ロミトラ対象、降谷さんの協力者になる。
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3.降谷さんの憂悶。
----------------------------------- case : Furuya
『彼女が電車を使って遠出するなんて今までありませんでした。どうしますか?』
「……あのバカ……!」
嫌な予感がする。
〖彼にきちんと、もう取り引きはやめますって伝えればいいんですよね〗
報告はきちんと上げているから、彼女は『危険人物』ではなく『保護対象』であることになっている。
しかしここまで大人しくしていないとは思っていなかった。
海外留学して飛び級までしたくらいのインテリのくせに、どうしてこんなに色々と分かってないんだ。
「追って下さい。僕も向かいます。……あれがあるので、もし見失ったらお伝えください。座標を送ります」
『なるほど、助かります』
防犯用には強力すぎるような薬を開発しようとしたくらいなのに、どうして警戒心が壊滅的に低いんだ。
走りながら、走らせながら、彼女の番号にコールする。
すると案外彼女はすんなりと応じた。
『どうしたんですか?』
「今どこにいる?」
『えっ?』
「きみ、何をしようとしてる?」
『あ、あー、もうすぐ通話できなくなるから切りますね、またあとでかけなおします!』
「おいこら!」
ぶつりと切れる通話に青筋が浮かぶ。
けれど通話を切られようと聴こえるんだ。電池残量があるうちに追い付けよ……!
彼女はタクシーを拾ったようだった。
(港……?)
そんないかにも怪しい取り引きが行われそうな場所に安易に出て行くんじゃない。いや、怪しい取引の自覚はあったな。始末が悪い。
法定速度をきちんと遵守した僕がそこに到着したときには、彼女は既に怪しい奴と接触してしまっていた。
『申し訳ない、コンテナが多すぎて、座標を送ってもらっても見通せない』
「わかりました! 目で探してください! 僕も既に現地に居ます!」
『!?』
一瞬仲間が息を詰まらせた気がしたが気のせいだろう。すぐに指示が飛んできたのだから。
『あぁ、敬語を使うな。時間が惜しい』
「承知!」
これに関しては『分かりました』よりも短いからいいだろう。
-〖初めましてだな〗
しばらく沈黙していた彼女のスマホから、不審な声が届く。
沈黙は、こいつを待っていたためか……!
「……相手は複数。2つ目の声がした」
『……了解』
-〖初めまして……? ええと〗
-〖言ったろう。兄貴に来てもらうと。姉さんのデータがホンモノか、俺にはわからねえからな〗
-〖ああ、そうでしたね〗
彼女の呑気な声が聞こえる中、僕は銃の安全装置を外した。
近い──恐らく、あの古びたプレハブだ。慎重に足音と気配を殺し、周囲を警戒しながら近づいていく。
倉庫街の中、廃コンテナだのよくわからない荷箱だのがプレハブ周囲のあちこちに積まれていて、身を隠すのに困らないのは幸いか。見通しが悪くて当たり前だ。
「座標には怪しいプレハブ。周りに色々積まれている」
『了か──』
仲間の応答の声が終わる前に。
-〖でも、この通り、データはもう燃えちゃいました。私は取り引きできません……しません〗
-〖……ハァ?〗
不穏でしかない音声が聴こえる──。
-〖じゃあ、もう姉さん自体連れてくわ、兄貴〗
ガタガタと椅子を引くような音がした。
-〖面倒な……〗
抵抗したんだろう、固い音が少しだけ続く。
なあ、嫌だったらきちんと抵抗できるんじゃないか。怖いだろうに、声も出さずに。
「保護対象が拉致される! 急げ!」
『──ッ』
間に合え、間に合え、プレハブから出てきた瞬間の隙を突けなければあとは──。
『見えたッ、中から人影──大・中・小、中が小を引いてる。どうする! 私はまだ距離──』
「武装が分からない。小は保護対象」
『中は拳銃所持の情報アリ。大は不明』
ッ厄介な!
しかしもう仲間の距離は詰まっているはずだ。
「中を持つ」
『了解、大を持つ。当方距離──』
「了解!」
同時に仕掛けられる距離だ。
資料で『中』(彼女の取り引き相手の男だ)は右利きだと知っているが、『大』(『兄貴』と呼ばれている男)が不明なのは痛い。
とはいえ足を狙えば、武器を扱える可能性の高い腕が自由なまま。肩を狙うのが妥当だろう。
『私は肩を狙い、発砲後組みつく。カウント3。……行くぞ、3・2・1』
仲間がわざわざ『私は』と言ったあたりお前も自分の思う通りに、ということなのかもしれない。
走り出して二発ほぼ同時に着弾したのを視界に入れながら、右肩を抑える『中』に取りつく。こちらは難なく無効化して手錠にかける。
僕は不安の残る『大』に向けて銃を構え──。
----------------------------------- case : Reincarnator
銃声は一つだったけれど、弾けたのはふたつ見えた。きっと二人いて、タイミングを合わせて撃ったから音は一つに聞こえたんだろうね。すごいなぁ、息ぴったり。
場所なんか伝えてないのに助けに来てくれたんだ。やっぱりいつの間にか追跡アプリをインストールしてくれてたのかな。そして無謀なことをしたのにこうして助けに来てくれたことに申し訳なさをおぼえた。
右肩を撃たれた取り引き相手の男を安室さんが抑えているのと、兄貴と呼ばれていた男をもう一人のかたが抑えているのが見えたけど──。
『兄貴』が左手で銃を取り出そうとしているのが見えた。撃たれているっぽいのはもう一人と同じく右肩。両利きか左利きだったのかななんてぼんやりと認識する。
このままじゃだめだ。何とか、しなければ。
そんな一心でただただ身体を動かした。
何ができるとも思っていなかったのに私の手にはいつの間にか銃が握られていて、そしてそれは妙に手に馴染んだ。
キューンというエネルギー収束音が1.44秒。その後パシュンという発射音と比較的重い着弾音が響く。
ターゲットサークルが示していた『兄貴』の左肩にきちんと命中したらしい。
『兄貴』は銃を取り落としていた。
その場の全てに何が起こったのか分からないというふうな沈黙が訪れる。
私も何が起こったのか分からない。
一番最初に動き出したのは『兄貴』。両肩を撃たれているのにそれを感じさせないスピードで走り去って行く。
私は茫然と手の中に現れたモノを見つめた。
ガレアン・アンティークリボルバー。でも多分これは幻影で、中身は別物なのだろう。私はこのデザインが気に入っていて、ずっと武具投影をしていた記憶がある。
(──ナニコレ……いやどう見ても前世でハマってたオンラインゲームのやつだよね)
内心混乱しきりの私の肩がガッチリ強く掴まれて、めちゃくちゃびっくりして私は飛び上がった。
見上げるとものすごく怖い顔をした安室さんがいた。
いや本当にすっごく怖い!!!! 逃げたい!!! でもゴリラさんから逃げられるわけがないです。知ってた。
無意識に身体が震え始める。こ、怖い、怖い、怖い!!
「……汀、それは、何だ」
ゆっくりと吐き出されたその声はものすごく低かった。ドスが利いてさえいる。
けれど怖すぎて私は声が出なかった。何か言わないといけないのは分かっているのに、はくはくと口だけが動く。
「汀!」
一喝でますますびくっと身を縮める。
怖い、怖い──。
舌打ちが聞こえる。
こ、怖い……!
「……あとで話を聞かせろ。絶対だ。ここを動く──」
彼が動くな、と言い終わる前に、私の手の中の銃が溶けるように光になって霧散していった。
「……は?」
「……え……?」
私も、わけが、わからないです!!!!
「とにかく、動くな! ……彼女を押さえておいてください!!」
「は、はい!」
彼が仲間だろう人にそう叫ぶとその人がこちらに走って来て私の腕を掴む。
安室さんはそれを確認すると、逃げた男を追うのかすごい速さで走って行った。
し、締め上げられたりしなくてよかった。痛そうだもの……。
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「……あなたは」
突然視界に現れた長身の男に、『兄貴』と呼ばれていた彼は警戒を強めた。面識はある。だが、安全ではない。
「ずいぶん傷だらけじゃぁねェか。今日はいいモン持ってきてくれるんじゃなかったか? 手ぶらのようだが」
「ハハ、チンピラみたいなのに邪魔されましてね。離脱するので手一杯でした。……おおかた、あの研究者の男つれとそのダチでしょう。たまったものじゃない」
「ホォーウ」
「またいいのが手に入ったらご連絡しますよ。今日はこのザマです、情けない」
「本当に」
ジャキっと凶悪な音がした。
銃口がひたりと彼を狙う。
「情けねェ限りだな」
「……ッ!」
「モノが手に入ってもいないのに呼びつけて、あまつさえチンピラの情夫に邪魔されただァ? そんなバカどもに、『次』はねェ」
「ヒ、ヒィッ!」
彼は一目散に逃げようとしたが、人の脚でそれは叶わない。
パァンと、乾いた音が響いた。
そこに。
「……ッ!」
靴底が地を削る音がする。金髪でスーツを着た男がそこにいた。右手には、拳銃。
(……件のチンピラか)
「……残念だったな。お前が追って来た奴ァ俺が殺っちまったよ」
「……そいつは、僕の女に手を出したんです」
「ホォー。たったそれだけでチャカ持って追い掛けて来たのか」
ぴくりと金髪の男が反応した気がした。
「……それだけ? 何を理由にしようが人の勝手でしょう」
その目が凍えるような冷気を湛えているのを、何となく男は気に入った。
金髪の彼のほうは、目の前にいる誰とも知らぬ男に言葉を投げつける。
「……よくも、横取りしてくれましたね」
そう言ってギリっと男を睨んだ彼の目は、膨大な殺意に満ちていた。
そこまで聞いて男は、ハッと鼻で嗤った。
「遅ェのが悪ィ。ちんたらしてんなよ」
しかし男はわざわざ相手をしてやる価値をこの金髪の彼に見出していた。
(……だが、どうにも青臭ェ)
ギリ、と金髪は拳銃を男に向けてきた。男はニヤリと嗤う。
「……おいガキ。今はまだ時じゃねえ」
「は?」
「お前がただのチンピラじゃなくなったら、飼ってやってもいい。例えば……そういうのを全部片づけてみな」
男が最早動かない死体を指さすと、金髪の彼はこれ以上ない渋面を浮かべた。しかし手に構える銃から、少しずつ力が抜かれていくのが分かる。やがて彼は、銃を下ろした。
「……意味が分かりません」
「分からねェなら、それまでだ」
すいっと男は背を見せて去っていく。その背に追いすがれば──いや、本能が警鐘を鳴らした。
今飛び出せば、無駄死にする。
金髪の彼は──降谷零は、苦々し気に俯いた。
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