冥王来訪
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第三部 1979年
曙計画の結末
甦る幻影 その3
ベトナム戦争において活躍した、超大型航空母艦「エンタープライズ」。
BETA戦争に対応するために改装計画を進めたアメリカ海軍は焦っていた。
原子力航空母艦とは何ぞやという読者もいよう。
ここで作者からの簡単な説明を許されたい。
原子力艦とは、小型の原子炉を搭載し,核反応熱で蒸気タービンを回して推進する艦艇である。
USSエンタープライズ (CVN-65)は、世界初の原子力空母でもある。
全長342メートル、満載排水量83350トン。
(最終的な改修の結果、満載排水量は93284トンになった)
専用に開発された原子炉A2Wを8基搭載し、そのほかにも蒸気タービンを装備した。
また原子力空母は、1度核燃料を交換すると20年以上燃料補給の必要がなかった。
その上、原子炉のおかげで、長時間の高速航行が可能。
キティ―ホークなど通常型空母に比べ、緊急展開能力が格段に高かった。
原子炉のおかげで、航空機の離発着を妨げる排煙がなく、煙突のスペースも必要ない。
その為、飛行甲板上の艦橋を小型化できるなど、運用上の利点は多かった。
原子炉のおかげで、艦艇用の燃料が必要なく、空間に航空燃料やジェット燃料を積載できた。
1961年に就役するも膨大な建造費や維持費の為に、同型艦は終ぞ作られることがなかった。
しかし、この異星起源の化け物が夜行する世界に在っては、そうではなかった。
一番艦エンタープライズの成功を受け、2番艦の建造が議会で承認される。
今まさに、バージニア州のニューポート・ニューズ造船所で始まったばかりであった。
ここは、サンフランシスコ。
市中にある南京町でも有名な高級中華料理店。
国防総省の一部局である海軍省の長官とヘレンカーター海軍大将は、密議を凝らしていた。
「グラナンの新進気鋭の技術者、フランク・ハイネマンによる新型機の着艦試験が成功した」
その報告を受けて、極上のウイスキーを片手に、今後の見通しについて話し合っていた。
「ヘレンカーター提督、この度の試験成功、おめでとう」
海軍長官は、そういうとウイスキーのボトルを傾けた。
12年物のシーバスリーガルを、オレンジジュースの如く並々と氷の入ったグラスに注ぐ。
酒を口に含むヘレンカーターは、いかにも満足そうだった。
「これも、ハイネマン君のおかげです」
安らぎの姿勢を見せながら言うヘレンカーターに、ハイネマンは苦笑した。
高級中華料理に箸を付けながら、海軍長官はハイネマンに謝辞を述べる。
「ご苦労さん、第一回目の試験としては上出来だった」
「問題は山積しております」
ハイネマンを尋ねる海軍長官の声は、穏やかだった。
「何かね」
「微修正の誤差があり過ぎることです」
一呼吸置いたハイネマンは、饒舌に語りだした。
「問題は、搭載しているLSIやセンサーではない。
姿勢制御用のスラスターを小型化し、なおも精度を高めれば……」
そういって、口ごもるハイネマン。
口直しに高級老酒「古越龍山」を一気に呷る。
この酒は中国外交部が国賓接待酒指定銘柄として証明書を発行し、大使館で供される品物である。
「引き続いて頼む。
ニューヨークのオフィスでは研究もしやすかろう」
「実用化のめどは、少なくともあと1年」
長官に注がれた老酒は、グラスから溢れんばかりであった。
慎重に口元に運び、のどを鳴らしながら一気に飲んだ。
「いや、2年か」
そういって、ハイネマンは天を仰ぐ。
一瞬、向かい側にいたヘレンカーターの目の色が変わった。
「だが、大統領は新型機の大量生産を指令してくる」
ハイネマンの顔に驚愕の色がありありと浮かぶ。
「そんなのは、無茶だ」
「戦術機開発競争は待ったなしだ。
今日の試験は非公開を主張したが、政府が許さなかった。
戦術機の保有数では、合衆国はソ連に後れを取っている」
米国に対して、軍事力の質の面で劣っていたソ連は、量の面で補う策に出ていた。
ここで、史実のソ連軍に関して振り返ってみたい。
ソ連赤軍の地上兵力は、173個師団183万人。
46個師団45万人を中ソ国境に配置し、ザバイカルには34個師団35万人が展開していた。
航空兵力については,全ソ連の作戦機、8500機。
極東に関して言えば、約4分の1である2060機を展開した。
その内訳は、爆撃機450機、戦闘機1450機、哨戒機160機である。
水上戦力は,ソ連の艦艇2620隻。
ウラジオストックにあるソ連太平洋艦隊では、785隻を保有していた。
「だが合衆国は、エレクトロニクスの点ではソ連をはるかに凌駕している。
ハイネマン君は謙遜しておるが、その点では世界最強だよ」
海軍長官は、少し飲んだだけなのにほんのり赤くなっていた。
いつもは白い顔に怜悧そうな表情を浮かべているのに、今宵は大違いである。
「ソ連には、フランク・ハイネマンがいない。
それがすべてですよ」
新しいシーバスリーガルを持ってきた海軍将校が横から口をはさむ。
夏季白色礼装に身を包んだ東洋系の好青年であった。
「今回の試験で開発競争に、拍車がかかりますな」
とたんにハイネマンの表情が険をおびた。
「なぜ」
「ソ連や日本に刺激を与えるでしょう」
そのとき、猛烈な勢いでハイネマンはテーブルを叩いた。
振動でグラスが揺れ、中に注がれた紹興酒が飛び散る。
「知った風な口をきくな!
BETA戦争での勝利には完璧な防御システムの完成しかないのだ。
その為にはLSI搭載の新型ミサイルと、高起動の戦術機が切り札になる」
ヘレンカーターは、委縮する青年将校を横目で見る。
静かに「パーラメント」の箱からタバコを抜き出すと、火をつける。
「大尉、君は下がりなさい」
海軍提督の言葉とあって、副官の青年将校は口をつぐんだ。
彼は、顔色一つ変えずに、教本の様な敬礼をするとその場を後にした。
アメリカ海軍の新型戦術機の試験飛行に、仰天したソ連。
緊急の政治局会議が、ウラジオストックの臨時本部でなされていた。
「米海軍が、300メートル超の大型空母の建造計画を進めているというのは、確かなのか」
書記長の問いに対して、外相は静かに答える。
かの人物は、国連で拒否権を連発したことから「ミスターニェット」と呼ばれていた。
「確認済みです。
駐米大使の報告の他に、公式非公式の資料からも間違いないように思えます」
それまで黙っていた国防大臣が口を開く。
彼は半世紀以上軍事産業に関わり、スターリンの手ずから軍需工業人民委員に抜擢されるほど。
30年ほどで、ソ連の軍拡を進め、米国に比するまで育てあげてきたのだ。
「同志議長、願ってもない軍拡の好機です。
米国の侵略的意図を世界中に公表し、我らが防衛のため軍拡を進めても……。
誰一人として、非難はできますまい」
ソ連戦略ロケット軍司令官を兼務する、国防次官もそれに続く。
「国連憲章第51条において、個別の自衛権は認められた権利です。
それに国際法の概念として、自衛権の行使、それそのものは、自然権であります。
生まれながらにして認められた権利であるのです、同志議長!」
赤軍参謀総長は瞋恚を明らかにして、立ち上がる。
いつにない激越な口調で、大臣を非難した。
「同志大臣、あなた方はアメリカを甘く見過ぎている。
彼らはそんな事では屈服しまい……。
それに、まちがいなく木原が出てくる」
国防大臣は、不敵の笑みを満面に湛えると、
「米国の顔色うかがう黄色い猿など、屈服させて見せる。
初戦で20・30万も死者が出たら、さしもの侍どももおっ魂消て、将軍の降伏文書をもってこよう。
それでもへこまねば、100万人を消せばいい」
「同志大臣、貴方はどうかなさっている。
そんな気違い沙汰を平然と口走るなどとは、少しばかり休まれてはいかがですかな」
一連の話を黙って聞いていた書記長は、立ち上がると、
「不毛な議論を続けている時ではあるまい。
一時、休会だ」
と、護衛と共に別室に退いた。
政治局会議は、邪険な雰囲気のまま、休会した。
後書き
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