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邪教、引き継ぎます

作者:どっぐす
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第五章
  45.包囲完了

 快晴だった。
 天はロンダルキア特有の深い青が広がり、地は積もった雪が銀色に輝いている。

「カイン、お前から見てどうだ? あの神殿は」

 見張り台の上で、ローレシア王・ロスは左隣のサマルトリアの王子に話しかけた。

 ロンダルキアには教団によって連絡用の見張り台が多数設置されていたが、その中で神殿のすぐ近くにあるものについては逆利用されないよう取り壊されていた。
 しかしロス率いる連合軍は、数の力をもって神殿を見渡せる見張り台を瞬時に造ってしまったのである。

「見事だと思うよ。まるで砦のような仕上がりだ。ただ――」

 そこからは、教団の本拠地がよく見えた。
 ハーゴンがいたころのような塔型ではなく、低く引き締まった石造りの神殿。それを、塁と空堀が囲んでいる。

 そして今、さらにその外側には、おびただしい数の人間の軍が取り囲んでいた。
 隙間なく、びっしりと。

「さすがにこの規模の攻めが来る想定のものには見えないよ。この兵力差だとあちらもこの前みたいに策を立てることも難しいだろうし、計画通りに攻めていいと思う」
「そうか」
「まあ、そうじゃないと対価で釣って連合軍を結成した意味がないんだけどさ」
「対価で釣る……ロスが考えそうなことじゃないから、カインの発案だったのよね?」

 ムーンブルクの王女・アイリンが、ロスの右隣で口を尖らせる。

「あれ。不満だった? ロンダルキア山分けの件」
「そんなことはないけど、そのおかげでデルコンダルの兵士さんたちが多いのよね」

 海底の洞窟でフォルたちに会う前、カインは世界中を巡り、ロトの子孫三国の代表として外交交渉をしていた。
 それはローレシアをリーダーとして、ロンダルキアを攻めるための連合軍を結成しようという呼びかけであった。そしてその対価として提示していたものが、『ロンダルキアの山分け』であったのである。

「雪の下には金目(かねめ)のものが無数に埋まっています」
 カインはその煽り文句とともに、ロンダルキア平定が実現したあかつきには、教団所有の財産分配はもちろん、この地そのものを参加勢力で分割管理し、好きなだけ財宝を掘り起こしましょうという誘い方をしていたのだった。

 デルコンダルは、国王が伝説の大盗賊・カンダタの末裔とされ、今でも宝探しやお金稼ぎに関しては興味津々なお国柄。以前にはスパイを教団に紛れ込ませていたこともあり、ロンダルキアの雪の下に眠っている無限の可能性には注目していた。今回この話には最も乗り気であり、連合軍へも多くの兵を出している。

「あんまり悪く言ってはいけないけど、軍の(がら)がだいぶ悪くて女のわたしは肩身が狭いわ」
「あはは。ごめんごめん」

 緑の魔法戦士は少しおどけたようにロスの体に隠れ、刺さる視線を受けた。
 ロスは少し困ったような顔をしたが、すぐにいつもの鉄仮面のような顔に戻った。

「俺ら三人は邪教滅亡そのものが十分な見返りだ。だが他の者たちにその考えを押し付けるわけにはいかない」
「大丈夫。わかってるわよ」

 頭巾から漏れ出る豊かな紫の髪と、白いローブの裾を、アイリンが揺らす。

「頑張りましょうね。あのときのムーンブルク城のような悲しい出来事はもう二度と起きてほしくないから」

 カインも力強くうなずいた。

「遠征だしこの人数だから、物資は長くもたない。できるだけ早く、しかも確実に勝たないといけない。行けそうなタイミングになったら、僕ら三人も神殿に乗り込んで魔術師君の首を取って、しっかりと終わらせよう」
「すでにスタコラサッサと脱出済みというオチはないのかしら」
「ないね。賭けてもいい。彼は自分だけ逃げることはしないよ」

 その断言ぶりに、ロスが(いぶか)しげにカインを見た。

「海底の洞窟で彼と戦ったときに何かあったのか?」

 海底の洞窟での一件について、戦闘の内容までは詳しく聞いていなかった。もちろん、それはアイリンもである。

「うん。魔術師君に抱きつかれたり、噛みつかれたり」
「なんだそれは」
「思ってたよりずっと根性あるよ、彼」

 緑の魔法戦士は続けた。

「体も意外にしっかりしてたんだよね。僕、転がされたもん。戦いの才能があったようには思えないから、相当な努力をして成長したんだろうなって思った」

 あらためて、碧い瞳を神殿に向ける。
 そして、上に魔物が載っている背の高い(やぐら)や、信者や各種魔物が守る頑丈そうな塁と柵、深く掘られた空堀を見た。

「彼、本当はただの平凡な魔術師として消えていくはずだった人間だと思う。体を鍛えることもなく、戦いのことを勉強することもなく、リーダーとしての経験をすることもなく……。それがあのときたまたまハーゴンの神殿で一人生き残ったことで、魔物たちに担ぎ上げられ……そこから相当頑張ったんだろうな」

 カインの言葉は途中から、二人に聞かせるというよりも、独り言のようになっていた。

「『自分に似ている』と思っているのかしら? あなたも最初のころは酷かったんでしょう?」

 察したアイリンがそう言うと、今や世界最強と噂されることもある魔法戦士は微笑んだ。

「鋭いね。僕も才能は全然なかった。ロスやアイリンと一緒に旅をすることがなかったら、たぶん今もダメなままだったよ。
 立場が人を作る――誰かが言ってたな。僕はそれが幸いしたのかもしれないけど、彼はどうなんだろう」

「順調にいけば、『災いした』と言えるだろうな」

 表情を変えずに、ロスが答えた。

「だよね。彼を追い詰めている側の僕が言うのもおかしいんだろうけど、なんかさ、この世って厳しいよな。努力すれば成長は約束されるけど、成功は約束されない。頑張って努力した結果が、こうやって世界中から攻撃されることっていうのもあり得ちゃう」

 青い剣士はくるりと向きを変えた。

「本人が望んだ道だ」

 そう言い捨て、総攻撃の号令を出すために見張り台を降りていった。 
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