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魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

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【第一部】新世界ローゼン。アインハルト救出作戦。
【第4章】ザフィーラやヴィクトーリアたちとの会話。
   【第5節】中世ミッドチルダの歴史について。



「さて、先ほども『聖王オリヴィエが亡くなった頃から、ミッドでは急速な温暖化が始まった』という話をしましたが、それからわずか60年ほどの間に、南極大陸の氷はすべて()け、ミッドの海面は一気に20メートルも上昇してしまいました。
 現在、〈第一大陸〉が三つの陸地に分断されているのも、ミッドにやたら『海底遺跡』の(たぐい)が多いのも、その一方で、地上には歴史の古い都市があまり多くは残っていないのも、すべては、この時代の海面上昇の結果なのです」
「当時、海抜(かいばつ)の低かった土地や、そこにあった昔の都市は、みな水没してしまった、ということですね?」
「はい。当時のミッドでは、ベルカから何千万人もの移民が流入する一方で、それ以上の数の先住者たちが住む土地を追われていたのです。もちろん、フランカルディ家はこうした人々にも配慮し、希望者には北部の開拓地を、ベルカからの移民に分け与えたのと同じように分け与えるなど、彼等にも莫大な援助を行ないました。
 それでも、世の中には恩知らずな人間がいるもので、当時は『この急速な海面上昇は、フランカルディ家が意図的に引き起こしたものだ』などという、いわゆる『陰謀論』も一部では(ささや)かれていたそうです」

「ええ……」
 ツバサの困惑した表情が面白かったのか、エドガーは妙ににこやかな表情で言葉を続けました。
「ベルカからの難民に豊かな土地を与えるための代償として、自分たちの土地は海に沈められたのだ、という『被害者意識、丸出し』の発想ですね」
「陰謀論とか! バカの代名詞なのに!」
 カナタもさすがに呆れ顔でそう吐き捨てます。
「しかし、何故、古来そうしたバカを言う人たちが全く後を絶たないのでしょうか?」
「平たく言ってしまえば、本物の愚者はその愚かさゆえ、自分の愚かさに気づくことさえできず、結果として自分のことを利巧(りこう)だと思い込んでしまうからです。
 そのため、『自分は他の連中よりもずっと利巧なのだから、あらゆる事柄は自分の知識の範囲内で、すべて説明することができる』と思ってしまうのですが、実際には非常に乏しく(かたよ)った知識しか持ち合わせてはいないために、その乏しく偏ったデータ同士を何の論証も整合性も無いまま、直接に結び付けてしまうのです」

「さらには、自分を客観視することもできませんから、自分が周囲から『愚者』と見做されていることにも、また、自分が社会的には『愚者に相応の境遇』に置かれていることにも、納得することができません。そのため、自分が社会から不当に扱われている理由を、さらには、自分の純然たる不幸や失敗などの原因を、すべて『誰かの悪意や妨害』に求めてしまうのです」
「それで、彼等はいつも、見苦しいほどの被害者意識を前に出してしまうんですね?」
 ツバサが確認の口調で問うと、エドガーは無言のまま大きくうなずきました。
「あ~。やっぱり、『自分を知る』って大事なコトなんだな~」
「そうですね。古典語で『(おのれ)分際(ぶんざい)(わきま)えろ』などと言うと、とても嫌な言い方に聞こえてしまいますが、自分自身を客観視した上で、自分が今は『全体の中で』どれぐらいの水準にあり、『特定の枠組みの中で』どういう立場にいるのか、ということを正しく把握しておくのは、とても大切なことだと思います」
 エドガーの言葉に、双子は何度も小さくうなずきます。

 そこで、また一拍おいて、ツバサはこう問いました。
「それでは……実際には、その温暖化はどのようにして起こったのですか?」
「ミッドの第六大陸、いわゆる〈南極大陸〉は、今でもほぼ『南極点を中心とした円形』をしているのですが、当時は他の大陸から完全に孤立しており、その結果、おおよそ南緯50度台を流れる強大な寒流が、全く陸地に(さえぎ)られること無く、南極大陸の周囲をぐるりと一周していました。
 これを〈周極流〉と言うのですが、赤道の方からはるばると南下して来た暖流も、この周極流に(はば)まれて南極大陸には近づくことすらできません。そのため、南極大陸は寒冷化し、雪が延々と降り積もって氷床と成り、その雪や氷床が太陽の光をそのまま反射してしまうことによって、惑星全体もまた寒冷化していたのです。
 しかし、ちょうどベルカで『聖王戦争』が始まった頃だったと言いますから、聖王オリヴィエがミッドに来るより40年ほど前のことでしょうか。過去数百年に亘る一連の活発な火山活動によって、南極大陸と最寄りの〈第五大陸〉とが、とうとう地続きになってしまいました」

「ああ。俗に言う〈山岳大陸〉ですね?」
「確か……赤道の辺りから南極大陸のすぐ近くにまで伸びた、山だらけの、ミッドで火山が一番たくさんある大陸……だったっけ?」
 二人の言葉に、エドガーはまた大きくうなずきます。
「ええ。その山岳大陸が南極大陸とつながったため、周極流はその地峡に遮られて山岳大陸の西側を北上するようになり、その代わりに、山岳大陸の東側を南下していた暖流がそのまま南極大陸の沿岸にまで到達するようになりました。これによって、南極大陸は次第に温かくなって行き、ある時点を境にして一気に氷床が()け出したのです。
 同時に、南極大陸の地肌が露出して、太陽の光を吸収するようになると、温暖化は『熱量の移動による、南極大陸の局地的な現象』ではなく、『大気中の総熱量の増加による、惑星規模の現象』となりました。こうして、〈第一大陸〉の方では、温暖化と海面上昇がほぼ同時に進行していったのです。
 ですから……もしかすると、フランカルディ家の方々(かたがた)は、いずれ海面上昇が始まることを知っていたのかも知れませんし、さらにもしかすると、ベルカ聖王家にもその(むね)を報告しており、聖王オリヴィエもどこかでそれを聞き及んでいたのかも知れませんが……いずれにせよ、ミッドの温暖化と海面上昇それ自体は、純粋に自然現象であり、何ら人為的なものではありません」

「しかし、今のお話だと……当時、フランカルディ家が背負った負担というのは、とんでもない量ですよね?」
「そうですね。当時、フランカルディ家は、七百年余に(わた)って蓄えた莫大な(とみ)の大半をわずか数十年の間に使い潰し、その広大な所領の大半を人々に無償で分け与えた、と伝えられています。その上、さらに、フランカルディ家はさまざまな貴族特権をみずから率先して放棄し、数多(あまた)のベルカ貴族たちに『新たな時代における〈名門〉の模範的な姿』を示して見せました。
 こうしたフランカルディ家の尽力があったからこそ、ミッドでは内戦も起きず、移民の流入による社会的な混乱も最小限に抑えられ、貴族制度そのものも廃止されて、社会全体の近代化にも無事に成功したのです。
 中には『そんなの、ただ聖王の(めい)に従っただけだろう』などと言う人もいるようですが、すでに死んでいる人間の命令に従って、自身(みずから)の破滅をも辞さない覚悟でそれを実行するというのは、やはり並大抵の覚悟でできることではありません。
 実際に、この時代に『土地と財産と特権の大半』をみずから手放した結果、フランカルディ本家は、その後、ミッド〈中央部〉の北西区画、アンクレス地方における一個の〈名門〉に過ぎない家系と成りました。さらに、〈九世界連合〉の設立後は、もう歴史の表舞台に出ることも無く、重要な仕事もすべて四大分家に任せて……それからはもう、個人に(たと)えて言えば、『息子たちに後を譲って隠居した老人』のような、質素な生活を続けているのだそうです」

 エドガーの説明を聞くと、双子は揃って、思わず溜め息を漏らします。
「世の中には、スゴい人たちがいるもんだなあ……」
「全く……ミッド人、全員の恩人だったんですねえ……」
 しかし、それを聞くと、エドガーはちょっぴり悪戯っぽい笑顔を浮かべて、こう言葉を続けました。
「まあ、『現在の所有地の面積は、かつての所領の百分の一以下だ』とは言っても、その『かつての所領』が、ミッド〈第一大陸〉の実に三分の一に及んでいた訳ですからね。今でも、『アンクレス地方の半分以上』がフランカルディ家の所有地となっています」
「えええ?!」
「それは! 実際には、かなり広大な土地ですよね?」
「はい。ほとんど2万平方キロメートルに達していると言いますから、フランカルディ家が今でも『ミッドで最大の大地主』であることには変わりがありません。『特別な贅沢』さえしなければ、何も働かなくても、土地の賃貸料だけで一族全員が末代まで楽に食べていける、という話です」
「質素って、そういうレベルの質素かよ!」
「まあ、『現役の総督家』と言うか、『事実上の王家』だった頃に比べれば、それでもまだ、随分と質素なんでしょうけど……」

「まったく……ダールグリュン家の所有地の、一体何十倍なのかしらねえ?」
 ヴィクトーリアもふと、そんな感想を漏らします。
《それでも、100倍の差は無いのかよ!》
《まあ、ダールグリュン家も相当な「名門」ですからねえ……。》
 カナタとツバサは、今度は声に出さずに、そうツッコミとフォローを入れました。
「まあ、当家の所有地も『元々は全部、フランカルディ家から無償で譲渡されたものだ』という話だから、私もあまり偉そうなコトを言うつもりは無いんだけど……」
「それは……やはり、最初に移民して来た時に譲り受けた、ということですか?」
「ええ。当家の『初代当主』ヴェンデルは〈雷帝〉ダールグリュン四世の末の皇子で、ベルカからは全部で百人ほどの家臣団を引き連れて来ていたから、彼等を充分に食べさせて行くためにも、最初はフランカルディ家に対して『王族に相応の待遇と特権』を要求したらしいわ」
「え? でも、それって、ダメなパターンなんじゃ?」
 カナタの懸念も、もっともです。

 そこで、エドガーはすかさずこう言葉を添えました。
「それでも、初代ヴェンデル様は随分と物分かりの良い(かた)でした。当時、フランカルディ家の老当主から『それでは、この世界もいつの日か、ベルカと同じ運命をたどる結果になってしまう』と(さと)され、『ベルカ貴族の中でも最も(くらい)の高い家柄の()である貴殿(あなた)が、ここでみずから率先して模範的な姿を見せてくれれば、他の貴族たちもきっと貴殿(あなた)(なら)い、この世界にもベルカとは異なる未来が開けるはずだ』と説得されて、それを受け入れ、要求を『家臣団を養うに足るだけの広さの土地の無償供与』だけに(とど)めたのだそうです。
 そして、事実、後に、他のベルカ貴族たちは『()の〈雷帝〉の一族ですら、あの程度の広さの土地で手を打ったのならば』と、みな『(ぶん)不相応の要求』を取り下げました。
 ですから……少々『身内自慢』のような言い方になってしまいますが……もしも初代ヴェンデル様がフランカルディ家の老当主の説得を素直に受け入れていなかったら、ミッドの歴史は今よりも随分と難しいモノになっていただろうと思います。
 まあ、中等科や高等科で習う『中世ミッド史の講義』には、ここまで具体的な話は出て来ないんですけどね」
 これでようやく、「フランカルディ本家」について、ひととおりの説明が終わったようです。

 そこで、カナタは一拍おいて、また、一つの疑問をエドガーにぶつけました。
「いや。でも……今の話だと、初等科レベルの近現代史にも『フランカルディ家』の名前ぐらいは出て来たって良さそうに思えるんだけど?」
「そうですね。……ただ、実を言うと、(こよみ)が新暦に変わってから、フランカルディ本家は一連の重大な不祥事を起こしてしまいました」
「不祥事って……何を?」
 エドガーは静かに首を左右に振って、こう答えます。
「詳細は明らかにされていませんが……どうやら、新暦の初期に、私利私欲のため政治に介入し、一度ならず、力ずくで法をねじ曲げたことがあったようです」
「それって、ダメなヤツじゃん!」
「全くそのとおりです。『総督』の地位を退いた後も、フランカルディ家が長らく『ミッドで最高の権威』であり続けたのは、決して単なる血筋のせいではなく、私利私欲のために強権を発動することが一度も無かったからだというのに……」
「先の(たと)えで言うと……『とっくに隠居していたはずの老人が、また表舞台に出て来て、いきなり無茶を言い出した』といったところでしょうか?」
 ツバサの指摘に、エドガーは大きくうなずきました。

「ええ。まさに、老害そのものです。こうして、千年余・四十世代をかけて築き上げた権威と信頼も、わずか一~二世代のうちに地に()ちてしまいました。……そんな訳で、今ではミッド政府からも管理局からも、フランカルディ家は相当に(うと)まれており……おそらくは、そうした事情もあって、初等科用のテキストには、その名前が全く出て来ないのだろうと思います」
「なるほどねえ……」
 カナタは小さくうなずいてから、また不意に、もう一つの疑問へと話を移します。
「それと……名門の家系って、元々はみんな貴族だったの?」
「いいえ。それ以降に成り上がった元平民も大勢(おおぜい)いれば、逆に没落した元貴族も大勢いますからね。『名門』の定義にもよりますが……現在、一般に『名門』として扱われている家系は、ミッド全体ではざっと1200ほどあります。しかし、その中で元が貴族なのは、少し多めに見積もっても800足らずだろうと思いますよ」
「それでも、軽く過半数かぁ……」
 カナタは思わず溜め息を漏らしました。『たとえ身分制が廃止されても、所得の格差が世代を超えて受け継がれ、そのまま社会的な階級として固定されてしまう』というのは、どこの世界でも決して珍しい現象ではないようです。

【なお、この作品の設定としては、ミッド全体では「地方」が全部で230個ほど存在している、ということになっているので、平均すれば、どの地方にも「名家」(名門と呼ばれる家系)は五つか六つほど存在している、という計算になります。】

 そこで、今度は、ツバサがまたふとした疑問を口にしました。
「ところで、話は変わりますが……ダールグリュンという苗字は、元々〈雷帝〉の個人名だったんですよね? 当時は、親の個人名を子供が苗字に転用するというのも、よくあるコトだったんですか?」
「そうですね。しかし、それは『時代』の問題ではなく、『出身世界』の問題です。ミッドを始めとする普通の世界では、苗字はただ単に『血のつながり』を意味するモノでしかありませんから、子供たちは全員が親の苗字をそのままに受け継ぐことが当たり前なのですが……ベルカ世界では、特に王侯貴族の場合、苗字はしばしば『世襲される地位や身分』それ自体と密接に結びついていましたから、嫡子がただ一人で親の苗字を受け継ぐことの方がむしろ一般的だったのです」
「それは、つまり……嫡子以外の子供たちは、みな他家へ(とつ)いだり分家したりして、苗字を変えるのが当たり前だった、と?」
「そのとおりです。分家の苗字のつけ方に関しては、身分ごとに幾つか(こま)かな規則(ルール)もあったようですが、今となってはもう詳しいことは解りません。ただ、『親の個人名をそのまま自分の苗字に転用する』というのも、貴族階級には……特に、末子の場合には……実際によくあることだったようです」

 そこで、カナタは不意にやや大きな声を上げました。
「……あっ、そうか! 兄様の場合は、ミッドに来たのが『覇王の嫡子』だったから、苗字がイングヴァルトのままなんだ!」
「そうですね。しかし、当然ながら、アインハルトさんの御先祖様のような(かた)は、実際にはむしろ少数派で、当時、ベルカから来た移民一世の過半数は、ミッドへの移住に際して苗字を全く別のものに改めたそうです」
 すると、今度はまた、ツバサがこんな疑問を口にします。
「え? しかし、その『過半数』というのは……実際には『何千万人』という規模ですよね? 確か、ミッドの戸籍制度では、結婚や養子縁組に際しても、ただ新しい苗字が『付加』されたり、古い苗字が『削除』されたりしていくだけで、苗字を『改変』するには、相当に煩雑な手続きが必要だったはずでは?」
「よく御存知ですね! ええ、そのとおりです」
 エドガーは一言、感嘆の声を上げてから、説明に入りました。
(どうやら、ツバサは以前、母親のフェイトから「自分の苗字が三つもある理由」に関連して、戸籍制度についても少しだけ説明を受けたことがあったようです。)

「しかし……『今すでにミッドの戸籍に登録されている人物』がその苗字や個人名を改めようと思ったら、確かに、それには『それ相応の理由』と『かなり煩雑な手続き』が必要になるのですが……実は、現在の法律でも、制度上は『初めてミッドに来た移民』が新たにミッドの戸籍に名前を登録する際には、極端な話、その場でテキトーに作った苗字と個人名でも自由に登録することができます。
 そして、それ自体は当時の法律でも全く同様でした。……と言っても、実際には、ベルカ以外の世界から来た移民たちは、大半が旧来の苗字と個人名をそのままミッドの戸籍に登録したようですが」
「それは……一体どんな意図があって、そのような法律になったのでしょうか?」
「基本的には、他の世界からの移民に対しては『過去と決別する権利』を認めつつ、その一方で、ミッドの内部では『一人一人の住民に対して、誕生から死までの追跡可能性(トレーサビリティ)を保持する』というのが、この戸籍法の本来の意図です」

「その……過去と決別する権利、というのは……?」
「古来、ミッドに来る移民の中には、独裁政権の弾圧から逃れて来た亡命者や、無実の罪で故郷を追われて来た人などもしばしば含まれていたのですが……彼等の出身世界の側から見れば、少なくとも名目上は、彼等は犯罪者なのですから、身元が割れれば当然に『引き渡し要求』が来ます。
しかし、ミッドは旧暦以前の時代から、ずっと移民を奨励していましたから、『ミッドチルダは法と秩序の下で、万人が「その人に相応の」権利と自由を享受することのできる世界である』というイメージを維持するためにも、そうした要求はすべて退け、個々の移民に対する『追撃の手』を振り切ることが必要でした。
 そのため、ミッドチルダ独立政府は、すべての移民に対して『改名して過去と決別する権利』を広く認め、引き渡し要求に対しても『この世界に、そんな名前の人物はいない』と突っぱねることにしたのです」

 エドガーは、さらに語りました。
「その一方で、そうした移民が本当に『性質(たち)の悪い犯罪者』である可能性もありましたから、制度として、一人一人の追跡可能性(トレーサビリティ)はどうしても保持する必要があり、そのため、フランカルディ家の指導もあって、『ミッドの内部では、安易な改名は認めない』という内容の法律になりました。
 実際のところ、これはなかなか出来の良い法律で、後に、ヴァイゼンやフォルス、フェディキアやマグゼレナなどの諸世界も、これと全く同じ内容の戸籍法を採用しています。
 それでも、ベルカの(たみ)にとっては、世代ごとに分家が苗字を変えてゆくのはごく自然なコトでしたから、未成年のうちに親たちと一緒に移民して来た人々の中には、どうして我々の世代には『当然の権利』が認められないのか、と憤慨(ふんがい)する人たちもいたという話ですが……。
 幸いにも、大半の移民は『(ごう)()っては郷に従え』という大原則をそのまま受け入れてくれたため、深刻な社会問題にまでは発展しなかったのだそうです」

 そこで、ツバサは確認を取るような口調で、さらにこう問いかけました。
「ということは……フランカルディ家の〈四大分家〉とやらが成立したのは、その法律が施行される以前のコトだったのですか?」
「ええ。当時のフランカルディ家は決して『総督の特権』を振りかざすこと無く、みずから率先して法律を遵守していましたからね。個々の年代は私にも正確には解りませんが、少なくとも、ミッドが独立した時点で〈四大分家〉はすべて出揃っていました」

 エドガーはそう言って、また新たな解説を始めます。
「中でも歴史が古いのは、バレストラ家とサラサール家です。……フランカルディ家は総督としてミッドに移住した当初から、自治政府の立場を尊重して、あまり政治的な介入はしないように努めていたのですが、それでも何か口を出さざるを得ない時には、必ずこの両家を使って間接的な形で自治政府に働きかけていました」
「え? なんで、わざわざ、そんな面倒なコトを?」
「総督本人が下手に何かを発言すると、それは『命令』になってしまうからです。たとえ総督自身は『単なる提案』のつもりで述べたのだとしても、保護領の自治政府としては『総督の言葉』にはなかなか逆らうことができません。
 実際に、自治政府の人々は当初、あたかもそれが『ベルカ世界に対する正しい礼儀作法』であるかのように、総督の言葉をすべて『事実上の命令』として受け取っていたのだと言います」

「何か背景に無言の圧力があると勝手に思い込んでしまっていた、ということでしょうか?」
「ええ。おそらくは、『従わなかった時のデメリット』を過大に想定し、委縮していたのでしょう。そのため、自治政府の自主性を尊重しようと思うと、フランカルディ家としては、どうしても自治政府との間に『仲介者』を置かざるを得なかったのですが……。
 その役をミッドの人間に任せてしまうと、今度は『その人物がその特権を利用して、さも総督の意向であるかのように自分の利益になることを語り始めてしまう』という危険性があったために、フランカルディ家としては、その役をみずからの分家に任せるしかありませんでした。
 そうした本家の意向を受けて、サラサール家の当主は代々、芸術家や美食家を名乗り、メディアにも積極的に顔を出しつつ、とても軽いノリで、『地域文化振興』などといった立場から自治政府にさまざまな提言を行ないました。一方、バレストラ家は、もう少し裏方の、あまり表には出ない仕事を担当していたようです」

 そこで、ヴィクトーリアがまた不意に、今度は少し悪戯(いたずら)っぽい口調で、こんな言葉を差しはさみました。
「その件に関しては、ホントは『表に出ない、裏方の仕事』じゃなくて、『表沙汰には出来ない、裏の仕事』だったんじゃないか、なんて言う人もいるみたいだけどね」
「えっ?」
「それは、また、いきなりキナ臭い話ですね!」
 これには、エドガーも苦笑しつつ解説を加えます。
「まあ、今でも、バレストラ家のことを『ミッドで最も闇の深い一族』などと言う人も、ごく一部に実在するようですが……実際には、ただ単に『軍事部門やロストロギア関連の問題を一任された一族』というだけのことだったようですね。
 例えば、かつて〈九世界連合〉を主導したロッド・ゼガリオス将軍も、元々はバレストラ家の出身だったという話ですし、また、時空管理局の創設に尽力した〈最高評議会〉の三名も……少なくとも、そのうちの一人、オルランド・マドリガル議長は……元を辿(たど)ればバレストラ家の出身だった、という噂があります」

【その三人組が『脳髄と脊髄だけの姿になって、「ほんの20年前」まで(新暦75年の、いわゆる〈ゆりかご事件〉の時まで)しぶとく生き続けていた』という事実は、さしものエドガーも聞き及んではいませんでした。】

【会話の途中ですが、字数の都合により、一旦ここで切ります。】



 
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