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魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

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【第一部】新世界ローゼン。アインハルト救出作戦。
【第7章】アウグスタ王国の王都ティレニア。
   【第1節】予定の急変と新世界への到着。


 さて、コニィと長話をしていたこともあって、昨日に比べるとだいぶ遅い時刻になってしまいましたが、カナタとツバサが6時半に談話室へ入ってみると、意外にも、そこにはまだエドガーしかいませんでした。
「おはようございます。お二人とも、よく眠れましたか?」
「はい。実は、もう30分ほど前には目が()めていたのですが……四人だけで少し話し込んでしまいまして」
 コニィの秘密は当然にエドガーも知っているでしょうが、それでも、もしかすると、自分らにそれを教えたことはまだしばらくエドガーにも内緒なのかも知れません。ツバサは瞬時にそんな配慮をして、わざと少し曖昧(あいまい)な表現をしました。
 一方、カナタは特に『話題を()らそう』という意図も無いままに、ふと思ったとおりの疑問をエドガーに投げかけます。
「て言うか……今日は、まだ(ほか)には誰も来てないの?」
「そうなんですよ。どうやら、皆さん、(ふね)の中での生活にも……と言うか、時間の使い方にも……だいぶ慣れて来たようですね」
 エドガーは、手持ち無沙汰(ぶさた)を嘆くかのように小さく肩をすくめながらも、そう答えました。

 ともあれ、カナタとツバサは毎朝の日課を先に済ませることにしました。ミニキッチンでうがいをしてから一杯の白湯(さゆ)を飲み、しばらく体操をしてからトイレで一日分の便(べん)を難なく出し切ります。
 二人で談話室に戻ってみると、ようやく皆々が集まり始めたところでした。
 カナタとツバサは念のため、四人の女性陸士らに念話で訊いてみましたが、マチュレアもフォデッサも、ノーラの寝言はそれほど気にならなかったし、ゼルフィもノーラも、やはり、マチュレアとフォデッサのイビキはあまり気にならなかったようです。
 元々、昨日の『マチュレアとフォデッサはイビキが激しい』というネタは、全くの嘘では無いにせよ、当人たちが「ヴィクトーリアやコニィとの同室」を()けるために随分と誇張して語った話だったので、ゼルフィとノーラが平気だったのも、まあ、当たり前と言えば当たり前のことでしょう。

 皆で雑談をしているうちに、やがてザフィーラ以外の20名が全員、その場に顔を揃えました。カナタとツバサは「あの」ザフィーラが出遅れていることを少し不思議に思っていましたが、7時直前になって、彼はようやく談話室にその姿を現します。
 そして、ザフィーラは入口を(ふさ)ぐように突っ立ったまま、事務的な口調でいきなりこう語り始めました。
「よし。全員、揃っているな。さて、突然だが、今日は八神家一同も皆と揃って朝食を取ることになった。しかし、総勢27名となると、この談話室ではいささかテーブルが足りないようだ。
 そこで、実は、今すでに広間(ホール)の方で朝食の準備が進められている。余分な手間を取らせるが、総員、今からすぐに広間(ホール)の方へ移動してほしい」
 ザフィーラはそれだけ言うと、今度は道を()けるように脇へと退き、右手で皆に退出を(うなが)しました。
 率先して広間(ホール)に向かったのは、三人の陸曹たちです。他12名の一般の陸士たちも、彼等に率いられるようにしてその後に続きました。

《これって、新世界での行動計画が出来上がったから発表する、ってことなのかな?》
《確かに、理由はそれぐらいしか思いつきませんが……新世界への到着は明日の夜9時の予定でしたよね? 今日のうちに、しかも朝食の時間に、わざわざそれをする必要なんてあるんでしょうか?》
 カナタとツバサはこの状況に何やら少し不自然なものを感じ取っていましたが、おそらく、今ここでザフィーラに訊いても、『そう()くな。どうせ、すぐに(わか)ることだ』とでも返されてしまうことでしょう。
 双子はヴィクトーリアたち三人とともに、半ばザフィーラに後ろから追い立てられるようにして、一般の陸士らの(あと)に続いたのでした。


「上陸部隊用の居住区画」にあるホールは、元々『普通の学校の教室よりも、一回りほど大きいだけ』という程度の広さで、(ゆか)面積で言えば、先程までいた談話室と比べてもそれほど大きな違いはありませんでした。それでも、廊下を(はさ)んですぐ向かいに倉庫のような部屋があり、そこから椅子やテーブルを自由に出し入れできる造りになっているのが、良いところです。
 実際に、機械人形(アンドロイド)たちが「片側四~五人掛けの細長いテーブル」を六つ、「縦横比が1対2となる長方形」の外側に()り付けていくような形で並べてみると、その周囲には余裕で27脚の椅子を置くことができました。

 また、そのホールには「まさに学校の教室のように」前方と後方にひとつずつ出入口が設けられていたのですが、一同が後ろの入口から入室した時には、すでにアギトとミカゲが「正面のスクリーンを背にした」一番前のテーブル(五人席)の両端の席に陣取っており、そのテーブル全体が八神家の席であることを言外に主張していました。
 なお、リインは独り、テーブルに囲まれた内側の空間に立っています。
 一同はリインの指示に従って、左右に分かれて前の席から順に詰めてゆく形で着席していったため、結果として、一番後ろのテーブル(四人席)が、カナタとツバサとザフィーラとリインの席になりました。

 リインは、ザフィーラとカナタとツバサを立たせたまま、一旦、そのテーブルの「通路の側の端」を後ろの壁際まで押し込み、テーブル全体を斜めにして「閉ざされた長方形の空間」から外へと()け出します。
 そして、それを合図に、後ろの入口から六体の機械人形(アンドロイド)たちが順番にワゴンや台車などを押して入室し、そのまま長方形の内側に入り込んで各員への配膳を始めました。つまり、『厨房から食器や釜や大鍋を持ち込んで、こちらで盛り付けをする』という形式です。
 それは、ほとんど「公立の初等科学校における給食」のようなノリでした。誰かがその点を指摘すると、何人かの陸士たちは懐かしさのあまり、口々に「自分が公立の初等科に(かよ)っていた頃の給食」に関する思い()(ばなし)などを始めます。
 双子やヴィクトーリアたちにとっては、あまりピンと来ない話題でしたが、それでも、広間(ホール)はおおむね(なご)やかな雰囲気に包まれました。

 一方、リインが機械人形(アンドロイド)たちを閉じ込めるかのようにテーブルを素早く元の位置に戻してから、最後の四人はようやく着席しました。機械人形(アンドロイド)たちも、ひととおりの配膳が終わると、その場に膝をついて待機状態に入ります。
 すると、アギトが不意に席を立ち、直立不動の姿勢を取って、一同に『総員、起立』と号令をかけました。
 全員が席を立って直立不動の姿勢を取ると、じきに前方の入口の扉が開き、ヴィータとはやてとシグナムの三人がその順で入って来ました。アギトは一旦、脇に下がり、三人がそのままの順で奥に詰めてから、再び自分の立ち位置に戻ります。
 そして、八神家を除く20名の男女は、誰からともなく全員で八神准将の側に向き直り、敬礼しました。すると、はやては軽く礼を返しながらも、ごく砕けた口調で総員にこんな言葉をかけます。
「ただの朝食会や。みんな、そんなに(かしこ)まらんでもええよ」
「おいおい。管理局の規定にある『本来の作法』に比べれば、これでもまだ随分と略式なんだぜ」
「多少の儀礼的な所作は、『組織として』どうしても必要でしょう」
「まあ、確かに、それもそうなんやろうけどなあ」
 ヴィータとシグナムの言葉を笑って受け流しつつ、はやては席に着きました。
 アギトの号令を待って他の26名も着席し、機械人形(アンドロイド)たちも膝をついたまま、六体で周囲の人間たち全員を視野に収めるような配置を取ります。

「さて、上陸計画の概要が決まったので、それを伝えるために、全員にこちらへ来てもらった訳やけど……。まあ、堅苦しい話は後回しにして、先に腹ごしらえと行こうか。みんな、機械人形(アンドロイド)と目を合わせて、軽く皿や(わん)を持ち上げて見せれば、そのおかわりが来るから、どんどん食べてな。……では、いただきます」
 総員、見様(みよう)見真似(みまね)で、はやての「地球式の作法」に(なら)い、朝食会が始まりました。じきに陸士らは緊張を()き、談話室での食事と同じように、隣席の者たちとあれこれ語らいながら食事を進めていきます。
 そして、しばらくすると、はやては不意に、自分からは最も遠い席にいるザフィーラに向かって、わざわざ肉声でこう問いかけました。
「ところで、ザフィーラ。みんな、現地の言葉は上達したかな?」
「はい。昨夜、練習の会話を聞いた限りでは、総員とも、すでに『日常会話での現地人との意思疎通には、それほど問題が無い』という水準に達しています」
「うむ。それは上々や」
 はやては満足げにうなずき、やがて「最初から軽めになっていた自分の食事」を手早く(たい)らげました。

 そして、何人かが自分に続いて食べ終わった頃を見計らって、はやてはようやく「本題」に入ります。
「さて、そろそろ堅苦しい話もせなアカン訳やけど……まだ食べとる人は、食べながらでええから、聞いてな」
 はやてはそう言って総員の注目を自分に集めてから、不意に立ち上がりました。
「まず……私は司令官として、みんなにひとつ(あやま)らせてもらうわ」
はやては、テーブルの上に両手をつき、いきなり皆に頭を下げて見せます。
(はァ?)
 八神家以外の20名には、一体何の話なのか、さっぱり解りませんでした。当惑に満ちた沈黙の中、はやてはまた顔を上げて言葉を続けます。
「いわゆる『敵を(あざむ)くには、まず味方から』というヤツでなあ。実は、私は今まで、みんなをちょぉ(だま)しとったんよ」
 ここまで言われても、皆々はまだ『自分たちが何をどう騙されていたのか、全く解らない』という表情でした。

 一拍おいて、ヴィクトーリアがやや躊躇(ためら)いがちに、こう言葉を返します。
(だま)すとは、また穏やかな表現ではありませんね。それに、『敵』というのは一体誰のことなんですか?」
「ん~。これはホンマに機密やから、みんなにも当分は……下手をすると十年単位で……『守秘義務』を守ってもらわなアカンことになるんやけど。今から話してもええかな?」
「もちろんです。ここまで来て、今さら言葉を濁さないでください」
 ヴィクトーリアは決然とそう言ってのけました。他の19名も、みな揃って小さくうなずきます。
 それを見て、はやても安堵(あんど)と満足の表情を浮かべ、初めて「実験艦〈スキドブラドニール〉の秘密」を語りました。
「実は、この実験艦は今回、新たに開発された『新式の』駆動炉を積んどってなあ。普通の次元航行船と比べると、軽く三倍の速度が出せるんよ」

【実を言えば、この(ふね)が「実験艦」などと呼ばれている「そもそもの理由」は、ひとつには『この(ふね)が最初からこの新式の駆動炉を「実験的に」運用するためにこそ建造された(ふね)だったから』なのです。】

 これには、コニィとエドガーも思わず驚愕の声を上げました。
「ええっ! 三倍って……。確か、BU式の駆動炉では、最新型でも1.5倍ぐらい。理論上の上限速度でも1.8倍あまりだったんじゃありませんか?」
「……新型ではなく、新式なのですか!?」
 それを聞いて、カナタはふとツバサに小声でこう問いかけます。
「ねえ、ツバサ。新型と新式って、どう違うの?」
「これまでに開発されて来た数々の『新型』駆動炉は、すべて、百年ほど前に実用化された『BU式』という同一のシステムの中での『改良版』でしかありません」
「えっ! じゃあ、新式って、そもそも『BU式』とは全く別のシステムだってこと? それって、一体……」
 ツバサの冷静な回答に、カナタは思わず大きな声を上げてしまいました。にわかに、一同は騒然となります。

 はやては続けて、何やら少し自慢げにこう語りました。
「みんな、想像もつかへんやろ。私が技術部の担当者から聞いた話やと、従来のBU式と今回の新式の違いは、惑星表面の海を行く船に(たと)えたら、『通常のスクリュー船と水中翼船の違い』みたいなモノらしいんやけどな。私も今、自分で()うてて、何のことやらよぉ解らんわ。(苦笑)
 まあ、『百年ぶり』というモノ凄い新技術やからこそ、機密にもせなアカン訳やけどな。私たちは今、『BU式の理論上の上限速度』をも軽く超えることのできる、この新式の駆動炉を、仮に『VT式』と呼んどるよ」
 それを聞くと、ヴィクトーリアは一拍おいて、愕然とした声を上げます。
「それでは、提督。『敵』というのは、まさか〈本局〉の中に?」
「うん。メッチャ残念な話なんやけどな。どうやら〈上層部〉の中に局の機密情報をタチの悪い連中にちょくちょく横流ししとる人がおるらしいんよ」
(それって……まさか……。)
 ヴィクトーリアは思わず心の中で(ひと)(ごと)を漏らしました。どうやら、彼女には何か心当たりがあるようです。

 そこで、ツバサはふと重大な事実に気がつきました。
「それでは、提督。私たちは新世界にも予定よりだいぶ早く到着する、ということでしょうか?」
「そのとおりや。ベルカ世界までは、まだ連中の監視の目も届いとったから、こちらも本気は出せへんかったんやけどな。実は、新航路に入ってからは、今までずっと三倍速で飛ばし続けて来とったんよ」
「え~っ? ボクたち、それ、ゼンゼン気がつかなかったんですけど!」
 カナタの素直な驚きぶりに、はやても思わず会心の微笑(えみ)を浮かべます。
「この『VT式駆動炉』は静かやからなあ。みんな、昨夜もよぉ眠れたやろ」
「ですが、提督。今までずっと三倍速だった、ということは……もしかして、そろそろ新世界に?」
「そうや。ベルカ世界から新世界までの所要時間は、通常の速度ならば54時間のところ、三倍速やから18時間に短縮された。要するに、()も無く……0900時には、本艦は現地に到着するよ」
 はやてはツバサの質問に、何やら妙に楽しそうな表情で答えました。しかし、唐突な「予定の変更」に一同は愕然となります。

 はやては続けて、カナタとツバサに改めて謝罪の言葉を述べました。
「二人とも〈本局〉の食堂では騙して済まんかったなあ。実は、あの会話は『敵』の一員に盗聴されとったんよ」
「うわ~。そうだったんですか~。ボクら、キレイに騙されてたな~。(苦笑)」
「それでも、私たちが騙されたことで『提督の策』が何かしら功を奏したのなら、それはむしろお役に立てて良かったのだと思います」
「そうか。君たちからそう言ってもらえると、私としても気が楽や。……それでは、みんな! この食事と『情報の再確認』が終わったら、早速、上陸の準備に取り掛かるで!」

 何とも驚くべき急展開ですが、実のところ、全員がすでに暇を持て余していたところだったので、予定がいきなり一日半(36時間)繰り上がっても、特に誰も不満を訴えたりはしませんでした。むしろ大歓迎といった雰囲気で、もちろん、提督に少しばかり騙されていた件に関しても、みな、カナタやツバサと同様、不満など全くありません。
 あえて言うならば、ヴィクトーリアたち三人だけは、この状況をいささか残念に感じていました。
《これは、何と言うか……例の話を切り出す機会が無くなってしまいましたね。》
《そうね。まあ、この状況では仕方が無いわ。今、ここで陸士たちの「やる気」に水を差す訳にも行かないし……。やっぱり、あの話をするのは、新世界での任務がすべて終わってからにしましょう。帰途にも18時間はかかるはずだから、その程度の機会はまたあるでしょう。》
《でも、お嬢様。新世界での任務って、実際のところ、何日ぐらいかかるものなんですか?》
《それは『アインハルトさんが今、現地でどういう待遇を受けているのか』によっても、かなり変わって来ると思うわ。……本当に、ヴィヴィオさんの出産までには間に合うと良いのだけれど。》
【くどいようですが、三人はこうした念話が『ザフィーラにだけは「丸聞こえ」である』などとは、夢にも思ってはいません。】


 全員が食事を終えたのは、7時半を少し過ぎた頃のことでした。
機械人形(アンドロイド)たちはリインの指示に従って27人分の食器を回収し、各人の前にはただ「お茶の入ったグラス」だけを残して、めいめいにワゴンや台車を押しながら、ホールから退出して行きます。
 そこで、早速、「新世界ローゼンに関する情報の再確認」として、正面の大スクリーンには一連の資料映像が映し出されました。そして、もっぱら八神アギト三等空尉がそれに的確な解説を加えていきます。

 さて、ローゼンは、惑星本体としては、ミッドチルダや地球などと同様の「全く標準的なサイズ」の可住惑星であり、具体的に言うと、『赤道半径は6440キロメートルほど、質量は地球の3%増し』でした。また、『陸海比がおおよそ21対79で、自転軸の傾きが20度あまり』という点は、偶然ながらも惑星ベルカとほぼ同じです。
 衛星は一つだけですが、その軌道半径は小さく(つまり、衛星が惑星に近く)、その(ぶん)だけ公転周期も短くなっていました。朔望周期である「一か月」は、ベルカ世界と同じで18日しかありませんが、その代わりに一年は20か月もあります。
 その上、衛星(つき)本体の半径は地球の(ルナ)よりも一回り大きいため、地表から見上げた時の視半径(見た目の大きさ)はことさらに大きく、満月の時の明るさは地球の(ルナ)のほぼ2倍にも達していました。
 これもまた、ベルカの衛星(つき)とちょうど同じぐらいなので、古代ベルカ人にとって、ローゼンはさぞかし馴染(なじ)みやすい世界だったことでしょう。

 上陸部隊の面々も、もう「全自動翻訳機の上位機種」の扱いにはだいぶ慣れていましたが、それでも、時間の単位などはそのまま翻訳されてしまうので、『現地の人間が言う「何か月」が具体的に「何日間」のことなのかは、その都度(つど)、自分の頭の中で計算しなければならない』という点には、よくよく注意が必要でした。
 また、第一次調査隊が調べた限りでは、現地では今も古代ベルカと同じく「春分の直前の新月の日を元日とする、太陽太陰暦」が使用されており、その暦では、『元日が春分の何日前のことになるか?』は年によってまちまちなのですが、「春分の祭儀(まつり)」は必ず「1月の行事」となります。
 実際、今年の春分は、現地の暦では「1月4日」の出来事でした。
 ちなみに、今日の日付(ひづけ)は、ミッドの暦では「5月9日」ですが、ローゼンの暦では「3月10日」になり、太陽太陰暦では日付(ひづけ)と月齢が一致するので、現地では今夜が満月ということになります。
【くどいようですが、この世界の「一か月」は18日しかありません。】

 そして、軌道上から見ると、惑星ローゼンの裏半球には、南半球の側を中心として大きな二つの大陸が無人のままに拡がっており、一方、表半球には、北半球の側を中心としてやや小振りな五つの大陸が「横長の楕円形をした海」の周囲をぐるりと取り囲むように並んでいました。
 南側の二大陸は相対的にやや大きく、一部は赤道を越えて南半球にまで拡がっており、より小さな北側の三大陸はおおよそ「長軸を内海の側に向けた楕円形」のような形で、その内海から放射状に、おおよそ北西へ、真北へ、北東へと拡がっています。
 見ようによっては、その内海を「花芯」に、その五大陸を「不揃いな五枚の花弁」に見立てることもできなくはありません。
 古代ベルカ人が、この世界を薔薇(ばら)の意味で「ローゼン」と呼んだ理由も、おそらくは、そうした「見立て」によるものだったのでしょう。
(古代ベルカでは、野生の薔薇は「五弁花」を代表する花でした。)

 そして、現地の人々は、何故(なぜ)か北側の三大陸にのみ居住していました。それらの大陸は三つとも、面積はミッドの「小振りな第一大陸」よりもさらに2割がた小さなものでしたが、地形はもう少し山地が多くなっています。
 また、そうした山並みなどの地形に従って、それらの三大陸はそれぞれがごく自然に五つ、もしくは六つの国土に分割されていました。合わせて十七個の王国の間には、少なくとも今のところ、目立った争いごとは何も無いようです。
 アウグスタ王国は、内海から真北に伸びた〈中央大陸〉の中西部にあり、王都ティレニアはその西岸部からだいぶ東へ奥まった場所にありました。その都は、役割の上でも、この世界における「中心的な都市」でしたが、地理的に言っても、この惑星における「人類世界」のほぼ中央部に位置しています。
 その「人類世界」の総面積は、三つの大陸と周囲の島々を合わせても2000万平方キロメートルほどで、この惑星の総陸地面積の2割にも届きませんでした。総人口は、推定で2億人あまり。平均すれば、各王国とも1200万人前後と言ったところでしょうか。

 さて、一行の上陸すべき場所は、もちろん、そのアウグスタ王国の王都ティレニア。つまり、アインハルト執務官が捕らえられている都市です。
 その市域は完全な円形の外壁に囲まれており、その半径はほとんど2.6キロメートルに達していました。市域全体の面積は21平方キロメートルを超えており、おそらくは、常住人口も10万人どころではないでしょう。
 市内にも郊外にも、貧民窟(スラム)(たぐい)が全く見当たらないのは、ただそれだけでも、相当に良い政治が行なわれていることの証左です。
 ただし、その王都の中央部(王宮を中心として、半径では市域の半分ほど、面積では市域全体の四分の一ほど)には、常に例の「抑制結界」が屋根のように低空に張られているため、上陸部隊をいきなりアインハルト執務官の目の前へ転送させることはできませんでした。
 いや、そもそも彼女の居場所を正確に特定することも、彼女と直接に交信することも、今はその結界のせいで全くできなくなっているのです。

 この状況をあくまでも非暴力的に(そして、現地住民をあまり刺激しないように)解決しようと思うと、やはり『部隊は一旦、王都の郊外に上陸して、そこからは徒歩で情報を収集しながら王宮区を目指す』という面倒な手法を取らざるを得ませんでした。
 もし「暴力的な解決」でも構わないのであれば、力ずくで結界を破壊して王宮を丸ごと制圧することなど、管理局の技術力をもってすれば、いとも簡単なことなのですが……。
 長い目で見れば、管理外世界を力で屈服させることには、メリットが無い……と言うよりも、それは「その世界の内部のパワーバランス」をいきなり崩してしまうことになる訳ですから、長期的に見れば、デメリットの方が遥かに大きいのです。

【それは、『新暦89年の事件でバルギオラ帝国が崩壊した後、第44管理外世界ケイナンがひどい内戦状態に陥ってしまった』という事例を見れば明らかでしょう。
 はやてとしては、間違っても、このローゼンをケイナンや古代ベルカのような、戦乱の絶えない世界になどしたくはないのです。管理局は、管理外世界の「内戦」にまでは介入できないのですから。】

 なお、その王都の「市門」は外壁の八方位に等間隔で配置されていましたが、そうした市門の両脇には、いずれも塔が建っており、それらの塔にはそれぞれに見張りの兵士らが立って、王都の「周辺」に目を光らせていました。
 また、その王都は、人為的な植林による「環状の森」によって周囲を大きくぐるりと取り囲まれています。
 より正確に言えば、その森は、各市門からそれぞれ真っ(すぐ)に伸びた「幅広い八本の街道」によって45度ずつに分割されており、「完全に閉じた()」には成っていませんでした。はるか上空から見ると、『曲線の長さが3.3キロメートルあまりで、厚みはその一割ほど』の円弧を八つ組み合わせて円にした、という形です。
 おそらくは、『現実に戦争が起きた際には、この森の中に伏兵を配して防衛線とする』という考え方で、最初から「計画的に」植林された森なのでしょう。
 実際、単位面積あたりの樹木の密度は、森の外側ほど高く、内側ほど低く、森の中には処々(ところどころ)妙に開けた空間もありました。見るからに、「伏兵を待機させるのに適した場所」です。
 しかし、幸いにも、今はそうした意味での有事ではなく、軌道上から見た限りでは、それらの森の中には誰もいませんでした。あるいは、普段から「禁足地」という扱いになっているのかも知れません。
 そうなると、やはり、見張りの兵士たちの目を()けるためにも、まずは「その森の奥にある開けた空間」に転送で(ひそ)かに上陸し、そこからすぐ街道に出て、市門までの2キロメートルたらずは地道に歩いてゆくのが得策でしょう。

 そうしたアギトによる一連の解説も8時すぎには終わり、続けて、はやては部隊編成の話に移りました。

【話の途中ですが、字数の都合により、一旦ここで切ります。】

 
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