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魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

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【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
 【第4章】Vividの補完、および、後日譚。
   【第3節】同79年の10月以降の出来事。


 そして、新暦79年の10月下旬、ミッド地上では、ニドルス・ラッカード提督の10回忌が(いとな)まれました。
 リンディ(52歳)も久しぶりに地球を離れ、クロノ(28歳)とともに、それに出席しました。リゼル(40歳)と会うのも、久しぶりです。
 提督なので、一応は「次元航行部隊」の主催で行なわれましたが、割と「こじんまり」とした式になりました。
「まあ、遺骨がここにある訳でも何でもないですからね。こんなモノでしょう」
 まだ昨年に二度目の離婚をしたばかりでしたが、リゼル自身は終始とても冷静です。
 その後、クロノとリゼルは改めて、「三脳髄の存在」など、〈ゆりかご事件〉にまつわる裏情報を共有し、リンディに対してもついにそれを打ち明けたのでした。


 そして、11月の初頭。管理局主催の「戦技披露会」において、なのはとヴィヴィオの対戦が実現しました。
 舞台は、ルーテシアが「陸士が、空士と対等か、それ以上に戦えるように」レイヤーで組み上げた特設会場です。
【以下は、「はじめに」で予告したとおり、原作コミックスの内容を一部「改変」したものになります。話の順序も、「アインハルトのU-15大会への参戦」をこれより後のことにします。】

 一連の攻防をひととおりやり終えてから、なのははいよいよ〈スターライトブレイカー〉を使いました。
 ヴィヴィオは器用にも「切っ先を正確に相手の側に向けた(くさび)型のシールド」を張り、その「莫大な魔力の奔流」を左右に割って受け流し、かろうじてダウンを(まぬが)れます。
 その様子を見て、空中に立ったまま、なのはは思いました。
(本当に立派になったね、ヴィヴィオ。私も嬉しいよ。普通なら、ここでもう「あなたの勝ち」にしてあげても良いのかも知れない。でも、あなたはまだ10歳よ。まだまだ先がある。今の自分に安心して立ち止まるにはまだ早い!
 だから、私はもうしばらくの間、あなたの前に「越えられない壁」となって立ちはだかり続けるよ。長い目で見れば、きっと、その方があなたのためになると信じるから!)

「レイジングハート、リミッター解除。フェイズ2(ツー)へ移行」
「フェイズ2(ツー)、ということは、まだ3(スリー)もあるってことかな?」
「あるにはあるけど、フェイズ3は、昔『聖王の鎧』と戦った時のような、自分の命を削っていく自己ブーストだからね。試合では、さすがに使わないよ。
 でも、自慢して良いよ、ヴィヴィオ。私は普段、一般の空士に稽古(けいこ)をつける時には、フェイズ2だって使わないんだから」
「つまり、ここからが『本気のなのはさん』ってことだね?」
「そうよ。さあ、かかってらっしゃい、ヴィヴィオ。もっともっと、あなたの『本気』を見せて。まだまだ、こんなものじゃないんでしょう?」
「もちろんよ!」

 ヴィヴィオは宙に浮かぶ岩を足がかりに、果敢に距離を詰めて行きました。何分もの間、息をもつかせぬ目まぐるしい攻防が繰り広げられます。

 そして、ヴィヴィオは距離の詰まった一瞬の隙に左手を伸ばし、「レイジングハートの()」をつかみ取りました。そのまま「なのはの体」を右正拳の間合いに引き込もうと、自分の胴体を左に回すようにして、レイジングハートを力ずくで引っ張ります。
 その瞬間、右の脇には隙が生じますが、ヴィヴィオは、これまでの「なのはの戦闘記録映像」の詳細な分析から判断して、『たとえ一瞬でも、なのはがレイジングハートを手放すはずは無い』と信じていたのです。
 それなのに、なのははまるで、それを待ち構えていたかのように、いきなりレイジングハートを手放しました。ヴィヴィオは宙で、思わず少し体勢を崩してしまいます。
 そして、次の瞬間、ヴィヴィオの右脇腹に、なのはの「ねじり込むような」左拳の二連撃が決まり、ヴィヴィオの体は軽々と吹っ飛んでいきました。

(わたくし)、高町一等空尉の徒手(としゅ)格闘というのは、初めて見たような気がするのですが、これは一体どういうことなんでしょうか?」
 司会者は狼狽も(あら)わに、はやてに解説を求めました。
 公式の場なので、はやても「やや余所(よそ)行きの口調」で答えます。
「一般には知られていませんが、高町一等空尉の父親は、実は、その管理外世界における古流武術の継承者です。だから、彼女は元々、格闘も『ひととおりは』できるんですが、『それほど得意という訳でもないので、今まで、あまり人前では使わずにいた』というだけのことなんですよ。
 今の技法の具体的な説明は……たまたまここに『古流武術にも詳しい、IMCSの格闘系選手』がいるので、彼女に訊いてみましょう」
 はやてはそう言って、あとの解説をアインハルトに丸投げしました。
「大半の(かた)()(のが)してしまっただろうと思いますが、実は、今の二連撃は打撃のポイントが互いに少しだけ横にズレていました」
「ああ! 確かに、ズームしてスローで観ると、そのように見えます。しかし……これは、一体どういう意味なんでしょうか?」

「これは、同じ一本の肋骨を二箇所でへし折るための技法です。肋骨は体の前面と背面で固定されているので、一箇所でポキリと折れただけでは、あまり動きません。きれいに垂直に破断した場合には、本人が自分の骨折に気づかないことすらあり得ます。
 しかし、同じ肋骨が『近接した二箇所』で折れると、その(あいだ)の骨片は、体内を自由に動き回れるようになり、外部からの衝撃によっては、肺に突き刺さり、肺を破ってしまいます。
 また、あの『ねじり込み』は、肋骨をなるべく斜めに折って、肺に刺さりやすくするための技法です。そうやって、左右の肺をもろともに破られれば、『突然の肺気胸(はいききょう)』と同じように即死すらあり得ます。一見、単純な技のようにも見えますが、実際には、あれは『クラッシュ・エミュレート・システム』無しでは決して使ってはいけないレベルの、とても危険な技なのです」
「それでは、今、ヴィヴィオ選手は?」
「あの苦しげな表情から察するに、今は左の肺だけで呼吸をしている状態でしょうね」
 アインハルトは冷静にそう答えました。

「何てエグい技を……。養女だと聞いたけど、やっぱり、実の娘じゃないから、あんなコトができるのかな?」
「それは違うよ、番長。『他人様(ひとさま)から預かった大切な子』やなどと思うとったら、あんなコトはできん。本当に『自分の子供』やと思うとるから、できるんや」
 ハリーのつぶやきに、ジークリンデは不意に涙ぐみながら、そう答えました。
(もしも本物のお(かあ)はんが、(ウチ)と同じ能力の持ち主が、今も生きていてくれとったら、(ウチ)も小さい頃から、あんなコトができとったんやろうか?)
 そう思うと、どうしようもなく哀しくて、ジークリンデはとうとう、そのまま涙をこぼしてしまいました。決して今の養父母に不満がある訳ではありませんが、こうして「なのはとヴィヴィオの固い結びつき」を()の当たりにしてしまうと、どうしても「それを(うらや)む気持ち」が(おさ)え切れなかったのです。
 しかし、ハリーやエルスには、ジークリンデの涙の意味が全く理解できませんでした。彼女たちは所詮、「ごく当たり前の家庭に生まれて、ごく当たり前の(人並みの)幸福の中で育った人間」だったからです。

 一方、観客席の片隅では、周囲の「ルーフェンから来たヴィヴィオの友人たち」には聞こえないほどの小声で、ミカヤが独り静かにつぶやいていました。
「できるけれど、『それほど得意ではないから、今まで使わずにいただけ』か……」
 何かしら、彼女は彼女なりに、思うところがあったようです。

 ヴィヴィオは落下の衝撃で、思わずレイジングハートを手放してしまいました。すると、レイジングハートは勝手に空を飛び、また、なのはの手の中に戻って行きます。
 ヴィヴィオはやっとのことで立ち上がりましたが、呼吸の調子が元に戻りません。
どうやら、アインハルトの解説どおり、クラッシュ・エミュレート・システムによって、右の肺の機能が一時的に停止させられているようです。
 そんなヴィヴィオに向かって、なのはは無慈悲にも失策の理由を語って聞かせました。
「あなたは、私のことを、あまりにも詳しく調べすぎた。だからこそ、私がレイジングハートを手放すことなど、絶対にあり得ないと思い込んでしまった。
 でも、よく覚えておいて、ヴィヴィオ。『これまで一度も無かった』からと言って、『これからも無い』とは限らないのよ。過去のデータがすべてでは無いの」
 ヴィヴィオは小さくうなずいて見せましたが、実のところ、肺活量が半分になってしまったのでは、もう「長時間、速く動き続けること」ができません。また、それ以前の問題として、そろそろスタミナも限界です。

 どうしたものかと思っていると、なのはの方から思わぬ提案がありました。
「これを受けて10秒後にもきちんと立っていられたら、あなたの勝ちでいいわ」
 再び〈スターライトブレイカー〉の魔力収束が始まります。ヴィヴィオは、他に対抗手段があるはずも無く、ありったけの魔力でまた鋭角的な(くさび)型のシールドを正面に展開しました。なのはの照準が正確だったことも手伝って、魔力の奔流はまたきれいに真っ二つに裂けて、ヴィヴィオの左右へと分かれて行きます。
 それでもなお、ヴィヴィオのリンカーコアにのしかかる負担は莫大な代物で、魔力はガリガリと削られて行きました。全身の気力を振り絞って二度目のスターライトブレイカーをまたかろうじて受け流した時には、ヴィヴィオはもう「立ったまま意識を失う寸前」といった状況です。

(このまま……10秒間、倒れずに立ってさえいれば……。)
 ヴィヴィオは薄れゆく意識の中でそう思いましたが、そこで唐突に「大人モード」が解除されてしまいます。
(え? どうして?)
 ヴィヴィオはバランスを崩し、思わずその場に両膝と両手をついてしまいました。これで、ヴィヴィオの負けが確定します。
 ヴィヴィオが顔を上げると、目の前でクリスが泣きながら激しく左右に首を振っていました。まるで、『これ以上は無理しちゃダメ! 体が壊れちゃう!』と叫んでいるかのようです。

「これは! 単純に、魔力切れ……ということなんでしょうか?」
 司会者はこの唐突な展開に理解が追い付かなかったようですが、はやては巧みにクリスの意図を察して、こう答えました。
「ヴィヴィオ選手はIMCSの地区予選で一度、本人とデバイスが同時に魔力を使い切ってしまったため、一時的に昏睡したまま『大人モード』を解除できなくなったことがあるんですが、実を言うと、アレはなかなかに危険な状況でした」
「と、おっしゃいますと?」
「大人モードへの変身というのは、それなりに魔力を消費する魔法で、何時間も連続して大人の姿で居続けることは誰にもできないほどです。
 また、昏睡状態では、通常の睡眠状態とは違って、一般にリンカーコアは魔力を生産することができません。そうした状態で、なおかつ魔力が底をついたままで、それでも強制的に魔力を消費させ続けると……リンカーコアはしばしば本人の基礎生命力まで削って、使い込み始めます」
「え? それって……!」
「平たく言えば、生命(いのち)が危険にさらされる、ということです」

 はやては続けて語りました。
「あの時は、IMCSの医療班が即座に、デバイスに魔力回復措置を(ほどこ)して大人モードを解除させたので、どうと言うほどの事態(こと)にはならなかったのですが、もしもそうした環境が整っていない状況下で同じ事態が発生し、そのまま何時間も放置されていたら……その人物には、少なくとも何らかの後遺症が残ってしまうでしょう。
 一方、ヴィヴィオ選手のデバイスは、AIとしては、まだ今年の4月に生まれたばかりです。そして、経験の総量が少ないということは、『ひとつひとつの経験をそれだけ重く受け止めてしまっている』ということでもあります。
 だから、おそらく、あのデバイスの中では、『かつて自分が頑張り過ぎた結果として、マスターの生命(いのち)を危険にさらしてしまった』という経験が、ほとんどトラウマのようなものになっているのでしょう。
 もしかすると、ヴィヴィオ選手自身は今頃、『もうちょっとだけ、無理を重ねて立っていたら』などと思っているかも知れませんが、私はデバイスの判断を支持したいと思います。これは、あくまでも試合であり、戦技披露会でしかないのですから」
 実のところ、「マスターの身の安全への配慮」という点に限って言えば、むしろクリスの方が、レイジングハートよりも優秀なデバイスだと言って良いでしょう。

 なのはは地上に降り、愛娘(まなむすめ)の両手を取って立ち上がらせると、自分は膝立ちになって、愛娘の小さな体を優しく抱きしめました。
「こんなにも強くなっていただなんて。ママ、もうビックリだよ」
 母親からの惜しみない賛辞に、ヴィヴィオは少々はにかみながらも、軽く溜め息をつきます。
「それでも、まだ勝てないんだよね~」
「大丈夫よ。あなたはこれから、まだまだ強くなるわ。クリスもありがとう。この子は、ちょっと無茶をする子だけど、これからも、ヴィヴィオのこと、お願いね」
 クリス(セイクリッドハート)は、笑顔でうなずきました。
「ムチャをどうこうは、なのはママにだけは言われたくないんですけど?」
「うん。そういう軽口を返せるようなら、もう大丈夫ね」

 なのはは笑顔で立ち上がり、拍手で名勝負を(たた)える観客たちに向かって、ヴィヴィオと一緒に手を振りました。
 その後、控え室に戻ってから、ヴィヴィオはなのはに訊きます。
「ママ。またいつか再戦してくれる?」
「うん。でも、この戦技披露会は、来年も再来年も、もう聖王教会騎士団との『コラボ企画』で、時間枠が埋まっちゃってるから。来年に私たちが、またこの舞台で再戦するというのは、ちょっと無理な話ね」
 そんな訳で、なのはは1年と4か月後、ヴィヴィオが初等科を卒業する来年度末(81年の3月)に、「卒業祝い」として、また別の舞台での再戦を約束したのですが……結論から先に言えば、この約束が守られることはありませんでした。

 ヴィヴィオは、会場の施設でシャワーを浴びて一服すると、そのまま寝落ちしてしまいました。一方、興奮の冷めやらぬ選手一同は、ティアナやスバルの紹介ですぐ近くの別の訓練場に移動し、そこで夜まで合同で訓練を続けます。
 その際に、ジークリンデは、ルーテシアとファビアから「嘱託魔導師の資格」を持つことによるメリットについて聞かされたりもしました。(←重要)


 そして、この11月には、ルーテシアの「保護観察処分」も正式に終了しました。
【この作品では、『まず「極めて厳重な」保護観察をマウクランで丸2年。続けて「ごく軽い」保護観察をカルナージで丸2年。計4年で処分は終了した』という設定で行きます。】

 一方、ファビアも資格が取れたので、保護観察処分の状態のままで、嘱託魔導師になりました。メガーヌも、「天涯孤独」のファビアを正式に養女に迎え、みずから〈本局〉に来て、いろいろな手続きを済ませます。
(これによって、ルーテシアとファビアは「義理の姉妹」になりました。)

 また、メガーヌは「ゼスト隊の生き残り」である三名の陸士のうちの「最初の一人」が12年ぶりに目を覚ましたと聞いて、〈本局〉の医療部へ直接に会いに行きました。
 彼は元々、メガーヌの直属の部下でしたが、彼女と同様、すでにリンカーコアが損壊しており、魔法はもう使えない身の上となっています。
 メガーヌは元上司として、いろいろと話し合いましたが、彼はまだ両親が存命だったので、退役してミッド地上の実家に戻り、第二の人生を始めることになりました。


 そして、IMCSの「都市選抜」も終わった頃、ファビアはようやくメガーヌやルーテシアとともに、ミッドを()つことになり、最後にアインハルトに会って『トゥヴァリエ地方の「祖母の家」も、もう引き払ったので、今日はお別れを言いに来ました』と挨拶をした上で、以下のような会話をしました。

「ところで、ひとつ訊いても良いでしょうか? これをあなたに訊くのは、筋違いなのかも知れませんが、直接、本人にはちょっと訊きづらい話なので」
「私に解ることでしたら、どうぞ」
「ヴィヴィオは、どうしてオリヴィエの記憶を持っているのですか? いくらクローンでも、遺体も何も無い状況で、大昔の人間の記憶など、いきなり引き継げるはずは無いと思うのですが」
「これは、私も最近になって、シャマル先生から聞いた話なのですが……ヴィヴィオは、6歳の時に〈ゆりかご〉の玉座に座ったことがあります。その時に、〈ゆりかご〉の記憶庫からデータが逆流して彼女の無意識領域へ流れ込み、今になって、そのデータをようやく意識領域で『記憶像』として再構築できるようになった、ということのようです」

「やはり、一定の年齢にならないと、脳神経系が追い付かない、ということなのでしょうね。あなたも、クラウスの晩年の記憶は?」
「あなたの言うとおり、晩年の記憶はまだまだ曖昧です。だからこそ、15歳の時の『悲劇の記憶』ばかりが強調されてしまって……。
 言い訳になりますが、私は4歳で、唐突にクラウスの記憶を継承してしまったので、それ以前の『自分自身の記憶』がほぼ消えてしまっています。それだけに、クラウスの記憶からは(のが)れようもありませんでした」
「それは大変でしたね。私も今年の2月、親代わりの祖母が急死し、悲しみの中で記憶を継承したため、11歳当時のクロゼルグの負の感情にすっかり意識を飲み込まれてしまい……大変に御迷惑をおかけしました」

「ところで、クロゼルグは、その後、どうなったのですか? クラウスも、『他の難民たちとともに南方へ流れて行った』という噂は聞き及んでいたのですが」
「実は……クロゼルグは流れ流れて、次の年には、ガレア王国の東部辺境に落ち着き、その一帯を治める辺境伯ラグゼリスの庇護(ひご)を受けて、魔法研究を続けました。
 しかし、その土地では、クロゼルグは『女性の名前としては』相当に不自然なモノだったため、彼女は辺境伯の勧めに従い、最初のKと最後のGを取って、代わりに女性名詞語尾のIAを付け、ロゼリアと名乗りました。ロゼリア・クロゼルグの後半生は、それなりに幸せなモノでした」

「何故、彼女が幸せだったと解るのですか? それは、先程の年齢の話と矛盾しているのでは?」
「記憶としては、私もまだ、始祖クロゼルグが15歳だった頃までしか明瞭には思い出せません。しかし、祖母の遺品を整理していて、『ディヴィサの手記』を発見しました。そこに、クロゼルグの晩年の様子や『継承される記憶』の概要が、おおよそのところ、書き(しる)されていたのです」
「その……ディヴィサというのは?」
「ああ。ロゼリア・クロゼルグの一人娘です」
「ということは……もしかして、辺境伯との子供ですか?」
「いいえ。始祖クロゼルグは獣人でしたから、普通の人間との間に子供は作れません。……この話は、どうか内密にしていただきたいのですが……ディヴィサは、ロゼリアがみずからの(はら)で産んだ『彼女自身の改造クローン』です。
 御存知のとおり、獣人の染色体は24(つい)ありますが、実を言うと、これは、人間本来の23対に、人工的に合成されたもう1対の染色体を付け加えたものなのです。
 だから、獣人の全能細胞から、その余分な1対の染色体を取り除いた上で、クローンを造れば、そのクローンは最初から『普通の人間』として生まれて来ます。技術的には……染色体を丸ごと合成して付け加えることは、大変に難しいのですが……後から、それを取り除くことは、実はそれほど難しくはないのだそうです」

「ところで、私は今、記憶継承の意味について考えているのですが……。あなたはクラウスから何代目ですか? また、記憶継承者としては何人目ですか?」
「昔、祖父から聞いた話では、私はハインツを初代と数えて16代目であり、記憶の方は、同様に数えて7人目だということですが……」
「私は、ディヴィサから数えて15代目。記憶継承者としては、やはり7人目です」
「それは……つまり、どういう意味なんですか?」
「あれから360年。当時のベルカの技術力を考えると、おそらく、記憶継承は私たちの世代で最後になるでしょう」

 ファビアによれば、記憶継承とは、そもそも継承回数に限度があり、同じ時代に二人の継承者は必要ないので、先代の継承者の死亡と同時に「最も若い有資格者(先代の直系の子孫)」の脳内で「継承記憶」が顕在化する、というシステムなのだそうです。
 また、当時の技術では、「最初の記憶継承」は自分のクローンに対してしかできませんでした。一連の記憶を「世代を超えて継承されてゆく記憶」として(つまり、「一個のパッケージ化されたメモリー」として)定着させるためには、「最初の記憶継承」がとても重要であり、それを成功させるためには「両者の遺伝情報が『おおよそ』一致していること」が必須の条件だったからです。

「それで、『ディヴィサの手記』にも、わざと書き飛ばされている箇所がありました。おそらく、始祖クロゼルグは『文字としては、とても書き残せないようなコト』を、それでも後世に伝えたくて、ディヴィサに記憶を(たく)したのだと思います」
「それでは、クラウスの嫡子ハインツはクラウスのクローンだった、ということですか? 確か、彼はマルガレーテの腹から産まれていたはずですが」
「覇王クラウスは、最後の最後まで家庭を(かえり)みなかった、と聞いています。最初から記憶継承のために、王妃に自分のクローンを産ませたのか。それとも、()()ぎを欲しがった王妃が勝手に造って産んだのを、後からクラウスが利用したのか。それは解りませんが……。
 あなたもいずれは必ず思い出すことになるでしょうが、クラウスの晩年の記憶にも、きっと何か意味があるだろうと思います。そうでなければ、あんな時代に、わざわざ記憶継承など、するはずがありませんから」

 そうして、ファビアがまた丁重にアインハルトに別離(わかれ)挨拶(あいさつ)をして、メガーヌやルーテシアの待つ次元港へと向かった後も、アインハルトは独りで考え続けました。
(今まで、私は自分のことしか考えていませんでしたが……よく考えれば、私以前にも、この記憶を継承した人物は6人もいたのですね。中でも、ハインツはわずか8歳で記憶を継承したと聞いています。
 彼はとても「母親想い」の少年だったそうですが、『自分の父親が自分の母親を全く愛してなどいなかった』と知って、『自分の父親は生涯、別の女性を愛し続けていたのだ』と知って、彼は一体どんな気持ちだったのでしょうか?
 もしも、自分が父親の複製体(クローン)だと知っていたのなら、なおさら(つら)かったに違いありません。父親を憎もうにも、自分自身がその父親と遺伝的には同一の人物なのですから。……彼の苦しみに比べたら、きっと、私の苦しみなど大したものでは無いのでしょうね……。)
 自宅への帰途に()きながら、アインハルトはまたさらに考えます。
(それにしても、クラウスの晩年の記憶とは、一体? あの時代は、皆で戦争しかしていなかったはずですが……。)
 アインハルト(12歳)がすべてを思い出せるようになるまでには、まだなお十年余の歳月が必要でした。


 そして、12月になると、IMCSでは「世界代表戦」が行なわれました。〈中央領域〉でDSAAに加盟する16個の管理世界から、それぞれのチャンピオンが「その年の開催世界」の特設会場に集結します。
 今年の開催世界は〈管16リベルタ〉でしたが、結果は一昨年の〈管8フォルス〉での世界代表戦と同様に、ジークリンデの優勝となりました。
 完全なアウェーでの勝利は、それだけでも、なかなか難しいことのはずなのですが、ジークリンデの勝ち方には全く危なげがありません。
 それでも、ミッドに戻り、クラナガンでの「凱旋パレード」の最中(さなか)ですら、ジークリンデの心の中は、決して「きれいに晴れ渡っては」いませんでした。
(ウチ)も……嘱託魔導師の資格とか、取ってみようかなあ……。)
 彼女には、まだ「自分の将来の姿」が全く見えてはいなかったのです。


 年末には、バオラン、ノーザ、ノムニアらの「19歳組」は、当然にIMCSを引退しました。
 エルス(16歳)も、いろいろと思うところはありましたが、ここで正式に引退します。
【そして、翌春、エルスは地元の高等科を首席で卒業した後、2年制の「士官学校、陸士コース」へと進みました。】

 また、その年末には、アインハルトがU-15大会の「ウィンターカップ」に出場して、いきなり王座を奪取しました。
 アインハルトは「ノーヴェ・ナカジマ会長」とともに一躍、有名人となり、当然のごとく、業界 関係者から「ナカジマジム」への問い合わせも殺到します。
 その結果、年度末には、「ナカジマジム」は首都新市街の「とても良い物件」に入居できることになったのでした。
【以下、U-15大会の話題は、すべて省略します。】

 
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