抜け」に、ヴィータは思わずそんな愚痴を心のままに垂れ流しました。
《それで、今、国王陛下とも話をしたんだが、全員を王宮に招きたいそうだ。陛下も今、兵士たちにその旨の通達を出したところなので、お前らも取りあえず、もう暴れるのは止めてくれ。それと、主はやてには、じきにこの抑制結界も消えるので、そうしたら、俺の居る辺りに全員で降りて来るよう、お前の方から連絡しておいてくれ。》
今回、ザフィーラは通信機など持って来ていないのです。
《ああ、解った。すぐに伝えるよ。》
こうして、事態は急転直下し、唐突に一段落してしまいました。
そこで、カナタは、ふとツバサとユリアに声をかけました。
「ほら、二人とも。いつまで膝をついてるつもり? さあ、立って、立って」
カナタは両手でそっと二人の手を引き、立ち上がらせます。
「いろいろあったけど……ここはひとつ、仲直りってことで、いいかな?」
「いや。仲直りも何も……」
「そもそも、わたしたち、仲違いなんてした覚えは無いんですけど」
ツバサとユリアは息もぴったりにそう応えました。
「じゃあ……ボクらはこれからも、『友達』ってことで良いのかな?」
「ええ。ユリアにそう思ってもらえるのなら」
「もちろんです。いろいろありましたけど、これからも、よろしくお願いします」
「よぉし。じゃあ、ボクらはこれからも、ずっと友達だ」
カナタの主導で、三人は互いに手に手を取って笑い合いました。
これで、改めて「仲良し三人組」の結成です。
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