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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
曙計画の結末
  篁家訪問 その2

 
前書き
 ミラ・ブリッジス大暴れの巻 

 
 洛中にある武家、篁家の土曜の夜は静かだった。
帝都で、なおかつ景観を保護する条例もなかったら、マンションだらけになっていたろう。

 マサキは、篁亭に時間が過ぎるのを忘れていた。
囲炉裏の前に座りながら、戦術機の改造や改良点について、熱心に話し合っていた為である。
 マサキと、74式長刀の設計者である篁の意見。
それは、全く同じだった。
 戦術機の腕は、重量や衝撃に弱すぎる。
マサキも、長刀使いのユルゲンやヤウクの経験を聞いていたので、納得するばかりであった。
 戦術機は、軽量に作ってあって薄い装甲板しか載せられないからだ。 
ゼオライマーと違って、腕には太い内部フレームが入っていない。
細かいギアとアクチュエータの塊で、非常に繊細だった。
 フェンシングが特技のヤウクと違って、アイリスやベアトリクスは剣技の取得に苦労したろう。
よし、俺がローズ・セラヴィーの様に剣技に耐えうる腕に作り直してやると、一人興奮していた。

 話が盛り上がっていたころ、美久が、おそるおそるマサキの前へ出た。
マサキの顔に近づくと、そっと耳に囁き掛けてきたのだ。
「いつまでも、若いお二人に迷惑をかけるのは何かと……」 
 マサキは、左手の腕時計をちらりと見る。
文字盤の上にある短針は、深夜10時を指していた。
「腹が減ったな」
篁は、わきにいるミラに目くばせをする。
「ウィスキーはないが、清酒はある」
「ほう、酒に造詣があるのか」
「我流でね」
 ミラは立ち上がると、そそくさと、奥の方に消えていった。
恐らく、酒の準備だろう。
そう考えたマサキは、不敵な表情になる。 
「馳走になるか」
予想通りの事なのに、美久はさもマサキが悪くなるような口調で言った。
「一体、貴方の神経はどうなっているのですか」
哄笑を漏らすマサキの耳に、美久の言葉など、ほとんど入っていなかった。

 酒でも飲みながらということで、篁とミラを囲んで食事をした。
献立は、牛肉を中心にしたものだった。
すき焼きに、肉じゃが、肉吸いと、その豪華さにマサキは驚いた。
(肉吸いとは、大阪を中心に出される牛肉入りの汁物である)
 これは、関東と関西の食文化の違いでもあった。
肉といえば豚肉という関東で育ったマサキには、衝撃でもあった。
「君が用意したのか。
女中たちは、何をしてるんだ」
いきなり篁から予期しなかった質問が出るも、ミラは笑いながら、
「もう帰しました」
「じゃあ、俺たちと木原君、氷室さんの四人だけか」
「うるさい人がいない方が、せいせいと話できるでしょうから」
 くつろぎの表情を見せながら言うミラに、それまで黙っていたマサキは苦笑した。
確かに女中がいないと静かだ。
「人は見かけによらないものだ。
あんたみたいなしたたかな女は、嫌いじゃないぜ。
ベルンハルトの妻といい、珠玉のような女性(にょしょう)巡り合えるとは……」
言うなりマサキは、惚れ惚れとミラの顔を眺めながら、酒を酌んでいた。
 ミラは、技術者というのに話し上手で、マサキを飽きさせなかった。
話は弾んで、食事が進み、清酒がマサキの気持ちをリラックスさせた。
「ほう。なかなか機械工学に造詣(ぞうけい)が深いではないか。
まさかマサチューセッツ工科(MIT)の大学院出ではあるまい。
もしそうならば、この俺は大変な才媛(さいえん)との出会いを得たわけだ」
 マサキは、ミラが思ったよりも若いのに驚いた。
米国の工学系大学院というのは、基本5年間だからである。
 日本と違って、米国の工学系の大学院は修士と博士課程がセットになっていた。
最初の2年で基礎的な数学の授業をした後、残りの3年間で博士課程を受けるという制度。
 だから、ミラが3年に及ぶ曙計画に参加したというのに、まだ20代後半である。
その事実に、ひどく驚いたのだ。
 普通ならば、22歳で大学を出て、そこから5年間博士課程をやれば、早くて27歳。
曙計画を考えれば、30歳になっていなければ、おかしいくらいだったからだ。
 無紋の色無地を着ていても分かるすらっとした体に、抜けるような白さの肌。
上品な育ち方をした女は、やはり見た目も上品である。
南部出身の田舎者というイメージがあったが、会ってみれば、ミラは中々の美人ではある。
第一印象は、合格だった。
 美しい女が奉仕をするので、マサキは目を細めて眺めた。
柔らかく繊細な指で酌をする内に、マサキの顔色はみるみる赤くなっていった。

「話は変わりますが、曙計画はどうなりましたか」
マサキの脇にいた美久は、穏やかな視線をミラに向ける。
「ええ、順調に進みましたよ」
 ミラは、すぐに華やかな笑みを浮かべる。
この辺りは何の変哲もない社交辞令なのに、美久の電子頭脳には引っかかった。 
 ミラは、曙計画でのエピソードと篁との出会いを話してくれた。
その表情をみて、美久はどこか空々しいものを感じ取っていた。
「木原さんも、曙計画に来ればよかったのに」
 ミラは、静かに酒を飲むマサキへ、それとなく話を振った。
マサキは、冷たい杯を手に挙げて白く笑った。
「ハハハハ。
この木原マサキが、いまさらその様な計画に真顔に耳が貸せようか。
笑止千万(しょうしせんばん)な話よ」
「でもね。こちらも楽しかったのよ」 
 そのうちミラの目が、マサキの方を向いた。
ミラの目はいくらか碧がかっており、宝石のような輝きを帯びていた。
「あの、木原さん。話があります」
 ミラの口調には強い意志が感じられた。
マサキとしては、笑うのをやめて、聞き入るほかはなかった。
「何の話だ」
 マサキの目的を知るには、相手の懐深く入り込むことである。
ミラは、マサキに一歩でも近づこうと決心した。
「私はあなたが創ろうとしているものには、協力は惜しみません」
篁がごくりと音を鳴らして、清酒を呑んだ。
「いいのか」
 ミラは目を細めて、マサキに近づいた。
二人の距離は、1尺と離れていない。
お互いの息遣いさえ、肌で感じられるほど、近かった。
「いいの」
「本当にか!」
「ただし条件があります」
マサキは開き直ったように、ミラを、彼女の目を見据えた。
「どういう意味だ」
 マサキの手を胸に押し付けながら、目を潤ませる。
しがみつこうと思えば、しがみつけるような距離までぐっと顔を近寄せる。
「木原さん、貴方がどういう意図で近づいてきたか、よくわからないの。
一緒に新型機開発をする為には、隠し事をしてほしくないの」
 ミラは美しい声で言った。
マサキの秘密を隠そうとする態度を、知らないかのように。
「そうか……わかった。
では、ミラよ。お前から知りうる情報を話してくれぬか」

 日本・米国・ソ連の3か国がわずかな時間の間に、それぞれ違った形で木原マサキと接する機会があったにもかかわらず、ゼオライマーの秘密が、この世界で露見しなかったのは、なぜか。
日米ソの3か国が、それぞれの思惑の中で密かにゼオライマーを解明しようとしたからである。
 既に応用された技術や戦術機の改良だったのならば、研究機関で解明したり、多国間で調査をしたであろう。
しかし、次元連結システムという特殊なシステムの為に、日本もソ連も慎重になっていた。
 だが米国だけは、2つの国は少し違った。
それには、いろいろな要素がある。
 まず、G元素というBETA由来の新物質の研究が進んでいた点である。
それは、世界で初めて核爆弾を完成させたロスアラモス研究所を持っていたことが、起因するのかもしれない。
 ここで特筆すべきは、ミラの積極性だった。
マサキの各国政府への近づき方は、異常である。
 ミンスクハイヴ攻略を通して、各国の首脳に働きかけた点は、不振この上ない。
これは全て嘘だ、裏に何かがあると考えた。
 何事にも積極的なミラは、自ら進んでマサキに真意を尋ねた。
それも生半可な事ではない。
自分の知りうる情報を、全て明かして見せる事であった。

「上院議員を務める父方の伯父にきいたんだけど、どうやらG元素爆弾は完成したらしいの。
ロスアラモスでは、今年の夏までに起爆実験を行う予定なんだけど、新聞社にすっぱ抜かれちゃってね」
マサキは、胸ポケットからつぶれたホープの箱を取ると、タバコを抜き出した。
「ほう」
言葉を切ると、タバコに火を点ける。
「G元素には、新型爆弾を作るのに必要なグレイ・イレブンというがあるの。
それをロスアラモス研究所のムアコック、レヒテの両博士が応用して、重力制御装置を完成させたらしいのよ。
どうやら今度の月面攻略で、その装置を乗せたスペースシャトルを月にぶつける。
そうという作戦案が外交問題評議会(CFR)から提案されて、ホワイトハウスに持ち込まれたらしいの」
「それほどの事を、一介の兵士でしかすぎぬ俺に、何故明かす」
「大切な人を守りたいのよ。
私が、わざわざ南部の田舎、ルイジアナを抜け出して、スタンフォードに入って、グラナンまで行ったのはそういう理由からなのよ」
 マサキは最初の内こそ慎重だった。
だが、ミラが、さりげなくG元素の秘密やその貯蔵量まで明らかにすると、マサキは油断を見せ始めた。
「でも俺は、お前を100パーセント信用してよいのだろうか」
マサキは驚きを隠しきれず、さらに決定的な返事を欲しくて、念を押した。
「嘘じゃないわ。
それに私は、あなたには日本政府さえも知らない情報を教えたじゃないの。
もうすっかり、あなたの仲間よ。あなたの申し出なら何でも協力するわ」
「絶対にか」
「ええ、絶対……」
マサキは静かに紫煙を燻らせながら、相好を崩した。
「お前のような優しい者が、そのように凄んでみては……
折角の、天女のような美貌も台無しだ」
「ねえ、ゼオライマーの秘密を教えてくれる?
私、興味があるのよ」
マサキの語調も、ミラにつられるように強くなった。
「何を」
「教えて、貴方の真の目的を。
どうして無敵のスーパーロボットがあるのに、なんで戦術機開発に参加するのか」
 ミラは、はっきりそう言い切った。
脇で俯いていた美久は顔を上げた。
まさか、ミラがそんなことまで聞いてくるとは思ってもみなかったからだ。 

「原子力や蒸気タービンを上回る、ゼオライマーのエンジン、次元連結システム。
私はこう思うのよ。
確かに帝国陸軍はゼオライマーのエンジンの検証をしても、どこからも異常はなかったという検査結果が出たし、今までBETAとの戦闘もつつがなくこなしてきた。
でもね。あのスーパーロボット、天のゼオライマーを建造した木原マサキの事。
簡単に、人にわかるような構造にするのかしら」
 マサキは、真剣な表情でミラを見つめていた。
ほんの数秒前まであった、マサキの余所行きの笑みは消えていた。
「ひょっとして、肌身離さずその秘密を持ち歩いているんじゃないかって」
 声にうながされるように、脇にいた篁はびくりっと振り返った。
ミラを見て、ハッとしたような表情になる。
「たとえば、装置の上からシリコンをかぶせて、人間の振りをしてね」
 離れて座る篁にさえ、マサキが身を強張らせるのが、判るほどであった。
一瞬にして、周囲の空気が凍るような緊張が走った。
『わずかな情報からその様な結論に至るとは、鋭い女性(にょしょう)よ』

 マサキは思案になやむ。
もう秘密が露見するのは、時間の問題だ。
次元連結システムの事を聞き出そうとするミラの覚悟のほども、わからなくはない。
必然、篁の話に()って、さらに状況証拠をあつめ、結論をかため直していることだろう。
その様に、彼には案じられて来た。
 こうなったら、徹底的にミラを利用してやろう、と肚を決めた。
すると、マサキは滔々(とうとう)と持論を開陳して見せた。
「もし、俺がとてつもない兵器を持っていると世間に発表したらどうなる。
例えば、この京都のほとんどを一瞬にして消滅させる兵器をな」
 マサキの言葉から、ミラは何かふッと、胸が騒いだ。
「混乱が起きるか、それとも世間は静かか。
どう思う、ミラさんよ」
 マサキの口元の笑みが、広がる。
ミラは、彼流のコミュニケーションなのだと感じた。
 気の利いたことを言ったつもりらしい。
ミラは頭の中で、それらしいことを言って、話を戻そうとした。
「きっと持っている。持っているからこそBETAに勝てる。
勝てる自信があるからこそ、落ち着いていられるのよ」
マサキの理論は、強引だった。
「そう、落ち着いていられる。
この汚れ切り、腐敗した世界。
金権にまみれ、人間の心を忘れた獣たちの住む日本を破壊し、消滅させることが出来るからな」
 マサキは、会心の笑みを漏らし、タバコに火をつけ始めた。
部屋中の空気が落ちてくるような圧迫感に、ミラは思わず身をすくめる。
「貴方がいつも思っている可愛いお嬢さんとは、まるでかけ離れた世界ね」
「そうでもないさ。
夢だの、希望だの、正義だの……裏付けする力がなければただの絵空事さ」
マサキは、唇に傲慢な笑みを浮かべる。
「この冥王、木原マサキを突き動かしたもの。
それはアイリスディーナへ愛だよ、愛。
あの娘御は、家庭の団欒(だんらん)はおろか、世間のことも、何一つ知らなかった。
だからこそ、悲運に身にゆだねるしかない女の一生を救ってやりたかった。
ただせめて、人の真情(まごころ)をアイリスディーナに与えてやりたい」
「東ドイツには、男女の真実(まこと)、それすらないのですか」
「人口の1パーセント以上が、秘密警察(シュタージ)の密偵という住民総監視社会。
その様な火宅の中で、どうして真実が生れ出ようか」
 マサキは腹から言った。
自分の身にも、くらべて言ったことだったが。
「乙女の一途な執念、これほど恐ろしいものとは……知らなかったよ」
すでに、あきらめ顔のミラは、こう彼に返した。
「正直言って、これは想像も付かなかったわ……。木原さん」
「こちらの肚を、見せたまでさ」
 マサキは、話し終って、ほっとした。
次元連結システムの、秘密の露見。
忘れようとし、忘れてはいたものの、やはり彼の心の奥には、大きな弱身として、気づかわれていたことの一つではあった。 
 

 
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