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無垢

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第一章

                無垢
 純粋無垢な心、そんなものはだ。
 私はもう忘れていた、二十数年生きてきて色々あってすれてもきた、それならそんなものある筈がなかった。
「汚れたっていうのかしらね」
「人生経験を積んだのではないですか?」
「いや、そうじゃないわ」
 会社帰りに行きつけのバーで飲みながらお店のマスターに答えた。
「それはね」
「これまで何かとあって」
「それでよ」
「汚れたのですか」
「汚れちまった悲しみに」
 中原中也の詩も思い出した、思えばこの人も無垢じゃない。その短い人生の中で色々なことをしてきた。
「浸っているわ」
「だから無垢ではないですか」
「白馬の王子様なんてね」
 それこそだ。
「夢にもね」
「見ないですか」
「そうよ、それでね」
 そうなっていてだ。
「私のやることは何でもね」
「無垢でなくて」
「汚れてるのよ」
「そうですか」
「誰でもかしらね」 
 私はこうも思って言った。
「それは。生きているとね」
「無垢でなくなりますか」
「最初は真っ白でも」
 今度はタブラ=ラサを思い出した。サルトルの言葉だ。
「やがてね」
「汚れていきますか」
「色々あってね」
「生きていて。ですが汚れても」
 ここでマスターは私にこう言ってきた。 
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