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【KOF】怒チーム短編集

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無口なレオナとコミュ強大佐

「はぁぁぁっ……」

 私は腹の底から溜め息をつき、基地内にあるラウンジのソファにどかっと座った。
 その時ちょうど、ビールグラスを持った中尉がやって来て、心配そうに私を見た。

「どうした、ウィップ。溜め息なんかついて。何かあったのか?」
「ええ……。今日はレオナと一緒に食堂でランチしてきたんですけど、あの子、無口だから全っ然会話が弾まなくて」
「ああ……だろうな」

 中尉は薄く歯を覗かせ、何とも言えない微妙な表情で肯定した。
 彼がビールグラスをローテーブルに置き、ソファに腰を下ろしてから、私は再び口を開いた。

「私が話しかけても一言二言で会話が終わっちゃうし、向こうからは話題を振ってこないし……こっちが気を遣ってばかりで疲れちゃいました」
「それは大変だったな。まあ、無口な人との会話に苦労するのはよくわかるよ」
「ですよねぇ……」

 私は深く頷き、本日二度目の盛大な溜め息をついた。

「実は俺も、レオナにどう接したらいいのか悩んでいるんだよ」
「えっ、中尉もですか?」
「ああ。彼女に雑談を振っても反応が薄いし、面談の時に質問をしても『大丈夫です』とか、『特に意見はありません』と返ってくるばかりでね……。結局、彼女が何を考えているのかわからずじまいなんだ」
「そうだったんですか。それじゃ困っちゃいますよね」

 そうなんだよなあ……と首肯した中尉が大げさに肩をすくめ、お手上げを表す仕草をした。
 私もまったく同じ気持ちだった。

「よう、お前ら。深刻な顔して何の相談だ?」

 突然、陽気な大声が降り注いできた。
 わざわざ誰なのか確認しなくても声の主がわかる。大佐だ。

「あっ、大佐。お疲れ様です。いま、無口なレオナとどう接したらいいのか相談していたんです」

 私が声を潜めて答えると、一瞬の間を置いて大佐が笑い出した。

「ははは、そんなことで悩んでたのか」
「そんなこと、って……。私たちにとっては大きな悩みの種なんですよ」
「ん? 『私たち』ってことは、クラークも同じことで悩んでるのか?」

 大佐は意外そうな顔をしながら中尉に視線を転じた。

「ええ。ウィップはレオナと会話が弾まないことで悩んでいますが、俺は俺で上官として、無口な部下のマネジメントに頭を抱えているんですよ」
「なるほどねえ」

 ふんふんと頷いた大佐が中尉の隣に腰を下ろし、手にしているビールグラスをぐいっと傾けた。
 そしてぷはーっと息を吐くと、私と中尉を交互に見て、ちっちっと舌を鳴らしながら立てた人差し指を左右に振った。

「お前ら、難しく考えすぎなんだよ。気ぃ遣ってレオナの反応を探り探り会話するよりも、とりあえずこっちが話したいことを面白おかしく話して、それからあいつが好きそうな話題を振ってやりゃいいんだよ」
「ですからその、彼女が好きそうな話題がわからないから困っているんですけど」
「工場見学だよ」
「工場見学?」

 思いも寄らない情報を耳にして、私と中尉は声を揃えて聞き返した。

「ああ。この前は大手菓子メーカーの工場を見学したって言ってたぜ。お土産でいろんなお菓子の詰め合わせがもらえましたーって喜んでたぞ」
「えっ、レオナが喜んでいたんですか!?」

 心底驚いた私は、思わず大きな声を出してしまった。
 私がアックス小隊から怒部隊に異動してきてから三ヶ月余り。その間、レオナが私の前で感情を見せたことなど一度もない。
 そんな彼女が喜ぶだなんて、本当にあり得るのだろうか?

「そんなに驚くこたぁねえだろ。レオナだって、感情を持った一人の人間なんだからよ」
「でも、彼女が感情を見せたことなんて一度もありませんけど……」
「あいつは感情を表に出すのが苦手なだけなんだ。よーく観察してみると、わずかな表情の変化から感情を読み取れるようになるけどな。ま、慣れだよ、慣れ」

 大佐は日に焼けた強面を緩め、にっと笑った。
 がさつでマイペースな彼が、レオナの感情を汲み取れるほどの繊細な観察眼を持ち合わせているだなんて……。
 にわかには信じがたい。

「そうなんですか。私も早くレオナの感情を読み取れるようになりたいです」
「あいつの感情がわかるようになると、会話も楽しくなるぞ。まあ、焦らず気長に表情を観察してみることだな」
「はい、そうします」

 私が素直に返事をすると、大佐は満足げに頷いた。



 その日の夕方、事務作業が一段落して基地内のカフェに行くと、窓辺のテーブル席で向かい合って座っている大佐とレオナを発見した。

「大佐、お疲れ様です。レオナもここにいたのね」
「ええ」

 レオナは相変わらずの無表情で淡々と答えた。

「やっと参謀会議が終わったからさあ、コーヒーでも飲んで一息入れようと思ったら、ちょうどレオナに会ったんだよ。だからカフェラテを奢ってやったんだ」
「いいなあ。大佐、私にもご馳走してくださいよ」
「おう、いいぜ。ただし、ハニーキャラメルマキアート蜂蜜多めのトレンタサイズは却下する」
「えーっ、それがいいのにぃ」
「だーめ!」
「どうしてですか!?」
「あんなハイカロリーなもんばっか飲んでたらデブになるだろ? 自己管理のできねえ奴は特殊部隊員失格だ」
「うっ……そ、そうですよね」

 痛いところを突かれてしまい、私は見事に撃沈した。

 大佐と一緒に注文カウンターへ向かった私は、仕方なく妥協してハニーミルクラテを選び、彼に支払ってもらった。
 レオナが待つ席へ戻り、カップをテーブルに置く。
 所在なさげに窓の外を眺めていたレオナが振り向き、私と大佐を見上げた。
 その瞬間、固く結ばれていた唇がわずかに綻んだような気がした。

「ほら、今の表情。俺たちが戻ってきてほっとしてるんだよ」

 大佐が小声でそっと耳打ちしてきた。
 なるほどと思いつつ、私は椅子を引いて腰を下ろす。
 同じく椅子に座った大佐は、飲みかけのカップを傾けてから話し始めた。

「そうそう、先週、クラークと一緒にメキシコに行ってきたんだよ」

 メキシコに? 一体、何をしに行ったのだろう?
 そんな疑問を抱いたが、あえて私からは質問しなかった。レオナの反応を観察するために。

「メキシコに……? 何をしに行ったんですか?」

 レオナは抑揚のない声で尋ねた。どうやら私と同じ疑問を抱いていたようだ。

「クラークがキング・オブ・ダイナソーの試合を観に行くっつったからよ、面白そうだから俺も一緒に行ったんだ。いやー、あの試合は無茶苦茶盛り上がってたなあ。普段はクールを決め込んでるクラークも、あん時ばかりはエキサイティングしてたもんなあ」
「えっ、中尉が?」

 私とレオナは同時に驚きの声を上げた。
 正直なところ、私はプロレスにはさほど興味が無い。だから、唯一食いつけるところが『クールな中尉がプロレス観戦でエキサイティングしていた』という点だった。
 そしてそれは、レオナも同じだったようだ。

「ああ。派手な身振り手振りを交えて『いけーっ!』『スーパーゼツメツハリケーンだー!』とか叫んでたぜ。おまけにFワードを使った野次まで飛ばしやがってよぉ、隣りで聞いてるこっちが焦ったぜ」
「中尉が下品な野次を飛ばすだなんて……想像できないわ」
「でも、ちょっと見てみたかったかも」

 レオナは控えめな声で言い、ふふっと愛らしく笑った。
 ちょっと! 今の表情、ものすごーくレアじゃない? しかも結構可愛いし。
 それにしても、レオナを笑わせることができる大佐はかなりのコミュ強かもしれない。

「だったら、クラークと一緒にプロレス観戦してみな。別人みてえなあいつが見れるぞ」

 大佐はさも面白そうにくっくっと笑い、それから私とレオナを交互に見た。

「お前らは先週のオフにどこ行ってきたんだ?」
「私は隣町にできた蜂蜜スイーツカフェに行ってきました」

 ひとまず私が先に答えると、大佐は私を指差しながらにやりと笑い、

「好きだねえ。どんなスイーツを食ってきたんだ?」
「蜂蜜レモンのチーズタルトと、ハニーミルクティーです。甘くて美味しかったですよ」
「そりゃよかったな。蜂蜜の食いすぎで夢の国のクマみてえな体型にならねえよう、気をつけろよ」
「余計なお世話ですっ!」

 私は大佐を鋭く睨みつけ、口元まで運びかけていたカップをテーブルに叩きつけた。

「おー、怖っ。そんなに怒ると皺ができるぞ。で、レオナはどこ行ってきたんだ?」
「工場の……見学に」

 レオナは小さな声でぽつりと言った。
 ……本当だ。大佐の言っていたことは。レオナは工場見学が好きなんだ。

「お前も好きだなあ。どんな工場に行ってきたんだ?」
「野菜の生産工場です」
「へえ。その工場ではどんな野菜を栽培してるんだ?」
「葉物野菜です。ほうれん草とか、ケールとか」
「なるほどねえ。根菜よりは栽培しやすそうだもんなあ」
「そうですね」

 静かに肯定したレオナがカフェラテを飲む。
 彼女がカップを置いてから、再び大佐が口を開いた。

「そこの土産はやっぱり野菜だったのか?」
「いえ、お土産はありませんでした。その代わり、試食体験がありました」
「そうだったのか。野菜好きのお前には嬉しい体験だったな」
「はい。どの野菜もとても美味しかったです」
「そりゃよかったな。ところで、野菜工場の見学で試食体験があったってことは、ビール工場も見学に行くと試飲させてもらえるのか?」

 大佐の質問に、レオナは一瞬考える様子を見せてから、

「そうですね……大抵のビール工場で試飲体験を行っていると思います」
「おっ、だったら俺も工場見学してみるとすっかな。どうだ、今度のオフに一緒に行ってみねえか? 俺が車で連れてってやるからよ」
「はい、喜んでご一緒させていただきます」

 レオナは普段通りの素っ気ない声で承諾した。
 けれども、よく見ると口角がわずかに上がっている。どうやら大佐の誘いを本当に嬉しく思っているようだ。

 無口なレオナを相手に軽快なトークを繰り広げたうえに、一緒に工場見学に行く約束まで取り付けるだなんて……大佐のコミュニケーション能力は異次元レベルだわ。

 驚愕する私をよそに、大佐はレオナと「どのビール工場を見学しようか?」と相談を交わしている。
 自然と会話が弾んでいる二人を、私は信じられない思いで眺めていた。 
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