魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)
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【第一部】新世界ローゼン。アインハルト救出作戦。
【第6章】ベルカ世界より、いよいよ新世界へ。
【第4節】守旧派の内情と〈放浪者〉エリアス。
さて、時間は少しだけ遡って、はやてとリインが第八地区に上陸してまだ間もない頃のことです。
その時点で、惑星ベルカ中央大陸の上空には、〈スキドブラドニール〉以外にも、もう一隻の次元航行船の姿がありました。例の大型輸送船です。
その船橋では、髭面の船長と副長が、いささか苛立ちながらも今は途方に暮れていました。
彼等は守旧派に属する人物で、管理局の〈上層部〉からは一体どういう訳か、〈スキドブラドニール〉の動向を、特に『ベルカ世界の上空で何をしたのか』を、詳細に記録して報告するようにとの密命を受けており、『もし可能であれば、〈スキドブラドニール〉とベルカ地上との交信内容も把握するように』とまで言われていたのです。
しかし、現地の通信担当者たちからの情報提供によれば、〈スキドブラドニール〉から地上への通信は『今からそちらへ誰それを上陸させる』といった内容の「業務連絡」が二件あっただけでした。今は、執務官らが第五地区に、准将らが第八地区に上陸しているようですが、当然ながら、ここからでは現地での会話の内容までは解りません。
(と言うより、そもそも盗聴をする手段がありません。)
《苛立つ気持ちも解りますが、こうなってしまった以上は、もう仕方が無いんじゃないですか?》
船長の様子を見かねた副長は、他の乗組員たちには聞かれないように念話で、もう長い付き合いになる直接の上官にそう声をかけました。髭面の船長は『お前なあ……』と言わんばかりの表情で睨みつけて来ます。
《幸い、どちらの地区にも「こちら側」に内通している者たちがいます。あとは彼等に、どんな会話があったのかをそれとなく探らせましょう。もう、それで良いじゃないですか。私たちにできるのは所詮、ここまでですよ。》
すると、船長はひとつ大きく息を吐いて肩を落としながらも、念話では思わずこう毒づきました。
《わざわざ上陸して話すとか、俺に対する嫌がらせかよ! ……まったく。あの「生きた伝説」とやらは、こちら側の都合を全部、知っててやってるんじゃないだろうな。》
実際には、『知った上でやっている』どころか、『自分の掌の上で踊らせている』に近い状況だったのですが、彼等はまだ自分たちがはやてに踊らされていることにも気がついてはいません。
彼等の輸送船は現在、転送に適していない「大型の貨物」の投下を始めたところだったのですが、はやては船長らの注意を自分たちの側に引き付けておくことで、「時間的にも心理的にも」貨物を詳細に検分する余裕が無くなるように仕向けていたのです。
また、この輸送船は今回、各地区で必要とされる物資ばかりではなく、ついでに、わずか十名ほどの乗客も乗せていたのですが、貨物の投下の方が優先事項なので、乗客たちの地表への転送は後回しになっていました。ところが、じきに、そちらの担当者から船長の許へ『乗客たちが「早く降ろせ」と騒いでいる』との報告が上がって来ます。
船長は『こちらの事情を説明して乗客たちを静かにさせるように』と一般的な指示を出してから、改めて担当者に具体的なことを訊きました。
「普段なら、そんな騒ぎは起きないぞ。今回は、誰かタチの悪い煽動者でも乗っているのか?」
「中心になって騒いでいるのは、エリアス・クローベルという男です。昨日、出航の直前になって、慌ただしく駆け込んで来た人物ですよ」
船長が手許のディスプレイに乗客名簿のデータを出して、その人物の「自己記入欄」に目を通すと、その職業欄には堂々たる筆跡で「無職」と書かれていました。
「どうやら酒を持ち込んでいて、同室の者たちにもふるまっていたらしく、彼以外にも何人かが昼間から少し酔っているようです」
「どうして、そんな問題のある奴を乗せたんだ?!」
「申し訳ありません。しかし、あのフランツ博士の身内と名乗った上に、渡航許可証も間違いなく本物でしたので、私の立場では乗船を拒否することなどできませんでした」
担当者は、形式的には頭を下げていましたが、『別に、私は悪くありませんよね?』と言わんばかりの表情です。
船長は再び大きな溜め息をつき、そちらの担当者に『とにかく……』と先程の一般的な指示をもう一度、繰り返してから通信を切りました。
(まったく、今回の仕事は解らないことだらけだ。第八地区というのも、何をやっている場所なのか、よく解らないし……。それにしても、『自分の行動とは関係の無い出来事で、自分の評価が下がってゆく』というのは、どうにかならんものかなあ……。)
外から見ていると、船長という役職は、さも「一国一城の主」であるかのようにも見えるのですが、時空管理局という巨大な組織の中では、三佐という階級は所詮、『上からは叩かれ、下からは突き上げられる』という中間管理職でしかないのです。
船長はがっくりと肩を落としつつ、今度は貨物投下の担当者らに『作業を急ぐように』と命じたのでした。
(実は、これすらも「はやての思惑どおり」だったのですが。)
一方、貨物船の容積の半分ちかくを占める巨大倉庫からは、「規格化されたコンテナ」が順番に運び出され、投下用のスペースで次々に「飛行ユニット」を取り付けられていました。
そのユニットの実体は、単なる「船底と船首と安定翼と外殻」の集合体で、作業員はまず「長方形の船底」の上に規格化されたコンテナを乗せて固定します。
次に、その船底の四辺から(喩えて言えば、トラックの荷台のように)少しばかり上へと伸びた頑丈な枠組みに、「空気抵抗を減らすための船首」と「滑空するための安定翼」を取り付け、さらに、コンテナ全体を覆って密閉するような形で「折りたたみ式の外殻」を取り付けます。
【結果として、全体的なフォルムは「一般の航空機」よりも、むしろ、地球で言う「スペースシャトル」に近い代物となります。】
あとはカタパルトに移し、軌道を計算して適切に射出してやれば、『飛行ユニットは全自動で、船底の下方に断熱シールドを展開して大気圏に突入し、グライダーのように目的地まで滑空し、現地からのビーコンに従って滑走路に着陸する』という手順です。
裏を返せば、これは滑走路や管制塔の無い場所には上手く着陸することができません。この種の「飛行ユニット」には、最初からエンジンの類が搭載されておらず、安定翼を微妙に変形させることで、方角や飛距離を少しばかり調節することができるだけなのです。
【そのためのAIなどは、すべて船首の中に内蔵されています。】
意外なほどのローテクですが、次元航行船の船内から地上への(あるいは、地上から船内への)転送に必要なエネルギー量は、おおむね転送対象の「質量」に依存しているので、重量のあるモノはこうして直接に投下した方がはるかに安上がりなのです。
もちろん、資金やエネルギーをどれだけ使っても構わないのなら、『発掘された「隠し書庫」を丸ごと〈無限書庫〉の一郭に転送する』などという荒業も、技術的には充分に可能なのですが、なるべく資金やエネルギーを節約しながら単なる「日常業務」を数多く正確にこなそうとすると、やはり、こうした「信頼性の高いローテク」に頼るのが一番でした。
なお、こうした「飛行ユニット」それ自体は(エンジンも無いため)相当に軽量で、目的地でコンテナを降ろした後でならば、それを「転送で」次元航行船の中に回収しても大したコストはかかりません。しかも、船首と安定翼と外殻を取り外して(コンテナの代わりに)船底の上に乗せてしまえば、スペースもそれほど取らないので、次の便が来るまで現地で保管しておくことも容易です。
また、一般に「転送」と呼んではいますが、軌道上の艦船から地表へ人員を送り込む際の「転送」は全く亜空間など経由してはいません。もちろん、それもまた魔導技術の賜物ではあるのですが、それはあくまでも「通常空間経由の高速移動」です。
そのため、万が一、大気圏内を重量物が移動していた場合には、最悪の想定として「接触事故」の起きる可能性がありました。そうした人身事故を未然に防ぐためにも、管理局の「通常規定」としては、『貨物の投下と人員の転送は、決して「同じ場所で同時に」行なってはならない』という決まりになっているのです。
幸いにも、この輸送船は〈スキドブラドニール〉より5分ほど遅れて惑星ベルカの周回軌道に入ったため、普通に貨物投下の準備を整えた時には、すでに執務官ほか一名の第五地区への転送も、准将ほか一名の第八地区への転送も終了していました。
また、現地の通信担当者たちが揃って、『彼女らは、ほんの2~3刻でまた艦に戻るそうだ』と知らせて来たので、その輸送船は取り急ぎ、今回は少しばかり量の多い第五地区への貨物投下を先に終えると、より東方の第八地区は後回しにして、まずは同じ北部州の西方にある第二地区の上空へと移動します。
そして、輸送船がそのまま中央大陸の上空を左回りに一巡して、貨物の投下をすべて終え、最後にまた第五地区の上空に戻って来た頃には、〈スキドブラドニール〉はとうに惑星周回軌道を離れ、今しも新航路に突入しようとしていたのでした。
なお、その輸送船が最初に「第五地区への貨物投下」の準備を進めていた時、その現場では、何人かの作業員たちがこんな会話をしていました。
「おいおい。何やら、いきなりスゴい質量のコンテナが来たぞ」
「最初の三つは、受取人が同じのようだが……ここまで重たいのは、先頭のヤツだけか」
「中身は何だよ? まさか、丸ごと水が詰まってんじゃねぇだろうな」
「宛先は、第五地区。受取人は、古代遺物管理部・捜査四課・第二独立分隊の分隊長、コロナ・T・メルドラージャ中級一等技官です。中身は、三つとも『特殊大型車両』と書いてあるだけですが……これって、ホントに中身は調べなくても良いんですか?」
「中級一等技官ってことは、准尉待遇だろ? ギリギリだが、一応は士官様だ。下手にイジって、後からクレームが来たら、どうすんだよ」
「流せ、流せ。こちとら、船長からも急かされてんだ。もし後から何かがあっても、取りあえず俺たちの責任じゃねぇよ」
「まあ、この給料では、必要以上の仕事をわざわざ背負い込むほどの義理は無ぇわなあ。(苦笑)」
優秀な作業員たちは、そんな無駄口を叩きながらも、全くマニュアルどおりの正確な作業手順でそれらのコンテナに次々と「飛行ユニット」を取り付け、順番にカタパルトの側へと送り込んで行きます。
こうして、数十分後、それらの大荷物は無事に、第五地区に届けられたのでした。
当然の話ですが、いくら「監視の密命」を帯びてはいても、公式には、一般の輸送船に「新航路に入る許可」など下りたりはしません。
結局のところ、その輸送船は、〈スキドブラドニール〉が悠然と新航路に突入してゆくのを、黙って見送ることしかできませんでした。
船長は早速、両地区の内通者らに秘密の回線で『然るべき情報を速やかに収集し、提供するように』と指示を出しましたが、その収集が終わるまでには、まだだいぶ時間がかかりそうです。
輸送船は、それを待つ間に再び第五地区から始めて中央大陸の上空を左回りに動き、わずか十名ほどの乗客を次々に各々の目的地へと転送していきました。最初に転送されたのは厄介者のエリアス・クローベルですが、もちろん、輸送船の船長や乗組員たちは、彼の素性になど何の関心も持ち合わせてはいません。
しかし、彼の戸籍上の本名は「エリアス・クローベル・ダールグリュン」で、「クローベル」は彼の母リアンナの元々の苗字でした。
要するに、彼の正体は、ヴィクトーリアの父方の叔父にして、ジークリンデの「人生の師」でもある、〈放浪者〉エリアスその人だったのです。
こうして、エリアスは「カバンひとつ」という身軽な出立で第五地区に上陸し、フランツ博士の歓待を受けたのでした。
エリアスが一人だけ第五地区に転送されて来た時には、すでに「それなりの時間をかけて大気圏内を滑空して来た一群の飛行ユニットたち」も、みな滑走路への着陸を終えていました。
「やあ。よく来たね、エリアス君。歓迎するよ。……ところで、私は、君は週末の便で、人員搬送の方が主体の船で来るものだとばかり思っていたのだが……」
「ああ、義兄さん。わざわざお出迎えいただけるとは恐縮です。貨物船の中からでは御連絡もできず、結果的に突然の来訪になってしまい、申し訳ありませんでした」
殊勝にも、エリアスは出会い頭にひとつ深々と頭を下げてみせました。
この二人は、ただ『エリアスの兄ハロルドが、フランツの妹ベルタと結婚した』というだけの間柄で、二人の間に直接の血縁関係はありません。それでも、33年前にハロルドとベルタの間に第二子ヴィクトーリアが生まれて以来、この二人は妙に気が合って、まるで実の兄弟のように親しくしていました。
職業的にも性格的にもほとんど共通点の無い、ちょっと不思議な取り合わせですが、あえて言うならば、『それぞれに、実の父や兄とはあまり仲がよろしくない』というのが、この二人の共通点でしょうか。
エリアス(51歳)は人員転送用の「方形の基壇」から降りると、フランツ(64歳)の勧めに従って、まるでオープンカフェのような感じの椅子に座りました。
そして、フランツがテーブルをはさんだ向かいの席に着くと、エリアスは、全く先程の言葉の続きのような口調で「突然の来訪」になってしまった理由についてこう語り出します。
「実は、昨日の昼前に、〈本局〉での用事が思いのほか早めに片付いたので、試しに次元港を覗いてみたら、『夕方の便が予定を繰り上げて、今から出航する』と言うので、慌てて飛び乗って来た、という次第なんですよ」
「なるほど。つい先程も、届くのは夜になると思っていた貨物が、いきなり滑走路の方に降りて来たから、一体何事かと思っていたんだが……輸送船の出航時間そのものが繰り上げられていたのか」
「ええ。理由はよく解らないんですが……まったく、そういう話は事前に告示してほしいものですよ」
「今日の便は、貨物輸送の方が主体で、人員搬送の方は『もののついで』だからねえ。君も、客室の居心地はあまり良く無かったんじゃないのかね?」
「いきなり相部屋でしたよ。まあ、初対面の相手と仲良くするのは、別に苦手じゃありませんけどね。幸い、手許には酒もありましたし。(苦笑)」
エリアスは、少しおどけた口調で肩をすくめてから、また真顔に戻り、改めてフランツに頭を下げました。
「そんな訳で、手土産の一つも無く、申し訳ありません」
「いやいや、気にしないでくれ。大丈夫だよ。手土産なら、先程、ヴィクターからもらったばかりだからね」
「ヴィクトーリア? 彼女、今、ベルカに来てるんですか?!」
これには、エリアスも思わず、いつもより随分と高めの声を上げてしまいます。
「ここには2刻ほど居ただけで、またすぐに仕事に戻ってしまったけれどね。仕事の合間を縫って、わざわざ今年の新茶を届けに来てくれたのさ」
「やっぱり、執務官というのは、忙しい職業なんですねえ」
「まったくだよ。……ところで、君はゆっくりしていけるんだろう?」
「任せてください。自慢にはなりませんが、このエリアス、金は無くとも、時間だけは有り余っている男ですよ」
そのおどけた口調に、フランツも思わず笑ってしまいました。
「実のところ、この席はヴィクターが来ると聞いて、慌てて設えたものだったんだが……そういうことなら、私の居住棟へ移ろう。早速だが、一緒に新茶をいただこうじゃないか」
「いいですねえ。喜んで御相伴に与りますよ」
こうして、二人は場所を移し、そこでまた長々と語らい続けたのでした。
さて、〈スキドブラドニール〉が惑星ベルカを離れた後、ヴィクトーリアとコニィは『少し気疲れしたから』と自室に戻りました。はやてとリインもまた自室に戻ったようで、シグナムたち4人もずっと部屋にこもったままです。
(実際には、はやてだけはちょっと「別の場所」に立ち寄っていたのですが……。)
一方、その8名以外の19名は、再び談話室に移動しました。コニィがいないので、エドガーが全員にお茶を出します。
そして、15時になって新航路に入ると、すぐに少しだけ艦が揺れました。何やら部屋全体がぐるりと振り回されたかのような、ちょっと奇妙な感覚です。
先程、リイン二等空尉が『艦が少しばかり揺れることになるだろうかと思いますが、御心配には及びません』と言っていたのは、おそらく、このことでしょう。
幸いにも、お茶がこぼれてしまうほどの大きな揺れではありませんでした。全員で一服したところで、エドガーが引き続き質問を受け付けます。
「別に、ベルカ関連の話でなくても構いませんよ」
すると、カナタとツバサを除けば最年少者となるドゥスカンとサティムロ(17歳)の方から、「次元航路における速度と時間の関係性」について、基本的な質問が出ました。
他の世界への移動を日常的に経験している者たちにとっては全く常識レベルの話なのですが、確かに、ミッドから一度も出たことの無い一般の陸士たちの中には詳しく知らない者も多いでしょう。
そこで、エドガーは丁寧に順を追って、こう答えました。
「まず、昔のベルカでは、普通の速度で1刻かかる距離のことを1ローデと呼んでいました。ただし、ここで言う『普通の速度』とは、今の管理局で言う『通常の巡航速度の75%の速度』のことです。百年ほど前に実用化された現行のBU式駆動炉が、それだけ旧来の駆動炉よりも優秀だった、ということですね。
ただ、同じBU式駆動炉同士で比較をすると、一般に次元航路の中では亜空間抵抗のため、単位時間あたりの物理燃料の消費量は、ほぼ『速度の二乗』に比例してしまいます。極端な話、速度を半分にすれば同じ距離でも時間は二倍かかる訳ですが、単位時間あたりの燃料消費量は『半分の二乗』で四分の一になるため、結果として、物理燃料の総消費量は『四分の一×二倍』となり、半分で済むのです。
平たく言えば、『速度を出せば出すほど燃費は悪くなる』ということですね。だからこそ、さほど急ぐ必要の無い一般の貨物船は、今でも昔ながらの『75%の速度』で巡航することが多いのです」
それを聞くと、今度はまたマチュレアがこんな疑問の声を上げました。
「速度が75%と100%って、そんなに違って来るものなんですか?」
「少し実際の計算をしてみましょうか。同じ距離ならば、速度を75%から100%に引き上げた場合、当然ながら、所用時間は速度の逆数で75%にまで短縮されます。
例えば、ミッドから〈本局〉までは40ローデの距離なので、速度が75%ならば時間は40刻もかかりますが、速度が100%ならば時間は30刻で済みます。8時間と6時間では、まだ大した違いでは無いように思えるかも知れませんが……。
ベルカから〈新世界ローゼン〉までは、実に360ローデもあります。つまり、75%の速度では360刻・72時間かかりますが、100%の速度ならば270刻・54時間で済み、実に18時間もの違いになるのです」
【なお、現在では、「一本の次元航路」の長さは400ローデが「理論上の限界値」であるものと(つまり、それ以上に遠く離れた二つの世界を一本の航路で直結することは「物理的に不可能」であるものと)考えられています。
ですから、ベルカとローゼンを結ぶこの新航路は「相当に長い部類に属する」と言って良いでしょう。一般の陸士たちは、その辺りの事情も今ひとつピンと来てはいないようですが、実は、ローゼンは〈中央領域〉から遠く離れた「辺境の世界」なのです。】
「ああ……。確かに、その差はデカいですねえ」
「単独でこれほど長い航路は滅多に無いようですが、何本もの航路を通って、幾つもの世界を巡回しようと思うと、やはり、それだけ航続距離がかさみ、時間の短縮は切実な問題となって来ます。そのため、次元航行部隊の艦船は、一般に100%の速度で巡航しているという訳ですね。
それでも、速度というものは『出力さえ上げれば、いくらでも出せる』という性質のものでは無く、当然ながら、上限があります。BU式駆動炉による『理論上の』上限速度は180%あまりですが、実際には、150%を超える速度は燃費も悪い上に、魔力駆動炉への負担も大きく、とても現実的ではありません。だから、昔から次元航行部隊で『最大戦速』と言えば、それは150%の速度のことなのです」
【ちなみに、次元航行部隊で『低速』と言えば、それは一般に75%の速度のことであり、『高速』と言えば、それは一般に125%の速度のことです。】
エドガーがさらに質問を募ると、今度はフォデッサが何やら少し恥ずかしげな表情で手を挙げました。
「あの……ちょっとプライベートな質問とか、しちゃっても良いっスか?」
「お嬢様のプライバシーに関わる問題には、立場上、お答えできませんが、私の話でしたら、まあ、ある程度までは大丈夫ですよ」
「じゃあ、ヴィクトーリアさんがいないうちに、思い切ってお訊きするっスけど……エドガーさんって、随分と小さい頃からヴィクトーリアさんに『お仕え』してたんスよね?」
「はい。そうですが?」
「何て言うか、その……十代の頃に、恋愛感情とか、湧かなかったんスか?」
エドガーは一瞬だけ『は?』という表情を浮かべましたが、すぐに『ああ、そういう誤解をしているのか』と理解しました。
「私が2歳の時に、お嬢様がお生まれになったのですが、その時点ですでに、私が生涯をかけてお嬢様にお仕えすることは、ほぼ確定事項でしたので、後から、そういった余分な感情が割り込む余地は全くありませんでした」
《ええ……。》
これには、ザフィーラ以外の全員が、思わず引いてしまいます。
「正直に言うと、幼い頃は、『自分よりも身分の高い妹』という感覚でしたね。十代の頃も、ただ単に『たとえこの命に代えてでもお護りしなければならない方』という認識でした。いずれにせよ、そうした想いは『忠誠心』であって、いわゆる『恋愛感情』とは全くの別物です。
この現代に普通の家庭で生まれ育った人たちにとっては、ちょっと解りづらい概念かも知れませんが……忠誠心というのは、そもそもそういうものですよね?」
エドガーはそう言って、いきなりザフィーラに話を振りました。この談話室には今、多少なりとも解ってくれそうな人物が、彼しか見当たらなかったからです。
「うむ。当然のことだ。オレも、最初に忠誠を誓った時には、提督はまだ9歳の小児だった。いい齢をした大人が、その年代の小児に恋愛感情など抱いたら、それはもう『通報もの』の変態だろう」
ザフィーラは、『お前ら、このオレを変態あつかいするつもりか?』と言わんばかりの口調で、全員を睨みつけました。
「それに、何か勘違いをしている者がいるようだが……エドガーには、すでに妻も子供もいるぞ」
「ええ……」
ザフィーラの発言に、フォデッサは思わず(念話ではなく)実際に声を上げてしまいました。いきなり話を戻されたエドガーは、何やら苦笑しながらも、淡々とした口調でこう応えます。
「私は、10年前に妻と結婚し、すでに1男1女があるのですが……そもそも、妻ブルーナとの出逢いは、お嬢様からの紹介によるものでした。『この春から、あなたも正式に私の補佐官になるのだから、そろそろ身を固めておきなさい』と言って、わざわざ彼女を私の許にまで連れて来てくださったのです」
《ええ……。それって、ヴィクトーリアさんは一体どういう感情なの?》
《アタシら、下々の常識がまるで通用しねえ……。上流階級、マジ、パねえっス。》
《これって、もしかしたらクラウスとオリヴィエよりも、もう一つ古い時代のノリなのかしら? それとも、これが「東部州の文化と北部州の文化の違い」ってことなの?》
その後も、話題を変えて雑談は続きましたが、マチュレアとフォデッサはしばらくの間、妙に口数が少なくなってしまったのでした。
一方、ベルカ地上の第五地区では、フランツとエリアスが新茶を楽しみながら、談笑を続けていました。
やがて、フランツはエリアスから「彼等の共通の姪」の現状を問われて、『ヴィクターとは先程、こんな話をしたんだよ』といった事柄を語り始めます。
その中には、「ミウラ二等陸尉とやらの率いる部隊が、今もどこか近くで訓練中であること」や、「古代遺物管理部・捜査四課の第二独立小隊とやらが、今もこの地区に仮滞在中であること」なども含まれていました。
「どうせ、君もしばらくは、こちらに滞在する予定なんだろう? ヴィクターは帰りにも立ち寄るようなことを言っていたから、きっとまた半月か一月もすれば、こちらに顔を出すよ。それまで、ゆっくりして行きたまえ」
フランツも、ヴィクトーリアから『まだ当分は内緒にしておいて』と言われた話(すでに〈スキドブラドニール〉は新世界に向けて出航している、という話)については、慎重に言及を避けていたつもりだったのですが、今のセリフの『帰りにも』という言葉は、いささか失言だったようです。
エリアスはこの時点で、すでにいろいろと察していたようですが、フランツにはそれを覚らせませんでした。
実は、エリアスは、今はまだフランツにも言えない「秘密の目的」があって、ベルカに来ていたのです。
夕食後、お互いの近況などもひととおり語り合った後で、エリアスは、あたかも『今、ふと思いついた』かのような口調で、フランツにこう問いかけました。
「ところで……貨物船の中で、小耳に挟んだ話なんですが……第八地区というのは、ここから近いんですか?」
「今、この大陸にある『八つの発掘拠点』の中では最寄りの拠点だ、というだけのことだよ。近いと言っても、実際には、直線距離で1200キロはある」
「じゃあ、こちらから陸路でそこまで行くことって、可能ですかね?」
これには、さしものフランツもいささか難しい表情を浮かべました。
「まあ、できなくはないだろうが……道なき道を1200キロとなると……いくら浮遊式車両を飛ばしたとしても、途中の休憩時間まで考えると、所要時間は丸12時間でもまだ足りないぐらいになるんじゃないのかな?」
「車両は、フローターなんですか?」
「一般に、管理世界の道路交通法で、浮遊式車両が禁止されているのは、『横から衝撃を受けると、すぐに流されてしまうので、事故が起きた時には、大規模な玉突き事故に発展してしまう可能性が極めて高い』からだよ。
一方、ここベルカでは、発掘拠点以外の場所でも……極端な話、大陸全土のどこであっても……地表のすぐ近く、とても浅い場所に何か大切なモノが埋まっている可能性があるからね。車輪式の車両だと、そうしたモノを知らずに踏みつけて壊してしまう危険性も『絶対に無い』とまでは言い切れない。だから、ここベルカでは、前々から車両は浮遊式の方がむしろ主流になっているのさ」
「なるほど。そういうことでしたか」
(となると……あとは、「相手」の出方次第、ということかな?)
エリアスは「その時」を待ちながら、この第五地区でそのまま2泊することとなったのでした。
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