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魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

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【第一部】新世界ローゼン。アインハルト救出作戦。
【第1章】教会本部、ヴィヴィオとイクスヴェリア。
   【第2節】冥王イクスヴェリアの哀しみ。



 カナタとツバサは、次の日にはもう、まるで「十年来の親友」のようにイクスヴェリアの分身と親しくなっていました。
 小さな分身の方も、何やら随分と楽しそうです。
 だから……イクスヴェリア本人の「今の気持ち」には、誰も気がつきませんでした。
 実のところ、この「分身」はあくまでも「本体への情報入力のための端末」であって、決して「本体からの情報出力のための端末」ではなかったのです。
 分身が周囲の人々に見せるさまざまな感情表現も、基本的にはすべて、「当時のイクスヴェリアの記憶と人格がコピーされた端末の、自律的な反応」であって、必ずしも「現在のイクスヴェリア本人の感情をそのままに表現したもの」ではありませんでした。
 だから、小さな分身の周囲にはいつも多くの人々がいたにもかかわらず、『イクスヴェリア本人が、実は「今は」とても哀しんでいる』ということには、誰ひとりとして気がつかなかったのです。

【古代ベルカにおけるイクスヴェリアの事情については、すでに「プロローグ 第3章 第5節」の方で一度、詳しく述べておりますが……すでにお忘れの(かた)も多いだろうと思いますので、以下に「おおよそのところ」を再録しておきます。】


 さて、ベルカ中央大陸の南部に広がるガレア王国は、ベルカ諸王国の中でも実に由緒の正しい王国でした。だからこそ、〈アルハザードの遺産〉である「二個で一組の、凄まじい力を秘めたエネルギー結晶体」が〈王家の秘宝〉として受け継がれていたのです。
 そして、王女イクスヴェリアが9歳の時、父王が強引に進めた実験の「半分成功、半分失敗」によって、その秘宝の片割れで「莫大な魔力と生命力」を秘めた〈赤の欠片〉と呼ばれるエネルギー結晶体だけが、彼女のリンカーコアと完全に融合してしまいました。
 それによって、彼女は「不老不死の存在」と化し、『たとえ彼女自身がどれほど強く自分の死を望んだとしても、その望みは決して(かな)えられない』という体になってしまったのです。
 もしも実験が完全に成功していれば、彼女は『その莫大な生命力を自在に他者に分け与え、生きている者たちの傷を際限なく癒やし続けることができる「女神のような存在」になる』はずだったのに、実際には、彼女にできることと言ったら、『まだ生温かい死体に「かりそめの命」を与えて〈マリアージュ〉にすること』だけでした。

 やがて、イクスヴェリアは国王に祭り上げられ、〈冥王〉とか〈冥府の炎王〉などと呼ばれるようにもなりましたが、彼女自身はいつまで経っても「いたいけな9歳の女の子」のままでした。
 彼女は『意識を肉体から切り離して「波長の合う者」に憑依させ、その者の経験を通して見聞を広げてゆく』ことはできましたが、それでも、彼女自身は(ただ単に、不老不死だというだけで)ずっと「無力な9歳児」のままだったのです。
 また、一度に大量の〈マリアージュ〉を造ると、イクスヴェリアの身には、代償としてその数量に応じた長さの「休眠期間」が課せられました。
 たとえ休眠中でも、〈青の欠片〉を組み込んだ〈操主の鍵〉を使えば、彼女を無理矢理に叩き起こすことはできましたが、決してそれで『必要な休眠時間それ自体が減る』という訳ではなく、不足分はただ「利息つき」で先送りにされてゆくだけです。
 その後、古代ベルカでは、イクスヴェリアの〈休眠期間〉は一度も正しく消化されることなく、溜まりに溜まって行きました。

 そして、彼女が不老不死の身となってから八百年あまりの後、ベルカ世界は〈大脱出〉の時代を迎え、彼女もまた滅びゆくベルカを(あと)にしました。 同行者は、ただ「最後の大公の一人息子」フォルクハルトと「その侍女」マティルダと「最後のマリアージュ」ヴァロザミアの三人だけです。
 一行はミッドへ行く前に、オルセア中央大陸の南部に拡がる無人の密林地帯に立ち寄り、〈操主の鍵〉と休眠状態にした「軍団長ヴァロザミア」とを、それぞれ別の場所で地中に埋めました。その後、イクスヴェリアは一旦、数十日の短い眠りに就きます。

 そして、イクスヴェリアがまた半日だけ目を覚ました時、そこは岩盤を掘り抜いて造られたような「広々とした、しかし、とても閉鎖的な環境の部屋」でした。
 フォルクハルトが外部の(ミッド地上の)映像を映し出しながら、(うやうや)しい口調で、イクスヴェリアに以下のような説明をします。

 当時、ミッドの「内海(うちうみ)」の北岸部には、狭い帯状の砂浜が東西に長く続いており、そのすぐ北側には「急勾配(きゅうこうばい)の断崖」がこれまた東西に長く続いていました。
その傾斜角は75度を超え、断崖の下にある「砂浜」と断崖の上にある「高台(たかだい)」との高低差は20メートルを超えています。
 そして、砂浜の上に築かれた「とある漁村」の近くには、その断崖から丸ごと削り出して造られた「巨大な女神像」がありました。ミッドの(ふる)き「海の女神」マレスカルダの神像です。
 その神像は、玉座に座った姿ではありましたが、それでも、足下から頭頂部までは20メートルちかくもありました。また、玉座の正面、女神像の両足の間には、砂が上がって来ないように一段だけ高くなった石床の上に、両開きの大きな扉があります。
 その扉を開けて広間の奥へ進むと、女神像の背後には、断崖の内部を掘り抜いて造られた昇り階段が、途中に四つの踊り場を(はさ)みながらも、一直線に「高台」の上まで続いていました。その階段を昇り切ると、断崖の上に建てられた「小さな(やしろ)」の中へと出られる形です。

 また、個々の踊り場には左右に扉があり、やや長い通路でそれぞれの部屋へとつながっていました。小さな部屋は倉庫の(たぐい)、大きな部屋は礼拝所の類でしょうか。
 なお、下から三番目の踊り場の左右にある倉庫には、それぞれ奥の方に「隠し扉」があり、共通の「隠し部屋」へとつながっていました。
 これらは、すべて合わせて、一個の立体的な「地下神殿」と呼んだ方が良いのかも知れません。
 ただし、実際には、今も急速に進行中の「海面上昇」によって、その砂浜も漁村も地下神殿への扉もすでに水没しています。近隣の住民たちも、すでに遠方への移転を余儀なくされており、その神殿の中からも、めぼしいものはすべて(おそらくは、住民の移転先にある新たな神殿へと)持ち去られていました。
 この地下神殿は今やただの「廃墟」であり、高台の上の(やしろ)の近辺もまた今では完全に「無人の土地」なのです。

 しかし、だからこそ、フォルクハルトはその一帯の土地を、「慢性的に金欠」のミッド中央政府から金で買い取ることができました。
 また、政府筋によれば、『いずれ、その女神像は全体が水没するだろうが、それでも、断崖の上にまでは海水は来ないはずだ』とのことです。
 そこで、フォルクハルトはまず水没した扉を密閉し、構造を強化して海水の侵入を完全に阻止し、一番下の踊り場の近くにまで来ていた海水もすべて排水しました。さらには、文化遺産保護の名目で、高台の上に「巨大な倉庫」のような、無味乾燥な外観の建物を建てて「小さな(やしろ)」全体を丸ごと包み込み、外部からはその(やしろ)が全く見えない形にします。
 その上で、彼は、下から三番目の踊り場の奥にある「隠し部屋」に、ベルカ世界から持ち出した「冥王専用の、長期休眠用のカプセル」を安置しました。
 そして、計算どおり、イクスヴェリアはそこで一時的に目を覚ましたのです。

『技師たちの言葉によると、陛下の「残る休眠期間」は300年ないしは400年。おそらくは、350年前後だろうとのことです。
 この部屋の扉は、二つとも、こちら側からしか()けられないように細工をしておきました。踊り場の扉や、(やしろ)(つう)じる扉にも、すでに同様の細工が(ほどこ)してあります。
 いずれ、(やしろ)のすぐ外の、よく目立つ場所に「直通の通話機」を設置しておきますので、どうぞ、お目覚めになられたら、失礼ながら御自分の足で階段を昇って地上に出て、その通話機からご連絡ください。私の子孫が、必ずやお迎えに上がります』

 それを聞くと、イクスヴェリアは安心して、また(なが)い眠りに就きました。
 やがて、海面の上昇により、その地下神殿は「海底神殿」と化しましたが、その時点ではまだ、『後に、この海底神殿からそれほど遠くは無い場所に「新首都クラナガン」が築かれることになる』などとは誰にも予想できてはいなかったのです。


 そして、時は流れて、新暦78年。
「軍団長ヴァロザミア」と〈操主の鍵〉の接近によって、イクスヴェリアは「予定外の目覚め」を迎えました。時計を見ると、あれから335年の歳月が流れ去ったようですが、一体何故このミッドチルダに彼女がいるのでしょうか。
 いくら扉に内側からしか開けられないような細工がしてあるとは言っても、あの軍団長ならば、そんな細工など簡単に破壊してしまうことでしょう。
 イクスヴェリアは、彼女をオルセアに置き去りにして来たことによる「罪悪感」に駆り立てられながらも、まだ随分と寝ぼけた状態のまま、大急ぎでその隠し部屋から西側の小部屋へ出ました。

 もしも彼女がここで東側の小部屋に出ていれば、いくら寝ぼけていても間違いなど起きるはずは無かったのですが……西側の小部屋から通路に出ると、その通路にはすぐ先に()新しい右折路がありました。そして、イクスヴェリアはまるで何かに()き寄せられるようにして、手前の右折路に入ってしまいます。
 正面には作業用の(?)仮設扉があり、その鉄扉を開けると、そこはすでに「マリンガーデン」ビルの中でした。地下二階の、普段は人間(ひと)の立ち入らないパイプスペースです。
 イクスヴェリアが寝ぼけた状態のまま、しばらく暗がりの中を進み、またひとつ扉を開けると、いきなり明るい場所に(普段から客やスタッフの往来する通路に)出ました。
(え? ……ここ、(やしろ)じゃないよね?)
 その時になって、イクスヴェリアはようやく、自分がどこかで順路(みち)を間違えてしまったことに気がつきましたが、来た道を戻ろうにも、パイプスペースへの扉には、いつの間にかオートロックがかかっています。
 イクスヴェリアは仕方なく、さらに西側へと()を進め……そして、やがて救助活動中のスバルと出逢ったのでした。

【これ以降の具体的な描写は「SSX」を御参照ください。なお、救助活動中のスバルとの会話内容に関しては、『イクスヴェリアはあの時点で、まだ少し寝ぼけていたから』ということで処理させていただきたいと思います。】


 新暦78年の夏に〈マリアージュ事件〉が終わった後、イクスヴェリアはまた数十日だけ眠りに就き、その間に、彼女の体は一旦、「海上隔離施設」に収容されてから、また「聖王教会騎士団本部」へと移送されました。
 それからしばらくして、7月にまた半日だけ目を覚ました時には、彼女は教会の人々から問われるままに、上に述べたような「冥王の真実」について語り、また、急ぎ駆けつけてくれたスバルとも話をして、さらには、ヴィヴィオとも通話をして「お友だち」になりました。
 そして、その直後に、イクスヴェリアはまた「いつ覚めるとも知れぬ」永い眠りに就いたのですが、何日かすると、本部庁舎の特別室のベッドの上で、また意識だけが覚醒しました。
しかし、ベルカとミッドでは「何か」が違うのか。あるいは、近くに〈操主の鍵〉が無いからなのか。それとも、単なる経年劣化の(たぐい)なのか。
 理由はよく解りませんでしたが、とにかく、ミッドではイクスヴェリアの〈意識体〉は肉体からほんの二~三メートルしか離れることができませんでした。

 スバルやヴィヴィオたちはしばしばイクスヴェリアの部屋まで見舞いに来てくれましたが、彼女らの目にも、シスターたちの目にも、イクスヴェリアの〈意識体〉は映りませんでした。
 また、世界が違うからなのか、もう時代が違うからなのか。イクスヴェリアの〈意識体〉が憑依できそうな「波長」の合う人間も全く見つかりません。
 そんな孤独の中で、イクスヴェリアはやがて、一つの痛切な願いを(いだ)きました。

『……私も、彼女たちと同じ時代を、同じ世界を生きていきたい……』

 そして、翌79年の8月。
 そうした祈りがようやく天に届いたのか、イクスヴェリアは「実体のある分身」を産み出すことに成功しました。
 そして、自分の〈意識体〉をその小さな分身に憑依させることで、ようやく部屋の外へも出られるようになりました。

 それで、最初のうちは、本当に楽しかったのです。
 しかし、ベルカでも憑依した相手をイクスヴェリアの意志で動かすことは全くできなかったのと同じように、小さな分身はただ自律的に行動するばかりで、彼女自身の意志でその分身を動かすことは全くできませんでした。
 イクスヴェリア自身にできることは、ただその分身の五感を通して、さまざまな情報を受け取ることだけでした。
 それでも、最初のうちは、本当に楽しかったのです。

 しかし、時が経つにつれて、古代ベルカでのさまざまな記憶が、少しずつ蘇って来ました。
 他の国々では「恐怖の代名詞」だった〈冥王〉も、ガレアの王城では必ずしもそれほど恐れられていた訳ではありません。
 中には、本当に優しく接してくれる大人たちもいました。まるで友だちのように親しく接してくれる侍女たちもいました。
 それでも、イクスヴェリアが「永い眠り」に就いて再び目を覚ました時には、彼等はもういないのです。彼女が何十年も眠っている間に、彼等はみな年老い、先に死んでしまったのです。
 この世に、イクスヴェリアただ一人を置き去りにして。

 小さな分身は本当に楽しそうにしていましたが、その一方で、イクスヴェリア本人の意識は今、哀しみに暮れていました。
『あの日、せっかく友だちになってくれたのに、ヴィヴィオはいつの間にか大人になってしまい、今ではもう母親になろうとしている。
 自分がこのまま眠り続けていたら、スバルも、ヴィヴィオも、いつかは年老い、死んでしまう。みんな……みんな、死んでしまう!』
 そう思うと、イクスヴェリアの心はもう哀しみに張り裂けそうでした。それなのに、周囲の人々は誰も、『彼女が「今は」哀しんでいる』ということにすら気がついてはくれないのです。
『早く、目覚めたい! 目覚めたいのに……。どうして、私は目覚めることができないの?!』
 そんなことばかり考えていると、もう本当に気が狂いそうです。
 イクスヴェリアが、どこからか自分を呼ぶ「遠い呼び声」に気がつくまでには、まだしばらくの時間が必要でした。


 
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