魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)
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【第一部】新世界ローゼン。アインハルト救出作戦。
【第6章】ベルカ世界より、いよいよ新世界へ。
【第2節】ベルカ地上にて。フランツとの会話。
こうして、〈本局〉を出航してから27時間後、〈スキドブラドニール〉は当初の予定どおり、新暦95年5月8日の14時にベルカ世界に到着し、一旦、亜空間から通常空間に降りました。
【なお、惑星ベルカ周辺の亜空間には、昔はあった〈外湾〉が今はもう存在していません。そのため、たとえ地上に立ち寄る用事が何も無かったとしても、ベルカ世界では『次元航行船が通常空間へ降りずに、亜空間で別の次元航路に乗り換える』という行為は、もう不可能となっているのです。】
ちなみに、次元航行船のサイズなどにもよっても多少は変わって来るのですが、通常空間から亜空間へと(また、亜空間から通常空間へと)移行するためには、惑星の重力場の関係で、一般に惑星の地表から「おおよそ、その惑星の半径と同じぐらい」の距離を取る必要があります。
一方、船内から惑星の地表へと(また、地表から船内へと)乗員を「安全に」転送しようとすると、高度200キロメートルぐらいにまで地表に近づく必要がありました。
つまり、どのような次元航行船であろうとも、通常空間に降りてから「即座に」人員を地上に転送することはできないのです。
そこで、実験艦〈スキドブラドニール〉も惑星ベルカの地表からの距離を、およそ6600キロメートルから200キロメートル以下にまで縮めるため、惑星ベルカに向けて急速に降下して行きました。
その間に、はやてとリインの指示どおり、ヴィクトーリアとコニィは必要な荷物(フランツ博士への差し入れ)を手に持って「下の階」の転送室へと移動し、他の19名はぞろぞろと広間へ移動します。
そして、〈スキドブラドニール〉はおおよそ1刻かけて惑星ベルカ〈中央大陸〉の上空、高度200キロメートルたらずの低軌道に進入し、転送室からは早速、ヴィクトーリアとコニィが第五地区へと上陸しました。
(一方、広間の方では、この時点ですでに、エドガーの講義が始まっています。)
さらに、〈スキドブラドニール〉はその大陸の上空を東へと進み、わずか数分後には、はやてとリインが第八地区へと上陸したのでした。
さて、第五地区はベルカ〈中央大陸〉北部州の中東部にあり、かつては「雷帝の離宮」があったという場所です。新暦91年の末には、その地下に秘蔵されていた「隠し書庫」が無事に発掘され、翌92年の3月には、その書庫が丸ごと無限書庫の一郭に転送されました。
しかし、今はヴィヴィオ上級司書が産休を取得しているため、その「隠し書庫」はほとんど『ユーノ司書長が、誰の手も借りずに単独で担当している』といった状況です。
【実は、〈神域魔法〉について記された古文書も、その「隠し書庫」に秘蔵されていた書物でした。どうやら、元々は『当時の聖王から直々に下賜された』という貴重な写本だったようです。】
第五地区の外れには、空輸用の滑走路などとは別個に「人員の転送」専用の場所として、「方形の基壇」が周囲の地面よりも一段だけ高く築かれていました。「おおよそ8メートル四方」の広々とした空間です。
〈スキドブラドニール〉の艦橋オペレーターがこちらに連絡を入れてから、時間はまだ1刻も経ってはいなかったのですが、それでも、フランツ博士(64歳)は急いで自分の作業を切り上げ、その基壇のすぐ脇にまで、姪のヴィクトーリア(33歳)とイトコメイのコニィ(29歳)をわざわざ出迎えに来てくれていました。
外見的には、学者と言うよりも競技選手か何かのような、全く年齢を感じさせない精悍な印象の人物です。
「ああ、伯父様! お忙しい中、わざわざこんな場所にまでお出迎えいただけるとは恐縮です」
ヴィクトーリアもさすがに少し驚いたような声を上げました。やや急ぎ足で壇から降り、両手で恭しく、差し出されたフランツの右手を取ります。
「いや。二人とも、よく来てくれたね。おかげで、この荒れ地にもいきなり大輪の花が咲いたような気分だよ」
フランツも、実に爽やかな笑顔でそう応えました。
コニィも荷物をひとつ、大切そうに両手で捧げ持って主人の後に続き、フランツの前で深く一礼しました。
「博士。長らく御無沙汰しておりました」
「ああ。君たちと直に会うのは……もう丸一年ぶりになるのかな?」
「はい。本日は些少ながら、こちらの新茶をお持ちしました」
「おお、それはありがたい! 今年はどうしても、この時期にミッドまで戻っている時間が取れなくてね。自分でも一体どうしたものかと思っていたところだったんだよ」
フランツは本当に嬉しそうな表情で、コニィの手から「各種の新茶を詰め合わせた箱」を受け取り、すぐ隣に設置されたテーブルの上にその箱を置きました。丸いテーブルの周囲には、オープンカフェのような感じで四脚の椅子が置かれています。
「お喜びいただけて何よりです。そう言えば、前回お会いしたのも、博士がわざわざミッドにまで新茶を取りにいらした時のことでしたね」
「ああ。そう言えば、昨年はそうだったかな」
フランツはコニィの指摘に笑顔でそう応えてから、一拍おいてふと真顔に戻り、ヴィクトーリアにこう問いかけました。
「ところで、ヴィクター。私はつい先日、『新世界への第二次調査隊に同行する執務官として、他でもない君があの〈生きた伝説〉から直々に指名された』という話を聞いたばかりだったんだが、そちらの日程にはまだ余裕があるのかね?」
すると、ヴィクトーリアは、自分たち三人の他には周囲に誰もいないにもかかわらず、少し声を落としてこう答えました。
「実は……これは、まだ当分は内緒にしておいていただきたい話なのですが……准将の率いる第二次調査隊の艦は、すでに〈本局〉を出航しており、今はもうこの世界の上空にまで来ています。そこで、『准将は所用で少しだけ第八地区に上陸する必要があるから、その間、艦はしばらく中央大陸の上空に停泊する』と聞かされたので、私たちは『准将の御用件ほど時間はかかりませんから』と無理を言って、少しだけ上陸許可をいただいて来たのです」
「私たちは最初からこちらに立ち寄らせていただくつもりで、『もし行きに許可が下りなくても、帰りには何とか』と思い、あらかじめ新茶を携えて乗艦していたのですが……早めにこちらへお届けすることができて幸いでした」
「それでは、あまりゆっくりとはできないのかね? どうせなら、今ここでコニィに新茶を淹れてもらって、一緒にしばらく寛ごうかと思っていたのだが……」
「申し訳ありません。『2刻ほどで切り上げるように』と言われています」
「それでは、仕方が無いな。局員は任務が優先だ。できれば、新世界からの帰途には、もう少し時間に余裕を持って、またこちらに立ち寄っておくれ」
「はい。許可さえ下りれば、是非そうさせていただきたいと思っております」
そこで、フランツは『さて、立ち話はこれぐらいにして』と二人に席を勧めました。しかし、三人で着席すると、フランツはふと新茶の箱に視線を落とし、いかにも残念そうな表情を浮かべます。
その「いささか小児じみた表情」に、コニィは思わず微笑を浮かべながらも、「お茶を淹れる側の人間」として、フランツにひとつ大切なことを訊きました。
「ところで、博士。この辺りの水はもう普通に飲めるのですか?」
ベルカ世界の大地や水は、もう七百年以上も昔の「第二戦乱期」以来、長らく汚染されたままになっていたはずなのです。
フランツはゆっくりと首を横に振って答えました。
「見てのとおり、空や地上はもうだいぶ良くなって来ているが、地下水はまだダメだよ。大陸全土で、湧き水は今でも人体に有害だ。それでも、『飲み水をすべて〈本局〉から運んで来る』という訳にも行かないから、今は仕方なく雨水を蒸留して飲んでいるのだが……正直な話、純水というのは、あまり美味しい水ではないね」
「本当に美味しくお茶をいただこうと思うと、やはり、多少はガスやミネラルが溶け込んでいる水でないと……」
コニィの指摘に、フランツも大きくうなずきます。
「それで、私はもう十年以上も前から、ずっと経理担当者に『第五地区で暮らす千人余の人々の生活の質を向上させるためにも、純水に空気などを溶かし込んで、マトモな飲み水を作るための大型装置が必要だ』と言い続けているのだがね。管理局の担当者はいつも『他の地区からは、そんな贅沢な要求は一切、出ていません。管理局としても、この第五地区だけを特別あつかいする訳にはいかないんですよ』の一点張りさ。
仕方が無いから、私は『ハロルド君の方から個人的に寄贈された小型の装置を使って、自分用のお茶を淹れるための「マトモな水」だけはかろうじて確保している』という状況なんだよ」
あえて悪く言うならば、それは随分と貴族的な態度でしたが、裏を返せば、このベルカ世界では、何か贅沢をしようと思っても、実際には『美味しいお茶を飲む』という程度のことしかできないのでしょう。
「ところで、エドガーは、今日は一緒ではないのかね? 私はてっきり三人で来るものだとばかり思っていたから、椅子も四脚、用意させたのだが」
伯父にそう問われて、ヴィクトーリアはエドガーの現状についても、ごく簡潔に説明しました。
「なるほど。多芸な人物は大変だねえ。(笑)」
フランツは全く他人事のような口調でそう言ってのけます。
そこで一拍おいて、ヴィクトーリアは、さり気無く「本題」に入りました。
「ところで、伯父様。新設の第八地区というのは、ここからもさほど遠くはない場所だとお聞きしたのですが、一体何を発掘している場所なんですか?」
すると、フランツは慎重に背後を振り向き、本当に誰もいないことを確認してから、軽く身を乗り出し、やや声を落としてこう語り始めます。
「管理局が情報を統制しているから、私にも詳しいことは解らないのだがね。どうやら、先々月のうちに何かとんでもない『大型の』ロストロギアが出土したらしい」
「大型の、ですか?」
「うむ。私も、最初は『何かまとまった地下遺跡でも出土したのだろう』と思っていたのだがね。急遽集められた人員は『どう見ても考古学関連の専門家たちではなかった』という話だ。
今にして思えば、昨年の暮れにも『ロストロギア関連の事件を専門とする上級執務官が、ちょうどあの辺りで何かを探していた』という目撃情報があったからね。その執務官が探していたロストロギアだと考えるのが妥当だろう。どうやら、何か簡単には輸送できないほどの巨大なモノが出て来てしまったらしい」
実際には、フランツ博士のそうした推測は微妙に間違っており、昨年末の段階では、フェイト上級執務官も決して〈ルートメイカー〉の存在を予期した上でそれを探していた訳ではなかったのですが……それでも、その推測は、ヴィクトーリアたちにとっては大変に有益な情報でした。
ヴィクトーリアは何度も小さくうなずいて、納得の表情を浮かべます。
「なるほど。……それと、もう一つお訊きしたいのですが、伯父様。他には何か、ベルカ世界の地上で最近、管理局の『妙な動き』とかはありませんでしたか?」
「私も、他の地区の話まで熟知している訳では無いんだが……。そう言えば、この地区では先月、所属のよく解らない部隊が『しばらく、この近くで訓練をします』と挨拶をしに来たことがあったよ。担当者も『発掘調査の邪魔をしないように、充分に距離を取ってほしい』と念を押していたけれどね」
これには、コニィがいささか驚きの声を上げました。
「えっ? でも、何故その部隊はわざわざベルカ世界などを選んで訓練をしているのですか? 訓練に適した場所など、他に幾らでもありそうなものですが」
フランツも、これにはいささか首を傾げながら、こう答えます。
「渉外担当者もあまり詳しいことまでは訊かなかったそうだが……魔力の無いスポーツ選手もわざと酸素の薄い高地を選んで心肺のトレーニングをすることがあると言うからね。このとおり、ベルカの大気はまだ魔力素がだいぶ薄いままだから、それと同じような感覚で魔力のトレーニングでもしているんじゃないのかな?」
「念のためにお訊きしますが、部隊長の名前とかは解りますか?」
「この齢になると、固有名詞がとっさに出て来なくなってねえ……。確か、古代ベルカの伝承に出て来る『巨女』のように大柄な女性だったよ。身長はほとんど12クーロに届いていたんじゃないのかな?」
【クーロというのはベルカ式の長さの単位で、地球で言う「およそ16.2センチ」のことです。したがって、12クーロはおおよそ194.4センチになります。】
「それは……もしかして、ミウラ・リナルディ二等陸尉ですか?」
「そうそう。確か、そんな名前だったよ。……もしかして、知り合いなのかね?」
「ええ。昔、IMCSで私と対戦したこともある、有名な元選手です」
ヴィクトーリア自身は、『ミウラの体格が「グラックハウト症候群」によるものだ』という事実も知っていたのですが、そうした個人情報については、今は口をつぐんでおくことにしました。
(それよりも重要なのは、彼女の「現在の所属」です。)
「そうか。私は、エリアス君と違って、そちらの方面には疎くてねえ」
フランツは、何やら申し訳なさそうな口調で、そう応えました。
「他には、何かありませんでしたか?」
「そうそう。今の『IMCS』で思い出したんだが、実は、数日前から『古代遺物管理部・捜査四課の第二独立分隊』と称する技官の三人組が、この地区に仮滞在をしていてね。こちらの分隊長さんは、先程の部隊長さんとは対照的に身長が10クーロほどしかない小柄な女性なんだが、聞くところによると、彼女は昔、IMCSで随分と変わった戦い方をしていたらしいよ。確か……ゴーレムがどうとか言っていたかな?」
「それは! コロナ・ティミル・メルドラージャ中級一等技官ですか?」
「うむ、そうだ。確か、そういう名前だったよ。……やはり、知り合いなのかね?」
「ええ。彼女は、以前にお話ししたジャニスさんの親友でもあります」
「ジャニス? ……ああ! 確か、スラディオ卿の奥方だったかな?」
「はい。そうです」
当然のことながら、一般世間では「サラサール家の第二分家の当主」であるスラディオの方が、コロナやジャニスやミウラやヴィクトーリアなどよりも遥かに知名度の高い人物なのです。
「でも、何故、技官の方が三人だけでこちらの地区にいらしたのでしょうか?」
コニィの質問に、フランツはまた小さく首を傾げながら、こう答えました。
「例によって、これもまた詳しい事情はよく解らないのだが……どうやら、この一帯で何かを調べていて、移動手段が壊れてしまったらしくてね。〈本局〉に注文した特殊車両が届くまでの間、しばらく滞在させてほしいとかいう話だったよ。管理局の輸送船も、転送しづらい大型の荷物となると、ちゃんとした滑走路のある場所にしか届けてくれないからね。それで、こちらに滞在しているのだろう。
ああ。そう言えば……予定どおりであれば、の話だが……その輸送船は今夜のうちにベルカに着くから、明朝には三人でここを発つようなことを言っていたよ」
実際には、その輸送船は〈スキドブラドニール〉を追って、この時点ですでにベルカの上空にまで来ていたのですが、当然ながら、フランツはまだそうした事情を知りません。
「彼女らの仮宿舎も、この近くだ。呼び出せば、すぐに来てくれるんじゃないかと思うんだが……せっかくだから、少し会って行くかね?」
フランツは姪への「特別なサービス」のつもりでそう言ったのですが、ヴィクトーリアはその申し出をやんわりと辞退しました。
「いいえ、伯父様。それには及びません。久しぶりに会うのに、これほど慌ただしい状況では、かえって失礼でしょうし……。それに、彼女もきっと、今はなるべく仕事に集中していたい状況だろうと思います。お互いに時間が空けば、またいつでも自由に会える間柄なのですから、ここで徒に彼女の集中力を削ぐようなコトをしても、かえって疎まれてしまいかねません」
「しかし、これほど近くにまで来ていながら、一言の挨拶もせずにいては、友人として無作法だと思われたりはしないだろうか?」
フランツの発想は、基本的に上流階級の発想です。
「私も、それは少し考えましたが……実のところ、『第二次調査隊の艦がすでに〈本局〉から出航している』という情報それ自体が、管理局の内部でもまだしばらくは内密にしておかなければならない話ですので……ここはひとつ、『この場では、そもそも彼女の話題は出なかった』ということにしておいてはいただけませんか?」
「なるほど。いざとなったら、私が泥をかぶれば良い、ということだね。(笑)」
「もちろん、そうはならないのが一番なのですが。(苦笑)」
ヴィクトーリアも「フランツがコロナから責められる可能性があること」自体は否定しませんでした。それでも、フランツは笑ってこう応えます。
「まあ、黙っていれば大丈夫だろう。おそらくは、彼女の側にも『あそこにいる考古学者が、実は、ヴィクトーリア執務官の母方伯父だ』などという認識は無いだろうからね」
その後も、また別の話題で、三人はもう少しだけ雑談を続けたのですが、やがて当初の予定どおりに〈スキドブラドニール〉の艦橋からまた連絡が入りました。『先程、准将たちの回収が終わり、艦も今は第五地区の上空へと向かっておりますので、そろそろ転送の準備をしてください』とのことです。
ヴィクトーリアとコニィは、丁重に別れの挨拶を述べてから、再び「方形の基壇」に上り……やがて〈スキドブラドニール〉に転送されて、その転送室で「一足先に戻っていたはやてとリイン」の出迎えを受けたのでした。
【この時、『はやてとリインが第八地区で何をしていたのか?』という話や、『この後、ミウラやコロナが、一体何をどうしたのか?』といった話は、また「第二部」でやります。……まだまだ道は遠いなあ……。(苦笑)】
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