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魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

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【第一部】新世界ローゼン。アインハルト救出作戦。
【第3章】実験艦〈スキドブラドニール〉、出航。
   【第1節】八神はやて提督、ホールでの訓示。



 そして、新暦95年5月7日の朝10時すぎ。
 カナタとツバサは、アギトの先導で技術部が占有する「特別区画」に入りました。
 二重の隔壁は両方とも、そこを通過するためにはそれぞれ別の複雑な認証コードが必要となっており、新暦の時代に入ってから増築されたこの区画は、〈本局〉の他の区画からは完全に切り離されています。
 三人はそのまま透明なチューブ状の一本道の通路を、エスカレーターで昇って行きました。これならば、もし誰かが不法に侵入したとしても、この通路内で簡単にその侵入者を「排除」することができるでしょう。

 ふと見上げれば、通路の天井には「そのための装置」と(おぼ)しきモノが幾つも取り付けられていました。
 ツバサはそれを見て、思わず感嘆の声を漏らします。
「これは、また何と言うか……厳重な警戒ですね」
「ああ。一時期、〈本局〉内部の情報が随分と外部に漏れていたことがあったんだよ。それ以来、技術部も機密保持に躍起(やっき)になっちまってなあ。
 まあ、最新の研究が営利目的の企業に流れたりすると、大体ろくでもない結果になるから、機密保持それ自体は必要なことなんだけど……。おかげで、こちとら出入りの(たび)に面倒なことだよ」
 アギトはそう言って肩をすくめました。

 カナタはしばらく左右を見回してから、ふと右手のドックを指さしました。
「あ! あっちに何か、変わった形の船が見えるけど、もしかして……」
「ああ。あれが、今からアタシたちが乗る実験艦〈スキドブラドニール〉だ」
 全長は中型の次元航行艦と同じぐらいですが、妙に幅が広く、随分と不格好(ぶかっこう)な艦です。
 よく見ると、艦首も鋭角的ではなく、ほとんど「進行方向に対して垂直な平面」のようになっていました。まるで『もっと大きな艦の、前半分をバッサリと切り落とした』かのような、不自然な外観です。
「見た目はそれなりに大きいんだが、艦内に実験用の装置やら何やらをたくさん積み込んでるからな。実は、居住区画は結構、狭いんだよ。
 それで、お前たちにも、普通の艦なら二人部屋として使われるような広さの部屋を四人で使ってもらうことになる。……相部屋になるが、まあ、相手も二人組の女性陸士だそうだからな。特に、問題は無いだろう?」
「ええ。充分です」
「ボクは大部屋でザコ寝とかも覚悟してましたから、ゼンゼン大丈夫ですヨ!」
「アホか! いくら実験艦でも、次元航行艦でザコ寝は()えよ!」
 カナタのシャレに、アギトも笑って、そうツッコミを入れました。


 こうして、カナタとツバサはアギトとともに、頭の上から靴の底まで念入りな空気洗浄を受けてから、実験艦〈スキドブラドニール〉に乗り込みました。
 しかし、どうやら、搭乗順は最後になってしまったようです。
 その(むね)(しら)せる機械音声とともに、三人の背後では次々に何枚もの隔壁が閉ざされて行き、三人は半ば追い立てられるようにして居住区画に入りました。
 そこで、双子はまず、割り当てられた部屋の「まだ()いている方の片側」に手荷物を置いて、アギトの先導に従って急ぎ広間(ホール)へと向かいます。

 ただし、実際に入室して見ると、そのホールは「普通学校の一般教室」と比べても『それほど大きな差は無い』というほどの広さで、似たような大きさの次元航行艦のホールと比べると、やはり相当に手狭な感じがしました。しかも、内装がまだ出来上がっていないため、随分と殺風景な印象です。
「すいません、マイスター。遅くなりました」
「ええよ、アギト。まだ定刻5分前や。……でも、まあ、これで全員そろったことやし、予定よりちょぉ早いけど、さっさと話、始めよか」
 八神提督はそう言って席を立ち、双子もザフィーラの無言の指示に従って各々「左側二列の最後尾」に並びました。
 これで、今回、提督に招集された総勢20名の局員は(みな平服ではありましたが)一列4人の5列縦隊で整然と並んだ形になります。
(左側の二列は、みな女性で、右側の三列は、みな男性でした。)

 一方、八神家の一同は、シャマルを除く7名が今、このホールに顔を揃えていました。
 ザフィーラだけは、いつもの服装で悠然と腕を組んだまま、どの列にも並ばず、部屋の一番後ろに陣取っていますが、他の6名はみな制服姿で次々に席を立って壇上に上がり、他の20名と向き合う形で横一列に並びます。
 それに合わせて、20名の局員たちも一斉に直立不動の姿勢を取りました。
 八神提督は簡単な自己紹介と挨拶の後、新世界について皆々に改めて「今までの経緯」をひととおり説明してから「本題」に入りました。

 今回の第二次調査隊の目的は、「全員で無事に本局まで帰って来ること」を除けば、ごく大雑把に言って次の三つになります。
 まずは、アインハルト執務官の「救出」ですが……これは何としても「平和的な交渉」によって行なわれるべきであり、現地での過度な暴力行為は禁止です。
 次に、その交渉のための下準備としても必要な「基礎調査」の続行ですが……これも、現地の社会不安を(あお)らないよう、可能な限り「正体」を隠して行なう必要があります。
 今まで「完全に孤立」していた世界の一般民衆にとって、『別の世界から誰かが来た』というのは、ただそれだけでも充分に衝撃的で、大規模なパニックをも引き起こしかねないほどの「事件」だからです。
(地球で生まれ育ったはやてには、ただそれだけのことでパニックを起こしてしまう気持ちもよく解ります。)

 さらには、もし可能であれば、現地の王族とも友好的な関係を築いて、今後の「世界間交流」についても一定の合意を得たいところです。
【たとえ管理外世界であっても、魔法文化が広く普及しているのであれば、管理局が認める範囲内で「特定の管理世界と交流を持つこと」それ自体には何も問題がありません。
(もちろん、地球のような「魔法文化それ自体が無い世界」の場合には、公式には決して交流など許可されないのですが。)
 さらに言うと、もしもその世界全体を代表することのできる「中央政府」や「王」や「盟主」が存在しているのであれば、「広域次元犯罪者との不法な接触」などを未然に防ぐためにも、「公式に認められる交流の範囲や規模」に関しては、むしろ積極的に合意を取りに行くべきなのです。】

 八神提督はさらに、幾つかの注意事項についても語りました。
 何より重要なのは、『この実験艦はまだ存在それ自体が機密なのだ』ということです。
 だから、出航そのものも「極秘裡に」行われます。間違っても前回のようにメディアで中継されたりすることはありませんし、おそらくは、「出航したという事実」そのものの報道すら、何日も先のことになるでしょう。
 そして……今この広間にいるのは、八神家の7名も含めて全員が「上陸部隊」なのですが……彼等はみな、指定された「上陸部隊用の居住区画」から一歩も外に出てはいけません。区画の外は、それこそ機密だらけだからです。
 また、彼等はみな、上陸部隊以外の「通常の乗組員」とは一切接触してはいけません。
(と言っても、実際には両者の居住区画は互いに隔壁で完全に遮断されているので、普通にしていれば、そもそも接触などできるはずもないのですが。)

 カナタ《うわあ……。何、それ……。》
 ツバサ《艦橋(ブリッジ)や機関区なども機密だらけ、ということでしょうか?》
 はやて「そんな訳で、本艦は間もなく1100時に出航するよ。ベルカ世界を経由して現地に到着するのは、およそ81時間後の予定や。まあ、娯楽施設も何も無い(ふね)で悪いんやけど、ゆっくりと体を休めたり、お互いに親睦を深めたりで、三日あまりの間、何とか時間を潰してな。
ほな、最後に何か質問はあるかな?」
 ツバサ「あの……些細なことなのですが、提督、よろしいでしょうか?」
 はやて「ええよ。何でも()うてや」
 ツバサ「八神家の皆さんの中で、シャマル先生だけが、こちらにいらっしゃらないようなのですが、それは……」

 すると、スピーカーから突然、シャマルの声が流れて来ました。
(映像も無い上に、何やら軽くエフェクトがかけられたような感じの声です。)

 シャマル「は~い。私は、今回はブリッジのクルーになってま~す。だから、みんなと直接には会えないんだけど、こちらはこちらで元気にやってるから安心してね~」
 ツバサ《いや。別にそういう心配をしていた訳では無いのですが……。》
 カナタ《て言うか、シャマル先生がブリッジで、一体何の仕事、してるのサ?》
 ツバサ《さあ……。医師以外にも何か資格をお持ちだったのでしょうか?》
 カナタ《あのシャマル先生が、操舵手とか、機関士とか、通信士とか? 何だか、ピンと来ないなあ……。》

 そうした会話(および、念話)の後で解散となり、一同は各々の部屋に戻りました。
 とは言っても、「上陸部隊用の居住区画」には、個室と呼べる部屋は少し手狭な四人部屋が八つあるだけで、「特別船室」の(たぐい)は一つもありませんでした。驚くべきことに、提督も執務官も「ただの陸士」と同じ待遇です。
 しかも、今回、その四人部屋のうちの一つは機械人形(アンドロイド)らの待機部屋として使い潰されていました。
 そのため、八神家が七人で二部屋を使い、別途に招集された男性12名と女性8名が男女に分かれて四人ずつで残りの五部屋を使うと……帰途には乗員が一人増える予定なので、もう完全に定員ギリギリです。
 とにもかくにも、実験艦〈スキドブラドニール〉はこうして、当初の予定を6時間ほど繰り上げ、5月7日の午前11時に〈本局〉から(ひそ)かに出航したのでした。


 しかし、同時に〈本局〉の別の場所からは、ベルカ世界へさまざまな必要物資を届けるための大型輸送船が一隻、(ライガン捜査官からの情報に基づいて)本来の予定を6時間も繰り上げて大急ぎで出航し、(ひそ)かに〈スキドブラドニール〉の後を追いかけていました。
 その輸送船の船長は守旧派の人物で、「何故か」局の上層部から〈スキドブラドニール〉の動向を、特に『ベルカ世界の上空で何をしたのか』を、詳細に記録し、報告するようにとの「密命」を受けていました。『もし可能ならば〈スキドブラドニール〉とベルカ地上との交信内容も傍受するように』とまで言われています。
 ですが、もちろん、〈スキドブラドニール〉の側でも、この輸送船に監視されていることは最初から把握できていました。
 と言うよりも、こうした『敵』の行動は、実のところ、今はまだ完全に「八神提督の(てのひら)の上」だったのです。


 さて、はやてはリインやザフィーラと三人で、一番奥の四人部屋を使っていました。扉をロックしてしばらくすると、じきに艦橋(ブリッジ)のシャマルから報告が上がって来ます。
「つい先程、エルスちゃんの方から連絡がありました。やはり、あの輸送船の出航に際して、貨物関連に限って言えば、何もトラブルは無かったそうです。……すべて、こちらの計画どおりですね」
 やはり、何やら妙なエフェクトがかかったような感じの声でしたが、はやてたちはそれを全く気にすること無く、こう(こた)えました。
「あのコンテナの中身を詳しく調べられたりすると、ちょぉメンドくさい話になっとったやろうからなあ。こちらで運んでも、かえって目ぇつけられとったやろうし……わざわざ出航の予定を土壇場で何時間も繰り上げて()かした甲斐(かい)があったわ」
「リークした情報に、しっかり(くら)いついて来てくれて良かったです」
 つまり、『今回の予定変更は、ベルカまで〈スキドブラドニール〉を「ごく自然に」監視できる状況にある船が、その輸送船ただ一隻であることを見越した上での、計画的なものだった』という訳です。

「そうやな。この(ぶん)なら、きっともう一方の『虚偽(ウソ)情報』もそのまま()呑みにしてくれとるやろ」
「ですが、(あるじ)はやて。本当に『あれだけのモノ』が必要な状況になど、なるのですか?」
 ザフィーラが少し心配そうな口調で問うと、さしものはやてもやや深刻な表情を浮かべました。
「そうならずに済んでくれれば、それに越したことは無いんやけどなあ。……まあ、あのコンテナ三つは、あくまでも保険や。あれだけのモノがあれば、たとえホンマにマズい状況になったとしても、コロナとミウラたちが、少なくとも多少の時間かせぎぐらいはしてくれるやろ」
 もちろん、輸送船の船長や乗組員たちは、自分たちがそんなヤバいモノを運ばされているとは、全く気づいてなどいなかったのでした。

「ところで、シャマル。今しがたの『貨物関連に限って言えば』という言い方は、私、ちょぉ気になったんやけど?」
「はい。実は、あの輸送船には何名か乗客もいるんですが、出航ギリギリに『飛び込み』で一人、乗客が増えたそうです」
「乗客って……発掘調査関連の人か?」
「はい。どうやら、第五地区のフランツ・バールシュタイン博士の客人らしいんですが、それ以上のことはよく解らなかったそうで、エルスちゃんも、しきりに(あやま)っていました」
「う~ん。まあ、それは、ええよ。フランツさんの客人なら、私らにとっても、特に不都合は無いやろ」
「そのフランツ博士というのは、どういう人なんですか?」
「そうやな。六十代の考古学者さんで、実は、ヴィクターの母方の伯父(おじ)さんで……まあ、気さくでダンディなオジサマやで」
 はやては笑って、リインにそう答えましたが、さすがに「フランツ博士の客人」の正体までは想像がつかなかったようです。


 
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