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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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MR編
  百六十一話 王墓の闇を超えて

 
前書き
はいどうもです!

何時の間にかまた間が空いてしまい、およそ3年半ぶりの投稿になってしまいました……
前回まで中途半端な所で終わってしまっていたので、少しだけあらすじを

一月も終盤になったころ、シリカは自分とピナの強化用素材の調達に悩んでいました。既にそれなりに成長したテイムモンスターであるピナをこれ以上強化する為には、大量の素材が必須。
偶然通りかかったアイリにアドバイスを受けたシリカは、先ずは実際に素材を稼ぐ自分の強化を行う為サラマンダー領の砂漠地帯にある最近噂の高難易度ダンジョンに挑む手伝いをリョウたちに求めます、シリカ、アイリ、リョウに加え、その場にいたキリト、アスナ、サチ、ユウキの高戦力パーティでダンジョンへと挑んだ一行でしたが、特異な仕掛けを持つダンジョンに大苦戦、何とかたどり着いたボスモンスターの特殊行動も彼等を苦しめるものの、何とか体制を立て直し反撃をとげ……

という所まででした、思い出していただけたでしょうか?

今回で、ダンジョンアタック編はラストになります、では、どうぞ!



 

 
「やあぁぁっ!!!」
菫色の閃光と共に、痩身の巨躯が遂に膝をついた。寸前まで振り上げていた腕をだらりと垂らし手に持った三叉槍が甲高い音を立てて地面に落ちる。

「オ、オ、オ、オ、オ、ォ、ォ、ォ─────!」
断末魔とも呪詛とも知れぬ絶叫を上げてポリゴンの欠片へと還っていくその姿が完全に消滅すると、部屋の壁に接地されていた松明たちが怪しい揺らめきから息を吹き返したように煌々と輝き、それまでの薄暗さが嘘のように部屋中がオレンジ色の光に照らされる。それと同時に、部屋に居た全員がそれぞれに脱力と達成感の混じった声を上げた。

「っはーーーー!強かったねぇ!!」
「あぁ、正直こんなに厄介な相手とは思わなかった」
結局あのまま最後まで小型種たちとの乱戦を担当し続けていた二人の剣士が背中合わせに床に座りこむ。後方に目をやると、駆け寄ってくるアスナとシリカの姿が見えた。

「お疲れ様、キリト君!」
「アイリさんも、お疲れ様でした!」
「あぁ、アスナもお疲れ」
「ありがとーシリカちゃーん、あー、おいしい!」
手渡されたポーション……と言っても回復量の多い戦闘用の物ではなく、味が良い代わりに回復速度が遅く、非戦闘時に呑むために開発されたプレイヤーメイド品のそれを飲んで一息をつく。周囲全域に常に気を張り続けての対集団戦を行った頭に、甘酸っぱさが融けるように沁みこんでいく。ふとアイリが視線を移すと、先ほどまでボスがいた位置に立つリョウと視線が合った。

「(フリフリ)」
「……ったく」
こっちはお構いなく、とでも言わんばかりに手を振るアイリに呆れたようにため息をついて、リョウは傍らのユウキを見る。そのユウキはと言えばキリトたちと同じく珍しく地面にへたりこんでいた。

「よぉ。流石の絶剣さんもお疲れかい」
「つかれたよぉ、あんなの初めてだったんだもん……リョウは疲れないの?」
「ま、慣れだこんなもん。ま、お前さんも泣きべそかいてた割にゃよく立て直したと思うぜ」
「……もぅ。リョウってもしかして意地悪?」
少しばかり恨めしそうな顔で上目遣いに自分を見るユウキに、リョウは肩をすくめて笑った。

「へっへっへ、意地悪くしたつもりもねぇが、嫌なら俺の前でべそかかねー様に気を付けるこったな」
「やっぱり意地悪だー!」
わー!と騒ぐユウキは言葉とは裏腹にすっかりと元気を取り戻したようで、先ほど浮かべていた暗い表情はもう面影すら見つける事は出来ない。

「へいへい。それよかユウキ、お前さんそろそろ立った方が良いぜ、アスナの奴さっきからすげぇこっち見てんぞ」
「え、あっ!そうだった!」
「さっさと行って、無事だっつって来いよ~、じゃねぇとまた俺が何か言われんだ」
「アスナー!リョウがねー!」
「おいぃ!」
立ち上がりながらブンブンと手を振って明らかに何かを言いつける雰囲気を纏って走り出そうとするユウキに全力で突っ込むリョウに、彼女は悪戯っぽく笑って軽くくるりと振り向いた。

「へへー、仕返しだよっ!」
「……にゃろう」
口をへの字に曲げたリョウに満足げに笑って、アスナの方へと駆けだし……掛けて、二歩も行かないうちに再び振り向いた。

「あ、リョウ!」
「ん?」
「んとね……さっき、ホントにありがとねっ!」
「おう、気にすんな」
律儀な奴だと思いながらも軽く手を振るリョウに弾けるように笑いかけて、今度こそユウキは駆けていく。跳ねる様にかけて心配そうな顔のアスナに飛びついた彼女を見送ったリョウの隣に立つ影が一人。

「お疲れ様、はい」
「おう、お互いにな」
手渡されたポーションを受け取って一口煽ると、不意に、傍らに立つサチがジッと自分の顔を覗き込んでいる事に気づいた。

「ん、なんだよ、顔になんかついてるか?」
「ついてないよ?……仲良くなれた?」
「…………主語付けろよ、せめて」
苦虫をかみつぶしたような顔をするリョウに、クスリと笑ってサチは歌うように言う。

「じゃあ、言い直すね。ユウキと仲良くなれた?」
「……別にそれ目当てでカバーしたわけじゃねぇぞ?」
「うん、分かってるよ?でも……二人とも楽しそうだったし……リョウ、ちょっとユウキにはいつもより不器用だし……」
「まぁ、アイリにも似たような事言われたけどよ……お前ら割と節介焼きだよな……」
「心配なんだよ。大切な人だからユウキも……その、リョウも」
「まぁ、そりゃありがてぇんだけどよ……ガキじゃねぇんだから別にんなやたら見守られなくてもよ……」
「うん、分かってる。これからは程ほどにするね?」
「……おう、頼む」
いまいち釈然とはしない物の、理解してもらえたようだとリョウは話を区切る。彼としてはそこでこの話は終わりと言う位だったのだが、意外にもと言うべきか、サチの方がそう言うつもりはないらしく、更に……今度は少しだけ険しい顔で、自分の方を覗き込んでくる。その顔はどこか怒っているようにも見えた。

「……なんだよ、まだあんのか?」
「……その……色々、リョウも考えてたんだとは思うんだけど……でも……やっぱり言わないとって思って……」
「歯切れわりぃな、なんだよ」
若干苛立ったように聞き返すが、別に本心からいら立ちを覚えているわけではないし、それはサチにもわかっていた。むしろリョウの表情は疑問を覚えているようなそれだ。というのもサチは言葉のテンポが早い方ではないが、それにしても今回は歯切れが悪いからだった。実際彼女はかなり長い時間言葉にするのを躊躇しているようだったが……やがて意を決したように、じゃあ……と切り出した。

「……なにも覆いかぶさる事、無かったんじゃないかな?」
「お前さっきからヤケに返しにくいとこ突いてくる言い方だと思ったらそれが理由かよ!?」
「だって!……あんな……その、馬乗り……みたいな……」
その先は、もごもごとして言葉にはならなかった。勿論発言の内容が気恥ずかしいせいもあるのだが、それとは別に、リョウの行動の意図する所が彼女には分かっていた所為も在った。魔術師として防御力を削った装備になっていたアスナがあの時ユウキの剣で倒れていれば、彼女がどれだけの精神的ショックを受けたかは自明だし、ましてあのままユウキを放置していた場合次に彼女の剣を向けられていたのはおそらくサチだったはずだ。

「いや、つってもな……ありゃ仕方ねぇだろ、緊急だったんだからよ」
「そうだけど……」
しかしそれが分かっているはずなのに、サチは非難がましい目でリョウを見てしまう。なんとも言えない表情でサチとにらみ合う……というよりも一方的に睨みつけられる事数秒、やや諦めたように大きく息を吐いてリョウはしぶしぶと言った風に小さく首肯した。

「わかった、わーったよ、まぁ、確かに?あのやり方が倫理的になんつーか、とにかくアレ的にアレだったのは多少認めるよ」
「多少……?」
「けっこう!勘弁しろよ……」
珍しく参った様子のリョウに、多少なりともサチも満足したようだった。コクリと頷いて矛をおさめ……た、と思いきや、更に探るような目で彼を見る。

「じゃあ、その……何か言う事とか……」
「あ?あー、まぁ、そだな……ユウキには後でちゃんと謝っとく……ん?」
くい、と袖を引かれて、サチの方を見る。と、彼女は再びどこか非難するような、普段より少し鋭さを帯びた視線でリョウを真っ直ぐ見上げていた。

「ユ、ユウキもだけど……わ……私に……とか……」
「……はぁ?」
今度こそ、リョウは本当に訳が分からなかった。押し倒されたユウキ本人にならばまだわかる、分かるが……

「いやなんで俺がお前に謝んだよ、ユウキにはともかくそっちにゃ何一つ迷惑かけちゃいねぇ……だ、ろ……」
「……………………」
マズイ、と、リョウは直感的に察した。
今言おうとしている言葉、それを口にした瞬間目の前の幼馴染の機嫌を致命的に損ねる事になる。何故かそんな予知めいた直感が働いて彼は口を止める。結局、たっぷりと十秒もかけて悩んだ末にリョウは彼女に向けて浅く頭を下げた。

「……分かった、悪かったよ……何つーかその……無茶な事し過ぎたかもしれん」
「……うん、分かってくれたなら良いです……ホントにびっくりしたんだよ?」
「わあったって、脅かして悪かったよ……」
「へえぇ、珍しい!リョウが素直に謝ってる!」
「ひゃっ!?」
ひょっこりと、アイリがサチの脇から顔を出していた。リョウは気が付いていたが、いきなり真後ろに現れた彼女にサチは肩を跳ねさせて振り向く。

「ぉい、アイリテメェどういう意味だよコラ」
「えー?そのままの意味でしょ~?」
アイリを捕まえようとしたリョウの手が空を切る。ヒラリヒラリと身をかわした彼女は素早くサチの後ろに回ると、彼女をリョウとの間に挟んでくすくすと笑った。

「アンと喧嘩したときなんて自分が悪くてもぜぇったい謝らないのに」
「アイツと言い合いになった中で俺が悪かったことなんざ記憶にねぇな」
「サボり魔がなんか言ってる~」
「俺に回ってくる仕事が多すぎんだよ単に!」
ったく、と言いながらリョウはキリトたちの方へと歩き出す。単にそろそろ合流すべきと考えたのか、はたまたアイリとサチ二人相手には旗色悪しと見たのか……少し離れて後に続き始めたサチに、アイリが言った。

「でもサチ、ホントにすごいよね、サチの前だけだよ?あんなにリョウが素直なの」
「えっ?……私は、幼馴染だから……かな」
「ふーん……それだけ?」
軽く首を傾げるようにしてサチの視界の端に入りながら問い掛蹴られた言葉に、彼女は同じく小首を傾げながら訝し気に聞き返す。

「それだけ……って?」
「ううん、深い意味はないけど……でも、それだけであのリョウがあんなに素直になるのかなーって、私はてっきり、サチがリョウに取って……なんか、特別だからなのかなって思ってたから」
「……“特別”……」
その言葉にトクンと心臓が跳ねた音が頭の中で反響する。呆けたように制止する思考がけれども現実へと立ち戻り、彼女は小さく微笑んでフルフルと首を横に振った。

「ううん」
「……ふーん……じゃあ、リョウの特別は他の人でもいい感じ?」
「…………えっ?」
脚が止まった。彼女の周りだけ完全に時間が制止したような、顔が石になったような状態で立ち尽くす彼女に寧ろアイリの方が困ったように苦笑した。

「あー、うん、ごめんごめん、ちょっと意地悪なこと聞いたよね~……うん、でもまぁなんていうかさ……」
「あ、え?」
「…………」
未だ呆けた顔をしている彼女にアイリは苦笑を通り越して少しだけ呆れた。この期に及んで余りにもあんまりな答えだったので少しだけモヤモヤとした感情が吹きあがって意地の悪い言葉を口走ってしまった事に少しだけ後悔したが、もうそれも薄れ始めている。寧ろ……

「気を付けた方が良いと思うよ~?サチの幼馴染の特別になりたい人って、きっとサチの他にもいると思うから、さ」
「…………」
「それだけ、行こっか」
歩き出しながら、何を言っているんだとアイリは自分に問い掛けて、寸前までの自分の行動と思考を結局完全に後悔した。そんな人間に心当たりがあるわけでもなく、ましてや既にそれを望む権利すら無くした自分がどの辛さげて説教臭いセリフなど言えるのか、自分で言って居てわが身に突き刺さるような言葉に内心で苦し気に唸る自分の心を、アイリは「けれど」と慰めた。
だって、あんまりではないか。あの時、自分があんなにも素直に彼の心が自分に向くことは無いと受け取められた理由の一因には、間違いなく彼女の事があったのだ。既に彼の心が選ぶ相手は決まっていると、そう知っていたし思っていたからこそ始まった瞬間に終わる恋だとしても受け入れる事が出来たというのに、肝心の本人がこの言い草、この認識ではあまりにも……だから、少しだけ意地悪を言いたくなってもそれは仕方のない事で……そう思ってはみるものの……

「(うぅ……胸が痛い……)」
「あ、あの、あのね!」
「えっ?」
そんな事を考えていた思考がぶった切られて、アイリはどこか間の抜けた声を返す。突然だったとはいえ余りにも抜けたそれは、ただ驚いただけではない、響き渡ったその声が、普段の彼女ならばまず出さないほどの大きな声だったからで、不覚ながら軽く肩が跳ねてしまった。再び目の合ったサチは一度自分を落ち着けるように大きく息を吸って、吐く。また吸って、吐く、おまけにもう一度、そして……

「り……リョウにとっての私は、分からないけど……私にとってのリョウは特別だよ!凄く……凄く“特別”なの!だから!……だから……」
だから、なんなのだろう?続く言葉が喉元まで出かかって、けれども言葉にすることが出来なくて、開きかけた口から出す言葉を忘れてしまったように彼女は沈黙する。少しだけ沈黙が気まずく、しかしにんまりと笑ったアイリの顔がそれを破った。

「うーん、うん。うん。サチの気持ちは伝わったけど……でもいいの?今の声、結構おっきかったけど……?」
「えっ?」
言われてみると遮二無二出した少し大きな言葉は存外部屋中に響いている。途端に自分がさっきよく考えずに行った言葉の内容と……この部屋には、その“特別”ことリョウもいるという事実を思い出した。自分の顔が真っ赤になっていくのを確認する……よりも早く、アイリが大声でリョウ達の方へと歩き始める。

「ねーリョウ!!」
「っ!!?」
「リョウリョウ!!今の聞いてたー!!?」
「わーっ!ワーッ!わぁぁぁっ!!?」
心底楽しそうにずんずんと進んでいくアイリの袖をつかんで喚きながらサチは彼女を止めようとするものの、悲しいかな前衛型と後衛型の筋力値の差では勝負になる筈も無く、ズルズルと引きずられながら前進していくのみだった。向かう先に立つアスナとシリカ、ユウキがなんともくすぐったそうな、そして微妙な表情で二人を見ている。しかし……肝心のリョウと、キリトの姿だけがその場に見えず、アイリはパチクリと目を瞬かせた。

「あれ?リョウは?」
「それが、リョウさんとキリトさん、あれに……」
シリカと指した先には地面に描かれた魔法陣があった。薄く光りを放つ其れは浮遊上アインクラッド内の各所に配置されている転移門にも似ていて、此処まで一方通行だったこのダンジョンにおいてその意味するところは直ぐに察しが付いた。

「え、あれもしかして帰還ポイント?」
「は、はい。アイリさん達が話してる間に出てきて、二人は一応危険があるかもしれないから先に向こう側を確保してくるって、アレに……」
「い、いつ!?」
「サチさんが叫ぶちょっと前です……」
「タイミングわっるーい!!!?」
最悪だ、およそ考え得る限り最も悪いと言っていい。サチが上げた一世一代の叫びにそりゃないだろうとアイリは喚く。対してそのサチはと言えば……

「あ、あはは……」
安堵と、何処か困り果てたような……そしてわずかに落胆したような声で、乾いた笑いを浮かべていた。

────

「…………」
サチとシリカ、アイリの背中をユウキが眺めて居る。彫像のように硬直した彼女は後ろ手に手を組んで微動だにせず、わーきゃーと騒ぐ三人の背中を深い紅色の瞳に写して立ち尽くす彼女の肩を不意にポンっと誰かが叩いた。

「っ?」
「ユウキ?」
どうかした?と首を傾げて問い掛けるアスナに、首を振って彼女は微笑んだ。

「ううん、どうもしないよ?」
「そう?今回は大変なダンジョンだったし、もし身体が辛かったりしたらちゃんと言ってね?」
「へへ……ありがとアスナ、でもボク全然平気だよ?いつもより調子が良いくらいだもん」
それは嘘ではない。歯ごたえのある冒険の余韻はまだ心に残っていて、昂った精神がまだ体を火照らせているようだ。森の家に戻ってから今日の冒険の話をしたり、ナイツの面々にこの話をするのが今から楽しみだった。

「……そっか、じゃあ戻ったら、ケーキとお茶でお疲れ様会しようね」
「ほんと!?わぁっ、楽しみ!!」
笑い合いながら二人の少女は魔法陣へと近づいていく。一通り喚き終えたらしいアイリを宥めながら歩くシリカにサチが続き、その後ろをユウキたちが続く。前を行くサチの後ろ姿を眺めながら、ユウキはふと先程の彼女の言葉を思い出す。

『私にとってのリョウは特別だよ!凄く……凄く“特別”なの!』
本当に、好きなのだなと思う。
今まで分かってはいたけれどはっきりとは聞いたことが無かったその言葉は確かに恋する少女のそれで、きっとむずがゆいとはこういう感覚の事を言うのだろう。アスナの友人である彼女はユウキにとっても既に大切な友人で、彼女とリョウは自分の目から見ても隣に居る事が本当に自然な、お似合いの二人だし、心から幸せになってほしいと思う。だから……

「…………」
ほんの少しだけ感じるこの胸の痛みは、心配ともどかしさなのだろう。そう結論づけて、ユウキは光り輝く陣へと足を踏み入れた。

────

「それで、どうなったの?」
首をかしげて聞いた直葉に、和人は肩をすくめて答えた。

「そのあとは比較的普通のクエストって感じだったな、魔法陣はちゃんと出口に通じてて、エンカウントは一回もなし、それで例の砂漠のNPCのところに戻ってシリカがボスドロで手に入れた刃の黒い短剣を渡したら、その短剣とNPCがいきなり強めに光ってさ、目をかばってる間に……」
「NPCの男の子は消えちゃってた?」
「そういうこと、後にはきれいな白刃に漂白された短剣が地面に突き刺さっていましたとさ。おしまい」
ちゃんちゃんと言いながら肩をすくめる和人に、むう、とやや不満そうに直葉はうなる。

「なんか、釈然としないなぁ……ダンジョンの中でフラグを見逃したりとかしてない?それ」
「って言ってもなぁ……人数は制限ギリギリだったし、あの遺跡結局はほとんど一本道だったから、アレで見つけられないってなったら相当だぞ?」
「そういえばそっか……んー、でも今の話だと結局今回のクエストがどういう話だったのかほとんどわからないし……」
「ま、元はといやぁ報酬の例の短剣目当てのクエだったんだ。本音をいやぁそれ自体はどうでもいいんだがな」
「それはそうかもだけど……」
キッチンで鍋をかき回しながらそういう涼人に、なおも直葉は渋面を続けて腕組みをする。ちなみに、目的のものでもあった純白の短剣、《アムン=ラーの短剣》はシリカをはじめ全員の苦労に見合うものであった。デザインはシンプルなものの、高いクリティカル威力補正や予ダメージ時のHP回復効果を持つ上、クリティカルポイントに命中すると一定確率で即死効果も持つという破格の性能で、シリカの戦闘スタイルにもあっていたからだ。

「ただまぁ、醍醐味だし、考察すっか」
「え?ほかに手掛かりがあるの?」
それまでの不満顔はどこへやら、急に興味津々といった様子で身を乗り出した彼女に、芝居がかった大仰な仕草でドウドウと両手を振った男は皿を出そうと食器棚のほうへと振り向きながら続ける。

「例のNPCだけどな、砂漠のど真ん中にいた割にゃずいぶんと身なりがよかった。こっからどうだ」
「えー?身なりがいいってことは、貴族とか、王族ってこと?んー、お兄ちゃん、どんな服か覚えてる?」
「え、んー……ってもなぁ……上半身は長い袖の白い……なんだっけあれ……うまく言えない」
「……えー、役に立たないー……」
「いや流石に酷く無いか!?」
心無い物言いにガクリと肩を落とす和人に、けらけらと涼人が笑う。せめて一矢報いようとするかのように腕を組んで天井を見上げていた和人は唐突に「あ」と言いながらやや自信なさげに前を向きなおした。

「えーと、たぶん結構派手な腰布つけてたと思いマス……黄色いやつ」
「む、黄色い腰布……ってことは、やっぱりファラオ系かな……ん?ピラミッド……エジプト……ファラオ……男の子……」
数秒おいて、ポンッと直葉は手のひらにこぶしを打ち付ける。すると突然涼人を指さして大きく叫んだ。

「ツタンカーメン!!」
「……言っといてなんだがお前、和人(そいつ)の曖昧服装情報からよくそこまでたどりつけんな」
「少年王って言ったら一人だもん」
「そりゃそうか……」
二人の会話を聞きながら、やや蚊帳の外なのが不満なのか机の上のポットに手を出した和人も思い出したように言った。

「そう言えば、なんかアスナとサチも言ってたなその……タンメン?」
「ツタンカーメン!大昔のエジプトで十代前半で王様になったっていう少年王だよ」
世界史の授業で習うよこれという直葉に無言でお茶を含みつつ肩をすくめてごまかす和人を横目に、取り出した皿をシンクの上に並べて涼人は話を続ける。

「ツタンカーメンっつー奴は色々と話題性が高くてな、発掘した奴らが急死したから「ツタンカーメンの呪い」なんて話も昔はあったんだと」
「あぁ、それでダンジョンもボスもあんな感じだったのか」
「それに確か、ツタンカーメンの棺からは短剣が発見されてるんだよ、鉄製の」
「へぇ……ん……?けど古代エジプトの王様なんだろ、鉄あるの?」
「んーん。剣は隕鉄でできてて、隕鉄は鉄より低い温度で溶かせたんだって」
「なるほどなぁ……」
昔の人もいろいろと考えるんだなぁと感心したように湯呑を傾けて立ち上がり、皿を持ち上げた涼人のもとへと移動すると、ライスとルーが盛られたそれを受け取って食卓へと運ぶ。直葉はといえば、シンクわきの引き出しからスプーンを取り出し始めていた。

「ま、つーわけで今回のシナリオは少年王に奴さんの持ち物だった短剣を返す話だったってのが俺たちの見方だな」
「なるほどねぇ……で、お礼として物としての短剣だけはシリカちゃんと所に残ったってことかー……」
すっきりした顔で食卓につく直葉の前には、本日の夕飯であるハヤシライスが鎮座する。トマトとさいころ上に切ったチーズを添えたグリーンサラダと、ついでになぜか冷蔵庫にあった福神漬けも食卓に並ばせて、不意に、奇妙に間の抜けた電子音がリビングに鳴り響いた。

「ん、悪い」
「電話ー?」
「おう、ちょいと失礼」
言いながら、画面を見る。途端……

「ん」
「?」
「どしたのー?」
奇妙な声を出した首をかしげる二人に苦笑しながら廊下に出て電話を取る。

『Hello!りょう、元気にしてる!?』
「おう、姉貴のほうは聞くまでも無さそうだな」
苦笑しながら電話を取った先に、久しぶりに聞くハスキーな姉……桐ケ谷 玲奈の声が響いていた。


Third story 《ダンジョン・アタック!》 完
 
 

 
後書き
おつかれさまでした!

という訳で次回からはまた新展開に突入……しますが、次が何時に成るかはまた不明となります、すみません……

一応鋭意執筆中ですので、私の集中力が続けば早めにお届けできるかなとは思います。

……出来ると良いなぁ。

ではっ! 
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