渦巻く滄海 紅き空 【下】
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七十六 大事の前の小事
前書き
お待たせしました!
今回、シカマル→ナルの描写が強いです。そして何故か奈良家も(ある意味)強いです。
ご注意ください!
「……追っ手は来ておらんようだの」
後ろを振り向き、振り向き、背後を何度も確認してから、自来也はほっと一息をついた。
雨隠れの里。
其処から急ぎ離れてた自来也と大蛇丸、そしてアマルは追撃を怖れ、警戒し続けていた。
故に、こうして森の木々に身を隠しつつ、周囲を注意しながら、暫し逃亡劇を繰り広げていたのだ。
ペインと戦闘し、なんとか撤退できたものの、追い駆けてくれば終わりだった。
なんせアマルに治してもらったというものの、本調子ではない現状。
背後からの襲撃が気がかりで、故に何度も振り返ったが、杞憂だったようだ。
そう安堵した自来也の不安を大蛇丸が更に打ち消した。
「私が口寄せした蛇達にあらゆる所で見張らせているけど、今のところは大丈夫みたいね」
いつのまにか数多の蛇を口寄せし、要所要所で監視させていた大蛇丸の抜け目のなさに、(相変わらずだな…)と自来也は苦笑した。
敵に回すと厄介だが、味方だとこうも頼もしい。
ペインとの戦闘中に急に現れた大蛇丸には驚いたが、共闘自体は悪いものじゃなかった。
むしろ懐かしささえ感じて、これほど頼りになるものだっただろうか、と昔を思い出す。
大蛇丸との共闘を経て確信を得る。ひとりだと絶望的だった戦況が一変したのだ。
しかしながら、今後、ペインとの戦闘に少し希望が見えてきた矢先、当の本人から戦闘の離脱を申し出られた。
「さて。そろそろ私は失礼させてもらおうかしら」
「……なに、」
狼狽した自来也は、並行して走っていた大蛇丸に勢いよく顔を向けた。
「なにを言っておる!?ワシらの後を追い駆けてこないということは、他に優先すべきことがペインにはあるということじゃ。それがどういうことかわからんお前ではないだろう!?」
そうだ。追撃がない。追っ手も無い。ということはペインには自来也や大蛇丸よりも優先すべきことがあるという事。
それは間違いなく──。
「木ノ葉への襲撃…九尾の人柱力…ナルが危ないという事じゃ。ならば我々も早く木ノ葉へ…」
「私は遠慮するわ」
しかし自来也の言葉を遮って、大蛇丸は頭を振った。
「お尋ね者の私が行ったところで、ペインもろとも木ノ葉の忍びに攻撃されるだけでしょう」
それはもっともな意見だ。
当然だろう。
同じ三忍の窮地に思わず手を出してしまったが、抜け忍である自分が、何故、今更のこのこ木ノ葉の里に戻れるのか。
「しかし、」と渋る自来也を呆れ顔で眺めて、大蛇丸は足を止める。
ついて来たアマルが困惑顔で、自来也と大蛇丸へ交互に視線を投げた。
ペインとの戦闘を離脱する際、大蛇丸はサスケではなくアマルを連れて、撤退した。
それはひとえにサスケなら、残したところでペインが殺すとは考えにくかったからだ。
【写輪眼】を持つサスケをむざむざ殺すなど、ありえない。
だが逆に、アマルは殺される可能性がある。故に大蛇丸は、負傷した自来也の治癒にあてる為、医療に長けるアマルを連れて撤退に転じたのだ。
けれど結局はペインとの戦闘から逃れるまでの一時的共闘。
ペインが木ノ葉を襲撃すると聞いたところで、大蛇丸が力を貸す道理はない。
「私はここいらでお暇させてもらうわ」
「──それは困るな」
瞬間、大蛇丸の身体が強張った。
数秒、固まった後、ギギギ…と空を見上げる。
そうして眼を大きく見開いた大蛇丸は息を呑んだ。
何故、ここに…と声にならない困惑を感じ取って、顔を強張らせる大蛇丸の視線の先を、自来也は追いかける。
青の空を覆う緑の樹冠。枝葉の合間から射し込む光はやわらかく、淡い輝きを地上へ注いでいる。
その光を背に、人影が見えた。
再度、大蛇丸の様子を窺う。やはり依然として固まっている。
いや、萎縮しているのか。
こんな大蛇丸を、自来也は初めて見た。
空を振り仰いだ自来也は眼を眇める。後光のように光を背負う誰かの姿は未だ見えない。
けれど、急に固まった大蛇丸の様子から窺うに、只者ではないことだけは理解できた。
あの大蛇丸を萎縮させるほどの存在など、今までいなかったからだ。
改めて、自来也は眼を細める。
相手の姿を見極めようとしたが、霞がかかったように、視界が妙にぼやけて見えた。
高い木の上。
澄み渡る空の蒼に溶け込むくらい気配は薄いのに、射抜くような視線が降ってくる。
同時に息が詰まるほどの威圧感と緊張感が、まるで重力のように、その場を満たした。
「久しいな──大蛇丸」
「よーっし!!それじゃあ行ってくるってばよっ」
万物の始まりと終わりを示す『あ』と『ん』の狭間。
深い峡谷の如き門に意気揚々とした明るい声がこだまする。
とても意気消沈していたとは思えない声色だったが、それが空元気だという事実に気づいていても、五代目火影・奈良シカマル・山中いのは黙って見送りに来ていた。
自来也の師であり、二大仙蝦蟇の一人であるフカサクの隣で、波風ナルは決意に満ちた瞳で自分を見送りに来てくれた面々へ視線を奔らせる。
その内のひとりに、彼女は感謝と信頼の眼差しを向けた。
「ありがとな、シカマル。暗号のこと、よろしく頼むってばよ」
「ああ。こっちのことは気にすんな」
「シカマルの父ちゃんと母ちゃんにもお礼言っといてほしいってば」
「それも気にすんな。好きでやってることだからよ」
まだ影はあるものの、いつもの調子に戻ったナルにホッと安堵して、シカマルは笑みを返す。
もっとも両親の話題になった途端、若干苦笑いになったシカマルに反して、ナルは依然として眩いばかりの笑顔を浮かべていた。
そうして、はたと気づく。
慌てて彼女はフカサクを問いただした。
「そういや蛙じいちゃん。妙木山まで歩いて行くのかってばよ?以前、エロ仙人と行った時は一か月かかったけど」
以前、里抜けしたサスケを巡る戦闘にて負傷したナルは、退院後、自来也と共にフカサクから仙術について修行を受けていた。
その時はフカサクから「これも修行じゃ。妙木山まで歩いてきんしゃい」と命じられて、自来也がガックリ肩を落としていたのを、ナルはよく憶えている。
秘密のルートを知っている自来也がいたからこそ辿り着けたものの、本来、迷いの山と呼ばれている其処へはナルひとりだと到底辿り着かなかっただろう。
「ナルちゃんよ…今回は心配いらん。おまえさんは既に蝦蟇との契約済みじゃけんの」
そう自信満々に笑ったフカサクが、見覚えのある巻物を取り出した。ナルの名前も連なるソレは、忍蝦蟇との契約書だ。
当然、自来也の名もある。そしてナルは気づかなかったが、彼女の父であり四代目火影のモノも。
「あ、それ…!」
「ではこの子は預かるけんの」
覚えのある契約書を指差したナルが、次の瞬間、白煙と化す。
消えたナルに驚くシカマルといのの横で、五代目火影である綱手が「【逆口寄せ】だ」となんでもないように答えた。
【逆口寄せ】とは口寄せ動物が契約者を逆に口寄せしたり、自分自身を対象のもとへ召喚する術である。「へぇ~」と感心するいのの前で、フカサクもまた白煙と化す。
元々、ナルは仙術を既に使えるようになっていたが、より洗練、更に完璧なものにする為に、再び妙木山に山籠もりする流れになったのだ。
打倒ペインの為に。
ナルの師匠である自来也を殺した敵を倒す為に。
実際は、自来也は死んでおらず、今まさに、木ノ葉の里へ急いで戻っているとも知らずに。
ナル同様、妙木山へ向かったフカサクの姿が完全に見えなくなってからようやく、いのはシカマルを肘で小突いた。
「なぁ~に?ナルを慰めでもしたの?あれだけ元気なかったのに」
「べ、べつにうちの家で飯を一緒に食っただけだっての、めんどくせー」
からかういのに、シカマルは視線を彷徨わせる。
挙動不審な幼馴染に、「アンタって普段はポーカーフェイスのくせに、ナルにかぎってわかり易くなるわよね~」と呆れ顔で笑った。
「だから俺じゃなくて、おふくろがナルを呼んで来いってうるさかったんだよ!親父もガキの頃から事あるごとに、ナルを家に連れ帰ってくるし」
「アンタのご両親、昔っからナルのこと気に入ってるものね…」
幼い頃から一人暮らしで、ひとりぼっちだったナルを支えてきたのは何を隠そう、猪鹿蝶の幼馴染だった。特に奈良家はナルをしょっちゅう家に連れ帰っては、夕食をご馳走していたので、当時、周囲の大人全員に対して怯えていたナルも奈良家には懐いてくれていたと思う。
「おふくろのやつ、呼んでこいって言っておきながら、ナルを台所に立たせて一緒に夕飯作ってるし…なに考えてんだか」
うまかったけど、と昨晩ナルが作ってくれた献立を思い出しながら、ぽつりと呟いたシカマルに、いのは「ちなみに何作ってもらったの?」と興味津々に訊ねた。
「?鯖の味噌煮だけど」
(シカマルの好物じゃない…おばさん、着々と花嫁修業させてるってわけね~)
意外とやり手の奈良家の手腕に、いのが内心舌を巻いていると、綱手がぱんぱんっと気を取り直すように手を叩いた。
「そろそろおしゃべりは終わりだ。我々も自来也の残した情報解読に専念するぞ」
五代目火影の一声で、シカマルといのの顔つきがガラッと変わる。
顔を引き締めて、里内へ戻る綱手といのの後に続きながら、シカマルは一瞬、肩越しに振り返った。
先ほどまでナルがいた場所を見つめながら(がんばれよ)と心の中でエールを送る。
そうして改めて門を潜ったシカマルもまた、顔も気も引き締めて、強い決意を秘めた瞳で前を向いた。
ナルの憂いを晴らし、彼女の力になる為に。
『──よろしいのですか?』
【念華微笑】の術。
遠く離れた相手とも脳内で会話できる術で、ナルトの脳裏に薬師カブトの声が問いかけた。
『戦力過多になりますよ』
「かまわないさ」
カブトの問いかけに、ナルトは笑って返した。
「“暁”のお披露目といこう」
『しかし。あまりにも』
狼狽するカブトの声は周囲には聞こえない。
けれどナルトの受け答えは当然、周りの人間には筒抜けだった。
「忍びではない者…里人にとって、戦力はさほど問題ではない。数の多さが重要だ」
真下から息を呑む声が聞こえる。
だが、ナルトはそれを無視した。
「圧倒的な力の前ではひれ伏すも同然。だが結局のところ、数の暴力のほうが絶望感も高い」
語っている内容が何を示しているのか。
それは、一目瞭然だった。
現に、真下から殺気が突き刺さってきたが、それさえもナルトは無視した。
「平和ボケした木ノ葉にはいい薬だ」
話を聞いた相手が頭に血が上ったのか、ナルト目掛けて一気に踏み込む。
その背後で制止を呼び掛ける声を振り切って襲い掛かってきた三忍のひとりを、ナルトは無表情で見ていた。
『……あなたは本当に……おそろしいヒトですね』
「ようやく気づいたか」
カブトのその一言で、【念華微笑】の術を切り上げる。
撃ち込まれた【螺旋丸】を包み込むように、素手で停止させたナルトはようやっと、目線を下へ向けた。
「すまない。待たせたな」
悠々と【念華微笑】の術でカブトとの会話を交わしていたナルトの双眸がようやっと、立ち尽くす大蛇丸を捉える。
「俺は今、里に近づけないんでね」
木ノ葉の里の、ある特定の場所に近づいたが為に、身体の調子が悪くなり、再不斬からしばらく里に近づくな、と禁じられている手前、易々と木ノ葉に潜入するわけにもいかない。
「ならば同じように近づく者を排除せねばなるまいよ」
しかし、里に入れなくても己に出来ることはある。
そう、例えば──。
木ノ葉の里へ近づく三忍の足止め、とか。
「なぁ?大蛇丸……そして、はじめまして?になるのかな?」
【螺旋丸】を間近で受け止められ、平然としているナルトに対し、驚きで声が出ない。
大木も大岩でさえ砕き、粉砕する攻撃力のある【螺旋丸】をこうもあっさり受け止め、そうして微笑む余裕すらある目の前の存在は本当に、人間なのか。
愕然とする自来也へ、ひどく静かな声で、ナルトは名を呼んだ。
「──自来也さま」
目深に被った白のフード。
その陰間から覗く瞳の蒼が、何故か、自分の弟子の瞳の色と重なって見える。
会ったこともないのに、どうしてだか、自来也には妙に懐かしく思えた。
後書き
意味深な会話の真意はまた後ほど判明しますので、しばしお待ちください。
これからもどうぞよろしくお願いいたします!!
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