Fate/WizarDragonknight
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五百年分の魔力
「素晴らしい品ぞろえね。ランサーの二人、ゲートキーパー、それに、あなたがキャスター……」
アウラは満足そうに頷いた。
「ここにいる全員を私のものにしたら、間違いなく私が聖杯戦争の勝者よね?」
「……できればな」
ビーストの前に降りてきた、サーヴァントキャスター。
漆黒の甲冑を身に纏う、銀髪長身の女性。その赤い目は、ゆっくりとビーストを、そしてアウラの前の響たちを見やる。
「……お前、何でこんなところに……?」
「ここは繁華街の近くだ。派手に能力をぶつかり合えば、情報などすぐに届く」
「お前……SNSとか見るのかよ」
「暁美ほむらから様子を見るように言われただけだ」
キャスターはビーストへそれ以上会話をすることなく、アウラの天秤を見つめた。
「その天秤……相手と魔力量を比較し、上回った者が両者の支配権を得る物か。お前の絶対的な魔力があってこその賜物だな」
「大した慧眼ね。確かに聖杯戦争の参加者は膨大な魔力を持つ者が多いけど、私の敵じゃないわ」
アウラは得意げな笑みをしたまま、天秤をキャスターに向ける。
「何が魔術を使う者よ。本来なら私が割り当てられるべきクラスじゃない。私よりも少し召喚されるのが早かったくらいで」
「……」
キャスターは何も答えない。
その間にも、アウラの弁舌は続く。
「聖杯も節穴よね。見てわかることじゃない。私達の魔力量を比べれば、どっちが多いかなんて。私の魔力量の方が、貴女よりも圧倒的に多いわ。これで私があなたに勝てば、私が本物のキャスターになるってことよね?」
「お喋りが過ぎる」
ピシャリと言い放ったキャスター。
その一言で、アウラの笑みが引き攣った。
「何ですって?」
「私を倒して、自らの魔力を証明したいのなら……すぐに始めろ」
「言ってくれるじゃない……もう後悔しても遅いわよ?」
彼女の目が、桃色の光を帯びていく。天秤にはすでにアウラの魂を見立てているのであろう白い火の玉が設置された。
そして。
「服従させる魔法」
もう片方の皿に乗せられる、黒い魂。
間違いなく、キャスターのものだろう。その大きさは、明らかにアウラの……魔族のものより小さい。
「! キャスター逃げろ! あれは洗脳の魔法だ! アイツに操られちまう!」
ビーストの助言に、キャスターは目だけを動かす。
だが、彼女の魔法はすでに発動している。
「無理よ。勝てるわけないじゃない」
その言葉通り、一瞬キャスターの体が震えた。
死体であろうとも自在に操ることができる魔族の力が、キャスターから自由を奪っているのだ。
このままでは、ビーストは三人に加えてキャスターまで相手にしなければならなくなる。響も奪われているこの状況でそれは、死に直結する。
「さあ、私のものになりなさい……ん?」
だが、魔法を発動させた姿勢のままのアウラは眉を吊り上げた。
ビーストも、それがウィザードを支配する際、天秤が傾いたのを確認している。その時は、一度結果が出た後は揺らぐことのないものだった。
だが現在、それは徐々にだが傾きつつある。
「たかが五百年前後、魔力を溜めた程度でいい気になるな」
キャスターの全身から、その魔力があふれ出ていく。
アウラのものとは真逆の黒い魔力。夜をより深い闇へと落としていくような魔力が、アウラの魔力を飲み込んでいく。
やがて天秤は、結論を下した。
明らかな、一方的な勝利を。
黒い魂が、白い魂に揺らぐことのない勝利を。
「こ、これは……!?」
「私は……悠久の時、魔術師の欲望と絶望を吸い続けてきた、呪いの魔術書だ……!」
「嘘よ……! ありえない……!」
だが、現実は変わらない。天秤は無情にもキャスターの勝利を宣言し、何度アウラが振ろうとも再審を行うことはない。
アウラはそれを受け入れることができないまま、何度も魔法を重ねがけされていく。
だが、それはキャスターに命中はするものの、最強の参加者には全く変化はない。
「こんなの……なんで……魔力を隠しておくことに、何の意味が……!? こんなの、何かの間違いよ!」
叫んだアウラは、キャスターに背を向け走り去ろうとする。
もはや彼女にプライドもなにもない。ネクロマンサーやキャスターというクラス名を、たとえどのような侮蔑的なものに格下げされたとしても、この場から逃げられる一点さえ保証されれば、彼女は甘んじて受け入れるだろう。
だが。
「止まれ」
服従させる魔法。
それは、リンクした場合、魔力が多い方が命令権を得る。
ウィザード、響、フロストノヴァ、パピヨン。
これまでアウラが対峙してきた者全てが、アウラよりも魔力量が少なかったからこそ、これはアウラの武器になり得た。
だが今回その命令は、逆にアウラを捕縛してしまった。
「あ……ッ! が……」
「こちらを向け」
逃走の足が固定されたアウラは、体を震わしながら体をキャスターに向き直らせていく。明らかに彼女自身の意思とは相反する動きながら、アウラは目を大きく見開いていた。
「嘘よ……嘘よ嘘よ!」
発狂したように叫ぶアウラ。
だがキャスターは、平然とした歩調で少しずつアウラへ近づいていく。
やがて、キャスターが伸ばした手がアウラに触れられる。その首筋に触れられた途端、アウラは体を大きく震わせた。
「あっ……がッ……!?」
アウラの首は、そのままキャスターの腕に持ち上げられていく。足をバタバタと動かして抵抗するが、そんなものは全く意味をなさない。
キャスターの傍らの魔導書は、ペラペラとページをめくっていく。やがてページを指し示すのと同時に、キャスターの魔力が形として現れる。
黒い魔力が、さらにあふれ出す。それは、アウラの全身から湧き出る白い魔力を覆いつくし、むしろ飲み込んでいく。
そして、アウラの魔力さえも吸収した魔力は、やがて炎のように赤くなっていく。それは大きな形を作り上げ、アウラの洗脳下の三人を押し飛ばしながら、だんだんとその形を露わにしていく。
そして現れたそれ。ビーストが一時重傷を負わされ、響が大きく苦戦したその姿は。
「邪神……イリス……」
それはかつて、ムーンキャンサーのサーヴァントとして見滝原を混乱のどん底に突き落とした邪神イリスであった。
炎で作られたイリスは、その肩から特徴的な触手を伸ばす。その先端が花のように開き、内部より太陽が出現した。
左右に対となる炎のそれは、夕方の現在を、より赤く塗りつぶしていく。
「悠久の時を経た魔導の前に朽ちろ」
「あ」
キャスターはアウラの額に手を当て。
「うそ……」
「オーバーブーストプラズマ」
それ以上の言葉はない。
「うわッ!」
「……ッ!」
「ぐッ……!」
邪神イリス由来のプラズマ火球。
その余波に吹き飛ばされた響、フロストノヴァ、パピヨンは、それぞれ地面を転がる。
ビーストが響を助け起こした時には、すでにアウラの姿はどこにも無くなっていた。
間違いなく。
あの魔族の肉体は、天秤諸共蒸発していた。
「これが……キャスター……!」
震えた声のパピヨンが、その名を口にした。アウラの洗脳から解放され、自由に動く体を無駄に動かし、その無駄にスタイルのいい体を見せつけている。
「聖杯戦争最強のサーヴァント……! あのアウラを、こうも簡単に……!」
パピヨンは大きな笑みを浮かべていた。
ふざけた動きを止め、腰を大きく低くする。
「面白い……! 彼女を葬ることでこそ、聖杯へ願いを叶えることが出来ると言うことか……!」
「アイツ、何でこの状況でキャスターにケンカ売ろうなんて考えられるんだよ……!」
ビーストは呆れながら、キャスターの動きに注目する。
アウラを葬ったキャスターは、ゆっくりとこの場にいる参加者たちへ振り向く。
「ランサー、ゲートキーパー……そしてお前は……?」
「初めまして。君のことは聞いているよ、キャスター。愛を込めて呼んでくれ。蝶人☆パピヨンと」
「……」
キャスターの表情にはほとんど動きがない。だが、薄っすらと困惑しているのではないかとビーストは感じた。
「後日、聖杯戦争の参加者になる予定の者だ」
「……」
キャスターは静かに、パピヨンへ手を伸ばす。
「なら、今のうちに消しておいたほうがいいな」
「是非……お手合わせ願おうか」
「やめてッ!」
響の訴えを、この場の参加者たちは誰も聞き受けない。
すでに無数の蝶が、キャスターの頭上で群れを成している。
「お前の力は、すでに情報から分かっている! 一つ一つの技は確かに強力なようだが、速度に関しては他の参加者よりも低いこともな!」
「……」
キャスターは静かに左手を向ける。
すると、黒の魔法陣が彼女の手より出現。三角形の頂点に小さな円を描いた形のそれは盾となり、蝶の流れに歯止めをかけている。
「やはり防御能力も高いようだが……アウラへあれほどの魔力を使えば、残りは俺よりも少ないだろう!」
「……」
キャスターは何も答えない。
さらに増えた蝶たちの軍勢が、四方八方よりキャスターを襲う。
だが。
「舐められたものだな……」
吐き捨てたキャスターは、その姿を消した。
「何っ!?」
パピヨンの反応速度を超えるキャスターの動き。
変態紳士の右腕を掴んだキャスターは、素早い動きでパピヨンの背後に回り込む。すなわち、パピヨンの腕は、自らを締め上げることとなったのだ。
「ぐっ……!」
「私の情報を集めていたようだが……甘かったな」
キャスターは静かに、背後からパピヨンの腰に手を当てる。
「確かに私の魔法には時間が必要だが……問題あるまい?」
「貴様……っ!」
パピヨンはそれ以上の言葉が紡げない。
彼女の手に、黒い魔力が集っていくが、その最中にフロストノヴァが手を伸ばす。
地上より迫る氷が、パピヨンごとキャスターを閉じ込めようとせり上がっていく。
だが。
「ふん」
パピヨンの背中に当てていた手で、キャスターは空を切る。
その手が描く軌道は、黒い刃となり、フロストノヴァが生成した氷を全て粉々にする。
「……」
フロストノヴァはさらに強く念ずる。
すると、地面から次々へ迫っていく氷の山が、キャスターへ向かっていく。
一方、キャスターはその手に魔法陣を展開させる。パピヨンの拘束を解除することなく魔法陣を投影。そのまま黒い手裏剣は、次々と氷の山を切り裂いていく。
「……ッ!」
だがフロストノヴァは、目を強く開く。
次に地面から伸びた氷の山は、飛来する魔法陣の中心を的確に射抜き、伸びていくごとに砕けていった。
「ミストルティン」
だが、それだけでキャスターの猛攻が終わるわけもない。
キャスターの掌より放たれる銀の矢。それは、残った氷の山を次々に貫き破壊、全てを雪に変えた。
「……っ!」
キャスターは静かに息を吸い込む。
パピヨンを突き出し、フロストノヴァと同一斜線上に配置した。
「それともう一つ」
キャスターの魔導書が開く。
彼女のページに描かれた紋章は、一目でビーストにも認識できるものだった。
その紋章は、ムー。
超古代文明、ムーの紋章より鈍い光が放たれる。
光はキャスターの背後に集約されていき、やがてそこには巨人の姿が現れる。
「私の魔力の貯蔵は十二分に残っている」
「あれは……!」
その姿に、ビーストは邪神イリスに続いてまたしても戦慄する。
邪神イリスに匹敵する、見滝原を襲った最大の敵の一つ。
「ラ・ムー……ッ!」
見滝原を襲った超古代文明の中心、ラ・ムー。
キャスターの魔力により再現された電波神、ラ・ムーが、その頭部を変形させ、脳天に設置されている砲台をビーストたち全員へ向けている。
「この場の参加者全員を葬るには十分な量だ」
「嘘だろ……っ!」
ラ・ムーのあの変形は覚えている。
あの一撃に、ムーの祭壇ごと破壊されたのだ。
そして放たれる、ムーの雷。
だが。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
ビースト、フロストノヴァ、パピヨンの前に躍り出る響。
太く眩い光線へ拳を放つのと同時に、彼女の姿が爆発により見えなくなっていく。
「響!」
「ほう……感謝するぞランサー。奴の攻撃の代償となってくれたわけだ……ならば、今度こそ」
「もうやめて……」
意気込むパピヨンに対し、爆炎の中より響の声が聞こえる。
「これ以上、戦いを続けるというのなら……」
晴れた爆炎の中。そこには、無事な響の姿が現れる。
だが、その響の姿はビーストが見たことのない物だった。
響の黄色は、その光をさらに引き上げた___金色の姿をしていた。
「わたしが相手になるッ!」
金色のシンフォギア。その首元からは、さらに巨大な腕の形をしたパーツが飛び出ており、響の新たな腕として拳を地面に叩きつけていた。
「錬金術による黄金錬成……か」
キャスターの表情に、少し驚きが宿る。
「ランサー……お前、錬金術師だったのか」
「だりゃああああああああああッ!」
響はそのまま叫びながら、キャスターへ向かう。
その巨大な黄金の拳は、キャスターの黒い体を吹き飛ばす。
そう。黒い魔法陣で防御したはずの、キャスターを。
黒い魔法陣は未だに健在。だが、その肉体へ衝撃を与える威力に、ビースト、そして隣のパピヨンの目は点になった。
「まだまだまだまだアアアアアアアアアアアッ!」
そして続けられる、響の叫び。
目で追えなくなるほどの拳の連撃。それも響自身の両腕だけではなく、彼女の黄金の巨腕もまた、肉眼の認識以上の速度で拳を魔法陣に叩き込んでいく。
「っ!?」
その時、キャスターの表情に驚きが現れる。
彼女はきっと、察知していたのだろう。
もう、防ぎ切れないと。
「我流・金剛激槍ッ!」
響の巨大な拳が回転し、ドリルとなる。より威力を高めた拳は、そのままキャスターの魔法陣を貫き、その黒い肉体に届いた。
キャスターを地面に叩き落とし、彼女の姿が土煙に巻き込まれる。
着地した響は、肩で呼吸しながらキャスターを見据えていた。
「……すげえ……」
ビーストは唖然とした。
これまでキャスターに、明確にダメージを与えられた参加者がいただろうか。
変質した中学校も我が物顔で横断し、邪神イリスを葬り、ディケイドさえも警戒したあのキャスターに。
「ほう……」
むっくりと起き上がったキャスター。
彼女の体は確かにコンクリートにクレーターを作る程だったのに、ほとんどダメージが見受けられない。
だが。
「やるな……ランサー」
「もう、終わりにしよう? キャスターさん……それに、フロストノヴァさんも、パピヨンさんも……!」
響は参戦派の者たちへ訴える。
周囲に沈黙が流れるが、やがてパピヨンが「フン」と鼻を鳴らした。
「いいだろう……この場は俺の負けのようだ。ランサー……お前のことはもう少し調査してから改めて臨むことにしよう」
パピヨンは眼鏡のように蝶のマスクを吊り上げる。やがてその姿は、集まる蝶たちの中に消えていった。
同時に、何も語らないまま、フロストノヴァの姿も局所的な吹雪の中に消えていく。
修羅場を脱した響は、シンフォギアの変身を解除し、生身のまま倒れかける。ビーストは慌てて彼女へ駆け寄り、その背中を支えた。
「おい響、大丈夫か?」
「な、何とか……」
響は肩で呼吸しながら、最後に残ったキャスターを見やる。
すでに魔導書を閉じ、その服装から甲冑も無くなっているキャスターは、静かに響を見つめていた。
「キャスターさん……」
「ここでお前を倒すのは簡単だが……マスターからはお前たちには手を出さないよう命令を受けている……」
「……? お前は、参戦派じゃなかったか?」
「マスターの目的のためだ」
キャスターは目を閉じる。
やがて、彼女の姿もまた、暗い闇に覆われていく。
「マスター……暁美ほむらの目的?」
ビーストの姿はコウスケに戻る。響に肩を貸し、安定した状態でもう一度訪ねる。
「聖杯戦争が目的じゃねえのか?」
「お前たちにこれ以上説明する必要はない。いずれ、お前たちの力も必要になる時が来る。その時まで……生きながらえておけ」
キャスターはその言葉を最後に、その姿を消失させた。
破壊された繁華街の外れで、コウスケはただ響とともに茫然と取り残される他なかった。
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