渦巻く滄海 紅き空 【下】
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七十八 雨垂れ石を穿つ
前書き
今回、場面がころころ変わって読みにくいかもしれません。
大変申し訳ございませんが、どうぞご容赦くださいませ。
「ナルト…だと!?」
愕然と眼を見張る。
フードを目深に被っているナルトの顔を透かし見るように、自来也は眼を細めた。
「おまえ…ミナトの子なのか?」
自分の弟子であり四代目火影でなる波風ミナトの子は、波風ナルひとりだったはずだ。
ありえないと思いつつも自来也は考えうる推測を冗談雑じりに呟いた。
「…あやつもやるのう」
よそでつくった子か、と半ば本気で顎をさする。
そんな自来也の隣で、大蛇丸は溜息をついた。
「感心している場合じゃないでしょ」
危機的状況なのに相変わらずの自来也に呆れつつ、わざと緊張を緩ませて油断を誘おうとしている自来也の魂胆を大蛇丸は読み取った。
けれどそんな小細工、彼に通じるわけがない。
しかしながら大蛇丸の推測とは裏腹に、常に感情の一切が窺えないはずのナルトは珍しく嫌悪感を露わにしていた。
自来也の言葉に反応しているのは明白で、大蛇丸のほうが逆に動揺する。
「クシナの子、と言ってほしいね」
大蛇丸と自来也の視線を一身に浴びながら、フードに指先を添える。
顔を露わにしながら、自来也を、妹の師匠をナルそっくりな瞳の青で、ナルトは見つめた。
「俺は、父親のことは大嫌いだから」
得体の知れない相手の言葉の意味を、自来也は判じかねていた。
それと同時に思い出したことがある。
ナルトという名前には覚えがある。
何故ならその名は、かつて自来也が初めて書いた本の主人公の名前だったのだから。
その名を、ミナトは自分の子につけたい、とそう言っていなかったか。
偶然か、それとも──。
《ド根性忍伝》の主人公である名前と同じ名を持つ敵を、自来也は睨み据える。
その視線を真正面からあえて受けながら、ナルトは穏やかに微笑んだ。
「か、神サマ…」
緊迫めいたその空気に呑まれて、今まで口を噤むしかなかったアマルがようやく、おずおずと話しかける。
その呼び名にナルトは辟易とした表情で応えた。
「その呼び方はやめてくれと言っただろう」
「ご、ごめんなさい…で、でも」
「ナルトでいい」
「そ、そんな…!命の恩人に向かって…っ、」
首を激しく振るアマルの髪の色を見て、ナルトの態度が僅かに柔和になる。
アマルの鮮やかな朱色の髪が、母のクシナを思わせたからだ。
かつて君麻呂と共に神農の件を片付けた際、香燐の半ば強引な同行を許したのも、彼女の朱色の髪に絆されたのだが、それはナルトだけの秘密である。
ずっと夢みてきた再会に感極まったようにアマルは感動の涙を零していた。
けれどその涙は、ナルトと大蛇丸のやり取りで、別の感情へ一変する。
「──大蛇丸。おまえは俺に貸しがあったな」
不意に自分へ意識を移行され、大蛇丸の身体が緊張で強張った。
怪訝な顔をする自来也の隣で、大蛇丸はカラカラに乾いた喉を鳴らす。
すっかり乾ききった唇を蛇のような舌で湿らせてから、ようやく同意を返した。
「……ええ、そうね。あの時は助かったわ」
あの時。
それは“木ノ葉崩し”のあの命の危機に他ならない。
三代目火影であり、己の師である猿飛ヒルゼンと対峙し、もう少しで里長の命を刈り取れた最高潮の場面。けれど、ヒルゼンの自爆技とも言える術で、大蛇丸もまた、命を刈り取られる一歩手前まできていた。
そう、その名の通り、死神によって。
【屍鬼封尽】。術の効力と引き換えに己の魂を死神に引き渡す、命を代償とする封印術。
この術によって現れた死神の姿を、大蛇丸は今でもまざまざと脳裏に思い描ける。
それほど怖ろしい存在だった。
底無しの昏い瞳をぎょろりと動かし、白い髪を乱れさせ、鬼の形相でにたりと笑う。
そんな異形の死神を、されど、瞬く間に一蹴した存在こそが、目の前のナルトだ。
あの時、ヒルゼンと無理心中されかけていた己を救った恩人へ感謝の意と共に、「借りは必ず返すわ…」と大蛇丸は口にした。
それは紛れもない、事実である。
けれど何故、今、その話題を出してきたのか。
強張った表情で固唾を呑む。
直後、思いもよらぬ言葉に、大蛇丸は驚いてナルトを見返した。
「その借りを、今ここで返してもらおう」
急に戦場と化した木ノ葉の里。
あれだけ長閑で穏やかだった美しい里は今や見る影もない。
いきなり出現した侵入者により、交戦真っ只中になった現状をどう打破するか。
露わにさせた『写輪眼』と同じく、はたけカカシは思考を目まぐるしく回転させていた。
「コピー忍者のはたけカカシ…会えて光栄だ」
「そりゃどうも」
自分の通り名を知っている敵に対し、飄々と笑って返す。
もっとも、常に隠している写輪眼を最初から全開にしていることから、カカシの真剣さが窺えた。
「直接、木ノ葉に乗り込んでくるとはな…目的はなんだ?」
「ま、聞かなくても予想はつくけど」と肩を竦めるカカシを冷めた眼で見ながら「なら聞くな」とペインは冷たく言い捨てた。
「九尾は何処だ」
「愚問だな」
あっさり一蹴したカカシを物理的に弾き飛ばす。
“雷切”を放つ呼び動作も間に合わず技と一緒に弾かれたカカシの身体は、周囲の建物を巻き込んで吹き飛ばされてゆく。
遠くの建物内で、自来也がフカサク蛙に託した暗号を解いていたシカマルが里の異常さに気づいたことからも、その衝撃波の大きさが並みのものではないことが窺えた。
(奴を中心に辺りが全て吹き飛ばされている…何だこれは)
家々の瓦礫に埋もれて、敵の様子を窺う。
黒衣に赤き雲といった『暁』の象徴たる服をなびかせて佇むペインを注視していたカカシは気づけなかった。
背後から迫る、もうひとりのペインの存在に。
「しま…ッ、」
「【口寄せの術】…!」
黒衣に朱の雲。
『暁』の象徴たる衣を翻して術を駆使する敵のひとり。
普通の【口寄せの術】とは違う特別な口寄せで出現する珍しい巨大な獣達の猛攻に、忍び達は苦戦していた。
「くそ…!こんな口寄せ動物は初めて見る…!」
「アレを相手にするより術者を捜し出すのが得策だっ」
突如、木ノ葉の里に現れた巨大な獣の数々。
何れも特殊な能力を持ち、且つ、巨体を活かして建築物を圧し潰す口寄せ動物達の対処に追われていた木ノ葉の忍び達は、防戦一方で他人を気にする余裕などない。
だからこそ隙ができる。
「九尾の人柱力──波風ナルは何処にいる?」
口寄せ動物にばかり気を取られていて、もうひとりの敵の接近を易々と許してしまった。
自来也と死闘を繰り広げたペインの正体を暴く為に情報を集めていたシズネに標的を定める。
気づいた時にはもう遅い。
ペインの手が脳を覗くように、シズネの頭に伸ばされ──。
「まったく。女性はもっと丁重に扱うべきだよ」
その手は空を切った。
「元四代目水影としては見過ごせないな」
シズネを奪還した子どものような風貌の彼は、鉤爪と緑色の花が付いた棍棒をくるり、と回す。
三尾の人柱力であるやぐらと背中合わせになった四尾の人柱力──老紫は「そんじゃワシは口寄せの術者を焙り出すとするか」と赤い髭の下で口角を吊り上げた。
「「さて、では──」」
「こいつ…術を吸い取りやがる…」
「チャクラを吸い取るなんざ、厄介な…」
木ノ葉の里で多数の忍びに囲まれていながら微塵も微動だにせず、堂々と術とチャクラを吸収する。
黒衣に朱色の雲。
『暁』の象徴たる黒衣を翻す大柄な男を取り囲みながら、じりじりと様子を窺っていた忍び達は二の足を踏んでいた。
「やれやれ最近の若いもんは…」
瞬間、大柄な男の巨体が軽々と吹っ飛ぶ。
吹き飛ばした相手もまた、吹き飛ばした相手に負けず劣らずの巨躯だった。
「チャクラを使えんのなら他にやりようはいくらでもあるんだで」
顔の大半を鎧で覆っている為、表情は窺えぬが、高身長の偉丈夫は呆れたように肩を竦めた。
「男らしく拳で決めようじゃねぇか」
肉弾戦を得意とする偉丈夫──五尾の人柱力のハンはどこか嬉々として、拳をペインのひとりに向かって突き付けた。
「さて、では──」
「波風ナルはこの里にいるのか、いないのか?」
質問を重ねながら、近寄ってくる。
首を絞められ、捕まった忍び達は、つい先ほどまで視えなかった存在を敵の背後に認めて、戦慄した。
「な、なんだコレは…」
首を絞められ、窒息しそうになりながらも困惑と恐怖が入り雑じった声音を零す。
閻魔大王を思わせる怖ろしい存在が、ペインのひとりの背後に圧倒的な存在感を見せつけていた。
首を絞めつけられていたふたりの内、ひとりの忍びが急に動かなくなったのを、秘かに目撃した木ノ葉丸もまた、現在命の危機に瀕していた。
背後で自分を助けようとしたエビス先生を庇いつつも、強敵を前にした恐怖で足が動かない。
「波風ナルはこの里にいるのか、いないのか。どちらだ?」
先ほど倒れた忍び達へ投げた質問を同じ問いを投げかけてくるペインのひとりに、首を絞められながらも木ノ葉丸は抗う。
波風ナルは木ノ葉丸にとって、尊敬する姉のような大好きな存在。
だから彼女の居場所を知っていたとしても、こんな敵にむざむざ教えるつもりなど毛頭なかった。
たとえ、先ほど倒れた忍びと同じ末路を辿ろうとも。
「知らな…」
「──よくがんばった」
刹那、木ノ葉丸は、自分をガッチリと拘束していた敵の魔の手から逃れていた。
誰かが己を抱えている。
ゆっくり地面に下ろされながら、木ノ葉丸は自分を助けてくれた相手を見上げた。
綺麗な顔立ちの男だ。長い髪で片目を隠しており、水色の着物の上に白い羽織を羽織っている。
しかしながらその純白の衣の裏地の黒には、紅の雲が浮かんでいた。
「あとは任せろ」
煙管から次々と宙へ浮かぶシャボン玉。
数多のシャボン玉全てに、綺麗な顔立ちの男性の横顔が映る。
その切れ長の瞳が、今し方木ノ葉丸を拘束していたペインのひとりをジロリと流し見ていた。
「今まで質問してきたこと全て、水泡に帰してやろう」
煙管から再びシャボン玉を吹きながら、六尾の人柱力であるウタカタは淡々と宣言してみせた。
「さて、では──」
「はいはーい、そこまで」
「派手に暴れて注意を引く陽動と、陰で捜索する探索の二手に分かれたか」
刹那、カカシを襲い来るペインの攻撃が防がれる。
割り込んできた第三者に、常に無表情のペインの眼が驚愕に彩られた。
「アンタはどっち側だ?陽動か、探索か」
「探索にしては派手っすねぇ」
片や、注意深くペインふたりの動向を探る、長い金髪を後ろで纏めた色白の女性。
片や、更地と化したこの場を見渡して呆れたように緑色の髪を振る褐色肌の少女。
純白の衣を翻してカカシを庇うようにして佇むふたりが、木ノ葉の里の者ではないことは明らかだった。
裏地の黒に紅の雲。
同じ『暁』の証を身に纏っておきながら木ノ葉の味方をする“暁”に、困惑を隠せない。
カカシとペインが動揺している隙に、彼女達は小声でお互いに念を押した。
「尾獣化はするんじゃないよ、フウ」
「わかってるっすよ。アレはナーちゃんに許可を得た時だけっすもんね」
戦場には不似合いの朗らかな笑顔を浮かべる褐色肌の少女に、女性が溜息をつく。
ついでに、つい先ほど皆で呼び方を統一しようと取り決めたばかりなのに早速間違えている彼女を指摘した。
「“あるじ”と呼びな。さっき取り決めたばかりだろ」
「ナー…あるじちゃんはでも、奥の手では使っていいって言ってたっすよ」
「…使わないに越したことはないけどね」
呼び方を改めるも頑なに、ちゃん付けする褐色肌の少女──七尾の人柱力・フウに、色白の女性──二尾の人柱力たるユギトは諦めたように溜息を再度つく。
そうして改めて、ペインに向き合った彼女達は外見も性格も対照的でありながら、息の合った一言を同時に口にした。
「「さて、では──」」
それは折しも、他の人柱力が口にした志と同じモノだった。
「「あるじの望む、かつての“暁”を取り戻そうか」」
今現在、世間で犯罪者と思われている『暁』の悪評を払拭する。
“対話により争いをなくす”慈善団体──昔の“暁”の在り方に戻す。
それこそが、うずまきナルトの目的のひとつ。
その一歩を、尾獣の人柱力の六人は、木ノ葉の里内で勇ましく踏みしめた。
折しもペイン六道と同じ人数である彼らは、同じ信念と志を抱いて、歩み始める。
それは長い道のりであり地道で小さなものだったが、とても大きな第一歩だった。
後書き
追記/タイトル変更しました。
次回、人柱力VSペイン六道。
これからもどうぞよろしくお願いいたします!
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