魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)
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【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
【第9章】バルギオラ事変の年のあれこれ。
【第2節】カナタとツバサとフユカとハルナ。
一方、カナタとツバサは、新暦85年4月に満2歳で地球の海鳴市に来て以来、イトコの美琴お姉ちゃんや奏太お兄ちゃんとともに、士郎や桃子やリンディやアルフの許で、元気にすくすくと育っていたのですが……。
「さすがは、なのフェイの娘たち」と言うべきでしょうか。
新暦89年(地球では、令和7年・西暦2025年)の5月に、アルフが「管理世界における一般的な『6歳児の集団検診』と同様の検査」を行なった結果、この二人も相当な魔力の持ち主であることが確認されました。
【後に、リンディは『ミッドでリミエッタ家に養子に入ったゼメクとベルネも、集団検診で相当な魔力の持ち主であることが判明した』と聞き、カレルとリエラも合わせた「六人の孫たち」の将来について、いろいろと期待に胸を膨らませることとなります。】
リンディとアルフは、なのはとフェイトにも早速それを知らせ、二人の同意を得て、しばらくは様子を見ることにしていたのですが……。
地球の暦では7月27日の日曜日、ミッドの暦では8月5日。後に述べる〈バルギオラ事変〉が最終局面を迎えた頃に、カナタとツバサはわずか6歳で、まだ誰からも何も教わってなどいないのに、魔法の力に目覚めてしまいました。
その日の早朝、飼い主の手を離れた大型犬が路上でいきなり飛びかかって来たので、幼稚園児の二人は驚いて無意識のうちに(デバイスも無しに)魔法を使い、その大型犬を魔力弾の連射で弾き飛ばし、電柱に叩きつけて半殺しにした挙句、勢い余って周囲の塀まで穴だらけにしてしまったのです。
二人そろって魔力は強いのに、当然ながら、そのコントロールがまだ「全く」できていなかったのでした。
そこへ駆けつけたアルフは、目撃者が誰もいないことを素早く確認してから、大型犬の飼い主がその場に駆けつけるよりも先に、双子を小脇に抱えて光学迷彩をかけながら飛んで逃げたのですが、このまま似たような事件が何度も起きれば、いずれは『高町家の子供たちは魔法が使える』という事実を現地の人々の目から隠し続けることもできなくなってしまうに違いありません。
「これは……やっぱり、二人ともミッドで正規の魔法教育を受けさせた方が良さそうね……」
リンディの判断により、双子は8月のうちに「なのは母様とヴィヴィオ姉様」に迎えに来てもらって、4年と4か月ぶりに生まれ故郷のミッドチルダに戻ることになりました。
随分とタイミングの悪いことに、ちょうどその頃、フェイトもアインハルトもそれぞれに仕事の最中で、どうしても手が離せなかったのです。
【ちなみに、住所がだいぶ離れているので、リンダ(アリサの娘)や、とよね(すずかの娘)は、最初からカナタやツバサとは別の幼稚園に通っており、実のところ、当人たち同士は、顔見知りではあっても、それほど「親しい仲」という訳ではありませんでした。
また、カナタもツバサも、幼稚園のクラスの中ではやや浮いていたようで、どうやら別離を惜しんで泣き出すほどの「仲の良いお友だち」は特にいなかったようです。】
しかし、実際のところ、行きはともかくとして、帰りは「即時移動」が使えません。6歳児ではもう「手荷物あつかい」をすることもできませんが、カナタもツバサも、まだ自分ではバリアなど張れないからです。
訊けば、『ちょうどドルバザウムから〈本局〉まで戻って来る船がある』と言うので、なのはは地球からの帰途には、その船に便乗させてもらうことにしました。
その船にその旨を連絡し、日程をすり合わせた上で、なのは(33歳)とヴィヴィオ(20歳)は、まず「即時移動」で地球まで双子を迎えに行きます。
高町家での夕食会は、少々しんみりとした雰囲気になってしまいましたが、それでも、士郎と桃子は笑顔で孫たちを送り出してくれました。
ただ、フェイトが来られなかったので、ツバサはちょっと寂しそうです。念のため、アルフにも付き添いで、その次元航行船に同乗してもらうことになりました。
さて、人員搬送船〈メイレストール〉の船長は、クレモナ人で樽腹のドマーゴ・ボルドース三佐という人物でした。今年で33歳と言いますから、こう見えても、まだなのはと同い年です。
はしゃぎ回る6歳児たちの世話をヴィヴィオとアルフに任せて、なのははしばらく、ドマーゴ船長と話をしました。
「いやいやいや。本局の〈エース・オブ・エース〉をお乗せできるとは、全くもって光栄です! こちらの世界のご出身だとは聞いておりましたが、まさか本当にこんな機会があるとは思っておりませんでした!」
大層な歓迎ぶりですが、よくよく訊けば、14年前に〈ゆりかご〉がミッドの空を飛んだ時には、当時まだ一介の操舵手だったドマーゴもたまたま首都クラナガンに居合わせて、地上からそれを見上げていたのだそうです。
やがて、会話の流れで、なのはは船長にこう問いました。
「それでは、三佐はドルバザウムにも、よく行かれるんですか?」
「はい。自分たちはみなクレモナの出身ですので、この船もおおよそクレモナを中心に活動しております。その関係で、ファルメロウにはしばしば足を運びますし、そのまま地球やドルバザウムにまで足を延ばすことも年に一度や二度はあります」
そう言えば、『ユーノが最初に〈ジュエルシード〉を発見した世界だ』ということは知っているのですが、なのは自身は、まだ一度もその世界を訪れたことが無く、ユーノからもそれほど詳しくは聞いたことがありません。
試しに、ドルバザウムとは一体どんな世界なのかと訊いてみると、ドマーゴ船長は少し困ったような顔をしてから、こう答えました。
「いや。本当に、遺跡がひとつポツンとあるだけの世界ですよ。最初に何か大変なロストロギアが見つかったと聞いていますが、その後はもう大したモノは何も見つかっていません。
もちろん、800年ちかくも前の遺跡ですから、学術的には『興味深い発見』も多少はあったらしいんですが、自分ら素人には、その辺りの専門的な話はサッパリでして……。
ただ、四年前に、その遺跡を築いた人たちが乗って来た、当時の『移民船』だか『避難船』だかが発掘されましてね。スクライア一族の人たちも、また少しばかりヤル気を出しているみたいですよ。……とは言っても、スクライア一族の『主戦場』は今やベルカ世界ですからね。他の世界はどこも人員不足で、ドルバザウムでも、その避難船の調査はなかなか思うようには進んでいないのだそうです」
「ええっと……すいません。避難船を『発掘』したんですか?」。
「はい。自分も三年ほど前に一度、実際に見せてもらったことがありまして……と言っても、保存魔法がかかっていなかったのか、船体は『もういつ崩れ始めてもおかしくはない』という状況で、船内にまで立ち入らせてはもらえなかったんですが……外から見た限りでは、『ちょうど良い大きさの窪地に船を降ろして、上から土をかけた』みたいな感じでした。
自分にはよく解りませんが、聞けば、あの〈ゆりかご〉も『元々は地中に埋まっていた』と言いますから……もしかして、古代ベルカの人々にとっては、常套手段のひとつだったんでしょうか?」
その辺りの事情に関しては、ドマーゴもあまりよく解ってはいない様子でした。
その人員搬送船は低速船だったので、四つ合わせて680ローデの航路を進むのに680刻、つまり、丸5日と16時間を要しました。地球を発ったのが「一日目」の夕食後、ミッドに着いたのは「七日目」の正午前のことです。
【低速船とは、現行の「BU式駆動炉」が開発される以前の時代の次元航行船と同様に、普段から「現在の管理局の次元航行艦における通常の巡航速度」のおよそ75%の速度で巡航している次元航行船のことです。
主に「燃費の関係」でそうしているだけなので、もちろん、緊急時には100%以上の速度も出せるのですが、特に急ぐ必要の無い運搬船や、多くの民間船は、今もおおむねこの速度で運用されています。】
その次元航行船は途中、ファルメロウとクレモナとデヴォルザムを経由しましたが、どの世界にも特に用事は無かったので、通常空間には一度も降りること無く、亜空間(一等航路と外湾)の中だけを通って来ました。
そんな訳で、窓の外の光景にずっと変化が無かったせいでしょうか。二人の6歳児は、四日目の午後にはもう船内を駆けずり回ることにも飽きてしまったようで、「初めての船旅」の後半は船室でおとなしく、なのはやヴィヴィオやアルフから、ミッドのいろいろな話を聞いたりして時間を過ごしました。
六日目の朝には、フェイトの方から『ようやく仕事が終わったので、今からミッドに帰る。今はまだ、ザウクァロスにいるが、パルドネアまでは、はやてに〈ヴォルフラム〉で送ってもらって、そこからは即時移動を使うので、今夜のうちには家に帰り着けると思う』と連絡がありました。
一方、アインハルトは先々月からの仕事がまだ終わっていないようです。
そこで、なのはも『こちらも、明日の正午前にはクラナガンの中央次元港に着くから、どこか近くのレストランに予約を入れて、ヴィヴィオやアルフも一緒に、六人で昼食を取ろう』と返事をしました。
そして、その予約は、現地にいるフェイトの方で手配することとなります。
翌日、一行は予定どおりミッドに到着し、六人でゆっくりと昼食を取った後、一旦は全員でアラル市の高町家に帰宅しました。
そして、アルフはカナタとツバサの様子を見ながら、そこで一泊し、翌日に「即時移動」で独り地球へ戻ったのでした。
なお、話は少し遡りますが、この年の3月には、双子のカレルとリエラは17歳で無事に士官学校を卒業し、4月からは早速、「准尉待遇」の空士としてそれぞれ一個分隊を任される身となっていたので、当然ながら、今年からはもう『夏休みの度に「田舎のお祖母ちゃんの家」に泊まり込みで遊びに行く』という訳にはいかなくなっていました。
そんな訳で、四人の孫たち(カレル、リエラ、カナタ、ツバサ)が一斉に家に来なくなってしまい、リンディ(62歳)はちょっと寂しそうです。
ちなみに、この年の8月に起きた〈バルギオラ事変〉とは、おおよそ以下のような一件です。
事件の主な舞台となった〈外44ケイナン〉は、かつてはジェブロン帝国の植民地でした。
しかし、帝国は衰退期に入ると植民地からの撤退を余儀なくされ、撤退に際しては、必ずそれらの世界から奪える限りのモノを奪い尽くした上で撤退して行きました。
そのため、ケイナンでも今から700年ほど前には「次元航行技術」を始めとする諸々の技術と文物が失われ、一旦は完全な無政府状態に陥りました。その状態から、ケイナンは全く独自に歴史をやり直したのです。
そして、武力によってケイナン世界の統一を成し遂げたバルギオラ帝国は、偶然にも(?)次元航行技術を再び手に入れた後、何故か「ジェブロン帝国の後継者」を自認し、この年の8月、ついに隣接する諸世界にまで侵略の手を伸ばしました。
八神はやて提督(33歳)は「現地駐在員」からの連絡でこれを知ると、直ちに〈提督権限〉に基づいて〈管23ルヴェラ〉を始めとする周辺の諸世界に対して「非常事態警報」を発令し、同時に、バルギオラ帝国に対しては〈時空管理局〉の名において「即時停戦と武装解除」を要求しました。
しかし、帝国側は当然に、その「一方的な要求」を拒否しました。
(帝国の人々は、そもそも『今では、次元世界に〈時空管理局〉という組織が存在しているのだ』ということ自体を知りませんでした。)
そこで、八神提督はやむなく、周辺の諸世界へと侵攻した帝国軍の戦艦を個別に撃破するよう、あらかじめ各世界に待機させておいた他の艦長たちに指示を出しました。
その上で、みずからは〈ヴォルフラム〉で直接に〈外44ケイナン〉へと乗り込み、ただ一隻で帝国の誇る「宇宙艦隊」を全艦撃破します。
(言うまでもなく、「基本的な技術力」にまだまだ格段の差がありました。)
さらに、はやては〈ヴォルフラム〉を艦長らに任せて、単騎で(正確には、リインとユニゾンして二人だけで)出陣し、月の「表側」に築かれた、惑星上の諸大陸を威嚇するための「無敵砲台」を一方的に殲滅しました。
また、ヴィータは同様に、単騎で(正確には、ミカゲとユニゾンして二人だけで)出撃し、帝都上空の「絶対防空壁」を一撃で粉砕しました。
最後は、アギトとユニゾンしたシグナム、シャマルとザフィーラ、さらにはブラウロニアまでもが帝都に上陸しました。三人と一頭は、地上の「近衛師団」を力ずくで蹴散らして正面から堂々と「皇帝宮殿」に乗り込み、逃げ惑う皇帝とその一族、さらには帝国の重臣たちを全員、問答無用で捕縛し、彼等の魔法を封じます。
はやてとヴィータも一旦そこに合流してから、あとは一斉蜂起した現地の民衆の手に「すべて」を委ねて帰って来たのですが……民衆は後日、当然ながら、皇帝やその一族や帝国の重臣たちを一人残らず中央広場で「公開処刑」にしてしまいました。
後に、管理局の〈上層部〉からは『本当に上陸までする必要があったのか?』とか、『処刑されると解っていて民衆の手に委ねたのか?』などといった批判も噴出しましたが、もしも八神はやて提督の迅速な行動が無かったら、帝国の悪質な質量兵器(核分裂爆弾)によって、隣接する諸世界で幾千万もの人命が失われていたであろうことは、「惑星統一戦争における、バルギオラ帝国の残虐で狂信的な所業」から見ても明らかです。
結局、八神はやて提督を始めとする関係者一同は(今回は、8年前の〈エクリプス事件〉の時とは違って)何の処罰も受けずに済んだのですが、その後の〈外44ケイナン〉はと言うと、強大な権力の中枢がいきなり消滅したため、今まではそれに抑圧されていた各地の勢力が、今度は世界の覇権を賭けて「いつ終わるとも知れぬ、泥沼の内戦」を新たに始めてしまいました。
しかし、時空管理局は法的に、管理外世界の「内戦」にまでは介入できません。今回の一件は、あくまでも「他の世界への侵略戦争」だったからこそ介入できたのです。
この事件の後、はやては管理世界の一般大衆からはいよいよ「英雄視」されるようになりましたが、はやて自身としては確かに反省すべき点もあり、「次の年からは」これまで以上に深く自分の行動を自制するようになっていきました。
さて、〈上層部〉の将軍たちから「ネチネチと」いろいろ言われた後、はやて(33歳)は、すぐにカルナージのアルピーノ姉妹と連絡を取り、いろいろと安心してから、レティ提督(62歳)の許へと改めて報告に行きました。
(はやては「何故か」もう機嫌が直っています。)
ひととおりの報告が終わると、そのままレティのオフィスで雑談が始まりました。
「息子もようやく『使える人材』になって来たし、最近はもう、部下たちにすべてを任せても何とかなるんだけど、私もまだ引退するには、ちょっと早いし……どうしたものかしらねえ」
レティの言う「息子」とは、かつて機動六課にも在籍していたグリフィス・ロウラン(31歳)のことです。
彼も、今では1男1女の父親となり、彼の愛妻ルキノ(30歳)も昨年の「産休明け」には、再び〈ヴォルフラム〉の第一操舵手(操舵長)に復職していました。
また、はやては今回の件で長らく出張任務に就いていたので、最近の〈中央領域〉の動向には、やや疎くなっています。レティはそれについても、はやてにざっと説明して、次にはその流れで身近な人物の話を切り出しました。
「ああ、そうそう。そう言えば、なのはさんは今、地球へ娘さんたちを迎えに行ってるそうよ」
「迎えにって。なんや、あの子ら、ミッドで暮らすことになったんですか?」
「ええ。二人とも相当な魔力の持ち主だと解ったらしいわ。フェイトさんは仕事の最中で、迎えに行けずに、だいぶ悲しそうだったけど」
「やっぱり、執務官は大変なお仕事なんやなあ」
しかし、噂をすれば何とやら。二人でそんな話をしていると、ちょうどそこへ、フェイトからの応援要請が届きました。
『特に一刻一秒を争うような状況ではないが、拠点制圧のため、武装隊から精鋭を十名ほど、こちらによこしてほしい。また、その際には、必ず医療部から「魔導医師ジョディアン・ハルミーザ」を連れて来てほしい』とのことです。
「そのジョディアン・ハルミーザというのは、どういう人なんですか?」
「まだ若いけど、『遺伝子とその発現形質との関連性』に関する研究のエキスパートよ。人間以外では、竜族の遺伝子についても詳しいと聞くわ」
「ほな、私が行って来ますわ。今なら、ちょうど八神家も全員、揃っとることやし」
「ええ……。これ、多分、あなたたちが出るほどの話じゃないわよ」
「まあ、たまにはええんと違いますか?」
はやては、笑って親友からの要請を受け入れ、医療部からジョディアン医師(24歳)を呼び出しました。外見的には、「研究者」と言うよりも「格闘家」に見えてしまいそうな顔立ちの、随分と大柄で筋肉質な赤毛の女性です。
はやては速やかに彼女を〈ヴォルフラム〉に乗せ、あたかも〈上層部〉の小言から逃げ出すかのように、また八神家フルメンバーで〈管20ザウクァロス〉へと向かったのでした。
〈本局〉からザウクァロスまでは、ミッドとパルドネアを経由して200ローデあまり。125%の速度でブッ飛ばしても、丸24時間はかかる道程です。
翌日、〈ヴォルフラム〉が惑星周回軌道に入ると、はやてはまず転送でフェイトとシャーリーを艦内に収容し、詳しい話を聞きました。
「今さらだけど、私はここしばらく、6年前に『妊娠中のまま』行方不明になったルキーテ執務官の件を追っていたの。それで、今回ようやく、すべてはこの宗教結社〈竜人教団〉の仕業だったと解ったのよ」
他の用途には使われないような「特殊な医療器具」の物流は、巧みに偽装されていましたが、フェイトは、決して相手には気づかれないよう、慎重にその流れを追いかけて、ついにその最終的な行き先を突き止めました。
そして、広大な中央大陸(ザウクァロスでは人間が住む唯一の大陸)の南方に浮かぶ、名目上は丸ごと某企業の所有地となっている洋上の孤島「ギャバウディス島」に、その企業の福利厚生施設を装った違法な研究施設を発見したのです。
もし生きているのなら、ルキーテは今もそこに囚われているはずでした。
「それにしても、わざわざ八神家が動くほどの案件ではないんだけど」
「ええやんか。一昨年には、私らがおらんうちに、ドナリムでも過剰戦力で一気にいてもうたんやろ? 今回もそれで行こうや」
そんな雑な会話の後、今回もまた(フェイトと八神家全員に加えて)ブラウロニアも実行部隊に加わることになりました。艦のことは艦長とルキノ操舵長に任せて、軌道上からギャバウディス島の上空へ10名全員を一度に転送します。
一同は上空から降下しつつ、違法宗教結社〈竜人教団〉の研究施設を強襲しました。一気に突入して抵抗はすべて排除し、証拠品などを次々に押収しながら奥へ奥へと進んで行きます。
しかし、もはや抵抗も不可能と覚ると、組織の研究者たちは、全員が即座に毒薬で自害してしまいました。
いかにも宗教的で、狂信的な行動原理です。
そして、誠に残念ながら、やがて、ルキーテ執務官と夫ヴァニグーロとその子供(胎児のまま)の死亡が確認されました。
一行は、その施設で造られた「四体の素体」のうち、生き残っていた二体(ともに5歳児相当の女児)を保護した後、後始末はすべて、明日には到着する予定の現地陸士隊に任せ、全員で一旦、〈ヴォルフラム〉に帰投しました。
早速、艦内でジョディアン医師とシャマルにその女児たちを調べてもらいます。
そして、翌朝、地上の施設から押収したデータも踏まえた上で、シャマルとジョディアンは次のように所見を述べました。
「まず、あの子たちは、基本的には『ルキーテ執務官の改造クローン』ですが、新たに竜族の遺伝子が組み込まれていました。古代ベルカにおける獣人と同じ要領ですが、こちらは余分な染色体が2対もあります。また、あの二人のゲノムは、『おおよそ』一致しており、一部には執務官の夫や他の人物の遺伝子も使われているようです」
「背中の『入れ墨』のような文様は、ある種の獰猛な小型竜族に似ていますね。あの怪力も、おそらくは、竜族の遺伝子によるものでしょう。そもそも筋肉細胞の構造が人類とは少し違っていて、むしろ大型の竜族に近いものになっています」
今も別室で、その女児たちは自分たちよりも少し大きなアギトやミカゲの体を(魔法なしで!)丸ごと持ち上げ、それをボールのように投げ飛ばして遊んでいました。
アギトやミカゲも二人に怪我をさせない程度に、彼女たちの体を丸めてそっと投げ返したりしており、「竜の血を引く幼女たち」は、もう大はしゃぎです。
おそらく、あの施設の中では、彼女らが「自分の意思で自分の体を自由に動かすこと」など全く許されてはいなかったのでしょう。
シャマル「あの子たちの母語は、何故か最初からミッド語でした。ゆくゆくは、工作員か何かに仕立て上げるつもりだったのかも知れませんね。……それと、普通の家庭で、あんな怪力少女たちを育てるのは、ちょっと無理だろうと思います。ここは、やはり、八神家で引き取った方が良いのではないでしょうか?」
フェイト「ルキーテの改造クローンなら、自分が、とも思っていたけど……」
はやて「レティさんから聞いたんやけど、今度、カナタちゃんとツバサちゃんもミッドに戻って来るんやろ? 生身の人間の小児が、あの子らの相手なんかしたら、ホンマに大怪我するで」
それを聞いて、フェイトもやむなく、はやてが八神家の方に彼女らを引き取ることを了承しました。
その後、はやては、その子たちから『名前を付けてほしい』とせがまれました。
はやてはいろいろと思うところがあって、互いに一卵性双生児のようによく似たその子たちを、「フユカ(冬香)」および「ハルナ(春菜)」と名づけました。
そして、一行は〈本局〉への帰途に就きましたが、その途中、フェイトは(先に述べたとおり)一足先にパルドネアから即時移動で独りミッドに戻りました。
今回の事件に関する報告書は、すでに〈上層部〉に提出済みです。
しかし、その報告書を読んだ将軍たちは、即座に査問会を準備し、翌日、はやてたちが〈本局〉に帰投すると、はやてら関係者全員をそのまま査問会に出頭させました。
本音を言えば、「試作の竜人たち」は何とかして自分たちの側で管理したかったのですが、当のフユカとハルナは「八神家の関係者」以外の人間にはなかなか懐こうとしません。
そこで、シャマルとジョディアン医師が熱弁を振るったことも手伝って、管理局の〈上層部〉もやむなく、フユカとハルナを八神家に預け、ミッドの戸籍に「人間」として登録することを認めました。
そして後日、この事件は舞台となった島の名前から〈ギャバウディス事件〉と、あるいは、組織の名前から〈最初の、竜人教団事件〉と名づけられましたが、その具体的な内容は、丸ごと「特秘事項あつかい」とされてしまったのでした。
(まあ、あの新居なら、多少の怪力では大して壊れたりもせんやろ。)
はやてはそう考えて、フユカとハルナを最初から自分の「今年で5歳になる双子の養女」として戸籍に登録しました。
そして、その後「しばらくしてから」この双子は初めて、はやてのことを「おかあさん」と呼ぶようになったのでした。
【この〈ギャバウディス事件〉と「この双子のもう一人の(イマジナリーな)姉妹」である「アキホ(秋穂)」については、また「インタルード 第6章」で詳しくやります。】
さて、ここでまた話は変わりますが……。
カナタとツバサの視点からすると、(2歳までの記憶は残っていないので)自分たちを育ててくれたのは、あくまでも「お祖母様たち」です。
今までずっと、なのは母様やフェイト母様やヴィヴィオ姉様は「たまに会いに来てくれる人」でしかありませんでした。
そのため、二人はミッドに帰って来てからも、最初のうちは「家族としての距離感」をつかむのに随分と苦労をしたようです。
もちろん、カナタとツバサは、自分たちの生まれ故郷が「魔法がフツーに存在している世界」であることにも驚きましたし、自分たちには『男親が最初からいなかった』という事実にも驚きましたが……。
もう一つ驚いたのは、『齢の離れた姉ヴィヴィオが、実は昨年すでに結婚しており、しかも、「義理の兄」が今はこちらの家に同居している』ということでした。
また、そのアインハルトが(少々込み入った案件を執務官として解決した後)二か月ぶりで高町家に帰って来ると、カナタとツバサは男装したアインハルトのことを『兄様』と呼んで、以後、この「ヴィヴィオ姉様とアインハルト兄様」にとてもよく懐いていったのですが……。
それは、フェイトが『二人とも、私にはあんなに懐いてくれない……』と寂しがってしまうほどの懐きぶりでした。
【フェイトさん、泣かないで!(笑)】
こうして、カナタとツバサは新暦89年の8月には「生まれ故郷」のミッドチルダに帰って来た訳ですが、来春にはもう就学なので、急いで「ミッド人の小児としての、最低限の知識や常識」を身につけなければなりませんでした。
最初にして最大の難関は、当然ながら、ミッド語(ミッドチルダ標準語)の習得です。
幸い、ミッド語の発音は、日本人にとって、英語やシナ系の言語ほど困難な代物ではありませんでした。声調も無く、母音も普通の「アイウエオ」と「曖昧母音」の六つだけで、「外来語専用の母音」まで含めても全部で九つしかありません。
子音もむやみに連続することは少なく、日本人にとって本当に難しいのは、「L音」と「R音」の区別、および「破裂音のG音」と「鼻濁音のNg音」の区別ぐらいのものでした。
【日本人にとって、これらの音は「同じ音素の中の異音」でしか無く、普段、意識的には区別されることがありません。
つまり、大半の日本人は、「同じラ行音」でも『語頭ではおおむねL音で、それ以外の場所ではR音で』発音し、同様に、「同じガ行音」でも『語頭ではG音で、それ以外の場所ではおおよそNg音で』発音しているのですが、それらは全く無意識的な区別でしかないので、外来語で「語頭にR音やNg音が来たり、語中にL音やG音が来たり」すると、なかなか上手く発音できないのです。
なお、ミッド文字は全部で28文字あります。地球のラテン文字(全26文字)と比べると、C、Q、Xに対応する文字がありませんが、その代わりに、「一字で」英語のsh音やch音やts音やng音、さらには、ドイツ語のch(ツェーハー)の音を表わす文字があります。】
また、ミッド語は、文法的には「ラテン系の言語」に似ており、普通の文章では(苗字が名前の後ろに付くように)形容詞は名詞の後ろに付きます。
ただし、語順に関しては意外と自由度が高く、日常的には「古代のラテン語」と同様に、述語が文末に来ることも決して珍しくはありません。
また、綴りと発音もほとんど一致しているので、書いてあるとおりに読み、聞こえたとおりに綴れば、おおよそ間違いはありません。
【英語のような「訛りに訛った(綴りと発音とがかけ離れた)辺境言語」とは、言語としての「格」が違うのです。】
なお、他の管理世界の住民にとって、ミッド語を習得する上での困難は、決して発音上の問題ではなく、むしろ文法上の問題でした。
具体的に言うと、「名詞の格変化」や「動詞の活用」以外にも、他の言語にはあまり存在していない「人称詞」や「終助詞」の用法がなかなかに難しいのです。
ミッド語には、動詞に「人称変化」があるので、『主語が単数か、複数か。そして、一人称か、二人称か、三人称か』ということは、動詞の語尾を見ればすぐに解ります。だから、古代のミッド語では、人称代名詞の主語は省略されるのが「普通」でした。
(省略されていない場合は、その主語が特別に強調されているものと見做されます。)
そのため、後に、ベルカ語の影響で『やはり、主語は明示されていた方が良い』という考え方が出て来た時にも、大半のミッド人は『それでも、ただの人称代名詞では「情報として」動詞の人称語尾とカブってしまう。ただそれだけの情報ならば、別に必要ないだろう』と考えました。
ここで、普通の世界ならば、『それでは、動詞の人称変化など無くしてしまおう』という方向へ話が進むものなのですが、ミッドでは、それとは全く反対の方向に話が進みました。
つまり、当時のミッド人は、『本来は普通名詞である幾つかの単語を「人称詞」と規定し、そこに「単なる人称代名詞」以上の情報を盛り込む』という考え方を全く独自に編み出したのです。
具体的に言うと、ベルカ世界から正式に独立する頃、旧暦開始前後のミッド人たちは『話し手の性別や年齢や身分、さらには話し手と聞き手との関係性(親密さや上下関係など)によって、さまざまな人称詞を器用に使い分ける』ようになって行きました。
それは、初等教育の義務化で識字率が飛躍的に向上し、印刷技術の普及で庶民も普通に小説などを読めるようになりつつあった時代のこと。『今まさに「新たなミッド語」が形成されつつあった』という時代の出来事です。
しかし、幸いにも、「人称詞」や「終助詞」は、日本語にもおおよそ同じようなモノが存在しており、全くの偶然ではありますが、それらの用法も日本語のそれとよく似たものでした。
そのため、カナタとツバサも(他の世界から来た人たちに比べれば)ミッド語の習得にそれほどの困難は感じなかったようです。
また、あまり小さなうちから(母語の語彙力が不十分なうちから)他の言語を教えてしまうと、小児はしばしば「両方ともきちんと話せる人」(いわゆる、バイリンガル)にはならず、「両方ともカタコトしか話せない人」になってしまうものなのですが、カナタとツバサは幸いにも、そうした状況には陥らずに済みました。
二人が、日本で「とても6歳児とは思えないほどの語彙力」をすでに獲得していたためでしょうか。
あるいは、なのはとフェイトが全く日常的に『念話では日本語で語りかけながら、同時に、肉声ではそれをミッド語に翻訳して語りかける』という高度な作業を、根気よく続けてくれたおかげでしょうか。
はたまた、満2歳まではミッドで暮らしていたので、本人たちも自覚することのできない無意識領域に、あらかじめ「ミッド語の感覚」が染みついていたのかも知れません。
カナタとツバサは、11年前のカレルやリエラの時と比べても、より上手にミッド語を習得していったのでした。
なお、ミッド文字と地球のラテン文字(俗に言うアルファベット)を比べると、全く同じ形なのに双方で全く別の音を表している字形も幾つかあるので、下手に英語など学んでいたら、カナタもツバサもかえって混乱していたかも知れません。
しかし、これまた幸いにも、カナタとツバサは士郎と桃子から『まず日本語』という教育を受けていたので、そうした無用の混乱に陥ることもありませんでした。
【例えば、ミッド文字では、「V」という形の文字が母音の「ア」を、「X」という形の文字が母音の「エ」を、「Λ」という形の文字が母音の「イ」を、それぞれ表していて……といった裏設定があります。(笑)】
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