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魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

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【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
 【第9章】バルギオラ事変の年のあれこれ。
   【第1節】新暦89年、8月までの出来事。

 
前書き
 この章と次の「第10章」は、内容的には連続性が高いのですが、説明の都合で二つに分けました。
 この章の「主な」内容は、ティアナたちが担当した〈メイラウネ事件〉と、はやてたちが担当した〈バルギオラ事変〉と、フェイトたちが担当した〈ギャバウディス事件〉の説明の他には、この年に5~6歳児となる「新世代キャラ」の紹介です。
 具体的には、なのはとフェイトの娘である「高町カナタと高町ツバサ」や、竜人(の失敗作?)である「八神フユカと八神ハルナ」の紹介を、まずこの章でやります。
 エイミィが養子に出した「ゼメク・リミエッタとベルネ・リミエッタ」や、マギエスラの一人娘「ロデリア・ペルゼスカ」や、ノーザとザミュレイの長女「ヴォナリエ・ハグディ」の紹介は、また次の章でやります。
 みな、基本的には「次回作」(←笑)の主人公たちなので、この作品の中では、大した活躍もしないのですが、つい「勢いで」書いてしまいました。(苦笑)
 

 


 明けて、新暦89年。
 まず、1月には、高町家の四人が「エーリクとイルメラの10回忌」をひっそりと()(おこ)ないました。
 なのはとフェイトは、昨年にヴィヴィオとアインハルトが結婚した後で、『アインハルトの曾祖父母「ニコラスとフリーデ」が、実は、あの空港火災事件の被災者だった』と知って以来、婿殿(むこどの)の親類縁者にも相応の関心を払っており、今回はアインハルトやヴィヴィオとともに、エーリクとイルメラの墓前で祈りを捧げました。
 再来年の5月には、また「ニコラスとフリーデとラルフとローザの20回忌」をひっそりと執り行なうことになるでしょう。

 また、2月には、アルピーノ家の三人が「マルーダ(ファビアの母方祖母)の10回忌」を現地で執り行ないました。彼女の墓はミッドにありますが、そちらへ行くのは、祀り上げの時だけで充分でしょう。


 一方、この2月には、三年前の4月と5月に(おおよそ同じ時期に)結婚したジャニス(23歳)とコロナ(20歳)が、また仲良く同じ時期に元気な男児を出産しました。

 さて、ジャニスやコロナの側から見れば、この結婚は「相当な上昇婚」です。つまり、「実家よりも地位や階級が相当に高い婚家への嫁入り」であり、俗に言う「玉の輿(こし)」です。
 上昇婚も、多少の経済格差ぐらいならば何も問題は無く、むしろ大半の女性が結婚に際しては、それを目指している訳ですが、ここまであからさまに階級が違うと、当の女性にとっても、上昇婚は決して「楽なコト」ではありません。
(ごう)()っては郷に従え』という原則により、嫁入りした女性は(実際には、婿入りした男性も)実家で身に付けた「当たり前の感覚や常識」を捨て去って、婚家で新たに「上流階級なりの(上流階級ならではの)感覚や常識」を身に付け直さなければならないからです。

 少々嫌な話になってしまいますが、『何を「当たり前」と感じるか』は、(逆に言えば、『何を「常識はずれ」と感じ、()み嫌うか』は)実のところ、階級ごとに少しずつ異なっています。
 だから、玉の輿(こし)に乗った女性が、実家の感覚で「当たり前のこと」をすると、それはしばしば婚家では嫌われてしまうのです。
 ジャニスもコロナも、母親になる前に、まず嫁として「婚家の側から見て」恥ずかしくない女性にならなければなりませんでした。
 だからこそ、結婚から最初の出産までに、三年ちかくもの時間を要したのです。

 今回の男児の誕生には、サラサール家の人々もメルドラージャ家の人々も大喜びで、これによって、ジャニスもコロナも「婚家における嫁としての地位」は相当に安泰なものとなりました。
【これ以降も、二人は似たようなペースで子供を産み続け、最終的には、ジャニスは3男1女の、コロナは2男2女の母親となります。】

 また、コロナは10歳の時に、最初のデバイスをルーテシアに造ってもらった関係で、その後は自分でも「デバイス関連の技術」をいろいろと学んでおり、その流れで、17歳で管理局員になった時にも、最初から「技官」を選択していました。
 しかし、コロナは、一足先に転属していた夫からの勧めもあって、産休の取得に際して「古代遺物管理部・捜査課」への転属願を出しており、それが受理された結果、産休明けの同年10月からは「捜査四課」の一員となりました。


 そして、その出産と同じ頃、具体的には「立春」の頃に、ナカジマ家では、ギンガとスバルが中心になって地球式にゲンヤの「還暦」をお祝いしました。
 少し張り込んで、場所は高級料亭の一室です。
 ウェンディが(後に述べるとおり、ティアナの仕事が予想外に長引いてしまったために)来られなかったのは残念でしたが、ゲンヤには大いに喜んでもらえました。
 なお、チンクはしばらく前から仕事の合間を()って、「自分のオリジナル」について少しずつ調べを進めていたのですが、昨年の暮れには最終的に確認が取れたので、この機会に「エリーゼ・エスクラーナ」という人物について、ゲンヤたち家族にもひととおりの説明をしておきました。
【新暦55年に26歳で死去したエリーゼには、当時5歳の男子ヴァロールがいましたが、その遺児も今ではもう39歳で、普通に妻子がいる身の上です。
 無論、チンクは調べを進めるに際して、「ヴァロールやその父親に自分の姿を見られること」を慎重に()けていました。それで、必要以上に時間がかかったのです。】

 また、その直後に、ゲンヤ・ナカジマ三佐はミッド地上本部のオーリス・ゲイズ・ラムロス二佐(41歳)から「陸士統括局」への転属(栄転)を打診されたのですが、彼は根が現場主義の人間なので、丁重にそれを辞退しました。
 結果として、翌3月には、ゲンヤは「陸士108部隊の部隊長」という地位のままで、階級だけが二佐に昇進し、また改めて家族からそれをお祝いされました。
 後日、ようやく仕事の終わったティアナとともに、はやては祝いの品と銘酒を持参してナカジマ家を訪れ、ゲンヤやトーマと四人で酒盛りをしてこれを祝いました。
(あくまでも一般論ですが、ウェンディたち戦闘機人はあまり酒が飲めないのです。)

 さらに、5月の上旬には、トーマとメグミの長子サトルが予定日のとおりに生まれました。系譜の上では、この子は「ゲンヤの初孫(ういまご)」ということになります。
 こうして、ゲンヤはこれ以降、相当に幸福な晩年を送ったのでした。


 また、この年の3月には、かつての総代イストラ・ペルゼスカの初孫でもあるマギエスラ・ペルゼスカ艦長が、29歳の若さで提督(一等海佐)に昇進しました。
 5月には、一人娘のロデリアも「6歳児の集団検診」で、自分以上の魔力の持ち主だと判明し、マギエスラはもう大喜びです。
 しかし、この時、彼女はまだ自分の家庭に「重大な危機」が迫っていることに少しも気づいてはいなかったのでした。


 一方、ティアナは昨88年の11月から、新たな案件で遠く〈第33管理世界ゼヴァルドゥ〉に来ていたのですが、実際に捜査を進めてみると、割と単純な事件のように見えたので、ティアナはその月のうちに『これなら、この事件はいくら遅くても1月中には(かた)がつくだろう』と判断しました。
 それで、12月になって、スバルの方から『来年の2月には、家族で父さんの「還暦のお祝い」をする予定なんだけど、ウェンディは来られそう?』とメールがあった時にも、ティアナは『うん。大丈夫だよ』と軽く返してしまったのですが……年明け早々には意外なトラブルが発生して事件は予想外に長引いてしまい、結果としては、ティアナもウェンディも3月の上旬まで現地に(くぎ)づけにされてしまいました。

 そして、事件がすべて終わった後、ティアナはウェンディとともに、ようやくミッドへの帰途に()きました。
 ただし、ゼヴァルドゥからは一等航路がミッド方面に伸びておらず、即時移動で帰ることができないため、二人は行きと同じように帰りも次元航行船に乗り、まずはヴェトルーザに(一等航路でミッドにつながっている諸世界の中では、ゼヴァルドゥから最も近い世界に)向かいました。
ただし、近いとは言っても、その距離はおよそ100ローデにも達しており、普通の民間船の速度では20時間もかかる道程(みちのり)です。
 ティアナは船内で「ウェンディを予定どおりに祝いの席に出席させてあげられなかったこと」について、ゲンヤに一言、()びを入れておこうなどと考えながら、やがて眠りに落ちました。

 しかし、翌日、ヴェトルーザから即時移動でミッドに戻ってみると、幸いにも、はやてが『明日は師匠の昇進を祝いにナカジマ家へ行く予定だ』と言うので、ティアナもそれに便乗させてもらうことにしました。
 そうして、ナカジマ家でゲンヤに詫びを入れ、トーマも(まじ)えて「楽しい酒盛りの一夜」を過ごした後、ティアナはようやく「少しまとまった休暇」を取ることができたのですが……それも、またほんの十日ほどで唐突に打ち切られてしまいました。
 3月の後半には、また早速、上層部から「直々(じきじき)の指名」を受けてしまったのです。

 外回りの執務官は、10年以上も続ければもう「ベテラン」という扱いになり、上層部に申請すれば、〈本局〉の内部に自分専用のオフィスを構えたり、次元港に自分専用の小型艇を持ったりすることもできるようになります。
 ティアナ(30歳)も執務官になって今年の春で満12年。周囲からはもう充分に「ベテラン」と見做(みな)されているのですが、彼女はまだそうした権利を何も申請していませんでした。
 実のところ、ティアナの職歴の中では、〈マリアージュ事件〉のように「犯人を追って幾つもの世界を転々とする事件」はむしろ例外的なものであり、彼女が得意とするのは、もっぱら『特定の世界に滞在し、じっくりと時間をかけて捜査をする』というタイプの事件だったからです。
 その上、その種のスタッフなど特に雇ってはいないので、無理にオフィスを構えても、ほとんど「ただの空き部屋」になってしまうだけでしょうし、また、小型艇に関して言えば、そもそもティアナもウェンディも操縦免許を持っていません。
 ティアナも『小型艇は、あればあったで便利だろう』とは思うのですが、今さら『講習を受けて自分で免許を取ろう』と思えるほどの熱意はありませんでした。

 自分のオフィスがあれば、上層部からの指示もそこで受け取れば良いのですが、ティアナの場合は、自分の方から相手のオフィスに出向かなければなりません。
 ティアナは、今では「事実上の直接の上司」である参謀部主席次官ルアドロ・グロンダル少将(66歳)のオフィスを全く指定どおりの時間に訪れました。
 ルアドロは、良くも悪しくも「典型的なゼナドリィ人」の将軍です。秘書がティアナを彼の部屋に(とお)すと、形式的な挨拶(あいさつ)や無駄な世間話など一切せずに、機械のように無機質な表情のまま、いきなり本題に入りました。
 あえて良く言えば生真面目(きまじめ)な性格で、ティアナにとっては、むしろ「余計な不快感」を(おぼ)えずに済むタイプの上司です。

「つい先日のことだが、第68管理世界サウティの〈西の大陸〉で、現地の捜査官が何者かに殺害された。どうやら、未知のロストロギアが(から)んでいるらしいのだが、現地の陸士隊や並みの広域捜査官では、とても手に()えない案件のようだ。
 そこで、我々は君をこの案件の適任者と判断し、殺害犯の特定と確保、ならびに、ロストロギアの回収を君に命じることにした。詳細はすべて、こちらにあるとおりだ。当面、現地の陸士隊とは接触せず、内密に捜査を進めてほしい。何か質問はあるかね?」
 そう言って、ルアドロはティアナにこの事件の詳細なデータを手渡しました。ティアナは素早くそのデータに目を通して、思わず不平を漏らします。
「背景には、現地における『二つの犯罪組織』の抗争があるらしい……。これを私たち二人だけで何とかしろ、と?」
「あくまでも『当面は』の話だ。現地の陸士隊には内通者がいる可能性が高いからね。君たち二人は、取りあえず『サウティ〈中央大陸〉の地上本部から来た捜査官』という設定で動いてみてほしい。現地の地上本部には、すでに話はつけてある」
 ルアドロはそう言って、今度は「(にせ)の身分証」と「眼鏡(めがね)」と「全自動翻訳機の上位機種」をティアナに手渡しました。

 なお、管理世界の技術では通常の近視は普通に治療できるので、当然ながら、この眼鏡(めがね)も視力を矯正するための装置ではありません。
 身分証に書かれた文字はすべて現地のサウティ文字で、そのままでは、ティアナには読めませんでしたが、微妙に色がついたその眼鏡をかけて見ると、レンズの内側にそれらの文字列の読み方と意味が自動的に表示されます。
(もちろん、それらの表示は外側からは見えません。)
「私の偽名は……ヴィズナッディ・ロウガメルヴェ、ですか?」
「うむ。サウティでは、さほど珍しくもない名前だ。なお、現地での略称は前の方を略して、ナッディになるので、注意するように。それと、こちらが補佐官の分だ」
 ルアドロはそう言って、もう一組の「身分証と眼鏡と翻訳機」を渡しました。
「もちろん、君が捜査を進めた上で、増援が必要と判断した時には、迷わず連絡してくれ。こちらにも、古代遺物管理部の機動課から人員を送る用意がある」
 その言質(げんち)を取ってから、ティアナはまたウェンディとともに、今度はサウティへと向かったのでした。


 サウティは、『次元世界大戦以前の、先史時代の遺跡が今も数多く眠る』という、良く言えば、歴史ロマンに(あふ)れた世界であり、悪く言えば、『今でも時おり「未確認のロストロギア」がいきなり出土することがある』という物騒な世界です。
 前回のゼヴァルドゥよりもさらに南方にある世界で、もちろん、〈本局〉やミッドと一等航路ではつながっていません。
 ティアナとウェンディは、まず即時移動でシガルディスまで飛び、そこからは民間の次元航行船に乗って、およそ12時間でゲルドラングに到着しました。クラナガンとは9時間もの時差がある古都ゼブロムニスの転送施設から、さらに即時移動でサウティ〈中央大陸〉の首都地上本部へと飛びます。
 そこで、『すでに話がついている』ことを確認してから、二人は〈西の大陸〉へと赴き、捜査官が殺害された現場の都市(まち)に入ると、早速そこで捜査を開始しました。現地の首都との時差は6時間。クラナガンを基準にすると、15時間(逆向きに9時間)もの時差があります。
 ティアナとウェンディは最初から別行動を取り、まず時差ボケを直してから、それぞれに地道な聞き込みを始めたのですが……四か月あまり後には、やはり増援の派遣を要請せざるを得ない状況となりました。

 そして、8月の上旬、ティアナは〈本局〉から来た機動三課の人員を、持ち前の「指揮スキル」で巧みに動かして敵の根拠地「暗黒城」を攻略し、新たなロストロギアも無事に確保させた上で、最終的には、またもや「力ずく」で(巨大なブレイカーの一撃で)これを解決しました。
 そのため、この〈メイラウネ事件〉の現地での俗称は、「暗黒城崩壊事件」となったのです。
(ちなみに、この一件では、昨年の春に機動三課に転属して来たばかりの「ジョルドヴァング・メルドラージャ二等陸尉」も、小隊長として大いに活躍しました。)

 しかし、ティアナはこの一件で、現地の長老(自称、先史サウティ王家の末裔)からはボロクソに罵倒され、挙句(あげく)の果ては、本気で「呪いの言葉」を吐きかけられてしまいました。

「お前は、その呪われたスキルもろとも、地獄に落ちるが良い!」
(なんで、アンタなんかに、そこまで言われなきゃいけないのよ……。)

 こうして、事件が無事に終了した後、ティアナもやっと〈本局〉に戻れる状況になったのですが……二人とも、もうバテバテで、バリアを張って即時移動をする気力などカケラも残ってはいません。
 そこで、ティアナとウェンディは〈本局〉から機動三課の人員を乗せて来た人員搬送船に便乗させてもらい、現地サウティからゲルドラングとシガルディスとミッドチルダを経由して、ゆっくりと〈本局〉に戻ることにしました。
 四本の航路を合わせると、400ローデあまり。つまり、通常の巡航速度でも60時間(丸二日半)あまりもかかる道程(みちのり)となります。
 船長や機動三課の隊長たちを始めとする関係者各位への挨拶(あいさつ)を済ませた後、ティアナとウェンディは、案内された「VIP用の特別船室」で二人だけの「ささやかな打ち上げ会」を始めました。

 そして、ティアナは酒が回ると、例によって例のごとく愚痴(ぐち)り始めました。
「三十歳にもなって、今さらコレを言うのも、我ながらどうかと思うけど……私って、やっぱり、男運、無いのかしら……」
 今回は、最初から『事件の背景には「二つの犯罪組織」の抗争があるらしい』と想定されていたため、ティアナとウェンディも最初から二手(ふたて)に分かれ、身分を隠したまま(一般の捜査官のふりをして)互いに別行動で捜査を進めていたのですが、ティアナはその際に、現地の諸事情に明るい「イケメンの協力者」を見つけて、三か月ほど行動を共にしていたのです。
【エロ描写は、この作品の主旨ではないので、省略します!(笑)】

 しかし、実は、その若者は「一方の組織」に(より正確に言えば、「一個の巨大な組織の一方の派閥(はばつ)」に)属する人物でした。
 ティアナの「正体」には本当に気づいていなかったようですが、捜査官に「もう一方の派閥」の側が「悪」であるかのように印象づけようと画策していたのです。
 また、状況次第では「捜査官の暗殺」も視野に入れていたようで、一歩(いっぽ)間違えれば、ティアナも危ないところでした。どれほど優秀な執務官でも、事後に熟睡しているところを刃物で襲われたら、ひとたまりもありません。
(結果としては、その若者もまた、ティアナの目の前で逮捕されました。11年前のマリアージュ事件における「ルネッサ・マグナス」のように。)

 ウェンディも、ひととおりティアナの愚痴を聞き終えると、それを慰めるかのようにこう同調しました。
「それは、アタシも似たようなモンだったっスよ。あれだけヤッておいて、『実は、敵方(てきがた)の諜報員でした』とか、ホント、勘弁してほしいっス。これじゃ、ただの『ヤラれ(ぞん)』っスよ」
(もちろん、二人とも排卵抑制剤を常用しているので、どれだけヤッても「その種の心配」をする必要はありません。)
 ウェンディはまだ一杯しか飲んでいないのに、すでにほぼ出来上がっていました。
『肉体の一部を機械に置き換える』ということは、その(ぶん)だけ「生身の細胞の総数」や「血液の総量」が減るということなので、一般論としては、肉体を機械化すればするほど、「酒の回り」はむしろ速くなってしまうのです。
 しかし、幸いにも(?)この二人はただグダグダと愚痴り続けるだけで、決してレティ提督のような「酒乱」ではありませんでした。(苦笑)


 なお、ティアナは〈本局〉に戻った後、船内で慌ただしく仕上げた報告書を提出すると、すぐに休暇を申請し、そのまま受理されました。
『特に予定は無い』と言うウェンディを連れて、ミッド地上のエルセア地方、西の大海廊に面した港湾都市トーネスに降り、そこからは一人で郊外の「ポートフォール・メモリアルガーデン」へと足を運びます。
 すでに8月も後半、命日には一か月ほど遅れてしまいましたが、ティアナはそこで兄ティーダの墓参りをしました。ちょうど20回忌になります。
 学校はすでに夏休みに入っているようで、周囲には中等科の学生らしき十代前半の少女らの姿もありました。
(じきに、ティアナはそこで「ちょっとした事件」に巻き込まれてしまうのですが……それはまた別のお話です。)
 兄の享年は21歳でしたが、ティアナはそのまま「祀り上げ」にする(むね)を公園墓地の管理人に伝えてから、クラナガンに帰ったのでした。
(これによって、後日、ティーダの墓標と遺骨は撤去されました。)


 ちなみに、ヴィクトーリア(27歳)はこの年、執務官としては6年目でしたが、5月の下旬から8月の下旬にかけては初めての「長期休暇」を取り、丸三か月ほど、表向きは完全に行方(ゆくえ)をくらませていました。
 実は、エドガーやコニィとともに、「一昨年からアルピーノ島に潜伏中」の友人ジークリンデの許を訪れていたのです。
 長らく潜伏先を教えてくれなかったことに関しても、二年前に女児を出産していながら何の連絡も無かったことに関しても、最初のうち、ヴィクトーリアはかなり不満げな表情でした。そこで、彼女は随分と腹を立てた口調でジークリンデに詰め寄ったりもしたのですが……。
 ジークリンデから「エレミアの一族の秘密」について聞かされると、ヴィクトーリアも不承不承ではありましたが、いろいろと納得し、(かつてのルーテシアやファビアと同じように)エドガーやコニィとともに『この件に関しては決して他言しない』とジークリンデに約束したのでした。

 なお、現地では、この年の7月中旬に、ルーテシア(24歳)とファビア(23歳)も揃って女児を出産していました。
 ジークリンデの秘密出産からちょうど2年後の出来事でしたが、ルーテシアとファビアもジークリンデと同様に、「子供の、もう一方の親」については誰にも何も語らず、出産したこと自体も、はやてやエリオやキャロなど、ごく限られた人たちにしか伝えませんでした。
(ちょうど居合わせたコニィは、妙に手慣れた感じで、二人の出産の手伝いもしてくれました。)

 また、同7月の下旬には、エリオとキャロが、スプールスからはるばるカルナージを(たず)ねて、ルーテシアとファビアに祝いの品々を手渡すとともに、この春、自分たちが「それぞれに」ジョスカーラ姉弟と婚約したことを二人に伝えました。

 ただ、この姉弟には、『小児(こども)の頃には、先祖伝来の大きな屋敷で両親と仲良く暮らしており、とても幸福だった』という記憶が強く残っていたため、両親を殺されて屋敷を焼かれてから長らく放浪の生活を送っているうちに、その美しい「想い出」は二人の心の中で、またさらに強固なものとなっていました。
 それで、二人はエリオとキャロに『できれば結婚後も、大きな家に仲良く同居して暮らしたい』と切実な希望を述べたのです。
 しかし、スプールスの第五大陸は丸ごと「特別の」自然保護区であり、人間の都合でそんな大きな家屋を建てることなど「法律で」許可されていません。また、四人で別の場所へ移り住むとなると、もうスプールスに(こだわ)る理由も特に無く、むしろ積極的に「別の世界への移住」を考えるべきでしょう。
 なお、ジョスカーラ姉弟は今も、昔のエリオやキャロと同様に、人間の多すぎる環境が「(だい)の苦手」でした。姉弟は今もミッド語を習得している最中なのですが、「公用語がミッド語で、周囲に人間(ひと)が少なくて、なおかつ、エリオやキャロが局員として働くのに困らない土地」というと、一体どこが良いのでしょうか。

 エリオとキャロは、ジョスカーラ姉弟と婚約して以来、ずっとその件について考えていたので、二人は『この機会に何か良い知恵を借りられないものか』とばかり、ルーテシアに相談しました。
 すると、ルーテシアはしばらく考えてから、こう答えます。
「そういう事情(こと)なら、あなたたちは結婚したら、来春には四人でカルナージに、この屋敷のすぐ隣に引っ越して来るのがベストだと思うわ」
(ええ……。)
「大丈夫よ。あなたたちが本気でそれを望むなら、あなたたちが四人で、これから生まれて来る子供たちと一緒に住める家は、こちらで春までに用意しておいてあげるから」
 エリオもキャロも『そこまで世話になるのは、さすがにどうなんだろう?』とは思いましたが、確かに、それ以上の妙案は無さそうです。
 二人は頭を下げて、ルーテシアにそうしてくれるよう、お願いしました。
 もちろん、ルーテシアも喜んで、それを引き受けます。

 その後、エリオとキャロは、同じ屋敷の西棟に長期滞在中のジークリンデとその娘、ならびに、ヴィクトーリアとエドガーとコニィにも挨拶(あいさつ)をして、いろいろと話し合ってから、意気揚々とスプールスに引き()げたのでした。


 
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