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魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

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【第一部】新世界ローゼン。アインハルト救出作戦。
【第7章】アウグスタ王国の王都ティレニア。
   【第2節】ローゼン上陸部隊の部隊編成。


 さて、先月の第一次調査隊は、〈大航海時代〉の先例に(なら)って『質よりも量』とばかりに百名以上もの上陸部隊を運用していましたが、今回の調査隊では、目的それ自体が「より限定的なもの」であることも手伝って、上陸部隊はより少数精鋭となっていました。八神家の7名を加えても、総勢はわずか27名です。
 そして、八神提督の考えに基づき、その27名は『三人で一個の「分隊」を構成し、三個分隊で一個の「小隊」を構成し、三個の小隊が交代で順番に上陸と帰艦を繰り返し、非常事態に備えてなるべく一個小隊は艦内に残っているようにする』という形で調査任務に就くことになりました。
(本来、カナタとツバサの参加は想定されていなかったので、当初は『はやてを除く24名で八個の分隊を構成し、はやて自身は上陸せずに、艦内で指揮を()る』という計画だったのですが、今回は双子の参加に合わせて分隊を一つ増やし、急遽(きゅうきょ)、はやて自身も上陸することになりました。)
 ちなみに、第一次調査隊が調べた限りでは、現地の一般住民は基本的に、夜間にはほとんど家の外に出ないようです。宿屋などの「宿泊施設」の具体的な利用法までは、まだ調べがついていないので、やはり、夜になったら一旦は全員で〈スキドブラドニール〉に引き上げるようにした方が無難でしょう。

 また、管理局の規定としては、たとえ「わずか三人の分隊」であっても、この種の任務で(ひら)の陸士を隊長に()える訳にはいきませんでした。となると、全体としては九人の「分隊長」が必要な訳ですが、それを務める資格があるのは、八神家のメンバーの他には、執務官チームの三名と、あとは三人の陸曹たち、ということになります。
 つまり、執務官チームの三名をそのまま一個の分隊として運用しようとすると、八神家の側で「残る五人」の分隊長を用意する必要がありました。もちろん、本来ならば、はやてと四人の守護騎士たちが各々その(にん)()くべきところなのですが、今回、シャマルは艦橋(ブリッジ)から出ることができません。
 そこで、はやては(リインは自分の副官であり、ミカゲに任せるのはまだちょっと不安なので)あらかじめアギトを指名していました。
 一方、カナタとツバサも含めた「14名の(ひら)の陸士たち」の中には、同じ部隊から来たペアが6組もいるので、これらのペアをバラさずに同じ分隊に入れようと思うと、構成はおのずと決まって来ます。

 そこで、八神はやて提督は、ホールでまず次のように各小隊長を発表しました。
 第一分隊長は、はやて自身。第二分隊長は、ヴィータ三佐。第三分隊長は、ジョスカナルザード陸曹。第四分隊長は、ヴィクトーリア執務官。第五分隊長は、バラム陸曹。第六分隊長は、フェルノッド陸曹。第七分隊長は、シグナム三佐。第八分隊長は、アギト三尉。第九分隊長は、ザフィーラ(有事に限り陸曹長待遇)です。
 そして、『第一・第四・第七の分隊長は、そのまま小隊長を兼任し、第二・第五・第八の分隊長が各小隊の副長を兼任する』という形になりました。
(当然ながら、リインははやてと、ミカゲはヴィータと行動を共にします。)

 続けて、残る14名の陸士たちの配属も発表されました。
 第一分隊に配属され、結果として、八神はやて准将およびリイン二等空尉に「随行」する形となった、ジェレミス一等陸士は「思わぬ大役」に今から緊張しまくっています。それに比べれば、第二分隊のヴィータ三佐とミカゲ准尉の(もと)に配属されたオルドメイ一等陸士は、まだしも気楽な「雰囲気」ではありました。
 以下、ゼルフィとノーラは第三分隊に。マチュレアとフォデッサは第五分隊に。ディナウドとガルーチャスは第六分隊に。ワグディスとレムノルドは第七分隊に。ドゥスカンとサティムロは第八分隊に配属となります。
 そして、カナタとツバサは第九分隊となり、分隊長(と言うか、お目付役)として、ザフィーラが同行してくれることになりました。

 また、はやては続けて、「第一次調査隊が持ち帰った数々の資料映像」の中から「街中(まちなか)を行く人々の姿」を()ったものばかりを選んで、正面の大スクリーンにそれらの映像を次々に映し出して行きました。音声はカットされていましたが、それでも、市内の雰囲気などは充分に伝わって来ます。
「私らは今回、これらの映像に基づいて、現地の人々からも怪しまれずに済むような『現地人らしい服装』を多数、あらかじめ準備して()とる。必ずしも選択の幅は広くは無いんやけど、実際の上陸に際しては、各人とも自分の体格や役割に応じた服装を選び、それに着替えた上で任務に当たってほしい。
 なお、〈本局〉でこれらの映像を調べた限りでは、たとえ昼間でも『女性が一人で、もしくは女性たちだけで、街中(まちなか)を歩いとる』という事例は一つも見当たらんかった。それが『元々の文化的な伝統によるものなのか、それとも、昨今の治安の悪化を背景としたものなのか』というのは、正直よぉ解らんのやけど、ここはやはり、現地の習慣に反した行動はなるべく控えた方が()えやろう。
 そういう観点から、今回は『どの分隊にも、必ず男性が一人は(はい)る』という形で部隊を編成した訳なんやけど……何か質問はあるかな? 別に、部隊編成とは別の話でも()えよ」

 はやての問いかけに対して、ごく遠慮がちに右手を()げたのは、コニィでした。はやてが小さくうなずくのを待って、コニィはこう発言します。
「いきなり尾籠(びろう)話題(はなし)で恐縮ですが、現地のトイレ事情は、どのようになっているのでしょうか?」
「残念ながら、それも、よぉ解らんのや。念のために、総員、排泄(はいせつ)行為は、その(たび)に転送で(ふね)に戻って来てから、艦内でするようにした方が()えやろう。……とは言うものの、実際には、転送の回数はなるべく減らしたい。総員、上陸の直前には、忘れずにトイレを済ませておくようにしてな」
 はやての言葉を聞いて、女性の陸士たちは、あからさまに安堵(あんど)の表情を浮かべました。

 続けて、ツバサが同じ話題の質問をします。
「現地の文明が、基本的には『中世』の段階だということは……やはり、トイレ事情も相当に非衛生的なモノなのでしょうか?」
 はやてがすでに『君たちは現地で排泄(はいせつ)をする必要は無い』と明言しているのですから、実際には、ツバサの懸念もただ単に『アインハルトの身を案じて』のものだった訳ですが、はやてはそんなツバサの気持ちを察して丁寧に説明を加えました。
「実のところ、市内の路面が(うつ)り込んだ映像は、ひとつ残らず調べたんやが、路面には一切、汚物が無かった。これだけ馬車が行き()っとるんやから、普通やったら馬糞(ばふん)の一つや二つは映り込んどっても()えはずなんやけどな。要するに、誰かがこまめに掃除をしとるんよ。
 また、路面には、人間の排泄物(はいせつぶつ)吐瀉物(としゃぶつ)はおろか、その痕跡(こんせき)すら見当たらんかった。おそらく……これは、中世段階の文明としては相当に珍しいコトなんやけど……現地の人々には公衆衛生に関して一定の知識があり、一般庶民にもかなりの程度までそうした知識が普及しとるんやろう。
 そこから考えれば、普通のトイレの(たぐい)も、あからさまに『便器の外まで糞尿(ふんにょう)まみれ』ということは無いんやろうと思うよ」
 それを聞いて、ツバサもようやく安心します。

 はやてはさらに続けて、いささか余談めいた事まで語り始めました。正面の大スクリーンには、王都とその周辺をはるか上空から(ほぼ王宮区の真上から)撮った映像が映し出されます。
「環状の森」の外縁(そとべり)は完全な円形で、その半径は4.5キロメートルをわずかに超えていました。森の奥行きは320メートルあまり、森の内縁(うちべり)から王都の外壁までは1600メートルあまりといったところでしょうか。
 王都の外壁から森までの間に拡がるその領域は、もっぱら菜園として利用されており、監視の目から身を隠せるようなモノは一切ありません。
 なお、その一帯は全体として、半径5キロメートル弱の「傾斜のごく(ゆる)やかな円錐形」の土地となっていました。都の中心にある王宮区はその円錐の頂点に位置しており、円錐それ自体は「環状の森」のもう少し外側にまで拡がっています。
 そして、王都の北北西と南南東の二方向、土地がようやく平坦になった(あた)りには、それぞれに「巨大な貯水池」のような人工の湖がありました。

 第一次調査隊も、最初は上空からの映像だけを見て『これが王都の水源なのだろうか』と思ったのですが、実際に上陸して間近に見ると、その貯水池の水の「臭い」と「濁り具合」から考えて『それはちょっとあり得ない』ということが解りました。
 どうやら、それらの貯水池は、細菌活性魔法を駆使した「下水処理施設」のようなモノで、上水はどこか深い地下水脈から直接に魔導機関で()み上げているようです。
 そうした一連の説明を踏まえて、はやては最後にこう話をまとめました。
「要するに、この都には上下水道が完備されとる可能性が高く、市内の衛生環境も『それなりに』良好なものである可能性が高い。それでも、『現地の技術力だけで、そんな魔導機関を造れるのか』と言われると、それは相当に疑わしい。そこで、管理局の〈上層部〉も、今では『この都の地下には、何らかの「古代ベルカの遺物」が隠されているのではないか』と考えとるんや。
 それが『危険なロストロギア』である可能性は極めて低いとは思うんやが……みんなも、何や得体の知れんモノを見つけたら、下手に(つつ)いたりせずに、報告を上げるようにしてな。上陸時の注意事項に関しては、以上や」


 時刻は8時半。
 他には特に質問も無かったので、全員で別室に移り、あらかじめ「現地人らしい服装」に着替えておくことになりました。
 という訳で、突然ですが、ここで「コスプレのお時間」です。(笑)

 さて、実験艦〈スキドブラドニール〉の上陸部隊用の「居住区画」はごく単純な二層構造で、下の階の奥半分は「まるで体育館のような広さ」の転送室となっていました。一方、その階の手前半分は、これまた似たような広さの貨物用スペースになっています。
 そして、そこには、「レールウェイにおける大型車両のようなサイズ」の巨大なトレーラーハウスが二つ置かれていました。どうやら、これらのトレーラーハウスは、艦外から転送で「直接に」この転送室へと持ち込まれてから、こちら側に牽引(けんいん)されて来たモノのようです。
 また、それらのトレーラーハウスは、どちらも実体としては「巨大なウォークイン・クローゼット」であり、一方が女性用で、他方が男性用でした。
 そこで、総勢27名の男女は女性14名と男性13名に分かれ、各々はやてとザフィーラの指示に従って、それぞれのトレーラーハウスに上がり込んだのでした。

 大きな車輪の高さの分だけ何段かの階段を(のぼ)り、両開きの引き戸を開いて、そのトレーラーハウスの中に入ると、『まずそこでスリッパを()いでから、もう一段高い(ゆか)の上に素足で上がる』という形式になっていました。
(全員、自分の「靴」は最初から四人部屋の方に置いて来ています。)
 トレーラーハウスの内法(うちのり)は、幅4メートル弱、高さ3メートル弱、奥行きは20メートルあまりといったところでしょうか。向かって右側には、奥までずらりと「着替え用の小部屋」が12個も並んでおり、左側には、莫大な数のさまざまな「中世風の衣装」が吊り下げられています。
「まあ、下着はそのままで()えよ。現地の人たちがどんな下着を付けとるのかも、まだよぉ解っとらんし、普通にしとれば、現地の人たちにこちらの下着を見られてしまうことも無いやろうからなあ」
 はやてにそう言われて、彼女以外の8名の「大人の体格」をした女性たち(シグナムとヴィータ、ヴィクトーリアとコニィ、ゼルフィとノーラ、マチュレアとフォデッサ)は早速、衣装(いしょう)選びを始めました。
 なお、そのトレーラーハウスの奥、四分の一ほどは「軽くカーテンで仕切られた別室」となっていたのですが、はやては、カナタとツバサとリインとアギトとミカゲを連れて、その別室へと入って行きました。
 要するに、そちらは「小児(こども)用の衣装」の部屋だったのです。

 さて、実のところ、最初に局の側で準備した「現地人らしい服装」は、大人(おとな)用の衣装ばかりで、しかも、大半が男物(おとこもの)でした。〈上層部〉は当初、『八神家のメンバーまでもが直接に上陸する』などという状況は、これっぽっちも想定していなかったのです。
(と言うより、八神家がフルメンバーで参加すること自体を想定していませんでした。シグナムとアギト、ヴィータとミカゲの四人は、また平素(いつも)のように何かしら別個の作戦行動を取るものだとばかり思い込んでいたのです。)
 そのため、はやては当局に、女物(おんなもの)小児(こども)用の衣装を追加するように要求した後、リインやザフィーラばかりではなく、シグナムやヴィータやアギトやミカゲまで連れて、急ぎ自宅に戻りました。
 実は、はやての「秘密の趣味」の一つが「他人にコスプレをさせること」であり、彼女の巨大な屋敷には「莫大な量のコレクション」が保管されていたのです。
 はやては、自分がコスプレをするのも嫌いではありませんでしたが、それにも増して、他人のコスプレ姿を()でるのが大好きでした。
 実を言うと、三日前にヴィヴィオが直訴(じきそ)をした時、はやてたちが「たまたま」ミッド地上の自宅にいたのは、そのコレクションの中から一部を厳選し、私物として〈スキドブラドニール〉に持ち込むためだったのです。

 はやては、そこでまた改めて双子に一言、()びを入れました。
「今回は、何分(なにぶん)にも時間が無くてなあ。ホンマに済まんのやけど、君らの体格に合うような女の子用の服は、あまり数多く揃えて来ることができんかったんよ。この子たちの服では、君らにはもうサイズが合わんやろうしなあ」
 リインとアギトとミカゲは、今なお8歳児ぐらいの体格です。当然ながら、12歳児のカナタとツバサは、もう彼女たち用の服など着ることはできませんでした。
「私のコレクションも大半は現代的な代物やったから、結局、用意できたのは、こんなヒラヒラした感じの服ばかりになってもうたんやけど」
 はやてがそう言って幾つかの実物を見せると、カナタとツバサは思わず「あからさまな落胆の表情」を浮かべてしまいます。
「ええ……。正直、それぐらいなら、男の子用の服を着た方がまだマシなんですけど」
「そうですね。どのみち、捜査任務なのですから、性別の話は抜きにしても、もう少し動きやすい服装の方が良いのではないかと思います」
「うん。君らの側からそう切り出してくれると、こちらとしても気が楽や。実は、こうした流れの会話を想定して、男の子用の服も最初からこちらのトレーラーに積んで来とってな。いずれにせよ、選択肢はそれほど多くは無いんやけど、この(へん)からひとつ選んでみてくれるか?」
 こういった経緯(いきさつ)で、カナタとツバサは完全に「男装コスプレ」となってしまったのでした。

 はやては念話でザフィーラにこちらの状況を伝え、なるべくカナタとツバサの服装に合わせるように指示を出しました。
 (ほか)の面々も准将の指示でそれに(なら)い、同じ分隊の男女で連絡を取り合いながら、各々の服装や(くつ)や帽子などを選択して行きます。
 その結果、第一分隊は、はやてとリインが「良家の若奥様とお嬢様」のコスプレで、ジェレミス一等陸士は「その使用人」といった感じの衣装となりました。
 第二分隊は、オルドメイ一等陸士が「若手の商人」に(ふん)し、ヴィータとミカゲは不本意ながらも「その妻と娘」に扮装(ふんそう)します。
 第三分隊は、ゼルフィとノーラが「良家の姉妹」の役を演じ、ジョスカナルザード陸曹は「付き添いの従者」の役を演じることになりました。

 また、第四分隊は、ヴィクトーリアとエドガーとコニィの三人組で、そのまま「若奥様と従者と侍女」の役となりました。
 第五分隊は、バラム陸曹とマチュレアとフォデッサの「エルセア出身トリオ」で、こちらは「中年の商人(笑)とその娘たち」に扮装します。
 第六分隊は、フェルノッド陸曹がディナウドとガルーチャスを率いるという、男ばかりの三人組で、こちらは旅商人風のコスプレとなりました。


 そうこうしているうちに、時刻は9時となり、〈スキドブラドニール〉は「はやての予定」どおりに新世界に到着しました。通常空間に降りてから、また1(ハウル)ほどかけて、惑星ローゼンを周回する低軌道に入ります。
 こうして、9時半より前には、早くも第一小隊の九人が「王都の南南西の側にある森」の奥の「開けた空間」に転送で上陸しました。彼等は分隊ごとに分かれて互いに距離を取りつつ、第三分隊から順番に森を抜けて街道に上がります。
(なお、幸いにも、現地時間と「本局標準時間」との間には、ほとんど時差がありませんでした。)
 続いて10時頃には、第一小隊の面々が市門に到着した頃を見計らって、第二小隊の九人も同じような場所に上陸しました。
 ちなみに、各分隊には事前に、現地で流通している銀貨を造形・成分ともに忠実に再現した「本物と全く見分けのつかない銀貨」が、15枚ずつ「活動資金」として与えられています。

 一方、第三小隊の九人は、第一小隊と交代になる14時までは「艦内待機」となりました。いつまでもトレーラーハウスの中に(とど)まっていても仕方が無いので、その九人は一旦、談話室に戻り、機械人形(アンドロイド)に茶を()れさせて、昼食までゆったりと(くつろ)ぐことにします。
 そのため、第七分隊のシグナムとワグディスとレムノルドは、まだ着替えていませんでした。第八分隊のアギトとドゥスカンとサティムロも同様です。
 一方、カナタとツバサはノリノリで、すでに「田舎の少年の、ちょっと余所(よそ)行きの服装」といった感じの衣装に着替えていました。靴も含めて見るからに動きやすそうな、簡素ながらも小綺麗(こぎれい)格好(かっこう)です。
 ザフィーラもそんな双子に付き合い、早々と着替えていました。彼は双子の「叔父」の役で、三人とも「初めて都に出て来た田舎者」という設定です。


 そうして、第三小隊の九人はそのまま談話室で無駄話をしながら時間を潰していたのですが、11時より少し前には、第一分隊の三人が早々と戻って来てしまいました。
 唐突な「艦橋(ブリッジ)からのアナウンス」でそう聞かされて、九人は思わず驚き慌てましたが、やがて、当の三人が転送室から談話室へと駆け込んで来ます。
 本来の予定より3時間以上も早い帰艦ですが、何か不測の事態でもあったのでしょうか?
 アギトが心配顔でそう問うと、はやても茶を一杯、飲むなり、困惑顔でこう答えました。

 はやて「アカンわ! なんや知らんけど、私、メッチャ目立ってもうた!」
 アギト「何か、服装とかがマズかった、ってことですか?」
 はやて「いや。ホンマ、理由はよぉ解らんのや。……私らは少しゆっくり歩いて、他の分隊よりもちょぉ遅れて市街に入ったんやけどな。ふと気がついたら、みんな、私の方をチラチラ見とるし、なんやヒソヒソ()うとるし、思い切って、こちらから話しかけようとしたら、いきなり逃げられてまうし……私、一体何がアカンかったのかなあ?」
 ジェレミス「そのうちに、誰かが通報でもしたのか、王国軍の魔導師たちが集まって来たので、無用の戦闘を避けるため、やむなく帰艦した次第です」
 リイン「はやてちゃんも私も、格闘は苦手ですからねえ。間違っても、いきなり司令官が(つか)まってしまう訳にはいきませんし……」
 シグナム「そうだな、リイン。それは適切な判断だったと思うぞ」
 ジェレミス「転送の瞬間は目撃されていないはずですが、一本道の路地に入って、すぐに姿を消してしまった訳ですから……相当に怪しまれているだろうと思います」

 はやて「小隊の指揮は一旦、ヴィータに任せて来たけど……なんや、私、潜入捜査の一つもマトモにできへんのかと思うと、ちょぉ落ち込むわあ。小児(こども)の頃には、ちゃんとできとったはずなんやけどなあ。(溜め息)」
 アギト「いや。それは多分、マイスターのせいじゃないですよ。きっと他に何か理由が……」
 リイン「推測になりますけど、『あの都には、はやてちゃんの「そっくりさん」がいて、その人がとても有名な人だった』とかいった理由なんじゃないでしょうか?」
 シグナム「それは、あり得る線だな。提督、ここはやはり、理由が判然とするまでは、当面の間、第一分隊はシフトから(はず)した方がよろしいかと」
 はやて「そうやなあ……。コスプレは、楽しかったけど……仕方(しゃぁ)ないやろうなあ……」

 はやては、あからさまに残念そうな表情を浮かべました。
 そこで、すかさず双子は互いに視線を()わし、小さくうなずき合います。
「でしたら、提督!」
「代わりに、もう一個の分隊が『今すぐ』上陸するべきですよネ!」
 二人とも、もう目がキラキラです。
「何や。あと3時間は待ちきれんか。(苦笑)……そうやなぁ。まあ、ええやろ。ほな、第九分隊に上陸を許可するよ。ただし、今からやと、14時には一旦、ヴィータたちと一緒に帰艦してもらうことになるから、そのつもりでな」
「「解りましたぁ!」」

 カナタとツバサは喜んで、実に小児(こども)らしい足取りで転送室へと駆け出して行きました。
 一方、はやては念話でザフィーラに、なるべく二人を自由に泳がせるよう、指示を出しました。はやては、『このままでは、なかなか「突破口」が見出(みいだ)せないかも知れない』と考え、二人が何か軽く『やらかしてくれる』ことを(良い意味で、状況を少しかき乱してくれることを)期待したのです。
 ザフィーラは了解して、双子の後を追いかけました。三人とも、すでに「コスプレによる変装」は完璧です。

 こうして、新暦95年5月9日の朝11時、カナタとツバサはザフィーラとともに、いよいよ新世界ローゼンに上陸したのでした。

 
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