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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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AXZ編
  第189話:神を殺す者と宿す者

 遂に神の力と融合を果たしたティキ、否、ディバインウェポンの砲撃は凄まじかった。文字通り大地を焼き払い、周辺を瞬く間に瓦礫の山へと変えてしまう。

 そんな中で、響と切歌、ガルドに加えて元パヴァリア光明結社幹部のカリオストロとプレラーティは上空に浮かぶディバインウェポンを険しい表情で見上げていた。

「何て威力だ、クソッ!?」
「ガルド、大丈夫デスかッ!?」

 5人の内、特に厳しい状態なのはガルドだった。ディバインウェポンの砲撃が放たれた際、彼はいの一番に全員の前に出て障壁を展開し、響達を砲撃から守ろうとしたのである。だがディバインウェポンの砲撃の威力は彼の予想を遥かに超えており、展開した障壁はあっさりと崩壊。受け止めきれなかった砲撃が危うく彼の身を焼く寸前でカリオストロが彼の襟首を引っ張ってその場を退避する事で難を逃れることに成功した。
 尤もそれでも完全に無事と言う訳ではなく、障壁を破られた際の熱量で彼が身に纏うキャスターの鎧はあちこちが融解し足取りも何処か覚束ない様子だった。

 今は切歌に支えられた状態で何とか立てているが、これ以上の戦闘は正直に言って厳しいと言わざるを得ない。それでも彼はここで退く気はないのか、自分を支えてくれている切歌から離れて槍を杖代わりに前に出ようとした。

「気にするな、これくらいならまだ、くッ!?」
「無茶すんじゃないの。大方魔力もそろそろ限界でしょうに」
「まだ障壁ならある程度張れるさ。最悪、弾除けには……」
「トタンの壁が何の役に立つ。良いからとっとと下がるワケダ。碧刃、その魔法使いを連れて帰れ」

 ドストレートに戦力外通告をされ、仮面の奥で口惜しそうに歯噛みするガルドだったが実際問題カリオストロ達の言う通りであった。立て役としても不十分な活躍しか出来ない今では、この場に残っても足手纏いにしかならない。
 切歌は切歌で、ガルドに何かあるとセレナが悲しむと言う事を理解している為、プレラーティの言葉に頷きガルドを肩に担ぐ様にしてその場を離れる為に動いた。自分よりも圧倒的に小柄な切歌に、米俵の様に担がれて運ばれる事にガルドは内心で不満を覚えはしたが、もう転移魔法を使うだけの余裕も無かった為文句を口にする事はしない。

「すぐ戻ってくるデス。響さん、それまで頑張ってくださいデスッ!」
「大丈夫。ガルドさんをお願いッ!」

 切歌は響の言葉に頷き、カリオストロとプレラーティを一瞥してからその場を離れた。

 2人が離れていくのを見送った響が振り返り上空を見上げると、そこには既に勝った気でいるのか悠然と空中に佇むアダムの姿があった。彼は響達の視線が自分に向いたのを待っていたかのように口を開く。

「人でなし……君達はそう呼び続けていたね。何度も、僕を……」

 アダムはまるで確認する様に、噛み締めるようにその言葉を口にする。その言葉に含まれた苦みを噛みしめるように。それを聞いて、カリオストロとプレラーティの2人は本人も気付かぬ内に唾を飲んだ。

「そうとも……人でなしさ、僕は。何しろ人手すらないのだから」
「アダム……アンタ一体……?」
「まさかとは思うが、本物の代わりの偽物が今まで動いていた……何て事は……」

 自分達を束ねていた局長が人形であった事が未だに信じられない様子の2人は、困惑しつつも一つの可能性を思い付いた。それは本物のアダムはとっくの昔に死んでいて、今ここに居るのは本物が自分に何かあった時の為に残していた影武者の類ではないかと。本物に取って代わった偽物が、今の今まで本物として好き放題に振る舞う。よくある話だ。
 だがその可能性はアダム本人により否定される。

「違うよ、残念ながらね。僕は生まれながらにして唯一無二の存在なのさ。”彼ら”の代行者として……作られたね」

 彼ら……確かにアダムはそう言った。確かに彼が人工物である人形である以上、それを作った何者かが居るのは当然のこと。ではアダムを作った彼らとは一体何者なのか、響は思わず首を傾げる。

「……彼ら?」
「だけど、廃棄されたのさ。試作体のまま。完全過ぎると言う理不尽極まる理由を付けられてッ!」

 次第にアダムの言葉に熱が籠る。今までの飄々とした雰囲気は何処へやら、抑えきれない感情を溢れさせて震えるその姿は、とても人形とは思えず生きている人間そのものであった。

「ありえない……完全が不完全に劣るなど……。そんな歪みは正してやる……。完全が不完全を統べる事でねぇぇぇぇぇッ!」
「ッ!」

 そのアダムの感情に呼応するように、ディバインウェポンの口内に光が集まり始めた。またさっきの様な砲撃で地上を焼くつもりだ。あんなのを何発も撃たれては、自分達だけでなく周辺に更なる被害が広がってしまう。
 そうはさせじと、響は身構え握り締めた拳を今正に砲撃しようとしているディバインウェポンの顔面に叩き込もうとした。それを見て思わずカリオストロが手を伸ばす。

「ちょ、何をッ!?」
「さっきみたいのを、撃たせる訳にはッ!」
「馬鹿ッ! 幾らなんでも無茶苦茶が過ぎるワケダッ! アリがゾウに挑む様な物だぞッ!」

 カリオストロとプレラーティの制止も聞かず、響は跳躍し握り締めた拳をディバインウェポンの左の頬に叩き付けた。ただの拳にしてはその威力は大きかったらしく、ディバインウェポンは顔を大きく仰け反らせ左ほおの部分の装飾が砕け散った。

「ハァッ!」
「ティキッ!」
「アゴァアァア……」

 響の拳が直撃し、顔が明後日の方を向いた直後砲撃が空の彼方へと飛んでいく。地上から放たれた光の柱は真っ直ぐ宇宙まで届き、その射線近くに存在したアメリカの軍事衛星を余波だけで粉砕するほどの破壊力を見せつける。

 地上への砲撃には失敗したディバインウェポンであったが、しかし自分に攻撃してきた響をそのままにするような事はしなかった。全力で殴りつけ、その反動で離れて地上に落下しつつあった響をディバインウェポンはそちらを見もせずに片腕で殴りつけ地面に叩き付けた。

「う……あぁッ!」

 響が地面に叩き付けられ、天に伸びた光線が衛星を破壊する。その光景に、カリオストロとプレラーティも慄かずにはいられなかった。

「は、はは…………マジ?」
「こんなの、サンジェルマンが居たって……」




 響達が今正にディバインウェポンの脅威を文字通り目の当たりにしている頃、発令所では数字と報告という具体的な形でその被害を目の当たりにさせられていた。

「……シエルジェ自治領から通達。放たれた指向性エネルギー弾は、米国保有の軍事衛星に命中。蒸発させたと……」
「……響君達の状況は?」

 地上から軍事衛星を蒸発させると言う規格外の破壊力を前に、朔也も冷や汗を流しながら冷静さを保とうと淡々とした報告をする。その報告に弦十郎も、努めて落ち着いた声色で自分達の状況を確認しようとした。

「先程切歌ちゃんから連絡がありました。敵の攻撃でガルド君が負傷、今こちらに向かっているそうです」
「周辺のカメラはダウンしたままです。急ぎ、別視点からの映像を――」

 全力のディバインウェポンの砲撃の余波は地上にも甚大な被害を齎していた。特に戦の様子を映してくれていたカメラへの被害は深刻であり、戦場の様子を映してくれていたメインモニターは信号を受信できなくなった事を報せる文字だけを表示していた。
 急遽生き残っているカメラから情報を得ようと朔也達がコンソールを操作しようとした時、あおいが慌ただしい様子で頭の痛くなる報告を口にした。

「司令ッ! 各省庁からの問い合わせが殺到しています」

 流石に軍事衛星が蒸発し、地上も瓦礫の山となる様な出来事が起きれば戦いとは直接関係の無い省庁も静観を決め込む事は難しいらしい。気持ちは分からなくも無いが、今それらに構っている暇はないと弦十郎はそれらの問い合わせを全て無視する事に決めた。

「全て後回しだッ! 放って――」

 放っておけと言おうとしたその時、正面のモニターに無理矢理割り込むような形で映像が映し出される。そこに映っていたのは、風鳴機関の長であり弦十郎や翼とも深い関りがある老人。風鳴 訃堂その人であった。

 彼は通信が繋がると見るや、開口一番に弦十郎に報告を求めた。

『……どうなっている?』
「……ッ!」

 正面のモニターに映し出された老人の顔に、流石の弦十郎も顔を引き攣らせた。彼は風鳴 訃堂という男の危険性を良く知っている。ここで彼の介入を許す様な事があれば、それこそ現場の響達がどんな目に遭うか分かったものではない。
 弦十郎が答えに窮していると、再度念を押す様に訃堂が問い掛けてきた。

『どうなっていると聞いておる』
「は……はい。目下、確認中であり……」

 何とかこの場は適当に誤魔化し、必要以上に動かれない様にしようと当たり障りのない報告で切り抜けようとした弦十郎ではあったが、しかし各省庁が騒ぐほどのこの事態。日本という国の暗部を司る訃堂にとっては全ての情報をリアルタイムで取得する事等朝飯前と言わんばかりに鋭い眼光を向けながら口を開いた。

『儚き者が……此度の騒乱は既に各国政府の知る所。ならば、次の動きは自明であろう。共同作戦や治安維持などと題目を掲げ、国連の旗を振りながら武力介入が行われる事が何故分からんッ!』

 それは確かにその通りだろう。特にアメリカは、自国の軍事衛星がディバインウェポンにより直接破壊されている。国連の旗を掲げずとも、アメリカであれば報復や防衛を理由に手荒な形で介入してくることが目に見えている。それはつまり他国が日本に土足で上がって来る事を示しており、防人を自認する訃堂にとって許せる事では無い。

 そうなる前に訃堂であればどうするか? それが分からない程弦十郎は能天気な頭をしていない。

「ですがッ! きっと打つ手はまだありますッ! その為の我々であり――」

 必死に訃堂を説得しようとする弦十郎ではあったが、相手側にこちらの話を聞く気は皆無であった。彼からすれば、他国に介入の口実を与えてしまった時点でS.O.N.G.の話など聞くにも値しないと考えているのだろう。弦十郎の説得も最後まで聞かず、訃堂は通信を一方的に切ってしまった。

 再びブラックアウトしたメインモニターに、弦十郎は苦虫を噛み潰したような顔になり別のコンソールについている了子も冷や汗と共に険しい表情を浮かべていた。

「マッズイわね、これは……」
「えぇ……この戦いに風鳴宗家が動くとなれば……」

 血縁である翼も険しい表情を浮かべている。彼女は特に訃堂に近い位置に居る為、その考えも手に取るように分かる。彼はきっとこう考えている筈だ。あの場に他国の介入を許す理由が存在するのなら、それを先んじて取り除いてしまえばいい。例え何を犠牲にする事があろうとも…………

 訃堂が過激な行動に映る前にこの事態を収束させねばと焦る弦十郎に、朔也からモニター回復の報告が入った。

「モニター、出ます……ッ!」

 復活したモニターに映し出された映像に、発令所の誰もが思わず息を呑んだ。そこに映っていたのは、傷だらけで地面に倒れ伏す響の姿だったのだ。









 倒れた響のギアからは、損傷を示す様に火花やスパークが散っている。そんな彼女を見下ろしながら、ティキがすぐ傍に居るアダムに話し掛けた。

「アアアダムゥゥ……ティギ……ガンバッダ……。ホホホメテテデ……」

 こんな姿になってもティキはティキなのか、相変わらずアダムに焦がれ彼からの感心を得ようとする。献身的ではあるかもしれないが、同時に鬱陶しくもあるその姿にアダムは適当な受け答えをする。

「良い子だね……ティキはやっぱり」
「ダッタラ……ハグジデヨ……ダキジメデグレナイト……。ツタワラナイヨ……」
「やまやまだよ、そうしたいのは。だけど出来ないんだ。手に余るそのサイズではね……」
「イゲズ……ソゴモマタ……スギナンダケドネ……」

 戯れているように見えて、その実アダムが適当にティキをあしらっているその下ではカリオストロが錬金術による砲撃を必死にディバインウェポンに叩き込んでいた。

「こんのぉぉぉぉっ!」

 変形したガントレットの方向から水色の光弾が次々と放たれ、ディバインウェポンの外殻を傷付けていく。圧倒的に大きさの違いがあっても、明確に削れていく様子は傍から見ていると一歩ずつではあるがディバインウェポンの破壊に繋がるのではと希望を持たせた。

 しかしその希望はいとも容易く打ち砕かれる。ある程度破壊が進むと、ディバインウェポンは複数のフィルムを重ねた様なエフェクトと共に元の傷一つない姿を取り戻した。その光景にカリオストロは舌打ちし、プレラーティは肩を落とした。

「チィ……!」
「無駄だ……あれの性能は私達が良く知っているワケダ。無駄な努力だと分かるだろ」
「だからって、諦めて溜まるもんですかッ!」

 無意味と知らされても尚カリオストロは攻撃を止めなかった。何度無かった事にされようとも、胸の内に燻る感情をぶつけるように攻撃を続ける。例え無意味と分かっていても、敬愛するサンジェルマンを誑かし嘲笑った。彼女にとって、攻撃を続ける理由はそれで充分である。

 攻撃自体は無意味であるが、攻撃され続けるのは鬱陶しいのかディバインウェポンが攻撃してくるカリオストロを吹き飛ばした。

「うあっ!?」
「ぐぅっ!?」

 圧倒的攻撃力と絶対的な防御を前に、なす術を見出す事が出来ない。それは本部で戦いの様子を見ている了子達も同様であった。特に頭のいい彼女は、あの攻防共に絶対的な力を持つディバインウェポンを前には、シンフォギアであっても対抗するのは難しいと理解せずにはいられなかったのだ。
 例え反動汚染の除去と怪我の治療が終わったとしても、立ち回り方が分からなければ意味がない。

 それを誰よりも理解しているのは、神の力を実質独り占めしているアダム本人であった。

「不完全な人類は……支配されてこそ、完全な群体へと完成する。人を超越した僕によってッ!」

 既に勝った気で、自分が全人類の支配者になったかのような気でいるアダムを前に、カリオストロが取った行動は彼の足元に唾を吐きかける事であった。

「はっ、支配? アンタに? 冗談じゃないわ。あんたみたいな奴の支配する世界なんて真っ平御免よ」
「錬金術師失格だな、君は。支配を受け入れたまえ。完全を希求するならばッ!」

 反骨精神剥き出しで尚もアダムに噛み付くカリオストロであったが、プレラーティの方は心が半ば折れかけている様子だった。その場に座り込み、スペルキャスターのけん玉を抱きしめるようにして体を支えながら俯いていた。

「全て……無駄だったワケダ。サンジェルマンの理想を叶える為の犠牲も、思想も理念も、全てが利用され……」
「だったら、それを取り戻すまででしょッ! なにこんな所でしょげてんのよッ!」

 意気消沈した様子のプレラーティを奮い立たせようとするカリオストロだったが、彼女の言葉では今一プレラーティの心を動かす事は難しいらしい。そんな2人を見て、アダムは敢えて地上に降り立ち自らの手で幕を引こうとした。

「もはやディバインウェポンを振るうまでも無いね、この幕引きには。手づから僕が始末しよう。君だけは入念に」









 今正にアダムにより響達にトドメが刺されようとしている。それを見ているしか出来ない事に、弦十郎が口惜しいと言いたげに奥歯を噛みしめた。

「有為に天命を待つばかりかッ!」

 何も出来ない自分の無力さに拳を震わせたその時、聞き慣れない声が通信で届いた。

『諦めるなッ!……あの子なら、きっとそう言うのではありませんか?』
「発信源……不明。暗号化され、身元も特定できません。ですが……これは……ッ!?」

 次の瞬間、発令所に居た者達は目を見開いた。突如正面のモニターに幾つもの文章が表示される。それが何であるか、その文章に関わっていた朔也は直ぐに気付いた。

「……解析されたバルベルデドキュメントッ!?」
『我々が持ちうる限りの資料です。ここにある”神殺し”の記述こそが、切り札となり得ます』
「神殺しッ!? それは……ッ!?」

 それは言葉通り、この場で誰もが望み、この状況を打開するに足る最大の切り札。敵の持つ力の拠り所を無力化出来れば、今の絶望的な状況を切り開く事が出来る。

 正体不明の音声の主が何故その情報を持ってこれたのか? その疑問の答えは、同じように通信を繋いだ慎次が答えてくれた。

『調査部で神殺しに関する情報を追いかけていたところ、彼らと接触、協力を取り付ける事が出来ました』

 そうして続き正面のモニターに映し出されたのは、何らかの槍を思わせる映像。その映像の隅にはそれが何であるかを示す文字が記されていた。

 『RELIC:GUNGNIR』……と。

「これは……ッ!?」
『嘗て、神の子の死を確かめる為に、振るわれたとされる槍……。遥か昔より伝わるこの槍には、凄まじき力こそ秘められていたものの……本来、神殺しの力は備わっていなかったと、資料には記されています』

 謎の声の説明に了子は一瞬首を傾げた。本来存在しない筈の神殺しの力。それが何故、力を持つと言う結論に至ったのか? 調はそれが分からず首を傾げる。

「それなのに、どうして……?」
『……二千年以上に渡り、神の死に関わる逸話が本質を歪め、変質させた結果であると』
「そうか、哲学兵装ッ! 先のアレキサンドリア号事件でも、中心にあった……」

 アレキサンドリア号事件では、哲学兵装とされたファラオの仮面が猛威を振るい、翼自身オートスコアラーのファラが振るうソードブレイカーにより苦しめられた。哲学兵装により何度も危険な目に遭った彼女達だからこそ、その恐ろしさを誰よりも理解していた。
 だがまさか、それが自分たちの身近にもある物だったとは思いもしなかった。

『前大戦時にドイツが探し求めたこの槍こそ……」
「『ガングニール』だとぉッ!?」

 それは彼らにとっても希望の一振り。響と翼が共に手にした、神の槍の名を冠する聖遺物。彼らはとっくの昔に、希望をその手にしていたのである。









「……そう、なんですね」
『立花ッ!』

 発令所での通信は、響の耳にも届いていた。彼女はその手に希望があると知ると、痛む体に鞭打って立ち上がった。

「まだ、何とかできる手立てがあって……。それが、私の纏うガングニールだとしたら……」

 弱々しくも、希望を口にしながら立ち上がる響。その姿に、アダムの顔から余裕が消えた。知られてはいけない事実を知られて、初めて彼の中に焦りが生まれたのだ。
 それに気付いているのかいないのか、響は自分を奮い立たせて立ち上がった。

「もう一踏ん張り……、やってやれないことはないッ!」

 その手にある一筋の希望の糸。それだけあれば彼女が立ち上がるには十分であった。彼女は何度も見てきた。希望をその手に紡いできた男の姿を、その男と添い遂げようと隣に立ち続けた1人の女の姿を。敬愛する彼女であれば、この状況で必ず立ち上がる。であれば、自分だって立ち上がれる。

 響のその姿にカリオストロは知らず笑みを浮かべ、意気消沈していたプレラーティも心に熱く滾る何かを感じずにはいられなかった。

 立ち上がった響に、アダムは迷わずティキに……ディバインウェポンに攻撃を指示した。やられる前にやれ、例え神殺しを持っていようとも、ディバインウェポンの一撃を喰らえば一溜りも無い。

 だがその一撃が響を消し飛ばす事は無かった。彼女が立ち上がると、次の彼女の行動を見越してプレラーティがけん玉を巨大なハンマーとして振り回しその身をゴルフボールの様に空へと向けて打ち上げていたからだ。

「行け、立花 響ッ!」
「はいッ!」

 プレラーティのバックアップを受けて、一気に跳躍しつつディバインウェポンの攻撃を回避する響。これ以上進ませてはなるものかと、アダムが刃の様にエッジが鋭くなった帽子を投擲した。

「行かせるものか、神殺しッ!」

 高速回転しながら弧を描き響に向け飛んでいく帽子だったが、それはカリオストロにより撃ち落とされる。得意の一撃を邪魔され、アダムは苦々しく地上のカリオストロを睨んだ。対するカリオストロは、今までにない位焦った様子のアダムを見て不敵な笑みを浮かべていた。

「な~るほど、そう言う事だったのね。ずっと不思議だったのよ。なんであの時、アンタはわざわざ自分で出張って来たのか……」

 思い出すのは風鳴機関本部を消滅させたあの時。カリオストロ達はてっきりシンフォギアか、アダムが並々ならぬ憎しみを向けている颯人を自らの手で葬り去る為に動いたのだと思っていた。
 だが実際は違った。彼は別の目的があって、自ら動き全てを消し飛ばそうとしたのである。

「あの無理筋な黄金錬成は、例の小僧に向けたのではなく……」
「アンタにとって不都合な真実を葬り去る為だった訳ねッ!」
「鬱陶しいね、その賢しさはッ!」

 事実を言い立てられたからか、アダムは接近戦でカリオストロ達を始末しようと動き出す。片腕を傷付けられた彼に何が出来るものかと思いながらも、カリオストロはガントレットを変形させ渾身の力を込めて殴りつける。
 それをアダムは、引き千切った左腕を剣の様に使って受け止めた。引き千切られた腕もある程度は自由に動かせるのか、手が開いてカリオストロの拳を受け止めて。

「なっ!?」

 まさか自分で自分の片腕を引き千切るとは思っていなかったので呆気に取られたカリオストロ。アダムはそんな彼女に腕を剣の様に振り回して攻撃し、カリオストロとプレラーティは上手い事タイミングを合わせてそれに対抗する。

「潰えて消えろッ! 理想を夢想したままでッ!」

 錬金術だけでなく体捌きも達者なのか、アダムはカリオストロとプレラーティが2人で組んで掛かっても尚揺らぐ様子はない。だがこれこそが2人の狙いだった。今のアダムは焦りのあまり視野が狭まっている。彼女達はアダムの意識を自分達に集中させていたのだ。

「ふふっ! いいの? あーし達にそんな構ってばかりで?」
「あっ!?」
「そのまま行けッ! 立花 響ッ!」

 気付けば響はディバインウェポンの直ぐ近くまで辿り着いていた。このままでは神殺しの一撃により、神の力が失われてしまう。

「乗り過ぎだ……調子にッ!――ッ!?」

 慌てて響を妨害しようとしたアダムであったが、そのアダムをカリオストロとプレラーティが妨害する。

「邪魔はさせないわッ! あの子も、サンジェルマンもッ!」
「サンジェルマンなら、きっとこれからも前へと進むッ! 彼女なら、きっとそうするワケダッ!」
「なら、あーし達はそれを全力で支えるのみッ!」

 カリオストロとプレラーティの怒涛の攻撃を前に、アダムも響への妨害が間に合わない。迫る響にディバインウェポンが拳を握り迎え撃つ様子に、アダムが声を荒げた。

「ッ! 寄せ付けるなッ! 蚊トンボをッ!」

「おおおおおおお……はあああああああッッ!」

「アダムヲコマラセルナアアアアアアアッ!」

 響の拳とディバインウェポンの拳がぶつかり合う。本来であれば圧倒的質量の違う両者のぶつかり合いは、ディバインウェポンの方が制する筈であった。
 しかし響の拳が持つ神殺しの力は、ディバインウェポンの鉄壁の防御を容易く砕いた。拳から先の腕が破壊され、ティキが悲鳴を上げる。

「アアアアアアァァッ!?」

 即座に大きなダメージが無かった事になり修復されようとした。が、しかし…………

「ギャァァァァァァァァッ!?」

 ダメージは無くならなかった。無数のフィルムの様なエフェクトが重なっても、腕は変わらず無くなったままであった。

 その光景に、発令所では小さいながらも歓声が上がった。

「ディバインウェポン、復元されずッ!」
「いいわ、効いてるッ!」

 了子達が喜びに沸いていると、発令所に体に包帯を巻いたガルドと彼を支えた切歌が入って来た。それに気付いた調が2人に近付いた。

「切ちゃんッ! ガルドッ!」
「状況は?」
「響さんが頑張ってる。それより、ガルドの方は?」
「言っただろ、大した事じゃない。手当も途中で簡単に済ませてきた。医務室と連絡が取れなくてな」
「ッ! そうだ、今……」

 レギオンファントムが入り込んだのは、2人が戻ってくる途中の事であった。だから2人は、今医務室がどうなっているのかを知らないのだ。調が今医務室がどうなっているかを話そうとした時、通信機から神殺しの情報を齎してくれた人物の声が響いた。

『バルベルデから最後に飛び立った輸送機……。その積み荷の中に、大戦時の記録が隠されていたのです……』

 その言葉に切歌は思わず笑みを浮かべた。あの時、空港で無茶をした事が報われたのだ。

「あの時の無茶は、無駄ではなかったのデスね……」
「教えて欲しい……、君の国が手に入れた機密情報を、なぜ我々に……?」

 情報はそれだけで武器になる。それをこうも簡単に開かされると、何か裏があるのではと勘繰ってしまうのは職業病の様な物であった。そうでなくても、突然通信を繋いで重要な情報を伝えることは相応にリスクを伴う筈。何故こんな事をするのかと、弦十郎が通信の向こうに居る相手に訊ねると彼はこう答えた。

『歌が……聞こえたって』
「歌……?」

『先輩が教えてくれたんです。あの瞬間、燃え尽きそうな空に、歌が聞こえたって。そんなの、私も聞いてみたくなるじゃないですかッ!』









 戦場では未だ響がディバインウェポンに一撃を加えようと奮闘している最中であった。片腕を半ばまで吹き飛ばされたディバインウェポンであったが、その戦闘力は未だ失われてはおらず地面を粉砕しその衝撃で響を翻弄していた。

「ぐあっ!?」

「終わりだ、これで」

「「立花 響ッ!」」

 風に煽られる木の葉の様に吹き飛ばされる響を見て、アダムはもう彼女に戦う力はないと判断した。それを下から見ていたカリオストロ達は、意識してか知らないが彼女を奮い立たせるようにその名を呼んだ。
 それが彼女の魂に火を付ける。意識を保った響は、マフラーを輝かせガントレットを変形させてドリルの様に高速回転させ一気に加速した。

 あれはマズイ、そう察したアダムは思わず叫んだ。

「神殺しッ! 止まれええッ!」

 焦るアダムの声が響く中、響は迷わず一気に突撃する。

「八方極遠に達するはこの拳ッ! 如何なる門も、打壊は容易いッ!」

 最早響は止められない。このままでは神の力毎、ディバインウェポンが破壊される。それを察したアダムは、誰もが予想出来ない行動に出た。

「ッ! ハグだよ、ティキッ! さあ、飛び込んでおいでッ! 神の力を手放してッ!」

 アダムに一方的な想いを抱いた……様に振る舞う事を求められたティキに、それに抗う事など出来る筈がない。否、抗うと言う考えすら浮かばない。ティキは求められるままに、言われた通りディバインウェポンを脱ぎ捨て飛び出した。

 そこに何があるのかを考えないままに…………

「アダムゥゥゥ、ダイスキィィィッ!」

「おおおおおおああああああああッ!」

 ティキが飛び出すのと、響が拳を突き出すのはほぼ同時だった。響の拳の射線上に飛び出したティキがどうなるか? そんなの考えるまでも無い事。

「キャアアアアアアァァァッ!?」

 戦闘能力皆無のティキの体が、響の一撃に耐えられる訳もなく。その身を両断されるように粉砕され、砕け散り地面に落下した。
 器であるティキが破壊されれば、神の力は形を失う。ディバインウェポンは光の粒子となって空中に漂うだけとなり、最早兵器としての形を成す事は無くなった。

 残されたのは上半身だけとなったティキの無残な姿。その状態になっても、彼女は尚もアダムへの恋慕を失うことなく彼を求め続ける。

「アダムスキ、ダイスキ……。ダカラダキシメテ、ハナサナイデ。ドキドキシタイノ……」

 健気にアダムの言葉に従い続け、一途に思い続けるティキを彼は冷たい目で見下ろしていた。それが彼の中での、ティキと言う存在への想いを何よりも雄弁に物語っていた。

「恋愛脳め。いちいちが癇に障る……。だが間に合ったよ、間一髪」

 最早用済みとなったティキを、アダムはゴミでも扱う様に蹴り捨てた。

「――ナンデマタッ!?」

 器を失えば、神の力は形を失っても消えることはない。最初に響達がやろうとしていた事を、アダムは逆手に取って利用したのだ。器であるティキを敢えて破壊させる事で、神の力そのものが失われる事を防ぐ為に。

 問題は、次の器をどうするかであるが…………

「人形を……神の力を付与させる為の……」

 器として使える物はないかと周囲を見渡すアダムの目に入ったのは、つい先程引き千切ったばかりの自分の片腕。考えてみればこれもまた人形だ。ならば、使い様はある。

「断然役に立つ……こっちの方がッ!」

 アダムは引き千切った自分の片腕を天に掲げた。その腕に、神の力を付与させる為に。

「付与させるッ! この腕にッ! その時こそ僕は至るッ! アダム・ヴァイスハウプトを経た、アダム・カダモンッ! 新世界の雛型へとッ!」

 掲げられた腕へと、神の力である光の粒子が飛んでいく。これで神の力は自分の物だと、彼は己の勝利を確信した。
 だが、次の瞬間起こった事は彼の予想を超えていた。何と神の力が彼の腕を無視して何処かへと集まっていったのだ。

「どう言う事だ……ッ!?」

 神の力が流れていく先に何があるのかとそちらを見れば、そこに居たのは傷付いた響の姿があった。神の力はどう言う訳か、彼女の中へと流れ込んでいる。
 その光景には誰もが困惑した。アダムやカリオストロ達は勿論、力が流れ込んでいる響本人ですらも。

「な、に……これ」

「なっ!?」
「嘘でしょッ!?」

「どうしたの、えッ……?」

 訳が分からないと困惑する響だったが、彼女の混乱など知った事かと言わんばかりに神の力は全て彼女の中へと流れ込んだ。そして、全ての力を受け取った瞬間、彼女の体が眩い光に包まれた。

「あ……あ……ウアアアアァァァァァァァァッ!」

 目も眩むほどの光に包まれた響から、今度は根っこか何かの様な物が飛び出し周囲の建物に引っ付いた。そしてその先には、巨大な繭の様な物がビルとビルの間に吊り下げられる光景が広がっていた。

 それを見てアダムは信じられないと声を震わせた。

「宿せない筈……。穢れなき魂でなければ、神の力を……ッ!」
「人間は生まれながらに原罪を背負ってるのに……」
「その人間に、神の力が……?」

 誰もが信じられないと言った目で見上げる中、響を包み込んだ光から生まれた繭は脈動する様に明滅していた。 
 

 
後書き
と言う訳で第189話でした。

原作で、ガングニールこそが神の力へと対抗する手段だと分かるシーンはBGMも相まって非常に熱いシーンでしたね。その熱いBGMをオープニングにしたXDUが間も無くサ終と言う事実に寂しさを感じずにはいられませんが。

因みにガルドは本部に帰還後、医務室にはいかずに途中で救急箱による治療だけを済ませて弦十郎達と合流しました。医務室と連絡が繋がらなくて、状況が分からなかった為直で発令所へと向かったからですね。この時医務室ではレギオンファントムが暴れていたのですが、彼と切歌は知る由もありませんでした。

いよいよ最終決戦。ファントム誕生に伴い体が徐々に崩壊していく颯人や乱入してきたレギオンファントム、更にはこの土壇場であの男も姿を表したりなど、兎に角怒涛の展開をお見せしようと思うのでご期待ください。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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