魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~
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AXZ編
第179話:一筋の涙
前書き
どうも、黒井です。
今回は主に前回捕縛したカリオストロのその後を描く内容になります。
突如襲撃を掛けてきたカリオストロを打倒すると言う大金星を挙げた響と切歌。敵の幹部を捕える立役者とも言える2人は、戦闘後にギアのメンテナンスを必要としていた。
「ゴメンなさい……、対消滅の際に生じる反動のせいで、ギアのメンテナンスになってしまって……」
何分急ごしらえの対策だった為か、充分なテストも無しに実戦に投入した為予想外の負荷が掛かってしまったのだ。しかしこの場にその事でエルフナインを責める者は居ない。
「いいのいいの! お陰で私達戦えたんだから。ね、切歌ちゃん!」
「そうデース! 寧ろお礼を言いたいくらいなのデス!」
「反動汚染の除去を急ぎます」
息ピッタリにエルフナインに感謝する2人に、当の本人は気恥ずかしそうにしながら足早に工房へと戻っていった。それを見送る奏とアルド。
「……一緒に行かないのか?」
「シンフォギアは櫻井主任とエルフナインさんの領分です。私が口出しする必要はありません。それより、気になる事があるとか?」
「あぁ、まぁね」
奏は偶々この場で鉢合わせしたアルドに、これ幸いと最近のキャロルの様子で気になる事があると切り出した。
「最近、キャロルの奴が記憶が戻ったように見えるんだ」
「ふむ……具体的には?」
最近、キャロルはふと耳にした錬金術用語を反芻する様に口にする事が多くなっていた。まるで耳にした単語から、失われた記憶の断片を引っ張り出しているかのようである。これが良い変化なのか、それとも悪い変化なのか奏からは判断が付かないので、思い切ってアルドに訊ねてみたのである。
「確か、ハンスの治療でキャロルと想い出を共有してるんだよな? その影響で、キャロルの方も記憶が戻ってきてるんじゃないのか?」
「その可能性はあります。と言うより、この治療はハンスさんは勿論、キャロルさんの治療の意味もあります。このまま進めば、キャロルさんが記憶を取り戻す可能性は高いでしょう」
2人の会話を横から聞いていた響は、キャロルの記憶も元に戻る可能性がある事に目を輝かせた。
「えッ! キャロルちゃんも治るんですかッ!」
「落ち着け、バカ。まだ可能性ってレベルの話だし、もし仮にそうなったらそうなったで面倒になるだろ」
喜びを露にする響に対して、クリスはある一つの懸念を払拭出来ずにいた。それは、記憶を取り戻したキャロルが再び敵として立ちはだかる危険性である。一度はS.O.N.G.に敗北したキャロルではあるが、記憶が戻った時にはまた世界の分解を目指さないと言う保証はない。
その可能性を突き付けられ、響も笑みを引っ込め肩を落とす。
しかしアルドの口から出た言葉はそれに対し否を突き付けるものだった。
「いえ、必ずしもそうなるとは限りません」
「っていうと?」
「キャロルさんが凶行に走ったのは、お父上の死と言う深い悲しみに突き動かされて周りを顧みなかった事に由来していると考えられます。であるならば、今からでも様々な知識や思い出を彼女の中に刻んであげれば……」
「記憶が戻ったとしても、奇跡の殺戮者に戻る可能性は低くなる?」
「そう私は考えています。穏やかな環境に彼女を置いてあげれば、彼女が本来持つ優しさも取り戻してくれるかも」
それはつまり、キャロルと本当の意味で仲良く手が取り合えるかもしれないと言う可能性の示唆。それを聞いて黙っていられる響ではなかった。
「つまりキャロルちゃんと色々な事を楽しめばいいって事ですねッ!」
「その認識も間違いではありませんが……」
「おぉぉぉぉっ! 待っててキャロルちゃーんッ!」
「おい、ちょ、待てッ! あ~、もう! 透、あのバカが変な事しない様に見張るぞッ!」
このままだとキャロルが響に振り回されてしまう。それを防ぐ為、仲直りを果たしたクリスと透が響の後を追っていった。嵐の様な響の様子を、残された奏達は苦笑と共に見送っていった。
「やれやれ……響の奴、余程嬉しいんだな」
「無理もないわよ。この中で一番キャロルの事を気に掛けてるんだもの」
まぁその気に掛けるが、当のキャロル本人からすれば些か過剰干渉の域に達しているのは気の毒と言えば気の毒だが。
「それより私はあの捕えた錬金術師の事の方が気になるわ。彼女、これからどうなるの?」
キャロルの記憶が戻るのかどうかも気になる所ではあるが、マリアが直近で気になっているのは捕縛したカリオストロに関してだった。今カリオストロは、この本部の独房エリアでウェル博士とは別の独房に入れられていた。勿論錬金術で脱走されたりしないように、魔法を用いて対策を施した上でである。
「あの人なら、今は風鳴司令官とウィズに尋問を受けている所です」
納得の人選である。理不尽の権化とも言える弦十郎であれば仮にカリオストロが暴れても力尽くで押さえつける事が出来るだろうし、そこにウィズも加わればさらに逃げ出すのは困難となる。
「尋問が終わった後はどうなるデス? そのままここで捕まえておくんデスか?」
カリオストロ達パヴァリア光明結社に被害を受けたのは日本政府も同様だった。特に風鳴機関本部の壊滅は決して無視できない被害だ。その被害の原因を齎した、パヴァリア光明結社の幹部の身柄を日本政府が求めるのは容易に想像できることである。
しかし…………
「そうですね。他の施設では恐らくあの人を押さえ込む事は難しいでしょうし、警備の面でもここなら安心なので処遇が決まるまではここで拘束し続ける事になるでしょう」
「それは……名目上の話?」
マリアの指摘にアルドがフード越しに彼女を見る。直接相手の目を見ている訳ではないのに、アルドからの視線にマリアは一瞬気圧されたような気がした。
「……まぁ、あの人が並々ならぬ錬金術の知識を持っている事は事実。その超常技術を安易に外部に広めるのは、決して賢い判断とは言えないのは認めますよ」
人間とは新しい未知なる知識に平気で手を出す。それが破滅への引き金や混乱のスイッチになっていたとしても、だ。過去に新技術を手にした人類が、その技術で多くの人々を不幸にした例は多い。
特に政府の裏で動く風鳴 訃堂は何をするか分からない。身内である弦十郎はその事をよく理解している。恐らくは訃堂の手の者がカリオストロに手出しする事を防ぐ為、彼女はこのままここで暫く窮屈な生活を送る羽目になるだろう。
奏達は敵ながら陰謀の只中に放り込まれる事になったカリオストロに対し、憐れみを感じずにはいられなかった。
その話の渦中にあるカリオストロは、アルドの言う通り現在は弦十郎とウィズによる尋問を受けている最中であった。強化ガラス越しに椅子に座ったカリオストロの両手には、アルド手製の錬金術に使用を制限する手枷が嵌められそこに更にウィズの魔法で魔力の行使を妨害されていた。徹底した脱走対策だが、逆に言えばこれくらいしなければ危険な相手と言う事でもある。
そんな相手とガラス1枚を隔てて面会している弦十郎は、堂々とした態度で相対し口を開いた。
「居心地はどうかな?」
『思ってたよりは悪くないわ。食事もまずまずだし。ただ、これが鬱陶しいって事くらいね』
そう言って両手に嵌められた枷を持ち上げるカリオストロを、ウィズは鼻で小さく笑った。
「捕虜なんだから枷一つで文句を言うな」
『フン……それで? あーしに何の用があるの?』
「単刀直入に聞こう。君達パヴァリア光明結社の次の狙いは何だ?」
ドストレートな弦十郎の質問に逆に虚を突かれたカリオストロは一瞬キョトンとした顔になる。が、次の瞬間には笑いを堪えきれないと言いたげに腹を抱えて笑い出した。
『あっははははははッ! そこまで真正面から聞かれるとは思ってなかったわッ! あなた、腹芸は苦手でしょう?』
「そうでもない。必要とあればいくらでも腹芸の一つは見せてやるさ。で、どうなんだ?」
『それあーしが正直に答えると思ってる?』
蔑みを交えたカリオストロの返答に、しかし弦十郎は眉一つ動かさない。代わりに次に口を開いたのは同伴しているウィズの方であった。
「バラルの呪詛……」
『ッ!?』
「やはりそれが狙いだったか。差し詰めお前達の狙いは、月遺跡の掌握とそれにより統一言語を解放し世界の在り方を変える事にある。違うか?」
『さ~ね? あーしはサンジェルマンに従ってるだけだし。詳しい事は彼女しか知らないわ』
ウィズの指摘に一瞬動揺してしまった事を気にしてか、それ以降カリオストロは彼と目を合わせようとしない。視線の動きで心の内で考えている事を読まれないようにしているのだ。とは言え、気になっていた事は確認できた。
ただ唯一気になる事があるとすれば、彼女の忠誠と言うか信頼が組織の長ではなく同じ幹部である筈のサンジェルマンに向いているだろうと言う事だったが。
「……あの男、相変わらず部下からの信頼が低いのか」
何気なく呟いたウィズの言葉に、今度はカリオストロの方が反応した。
『何アンタ? あーし達の事知ってるの?』
カリオストロからの指摘にウィズの動きが固まった。気付けば弦十郎からの視線も向いている。しかし仮面で顔を隠したウィズの考えている事を伺う事は難しい。動きを止めた事で辛うじて何か動揺する様な事があったのだろう事が伺えるが、逆に言えば分かる事はそれくらいであった。
2人が観察している間にウィズは落ち着きを取り戻したのか、動きを再開させた時にはいつもの雰囲気に戻っていた。
「かのパヴァリア光明結社だ、同じ裏に属する者として知らない訳がない。大体にしてこちとら長い事個人で動いてたんでな。情報収集には余念がない」
『ふぅ~ん? それだけ?』
「それ以外に何がある。そろそろ行くぞ、風鳴 弦十郎。確認したい事は確認した。これ以上ここに居ても仕方がない」
「ん? あぁ……」
何処か急ぐ様にこの場から離れようとするウィズに弦十郎は内心首を傾げながら彼と共にその場を離れた。
去っていく2人の後ろ姿を強化ガラス越しに見送ったカリオストロは、戻ってきた静寂に背筋を伸ばして椅子から立ち上がりベッドに寝ころぼうとする。何もないこの独房の中で出来る事は、ベッドの上で寝ころびながら逃げ出す為の策を巡らせる事だけであった。
「あ、終わった?」
「んなッ!?」
が、そのベッドの上には先客がいた。一体何時からそこに居たのか、紙袋から取り出したドーナツを齧っている颯人がベッドの上に陣取っていたのだ。我が物顔で寛ぐ彼の姿に、カリオストロは一瞬ウィズ達が去っていった方を見てからもう一度ベッドの上の彼を見た。
「いきなりお邪魔して悪いね? ちょっと個人的に聞いておきたい事あって。あ、これ差し入れね」
そう言って彼はカリオストロに紙袋を差し出した。中には今彼が齧っているのと同じプレーンシュガーのドーナツが入っている。紙袋の中を覗いたカリオストロは、視線を上げて相変わらずベッドの上で寛いでいる颯人を訝し気に見た。
「何のつもり?」
「言ったじゃん、聞いておきたい事があるって。ただで話を聞くのも悪いから、こうしてお土産持って来たんだよ。それとも、お宅ドーナツとか苦手だった?」
飽く迄マイペースな颯人に、カリオストロは考える事を止めて素直にドーナツを取り出した。どの道計画に関しては先程ウィズと話した事が殆どだ。祭壇設置と本格的な儀式の為に生贄が必要と言う事はまだ知らせていないが。
「それで? 聞きたい事って?」
颯人からの差し入れのドーナツを齧りながらカリオストロが口を開くと、颯人は口の周りの砂糖を落としながら訊ねた。
「あんた、俺の父さんの事どこまで知ってる?」
「は?」
「サンジェルマンさんは俺の父さんの事を知ってる感じだった。その人と付き合いの長い、あんたも父さんについて何か知ってるんじゃないかと思ってね」
どうだ? と視線で問うと、カリオストロは暫く黙ってドーナツを食べているだけで答えはしなかった。同じく黙って颯人がカリオストロを見ていると、彼女は徐に視線を彼に向けてきた。その瞬間ドーナツを咀嚼していた口の動きが止まる。
沈黙が周囲を包む中、颯人はカリオストロが求めるものを察し小さく肩を竦めると魔法で缶コーヒーを取り出し蓋を開けて手渡した。カリオストロはそれを笑顔で受け取ると、ブラックのコーヒーでドーナツを流し込んでから答えた。
「分かってるじゃない」
「図々しいって言われない?」
「人の部屋のベッドの上で寛ぐあんたに言われたくないわ」
「で? 結局どうなの?」
改めて颯人はカリオストロに問うた。正直、ここまで要望に従ってやったのだから何も情報を寄越さなかったら仕返しに何してやろうかとすら考えていたが、予想に反して彼女はあっさりと口を開いてくれた。
「そうね……えぇ、知ってるわ。あんたの父親の事も、そして母親の事もね」
そうしてカリオストロの口から語られた己の両親の過去。それを聞いて颯人は、驚き以上に確信を得た様に頷きベッドの上に仰向けに倒れ込んだ。
「はぁ~ん……やっぱ、そういう事な訳ね」
「あら意外ね? もうちょっと驚くと思ったけど?」
「十分驚いてるよ。ま、それ以上に納得もしてる訳だけどさ。ったくよぉ……」
小さな愚痴と共に起き上がった颯人は、立ち上がると紙袋を片付け独房を後にしようとした。が、何かを思い出したかのように振り返るともう一つ気になっていた事を訊ねる。
「あ、そうそう、これも聞こうと思ってたんだ」
「何を?」
「あんたさ、透の事を意図的に狙ったみたいな事言ったらしいけど、それどういう意味?」
先の戦いでカリオストロは1人で挑んだ透に対し、明らかに彼を何かに利用しようとしている事を口にした。それは戦った透本人から聞いた話であり、クリスも何やら品定めしているようなカリオストロの様子に激昂を隠せず脇腹を容赦なく撃ってしまったのだ。
その時の事を指摘され、思わず調子に乗って迂闊な事を口走った当時の自分をカリオストロは張り倒したくなった。
「……さぁね? どういう意味か、考えてごらんなさい?」
これを話すと計画が最終段階に近付いている事が彼らにバレる。それは同時にサンジェルマンの立場、そして延いては彼女の命にも関わりかねない重要な内容。流石にそんな事をおいそれと話す訳にもいかず、カリオストロは敢えて挑発するような物言いで言葉を濁した。
対する颯人は、そのカリオストロの反応から様々な可能性を模索する。予想出来る事は幾つかあるが、この場では生憎と情報も頭脳も足りない。
何よりも、一番聞きたい内容に関しては聞き終えた。これ以上は無意味な腹の探り合いにも発展しかねないので、ここは大人しく引き下がる事を選んだ。
「ま、いいさ。どの道、アンタがここに居る上に、もう1人の幹部は脱落したか暫くは動けない今、結社の動きは今鈍いだろうから、そんなに焦る必要は無いだろ。違うか?」
確認する様な颯人の言葉にカリオストロはギリリと歯軋りする。そこまで分かっていて敢えて聞いて来たのかと思うと、おちょくられたような気がして腹が立つ。
「とっとと失せなさい」
「おぉ、こわ。それじゃ、要望通り退散させてもらうよ」
〈テレポート、プリーズ〉
魔法で颯人がその場から消え、残されたカリオストロは不貞腐れた様にベッドに横になるとそのまま寝息を立て始めた。何と言うか、彼とのやり取りで色々とリズムが乱された。今は何も考える気にはなれない。
一方…………カリオストロの前から姿を消した颯人は、奇しくも彼女と同じく自室のベッドの上に横になっていた。が、胸の内で抱える思いは彼女とは違い複雑なようで、ベッドの上で仰向けに横になると腕で目元を覆っていた。
「父さん……母さん……」
1人だけの部屋に、囁くような彼の声が響く。その目元から一筋の涙が零れた事に、気付く者は誰も居なかった。
後書き
と言う訳で第179話でした。
キリが良いので今回はここまで。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。
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