イベリス
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第百十七話 お巡りさんの名前その七
「何もな」
「だから私は」
「これからな」
「経験を積むことですね」
「そして色々知ることだよ」
「そうしていけば幸せになれますね」
「時として痛い目にも遭うさ」
マスターは笑ってこうも言った。
「楽しいことばかりじゃないさ」
「世の中は」
「辛いことだって一杯あるんだ」
だからだというのだ。
「それでな」
「痛い思いもしますね」
「そうした経験もあるさ」
「そうですか」
「けれどな」
それでもというのだ。
「そうしたことも経験のうちでな」
「学べますか」
「時として悪いことをしてな」
そうしてというのだ。
「そのうえでな」
「それで、ですか」
「報いを受けてな」
そうなってというのだ。
「わかることもあるんだよ」
「汚れちまった悲しみですか」
咲はマスターの話に中原中也のこの詩を思い出した。
「それって」
「それもあるさ」
マスターも否定しなかった。
「中原中也さんだろ」
「はい」
咲もその通りだと答えた。
「そうです」
「やっぱりそうか」
「こうしたこともですね」
「あってな」
それでというのだ。
「わかっていってな」
「成長していくんですね」
「あの人も色々あっただろ」
中原中也もというのだ。
「女の人と同棲したりな」
「十代で」
「それで酒癖が悪くてな」
「太宰治に絡んだり」
「店から立ち入り禁止受けたりな」
「色々ありましたね」
「そうしてな」
そうした人生を送ってというのだ。
「本当にな」
「色々あって」
「そうしたことからもな」
中原中也の様な経験もしてというのだ。
「成長するんだよ」
「そうしたこともありますか」
「そうだよ」
こう咲に言うのだった。
「そりゃ間違ったこと悪いことなんてしないに越したことないさ」
「そうですよね」
「けれど人間だからな」
それ故にというのだ。
「何かとな」
「間違えるんですね」
「そして悪いことだってな」
「しますね」
「だからな」
それでというのだ。
「そこから痛い目を見て反省してな」
「成長するんですね」
「まあ中原中也は若くして亡くなったからな」
「そうでしたね」
「成長する前にな」
可愛がっていたご子息も幼くしてなくなっている、このことは彼にとって非常に大きなショックであった。
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