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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
曙計画の結末
  美人の計

 
前書き
 読者希望であった、真壁零慈郎をだしました。 

 
 マサキは岐阜県の各務原(かがみはら)市に来ていた。
ここには帝国陸軍の岐阜基地があり、ちょうど真向かいには河崎重工の岐阜工場があった。
(現実でも航空自衛隊の岐阜基地があり、川崎重工の岐阜工場が存在する)
 2月に入ってからの日々は、忙しさに追われていた。
年度末ということもあろう。
 ほとんど外出もせず、職場と自宅を行き来する日々だった。
篁やミラの協力もあって、グレートゼオライマーの建造も7割がた進んでいた。
 無論、去年の段階でゼオライマーのフレームをコピーしたものを2組作っておいたお陰で、装甲板を乗せるだけだったのも大きい。
機体の色やデザインは、マサキの方で書いた図面通りに加工するだけなので、日数をかければ出来上がるばかりであった。
 困難を極めたのは、特殊武装である。
山のバーストンをのぞく八卦ロボはすべて、この異世界では未知の技術だった。
 そこで完成を急ぐマサキは、長距離エネルギー砲のジェイ・カイザー、原子分解砲のプロトンサンダー、ミサイル発射用の垂直発射装置に限定することにした。
 基本的には、ゼオライマーの上からミサイル発射装置や分解可能なジェイ・カイザー用の砲身を取り付けることになったが、従来と大きく違った点があった。
それはマニピュレーターの指先に、ビーム発射用の内臓式の砲身を取り付けた所であった。
 これは月のローズ・セラヴィーの固定武装の一つ、ルナ・フラッシュを部分的に採用したものだった。
本来ならば全身にくまなくビーム砲が装備されるのだが、マサキは効率を考えて指先だけに限定したのだ。
ローズセラヴィーのビーム砲は、出力を微調整し、集約すると剣のように扱えた。
 このルナ・フラッシュでゼオライマーがローズセラヴィーに切り刻まれたことは、マサキのトラウマの一つであった。
だが、この異世界に来ては、それもまた懐かしく思えるのだった。
 
 工場で、グレートゼオライマーのロボットアームを調整していた時である。
ミラが、ふいに訪ねてきたのだ。
「そんな体で、わざわざここまで来たのか」
 彼女はこの2か月ほどの間に、一目見て妊婦と分かるほどになっていた。
羽織った白衣のに来た厚手のセーターから見える腹は、はっきりと丸くなっていた。
 時おり、ミラはハッとした様に息切れを起こしている。
妊娠後期になって、成長した胎児によって拡大した子宮が肺を圧迫しているのだろう。
 さしものマサキでさえ、そんなミラの事を心配するほどだった。
不安の感情と共に、ミラも科学者である前に、また一人の女であるのだなと思っていた。
「ねえ、ビームの刀って作れないの」
「どういうことだ?」
 マサキは、ミラの顔色をうかがいながら、思案する。
今の彼女は、早く帰りたい反面、ローズセラヴィーのルナフラッシュについて知りたいのではないか。
マサキは、一呼吸置いた後、
「たしかに俺の作ったルナ・フラッシュは、高出力のビームの剣として使える。
こいつがあれば、戦艦はおろか、富士山ですらバターの様に切り刻める」 
「それを戦術機に持たせる刀に応用すれば、要塞級も簡単に切れるかなって……」
「切るどころか、熱でドロドロに溶かすことも容易い。
重光線級のレンズ部分も、たとえ殻が閉じていても簡単に焼き切れる」
 マサキは毅然と言い放ちながら、ミラの表情を伺った。
彼女は、不安そうな色が顔に浮かんでいた。
「戦術機に改造なしで搭載可能なの?」
「出来ないこともない。
リチウムイオン電池を用いたビーム発生装置を作ったとして……
使い捨ての短剣なら1時間、長剣なら3時間ほどは持たせる自信はある」
 ミラの表情から、あらゆる感情のかけらが消えた。
次に現れたのは、まさしく安堵だった。
「すごいわ」
「試作品が出来たら、大小一振りづつくれてやるよ」
「嬉しいわ」

 ミラを見送った後、岐阜工場の会議室に足を運んでいた。
工場長を始めとする河崎重工幹部たちと軽食をとっていた折である。
マサキの様子を見る為、神戸本社から来ていた専務が、ふと漏らした。
「話は変わりますが……」
「どうした、申してみよ」
「木原さんは、結婚しないのですか。
天才科学者として名高い貴方は、望めばそれこそより取り見取りですのに……」
「えっ」
 その瞬間、マサキは答えに戸惑った。
飲むために握っていた紅茶のカップが、思わず震えるほどだった。
「俺には……」
 アイリスディーナと挙げた秘密の結婚式の事を思わず言いそうになってしまった。
だが、彼女との関係は内々の式を挙げただけで、籍は入れていなかった。
 マサキ自身も、彼女をまだ子供だと思っているせいで手を出していないので、そのままにしていたのだ。
そのせいで、去年の12月にシュタインホフ将軍からキルケとの結婚を勧められたのは、本当にいい迷惑であった。
結局、あの場から理由を付けて逃げだしたから良かったものの、留まっていたらどんな誤解をされたものか。
 その時である。
マサキのすわる背後にあるドアの方で、騒がしい声がした。
「お願いです。ただいま工場長は会議中でして……」
 社務の女性事務員が引き留めるのを無視して入ってきたものがあった。
ドアを乱暴に開けたのは、彩峰(あやみね)大尉だった。
「工場長、木原の事を少し借りるぞ」



「司令が部屋まで来いとの指示があった」 
 そう言って、隣の岐阜基地に連れていかれる。
司令室に待っていたのは、司令と数名の男たちだった。
ざっと見たところ、二本の線の入った階級章からは佐官級。
マサキは、ただならぬ気配を感じた。
「これは俺がしでかしたことへの懲罰でもする気か」
 流石にマサキは緊張していた。
基地司令は、マサキの言葉に相好を崩す。
「木原君、君に耳寄りな話でね」
 話しかけてきたのは、基地の総務課長を務める少佐だった。
「曹長、君は独身だったね。
見合いとかに興味はないかい?」
 総務課といえば、基地の渉外担当も務める都合上、地元民との接触も多い。
彼の話だと、岐阜や愛知などの素封家の娘との縁談の話だった。
 あれやこれや追及されることがないということに安堵した一方、マサキは危機を感じていた。
頼みもしないのに見合い写真を見せられ、相手の家柄に関して説明が始まったのだ。
 俺のような根無し草に、そんな商家や豪農の娘は釣り合うはずがない。
マサキは、変な意味で恐縮してしまった。
 良家の子女なら、もっといい男を紹介した方がいいではないか。
確かに帝国陸軍の(ろく)を貰ってはいるが、俺は一所に留まるような生活をしていない人間だ。
彼女たちの望むような安穏とした家庭生活は難しかろうと、考えてしまった。 
 それに裏金は別として、下級士官である。
薄給で、気苦労も絶えないであろう……
 面倒くさいし、断るか。 
咄嗟に、マサキは、そう答えた。
「俺には先約があるのでな」

 なんとか、その場を切り抜け、部屋を後にした。
部屋から、河崎の岐阜工場に戻ると彩峰が待っていた。
「何の話だった」
「見合いの話だが、面倒くさいから断った」
 そう笑顔で答えるマサキに対して、
「お前、ちょっと裏に来い」
彩峰からは、キツイ説教があったとだけ書き記しておこう。



 それで引き下がる相手ではなかった。
今度は河崎の工場にいると、富嶽の開発部長から電話がかかってくるようになった。
 毎日、家業終了直前に電話がかかってくるので、頭に来たマサキは、
「そんなに要件があるのなら、俺のところに来い」
と、啖呵を切ってしまった。 
 その週の土曜日である。
岐阜市から近くのホテルで会合があると呼び出されて行ってみたら、富嶽重役の娘と引き合わされてしまった。
だまし討ちに近いことに会ったマサキは、相手に会うだけあって、帰ってしまった。

 富嶽がマサキに相手を送って、見合いをしている話は城内省にまで届いていた。
話を聞いた五摂家の各家は独自に動くことになった。
 まず、五摂家の斑鳩家は、代々の家臣で、有力武家の真壁家に頼ることにした。
真壁家の当主である真壁零慈郎を自宅に呼び寄せた。

「真壁よ。お前の家から女を出せぬか」
 零慈郎青年は、人を魅了する好男子だった。
怜悧そうな目、色白の肌、刃の切っ先を思わせる細面。
一目見たら忘れられないほどの、美丈夫だった。
「翁、我が家に差し出す女などおりません。
木原などという馬の骨になぜそれほどまでに……」
「何、出戻り女でもいい。
お前も、あのゼオライマーの威力は知っていよう」
「たしかに素晴らしいマシンです。
ですが女一人で満足しましょうか」
「そこよ。
我らも、その辺は調べて、考えておる。
彼奴(きゃつ)には惚れた女がいてな」
「では、なおさら、その女と一緒にさせれば」
「じゃが、夷狄(いてき)の女では不味かろう」

「若輩者の私とて、城内の考えは分かります。
篁の愚か者の二の舞は、避けとうございますな」
「そこでじゃ、殿下の方で一計をご案じなされた。
奥に仕えておる、お前の従妹叔母を、木原に下賜するという話が出てな」
 貴人が側仕えの女性を身分が下の物に下げ渡すことは、古今東西珍しいことではない。
わが国でも、封建時代以前からよく見られた、婚姻の形態の一つであった。
 真壁にとって、それは侮辱にも近い事だった。
たしかに奥仕えの叔母は、とうに中年増(ちゅうどしま)を超えてはいたが、可哀想に思えた。
(中年増は、現在で言う25歳) 
 彼女は、真壁の曽祖父が外で作り、認知した妾の孫だった。
年は2歳としか離れていないので、零慈郎にとって叔母というより姉のような存在だった。
「何、安心せい。
彼女は、殿下のお手はついてはおらぬ。あの木原でも満足しようぞ」
 零慈郎の叔母は、真壁の曽祖父が見初めた女の影響もあって、恐ろしいほどの佳人だった。
その美貌たるや、血縁関係を重視してきた武家社会では、恨みや嫉みを抱かれるほどのものであった
当時の日本人女性にしては背は高く、170センチ強で、これまたマサキ好みの女であった。

「木原と祝言を上げなくてもよい。
最悪の場合、奴の種さえ貰って、子さえ作れば、それは弱みになる。
鎖にもなる」
「木原が、そんなことで躊躇しましょうか」
「人間は元来、情に弱いものよ。
木原とて、情に絆されれば、この武家社会に刃を向けることはあるまいよ」

 他方、富嶽重工の見合いの件は、大伴一派にも伝わっていた。
GRU、KGBと近い関係を持つ大伴は、マサキの情報を彼等から間接的に聞いていた。
「ここで他の五摂家はおろか、東独、西独の連中を出し抜く」
 大伴からそう話を聞いた大空寺真龍と光菱の専務は、仰天した。
大空寺は独自の情報網で他家の出方を知っているからである。
一方、光菱の専務は、大伴の話を聞くなり覚悟した様だった。
 この専務の事を、お忘れの読者の方もいよう。
ここで著者からの、簡単な説明を許されたい。
 光菱の専務は大伴との陰謀に関わるうちに、マサキの復讐を恐れた。
そこで、ひそかに15歳になる自身の妾の子を、マサキに差し出す準備をしていた人物であった。

「大伴さん、実は……」
 そういって専務は、京都郊外に住む自分の妾と娘の話をし始めた。
いつものごとく、大伴は顔色を変えずに酒杯をすすめた。
 淡々と専務が話しているとき、大空寺の気はそぞろだった。
あまりにも自分と大伴が考えた計画と同じだったからである。
 これで計画を断ったら……
秘密を城内省に持って行って、ぶちまけられるだろう。
 江戸商人というのは、東京の人間というのは、油断ならぬ存在である。
大空寺の背筋には、冷たいものが走るように感じ始めた瞬間であった。 
 

 
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