魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~
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AXZ編
第191話:降り注ぐ悪意
奏達装者と魔法使い、そして未来の活躍もあり、神の力に囚われた響の救助は成功した。脅威がなくなった以上、反応兵器の使用という最悪の事態は避けられたと誰もが思ったその時、権力と欲望に塗れたスイッチが押された。
「そも、我が国の成り立ちは、人が神秘に満ちた時代からの独立に端を発している」
アメリカの保養地で、大統領が反応兵器発射の為のキーを押していた。そこにあるのは平和への願いではなく、ただ単純に自分達が世界の警察であると言う身勝手な自負による自尊心。自分達こそが世界を統べる、世界の王であると言う傲慢な思いであった。
「この鉄槌は、人類の人類による人類の為の、新世界秩序構築の為に……」
彼らは信じて疑わなかった。自分達が真の意味で世界の覇権を握っていると。
だが彼らは知らなかった。本当の悪意の前では、その自尊心もただ己の首を絞めるだけの自爆スイッチでしかない事を。
本当の意味での悪意を、彼らは身をもって知る事になる。
「迎撃準備ッ!」
反応兵器が発射されたと知り、弦十郎は即座にミサイル迎撃の為の指示を飛ばした。このまま反応兵器の到達を許せば、現場に居る装者達だけでなく無関係な人々や国土が焼かれ、その後長年に渡り汚染され続けることになる。
だが、発射された場所は沖縄近海。恐らくアメリカは決議の結果がどうなろうと発射するつもりで、ミサイル艦を用意しておいたのだろう。あの位置からでは例え迎撃できたとしても、日本が反応兵器の影響を受ける距離からは逃れられない。
「この距離では間に合いませんッ!? 着弾まで、推定330秒ッ!?」
6分も無い間に着弾するミサイルの存在は、現場に居る者達からも遠目にだが見る事が出来た。迫るミサイルを視認した切歌は、着弾前に無力化すべきとアームドギアを構える。
「だったらこっちで斬り飛ばすデスッ!」
「ダメッ! 下手に爆発させたら辺り一面が焦土にッ! 向こう永遠に穢されてしまうッ!」
「くッ!?」
「ウィズ、どうするッ!」
「ぬぅ……!?」
もう時間が無いと言うのに、有効な手段がない。下手に起爆するような事は出来ず、だが指を咥えて見ていれば確実に大惨事となる。最早どうするのが最良か、というよりもどちらがよりマシかと言う地獄のような二択を迫られる状況に輝彦も呻き声を上げるしか出来ない。
何よりも彼に判断を迷わせているのは、颯人の所在を掴めていない事に起因していた。彼がどこに居るか分からない以上、下手な事をすれば彼をも巻き込んでしまう危険性があった。
誰もがただ見ているしか出来ない中、ミサイルは更に目に見える距離まで近づいて来た。それを見て、輝彦はもう手段を選んではいられないと決死の覚悟でせめてミサイルだけはどうにかしようと行動に移そうとした。
「ガルド、済まんが後の事は任せてもいいか?」
「ウィズ、何を……?」
「あれを何とかする。だが戻ってこられる保証が無いからな。後の事を誰かに託さなければならんん。颯人達の事、頼まれてくれるか?」
その言葉にガルドは察した。輝彦は死ぬ気なのだ。死んでも反応兵器を何とかして、無用な被害を出さないようにするつもりなのだ。
その覚悟を見た瞬間、彼が咄嗟に口にしたのは拒絶の言葉だった。
「そんな頼みが聞けるかッ! お前に何かあったら、残されたハヤトはどうなるッ! アイツは折角、父親と再会できたんだぞッ! それなのに……」
「そうだッ! アンタには、颯人ともっとちゃんと話す義務があるッ!」
「しかし……」
ガルドに続き奏も輝彦が自ら犠牲になると言う言葉に反論した。彼の考えは読めている。今まで身を隠して迷惑を掛けてきたツケを、自らの命を持って償おうと言うのだろう。どうせ今まで死んだという前提で過ごしてきたのだし、ここで本当に命を失っても構わないと思っているのだ。
だが奏からすればそれは逃げでしかない。本当に償う意思があるのであれば、彼は死ではなく生きる事を選ぶべきなのだ。行きて颯人とちゃんと向き合い、心から話し合って初めて償いとなる。
「颯人はウィズの正体がおじさんだって気付いてもずっと我慢してきたッ! アンタが本当の事を話してくれる時が来るのを、希望を持ってずっと待ってたんだッ! そのアンタが、そんな簡単に生きる事を諦めるなッ!」
奏の必死の説得が輝彦の心を打つ。彼女の言葉に彼の心も揺れ動き、彼女の顔と飛んでくるミサイルとを交互に見る。
見上げれば徐々に大きくなってくるミサイルの輪郭。あれが着弾すれば、輝彦一人の犠牲など比較にならない犠牲が出る。颯人も犠牲になるかもしれない。そう思うと、やはり彼には自らを犠牲にする以外の選択肢が取れなかった。
「だが、あれを何とかしなくては……」
「何かある筈だッ! まだ全部終わった訳じゃない、何かがきっと――――」
最悪の事態を回避する為の手段がないかと、奏は必死に頭を働かせる。この土壇場で、何か手に取れる奇跡はないかと足掻いていた。
その奇跡は、思わぬところから舞い降りた。否、それを奇跡と呼べるかは怪しい。というより、それを奇跡と呼ぶ者は居ないだろう。
それを一言で表すとすれば、奇跡とは程遠い存在…………厄災とでも言えばいいだろうか。
「全く……どいつもこいつも無粋極まるな」
「ッ! あれはッ!」
突如、迫るミサイルが空中で制止した。何が起きたのかと目を凝らせば、そこではロケットを噴射しているミサイルが魔法陣の中に囚われて空中で留まっている光景を見た。
その魔法陣の傍らに居るのは、輝彦が纏う魔法使いの鎧を黒くした漆黒の魔法使い。ジェネシスの首魁であるワイズマンがそこに居た。
「ワイズマンッ!?」
「野郎、何をッ!」
まさかここで彼が出てくるとは思っていなかったので、翼やクリスは最大限の警戒を彼に向けた。まさかあの男が、親切心で反応兵器を止める訳がない。今までだって事件を裏から引っ掻き回してきたのだ。今回だってきっと何か企んでいる筈。
「ワイズマンッ! あなた何をするつもりなのッ!」
「おいおい、お礼の言葉の一つも無しか? 折角ミサイルを止めてやったと言うのに」
「ケッ! 親切心なんて欠片も無いくせによく言うぜ」
「その反応兵器、どうするつもりだッ!」
ミサイルは未だに空中で時が止まった様に留まっている。ワイズマンはそれを一瞥すると、眼下の装者達を見下ろしながら口を開いた。
「何、折角これから楽しいショーが始まると言うのに、こんな物を投げ込まれては台無しだと思ってね。僭越ながら、私が片付けてやろうと言うのだよ」
「……何をするつもりだ?」
輝彦が問うが、ワイズマンは何も答えない。ただ意味深に喉の奥で笑うと、ミサイル共々そこから姿を消した。
その笑みに嫌な予感を感じた輝彦は、ワイズマンが消えて場所に無意味と分かっていながら手を伸ばした。
「待てッ!?」
***
日本上空から姿を消したワイズマンと反応兵器は、日本から遠く離れたある街の上空に姿を現していた。
眼下には摩天楼と言う言葉が似あう、天を衝くほどの高いビルの数々。その下には多くの車や人々が行き交う光景が目に映る。
そこは世界でも有数の大都市の一つである、アメリカのニューヨーク。市域人口は800万人を超え、都市圏人口に至っては2000万人以上であった。
今世界で何が起きてるかも知らない人々が行き交う街を眼下に、ワイズマンは仮面の奥で笑みを浮かべるとその中心地に向け魔法陣を向け反応兵器を再び動かした。
「……フッ」
その際に小さく笑みを浮かべたワイズマンは、ミサイルが動き出すと同時に再び姿を消す。
次に彼が姿を現したのは、何も知らない輝彦達の前であった。突然姿を消したかと思ったら再び姿を現したワイズマンに、輝彦は最悪の事態を予想した。
「ワイズマン、答えろッ! お前、反応兵器を何処にやった?」
「フフッ、それは直ぐに分かるだろうよ」
その言葉を待っていたかのように、全員の通信機にまさかの報告が届いた。
『し、司令ッ!? 今アメリカからの情報で、ニューヨーク・マンハッタンで反応兵器が起動し、同市が壊滅状態になったとッ!?』
『何だとぉッ!?』
通信機からは朔也や弦十郎の驚愕の声が響くが、それは装者達も同様であった。ミサイルを全く別の場所に運んだ事もそうだが、よりにもよってそれが人口密集地である事に彼女達は言葉を失った。
「アイツ、ニューヨークに反応兵器をッ!?」
「何て事を……!?」
言葉を失った装者達に、ワイズマンは楽し気に口を開いた。
「いやぁ、最初はワシントンに直々に送り返そうと思ったんだがね? どうせなら大統領に自分がやった事の結末を見せつける為に、敢えてニューヨークを選ばせてもらったよ。今頃ホワイトハウスは大混乱してるんじゃないかな? はっはっはっ!」
心底楽しそうに笑うワイズマンに、奏達は心にどす黒い何かが浮かぶのを感じた。単純な敵意や嫌悪感ではない。もっと別の、認めたくない何かだ。
そんな中で、輝彦は尚もワイズマンに対し食って掛かった。
「ワイズマン、貴様ッ!? 自分が何をしたのか分かっているのかッ!」
「んぁ?」
「下らぬ享楽の為に、一体何人を犠牲にしたと思っていると聞いているんだッ!」
そう、何よりも恐ろしいのは、ワイズマンは別に日本や装者達を助けようとして反応兵器の場所を映したのではない。彼の言葉を信じるのであれば、あのままミサイルが日本に落ちるのは面白くないからというただそれだけの理由で、多くの何も知らない人々が行き交う都市の上空に反応兵器を落としたのである。一体どれだけの数の人々が犠牲になったのか、最早考えたくも無い。
嘗て日本に原爆を落としたパイロットですら、国の命令・国の為とは言え精神を病んだと言う。少しでも人間性を残しているのであれば、そんな大虐殺をやれば少しは気が滅入ってもおかしくはない。
しかし…………ワイズマンの答えは、その場の誰の予想をも超えていた。
「全人類70億人の内のたった数百、数千万人程度じゃないか。何をそんなに気にする必要がある?」
「な…………!?」
「クソ野郎が……!」
奏達はこんな人間が世の中に居ると言う事が信じられなかった。というより、同じ人間とは思いたくなかった。
今までにも、彼女達は自分の目的の為に多くを犠牲にすると言う事を選択する者を見てきた。だがワイズマンはそれとは明らかに次元が違う。言葉は通じるのにロジックが違い過ぎて理解が及ばない。もし異星人というものが実在して、実際に対面する事があればこんな感じなのだろうかと場違いな事すら考えてしまった。
否、異星人の方がまだマシかもしれない。ワイズマンに対する認識は、最早人間ではない何かであった。
そんな相手を前に、ワイズマンは怒りを爆発させた。
「己この鬼畜生ッ!? ワイズマンッ! 最早貴様の事は師とも父とも思わんッ! 今この場で、引導を渡してくれるッ!」
「えっ!? ちょっと待った! 今なんて言った!?」
「ワイズマンがウィズ、いえ、輝彦の父!?」
「って事は、ペテン師はワイズマンの孫ッ!?」
驚愕の事実に、奏達は先程とは別の意味でショックを受けた。まさかジェネシスの首魁ワイズマンと颯人との間にそんな関係があったとは夢にも思っていなかった。だって、颯人は間違っても自分が笑う為に大勢の人々を犠牲にするなんて事は絶対にしないからである。どう考えても、颯人とワイズマンの間に血の繋がりを見ることは出来なかった。
一方のワイズマンは、輝彦の激昂に対して然したる反応を見せなかった。ただ一言、「ほぅ?」と声を上げただけである。
「ふ~ん? まぁいいさ。だが私にばかり構っていても良いのかね?」
「何だと?」
「お前達が探している者が、すぐそこに居るぞ?」
そう言ってワイズマンが軽く手を振ると、空間に穴が空きそこから何かが飛び出した。
地面に落下した人型の異形。人間とは思えないそれを見て、それが何なのかに真っ先に気付いたのは奏であった。
「あれは……颯人ッ!?」
そこに居たのは颯人であった。ただし、奏達の前から姿を消した時に比べて、その姿は大きく変わっていた。
「グゥゥゥゥッ! グゥァァァァァァァッ!」
体の半分以上が、人間とは明らかに異なる存在へと変化している。本来ファントムが生まれる際には元となった魔法使いの体は弾け飛ぶので、彼は気力でそれを持ち堪えようとしているのだろう。この2日間、彼は自分の中で暴れるファントムを精神力で押さえつけていたのだ。
だがそれも限度があるらしい。体の半分以上は崩れてファントムのそれと化し、残った部分も今正に崩れようとしている最中であった。
「アグッ! グルァァァァァッ! ガァァァァァァァァァッ!」
「颯人ッ!?」
顔も半分近くが変化しており、目は怪しく光を発している。行動には理性が感じられず、獣の様に暴れまわりその度に人間的な部分が崩れ徐々にファントムが生まれようとしていた。
そんな颯人の姿を、ワイズマンは楽しげに眺めている。
「ハハッ! もう直ぐだな。もう直ぐ、あの男の体を破ってファントムが生まれる。さぁどうする? 私に構っている暇があるのか? あそこまで浸食が進んでは、もう時間の問題だぞ?」
「貴様、今まで颯人を隠していたのかッ!?」
「どうせなら、諸君に見てもらいたくてね。信じる仲間が死に、代わりに異形の敵が生まれる瞬間をね」
何処までも腐ったその精神に、奏達は反吐が出そうになった。だが全ては後回し。今は颯人を助ける事の方が先決である。
「奏、輝彦さんッ! 2人は颯人さんの所へッ!」
「ガルド、透ッ! 2人もそっちへ行きなさいッ!」
「えっ!? 待て、翼達は?」
「アタシらは、このクソ野郎を何とかするッ!」
そう言ってクリス達装者5人はワイズマンの前に立ち塞がった。その光景にワイズマンは首を傾げる。
「おいおい、言わなかったか? 私に構っている暇などないだろうに」
「ハッ! 誰がお前の言う事を真に受けるかってんだッ!」
「貴様の事だ。本当に颯人さんが助かりそうになったら、邪魔をするつもりだろうッ!」
この中で旧2課組はワイズマンと直接戦闘の経験を持つ。その時の経験から言えば、ワイズマンが何もせず颯人が助かるのを見ているなど絶対にありえないと確信していた。何しろ味方すら平気で済手駒にする男なのだ。何もしないと見せかけて、ここぞと言うところで邪魔するのは目に見えている。
立ち塞がるクリス達の姿に、ワイズマンは楽しそうに仮面の奥で笑みを浮かべた。
「フフッ、なるほど? 折角だから私にも参加しろと言うんだね? 良いだろう。だがどうせなら客は多い方が楽しい。と、言う訳で……」
〈サモン、ナーウ〉
ワイズマンが右手をハンドオーサーに掲げると、周囲のあちこちに魔法陣が出現。そこからはメデューサを始めとした白や琥珀の仮面をしたメイジに加え、レギオンファントムまでが姿を現した。
「やっとか。お預けを喰らって、そろそろ我慢の限界が来るところだったぞ」
「すまんね、無理を言って。だがもう十分だ。ここからは好きに動くといい。ただしあの男はダメだ。アイツはファントムを生み出してくれなければならないからな」
「良いだろう。その代わり、サンジェルマン達は貰うからな?」
「どうぞご自由に」
一斉に行動を開始するメイジとレギオンファントム。颯人を助けなければならないというのに敵が増えたこの状況に、奏達が危機感を抱く。
だが次の瞬間、彼女らに襲い掛かろうとしていたメイジが次々と銃弾や光弾、鉄球により叩き落された。
「ぐあっ!?」
「がっ!?」
「何ッ?」
メイジたちを攻撃したのは、ファウストローブを纏ったサンジェルマン達だった。3人は装者達と合流すると、周囲のメイジを威嚇する様に構えを取る。
「ごめんなさい、遅れたわ」
「メンゴメンゴ、ちょ~っと準備に時間掛かっちゃってね?」
「その分しっかり働くワケダ。何、思いっきり魔法使いをぶちのめせるんだ。こっちとしても望むところなワケダ」
「……助かる」
「礼は良いわ。寧ろ感謝したいのはこっちの方。あの子には、目を覚まさせてくれた恩がある。だから、必ず助けて」
「当然だッ!」
頼もしい援軍に、奏と輝彦は顔を見合わせて暴れる颯人を見た。
周囲にはメイジやファントム、そしてワイズマン。それらを前に、未来に介抱されていた響も目を覚まし立ち上がる。
「ゴメン、未来。私も、行かなきゃ……!」
「響……」
「大丈夫。へいきへっちゃら! だから、待ってて」
「うん……!」
「未来さんは、こちらへ」
未来を慎次に託して、響もガングニールを纏い奏と並ぶ。彼女達が考えることは、たった一つ。
「行くぞ……颯人を、助けるんだッ!」
「はいッ!」
バルベルデでの騒動に端を発した戦い。その最後の戦いが今、始まろうとしていた。
後書き
と言う訳で第191話でした。
反応兵器がどうなるかを皆さん気にしてらしたでしょうが、正解はアメリカへのクーリングオフでした。この展開は前々から考えていたのですが、この話を書く僅か1週間前に別の作者さんが似たような展開をしていて正直ちょっと焦りました(笑)
それと衝撃の事実、颯人はワイズマンの孫でした。敵のボスと主人公に血の繋がりがあるって展開熱いですよね。
いよいよ最終決戦。ここからも熱い展開を目白押しにしていく予定です。特に、”あのフォーム”の登場も含めてね。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。
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