魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)
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【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
【第4章】Vividの補完、および、後日譚。
【第2節】IMCS第27回大会の都市本戦。
また、10月上旬には、いよいよミッド中央でも「都市本戦」が始まりました。
解説は、「元、選手会代表」のジェスカ・リディオン(20歳)です。
一日目、第1ブロックの1回戦は、ルーテシア・アルピーノ対テラニス・テミストスでした。
今回も、エリオとキャロはわざわざ有休を取ってミッドに来て、ルーテシアのセコンドを務めてくれていましたが、今日は、それに加えてファビアもセコンドに入ります。
しかし、控え室でキャロから意気込みを訊かれると、ルーテシアはさも当たり前のことのようにこう言ってのけました。
「意気込みといわれてもねえ……。今回は、召喚術も空戦スキルも封印してるんだもの。私じゃ、テラニス選手には勝てないわよ」
「ええ……。そうなの?」
「私は元々、力押しは苦手なタイプだし、ママからも『ケガはせずに帰って来なさい』と言われてるし……今日もし勝てたとしても、二日目は『あの』ヴィクトーリア選手なんだもの。あんなの、ゼッタイ無理よ。決まってるじゃないの」
冷静な分析と言えば、確かにそのとおりですが、それは、少なくともキャロが期待していたような返答ではありません。
これには、エリオも思わず苦笑し、一方、ファビアは無言でコクコクとうなずいていました。
ルーテシア「まあ、開幕試合だから、あまりあっさりと終わらせる訳にもいかないけど、八百長とは思われないよう、それなりに盛り上げてから……と言うか、純魔導師型の人間がガチの格闘家とやり合うとどうなるのかを、ひととおり体験してから……上手に負けて来るわ。大丈夫よ。シャマル先生には、もう話をつけてあるから。
そもそも、勝敗なんてルール次第でしょ? ルール無用でただ敵を倒せば良いだけなら簡単よ。インゼクトに毒針を持たせて、静かに寝込みを襲わせれば良いんだから」
キャロ「怖いよ! ルーちゃん。考え方が怖すぎるよ!」
エリオ「そんなコトばかり言ってると、保護観察期間が延長されちゃうぞ。(苦笑)」
ファビア「でも、言ってるコト自体は、正しいと思う。(ボソッ)」
キャロ(やっぱり、この子は「そっち側」の人間かあ……。)
【いわゆる「強さランキング」に対する否定的な考え方については、StrikerSのコミックス第2巻を御参照ください。】
地区予選でそれなりにファンがついていたのでしょうか、ルーテシア選手が入場すると、観客席からは「それなり」の声援が届きました。
しかし、テラニス選手とセコンド役の「格闘王」グラン・テミストスが入場すると、一気にその何倍もの歓声が沸き起こり、グランが観客席に向かって大きく両手を振ると、その歓声はさらに会場全体を震わせるほどのものとなります。
大歓声の中、極めて体格の良い父娘は、小声でこんな会話を交わしていました。
「おい。ナニ、あたしより目立ってんだよ、コノヤロー」
「客層がウチとだいぶカブってるだろう。お前も、いずれはプロになるんだから、今のうちに顔と名前を売っておいた方がいいぞ」
「勝手に決めんな、このクソ親父!」
この父娘は、決して仲が悪い訳ではありません。ただ、お互いに少しばかり口が悪いだけなのです。(苦笑)
ルーテシアは、序盤では多彩な魔法攻撃でテラニスを翻弄しましたが、結局は第3ラウンドで盛大に壁まで吹っ飛ばされ、そのまま起き上がれずにリングアウト負けになりました。
「どうやら、壁に叩きつけられて、脳震盪を起こしたようですね」
そんなジェスカの言葉もまだ終わらないうちに、シャマルたち医療班が素早くルーテシアの許に駆けつけ……じきに、司会席に向かって『大事ない』のサインを送ります。
「今、ドクターが診ていますが……ああ! 大丈夫なようです」
そのサインを見て、司会者もそんな安堵の声を上げ、ルーテシアは担架に乗せられて、そのまま静かに運ばれて行きました。
一方、劇的な勝利にもかかわらず、テラニスの表情は今ひとつ晴れませんでした。
「ん? どうかしたのか?」
「まさかと思うけど……親父。八百長とか仕組んでねえよな?」
「そんな金があったら本業につぎ込むよ。なんだって、お前なんかのために使ってやらなきゃいけねえんだよ。……何か妙なトコロでもあったのか?」
「いや。ただ単に、意外なほど軽かった、ってだけのコトなんだけど……」
テラニスはちょっと不思議そうな表情で、自分の拳を見つめます。
「そりゃ、あの体格だ。お前よりは随分と軽いだろうさ。……さあ。それより、次のシード選手は強敵だぞ。マジで対策、練っとかねえとなあ」
その後、テラニス選手は医務室まで相手選手の様子を覗きに行きましたが、ルーテシアからは上手におだてられて、先程の疑念もいつの間にか解消されてしまいました。(苦笑)
その会場では、観客を中心に選手や運営関係者など、合わせて何千人もの人間が、テラニス選手の勝利する場面を見ていたはずなのですが、その中で、ルーテシアの作為(あるいは、不作為)に気がついたのは、わずかに二人だけでした。
観客席で、ヴィクトーリアは周囲の人間には聞かれないよう、背後に立つエドガーに「念話で」こう語りかけます。
《エドガー。今の、あなたは解った?》
エドガーは、リングを降りたテラニスが自分の拳を不思議そうに見つめているのを遠目に見ながら、こう答えました。
《ええ。しかし、テラニス選手の表情を見る限り、事前に二人の間で何か申し合わせがあったとは思えません。ルーテシア選手の方にもそれなりの事情があってのことでしょうから、ここはあまり問い詰めたりはしない方がよろしいかと。》
《先々月には、無限書庫でも、八神司令の「直属の部下」みたいに振舞っていたし……彼女って、一体何者なのかしら?》
《本格的に、調べてみますか? コニィも、そろそろ「使える人材」に仕上がって来ましたが。》
なお、コニィというのは、今年の春からヴィクトーリアの侍女になった女性です。
《……いえ。こちらは、ただの個人的な興味よ。コニィには、彼女のことよりも別に探りを入れてほしいことがあるわ。》
ヴィクトーリアがそう答えると、ちょうどそこへジークリンデが姿を現わしました。
「ああ、ごめんな、ヴィクター。遅くなって。もしかして、第二試合、もう終わってもうたか?」
「まだ、第一試合が終わったところよ。私の次の対戦相手は、テラニス選手に決まったわ」
ヴィクトーリアがそう言って、自分の隣の座席を指し示すと、ジークリンデは大人しくその席に座りながらも、やや驚いた声を上げます。
「なんや、あのルーやんが負けてもうたんか。それなら、今までノーマークやったけど、格闘王の娘さんというのは、本当に強い人なんやな。ヴィクターも足元、掬われんよう、気をつけてや」
「あら。私の心配をしてくれるの?」
ヴィクトーリアの声は、何故かちょっと嬉しそうです。
「やっぱ、ここまで来たら、ヴィクターとは決勝戦の舞台でやり合いたいやんか」
「だったら、あなたも、まずミウラさんに勝たないとね。(ニッコリ)」
「その件ですが、お嬢様。次の試合、必ずしも彼女の勝利は楽観できないようですよ」
「そうなの? 相手は無名の選手だったと思ったけど」
「それはそうなんですが、8月にルーフェンで、ミウラ選手には幾つか『苦手な距離』があることが判明しました。そして、今回の相手選手が得意としている間合いが、まさにその、ミウラ選手が苦手としている距離なんですよ」
「要するに、実力はともかくとして、相性が悪い、ということかしら?」
「はい」
「あれから一か月あまり。ミウやんが『自分の苦手をどこまで克服した上で、ここへ来たか』が、勝負の分かれ目というトコロやろうなあ」
一方、医務室では、シャマル先生が「念のため」実際にルーテシアの精密検査をしていました。
「はい、どこも異常なし。当初の計画どおりね。(笑)」
エリオとキャロとファビアも同席して、ルーテシアたちはそのまま「医務室の大型モニター」で第二試合(第2ブロックの1回戦)を観戦することにします。
エドガーが指摘したとおりで、ミウラも序盤ではなかなか「自分の得意な間合い」を取ることができずに、相当な苦戦を強いられましたが、最終ラウンドでは「いつものように」逆転KO勝利を飾りました。
【第3ブロックから第8ブロックの描写は、省略します。なお、前述のとおり、第5ブロックではニーナが惜敗しました。】
それから何日か置いて、日程は二日目です。
第1ブロックでは、テラニスも善戦しましたが、「壮絶なドツキ合い」の末に、ヴィクトーリアがKO勝利を収めました。
第2ブロックでは、ミウラも相当に頑張ったのですが、ジークリンデにKOされてしまいます。
こうして、その日のうちに、ベスト8が出揃いました。
【例によって、第3ブロックから第8ブロックの描写は、省略します。】
また何日か置いて、日程は三日目です。
最初に改めて組み合わせ抽選をした後、次のような組み合わせで、3回戦が行なわれました。
ヴィクトーリア・ダールグリュン(17歳)対ウロムリィ・キゼルヴィア(15歳)
ハリー・トライベッカ(15歳)対グラスロウ・エベローズ(16歳)
バオラン・レイザム(19歳)対ザミュレイ・パブロネア(17歳)
ジークリンデ・エレミア(16歳)対ノーザ・ハグディ(19歳)
ウロムリィとグラスロウは、初めてのベスト8進出ですが、他の6名は、すでに常連です。
第一試合では、ヴィクトーリアが、またもやKO勝利を飾りました。
第二試合では、ハリーも負けじと逆転KOで勝利します。
第三試合では、バオランがザミュレイに大差の判定で勝利しました。
第四試合では、ジークリンデがノーザにKO勝利して、危なげも無く、ベスト4に進出します。
【なお、ウロムリィは「常住流、棒術」の使い手で、翌年を最後に16歳で選手を引退しました。また、グラスロウは「方円流、剣術」の使い手で、以後、上位入賞の常連となります。】
そして、昼休み。ジークリンデがノーザの控え室を訪れると、そこには同門のザミュレイも同席していました。
ザミュレイは、ベルカ系ミッド人ですが、人並み外れて豊かな金褐色の髪が、また大変な剛毛なので、まるで「獅子のたてがみ」のように大きく拡がってしまっています。彼女は、鼻先が少し黒ずんでいる上に、眉も極端に薄いので、真正面から見ると、なおさら獅子のような風貌に見えました。
しかし、ノーザが男装をしているので、「美女と野獣」と言うよりは、「猛獣使いと猛獣」という雰囲気です。
一方、ノーザは生粋のミッド人で、流れるような漆黒の髪をしていました。
ハグディ家は、元々「ミッド貴族」の家柄ですが、確かに、彼女は貴族的な気品と美貌の持ち主です。これで、平然と「背景に薔薇のエフェクトの幻が見えてしまうような言動」を取るのですから、世の少女たちが倒錯した想いに駆られてしまうのも無理は無いでしょう。
ですが、実を言えば、彼女のそうした態度や言動は半ば「営業用」のもので、本当の彼女はもう少し砕けた性格をしていました。
一般人には入り込めない「選手控え室」で、ジークリンデがドアを閉めるなり、ノーザは冗談めかした口調で、彼女に素の自分を見せます。
「ジーク。こっちは今年で最後だったんだぞ。もう少し花を持たせてくれても良かったんじゃないのか?(笑)」
「そんな、気が回る人じゃないですよ、この人は!(キレ気味)」
「ザミュレイさんは、何故いつも私にはそんなに厳しいんや? 実際には試合で当たったことなんて、一度も無いはずやろ」
そんな二人のやり取りに、思わず陽気な笑い声を上げると、ノーザはザミュレイの体を軽く抱き寄せながら、重大な秘密をひとつ、ジークリンデにこっそりと打ち明けます。
「この際だから、君にだけは伝えておこう。実は、私たちは恋人同士で、ゆくゆくは『同性婚』をする予定でいる」
「ええ……」
「確かな筋から聞いた話だけどね。実は、もう合法化は時間の問題なんだよ。だから、安心して、ジーク。君だけじゃないんだ。彼女は、私に近づいて来る可愛い子には、みな同じように厳しいのさ。(ウインク)」
「可愛くなんかないですよ、この人は!」
(ええ……。それ、面と向かって言うんか……。)
ややあって、ジークリンデは気を取り直し、ノーザに訊きました。元々、これを訊きたくて、この部屋に来たのです。
「それやったら……ノーザさん。取りあえず、来年からは、どうするんですか?」
「うん。来年からはイメチェンして、ザミュレイのセコンドに回る予定だよ。確かに、私は口調も容貌も性格も中性的だし、何より同性愛者だけど、こんな『あからさまな男装』は、ジムの方からの指示に従って『受け狙い』でやっているだけで、必ずしも本来の趣味ではないからね」
「ええ……」
「マジで着飾ったら、ノーザさんはメッチャ可愛いんですからね!」
思わず言ってしまってから、ザミュレイは『あ、しまった!』という表情を浮かべました。それを見て、ノーザはさらに強く、ザミュレイの体を抱き寄せます。
「大丈夫だよ、ザミュレイ。あんな姿はもう君にしか見せないから。(キス)」
(うわあ。この二人、ガチやん……。)
そうして、その日の午後には、5位から8位までの決定戦が行なわれました。
まず、ノーザがウロムリィにKOで勝利し、次に、グラスロウが実に微妙な判定でザミュレイを下します。
そして、勝者同士の5位決定戦では、ノーザがまたグラスロウにもKO勝利し、敗者同士の7位決定戦では、ザミュレイがウロムリィにKO勝利しました。
さらに何日か置いて、日程はいよいよ最終日です。
準決勝の第一試合は、ヴィクトーリア対ハリーで、「昨年の都市本戦3回戦」と同じ対戦カードでしたが、今度はヴィクトーリアのKO勝利となりました。
また、第二試合は、バオラン対ジークリンデという「元チャンピオン同士」の好カードで、実際、内容的にも相当に充実した試合でしたが、結果はジークリンデのKO勝利でした。
そして、昼休み。ジークリンデがバオランの控え室を訪れると、バオランは笑顔を浮かべながらも、やや粗暴な口調でジークリンデにこう言い放ちました
「ジーク、このやろー。最後ぐらい、もう少し花を持たせろよ!」
「それは先日、ノーザさんからも言われました。(苦笑)」
「うん。確かに、彼女なら、それぐらいのことは言いそうだ」
バオランは大口を開けて、ガッハッハァと大笑いをします。
「やっぱ、親しい間柄やったんですか?」
「うむ。彼女は同い年で、良いライバルだったよ。今年は君のおかげで彼女とは対戦できなかったが、IMCSの公式戦では3回もぶつかった仲だ」
「ところで、バオランさん。来年からは、どうするんですか?」
「私はこんなガサツな女だが、地元のクルメア地方では、ウチはそれなりの良家でね。もちろん、元が貴族のダールグリュン家やハグディ家には遠く及ばないが、実のところ、私はすでに婚約者を待たせている身の上なんだよ」
「婚約者、ですか……。(吃驚)」
「ああ。来年の春には、その婚約者、名門マドリス家の末子ユディルさんと結婚の予定だ。確かに、最初は親同士が勝手に決めた縁談だったが、実際に会ってみたら、お互い、相性はそれなりに良かったからね。断るほどの理由は特に無かった」
「それなりに、ですか?」
「ジーク。人生は欲を言い出したらキリが無いよ。確かに、100点満点の相手ではないが、それは『お互い様』だ。……いや、誤解しないでくれよ。これは『妥協』という考え方では無いんだ」
そう言って、バオランは滔々と以下のような持論を述べました。
「例えば、IMCSの試合でも、実力が伯仲していれば、100%の勝機なんて、ほとんどあり得ないだろう? それでも、今、『充分な勝機』があり、この機会を見送っても次に『より良い勝機』が巡って来るとは期待できない、という状況だったら、そこはもう行くしかないじゃないか。
そういう前向きな考え方で、私はこの縁談に乗ったんだよ。こう見えても、『母親になりたい』という願望は一応、人並み程度には持ち合わせているのでね。
早めに片づけられることを、わざわざ選んで後回しにする必要は無いだろう? そもそも、人間の肉体には老化という時間制限があるんだから。
そんな訳で、私は今年を最後に、この業界からはキレイサッパリ足を洗わせてもらうよ。三年前のリグロマさんのようにね」
そう言われても、ジークリンデは二年前が初出場なので、リグロマという選手のことはよく解りませんでした。
【リグロマについては、次の章の「キャラ設定5」を御参照ください。】
「ジムの方からも、道場の方からも、一度は『ミッドチルダ・チャンピオン』にまで上りつめた身なのだから、せめて籍だけでも残しておいてくれないか、とは言われているんだけどね。そういう未練はすべて断ち切って、私は『人生の第二ステージ』に進みたいんだよ。
まあ、将来的には、『自分の子供にせがまれたら個人的に教える』ぐらいのことはするかも知れないけれどね」
バオランは、随分と晴れやかな表情でそう語ったのでした。
【なお、相当に先の話になりますが、「バオラン・レイザム・マドリス」は、最終的に2男2女の母となり、そのうちの第一子(長女)と第四子(次子)は後に優秀な魔導師になりました。
特に、81年生まれの「ラウザ・マドリス」は、初等科を卒業すると、すぐに陸士訓練校に入って13歳で陸士となり、15歳で捜査官に。18歳では早くも本局所属の広域捜査官になるのですが……それは、また「次の世代の物語」です。】
その日の午後、まず3位決定戦では、バオランがハリーに大差の判定で勝利しました。
ハリーは午前中の対ヴィクトーリア戦で全力を出し切っており、さすがにその時のダメージからまだ完全には回復できていなかったようです。
そして、決勝戦。
ノーザとザミュレイは、8人まで座れる特別観覧席(個室)で、ジークリンデとヴィクトーリアの対戦を仲よく二人きりで観戦していました。
まず、両選手の入場を見ながら、ノーザが口を開きます。
「やはり、スペックだけで考えれば、あの二人は完全に別格だね。あとは、メンタルに少しだけ問題が残っている、といったところかな?」
「まあ、『理想形』と比較すれば、そういう評価になるんでしょうね」
「ところで、私も今年は5位で終わったが、最高成績は昨年の準優勝だった。君も、私と結婚するのなら、今年の7位や昨年の4位では満足せず、私と同じ準優勝か、できれば優勝まで行ってほしいなあ」
「それは……結婚の条件としては、かなり厳しいですよね?」
「ダメなら結婚できない、とまでは言ってないよ。ただ、私の両親の『君に対する評価』は、君の成績次第で多少は変わって来るかもね。(ニッコリ)」
リングではIMCS史上に残るような熱戦が繰り広げられましたが、結果としては、ジークリンデが大差の判定で優勝となりました。
「それでも、あのジークと本気で打ち合ってKOされずに済む、というのは、それだけでも、もうスゴいことだよ」
「あの防御を、一体誰が打ち抜けるんですかねえ?」
「プロの陸士の中にならともかく、競技選手の中にはいないんじゃないのかな?」
「プロの陸士の中になら、いるんですか?」
すると、ノーザは、そこで不意にスバルの話を持ち出しました。実は、彼女はスバルの大ファンだったのです。
「いわゆる『六課メンバー』の一人でね。実は、私とも同い年なんだが、四年前の『あの一件』では、〈ゆりかご〉の内部にまで乗り込んで戦った、という話だ。
また、三年前、陸士隊の問題児どもに絡まれた時にも、『一人で全員を返り討ちにした』という逸話があり、昨年の〈マリンガーデン炎上事件〉でも相当な活躍をしたと聞く。
今年は、地区予選の会場に観客として来ていた、という目撃情報もあるんだけれどね。残念ながら、私は会えなかったよ。……ん? どうした?」
「いや。そんなに嬉しそうな顔で、私が知らない女の話をされると、ちょっと……」
「あっはっは。やっぱり、可愛いなあ、君は!」
「可愛くなんかないですよ、私は!」
ノーザが笑って恋人の肩を抱き寄せると、ザミュレイは思わずそんな「いつもの決まり文句」を言って顔を背けながらも、年頃の女子らしく頬を染めたのでした。
(タネを明かせば、『ジークリンデに向けた辛辣な言葉も、単に「いつもの決まり文句」のヴァリエーションでしかなかった』という訳です。)
都市本戦の優勝祝賀会の後、ジークリンデは呆然と星空を見やりながら、独り思い悩んでいました。
先日はノーザから、今日はバオランから、試合の後で「将来についての話」を聞きましたが、それで、彼女の悩みはかえって深まってしまったようです。
(私は……IMCSを引退したら、あとは一体何をすればええんやろう?)
彼女は、自分の「人生そのもの」に関して、実は、まだこれといった目標がありませんでした。
元々「集団行動」が大の苦手なので、管理局になど入ったところで、まともに仕事が務まるとは思えません。
せっかく、こんな力を授かって生まれたのですから、何らかの形で『誰かの役に立ちたい』とは思っているのですが……。
彼女が、自分の「あるべき姿」に辿り着くまでには、まだ長い歳月が必要でした。
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