オート三輪と白黒テレビ
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第一章
オート三輪と白黒テレビ
サラリーマンの蜂谷雷蔵、一六八程の背で痩せていて面長の皺がある顔で眼鏡をかけた短くした黒髪の彼は長い間残業も頑張って貯金した、好きな酒を飲まず極力無駄遣いも避けてそうしてであった。
その貯金でだ、遂にだった。
「テレビになのね」
「ああ、これだ」
妻の勝枝、丸い顔で素朴な顔立ちの黒髪をパーマにしたやや太った中年女性の彼女に対してテレビ以外に買ったそれを誇らしげに見せて話した。
「オート三輪だ」
「それも買ったのね」
「そうだ、これからな」
「うちでもテレビを観られて」
「そしてな」
そのうえでというのだ。
「オート三輪にも乗れるぞ」
「凄いわね」
「ああ、毎日職場までな」
「オート三輪に乗っていくわね」
「そうするぞ、そして今度はな」
夫は妻に満面の笑顔で話した。
「冷蔵庫に洗濯機もな」
「買うわね」
「そうするぞ」
そうした話をした、高度成長の頃である。
彼は子供達にもテレビを見せてやり休日にはオート三輪にも乗せてやった、子供達はテレビもオート三輪も大好きだった。
その頃のことをだった、二人の子供達である幸一と雅之は笑顔で話していた。二人共父親そっくりの顔で今はどちらも定年して古稀も迎えている。
「白黒テレビなんてな」
「もう何処にもないな」
「ないない」
幸一は弟の雅之に笑って言った。
「それこそな」
「そうだよな」
「オート三輪だってな」
こちらもというのだ。
「もうな」
「ないな」
「今街を走っていたらな」
オート三輪がだとだ、幸一は笑ったまま話した。
「それこそな」
「大騒ぎだな」
雅之も言った、二人で冷蔵庫でよく冷やしたビールを飲みつつ話している。つまみはこれまた冷蔵庫でよく冷やした生ハムである。
「そうだな」
「絶対にな」
「孫に言ってもわからないだろうな」
それこそというのだ。
「もうな」
「わかる筈ないな」
「試しに聞いてみるか」
「そうするか」
兄弟で話してだった。
二人は実際に夜にそれぞれの家で同居している孫達それぞれ大人になって就職している彼等にオート三輪を知っていて白黒テレビを見たことがあるかと聞いた、するとそれぞれ孫達に笑って言われたのだった。
「オート三輪?あのださいの?」
「この目で見たことないわよ」
「昔はあんなの乗ってたんだよね」
「信じられないわ」
まずはオート三輪についてこう話した。
「如何にもバランス悪そうだし」
「よくあんなの走ってたね」
「車はやっぱり四輪よ」
「あんなの乗れないよ」
孫達は有り得ないという顔で言うばかりだった。
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