魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~
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AXZ編
第169話:手綱を握るは……
颯人と奏の共闘により、サンジェルマンを追い詰める事が出来た。そう思った矢先、何処からやって来たのか乱入してきたレギオンファントムの一撃によりサンジェルマンは体の赤い亀裂を付けられた。
以前それを喰らった事のある颯人はマズイとレギオンファントムを止めようとしたが、間に合う事無くレギオンはサンジェルマンの中へと入り込んでしまった。
レギオンファントムが入り込むと亀裂は消え、同時にサンジェルマンはファウストローブを解除され倒れ苦しみだした。
「うぐぅぅぅぅぅっ!? あぁ、あぁぁぁぁぁぁっ!?」
倒れると同時にサンジェルマンは胸を押さえて苦しみ始めた。早速レギオンファントムが中で暴れているらしい。その苦しみをよく知っている颯人は焦りながら倒れたサンジェルマンに駆け寄り抱き起す。
「うぅ……!? ぐぅぅぅぅぅぅっ!?」
「おい、しっかりしろッ! クソッ!」
「颯人! サンジェルマンはッ?」
颯人に続き駆け寄ってきた奏が苦し身悶えるサンジェルマンの姿に言葉を失う。以前颯人がレギオンファントムに侵入を許した時も、サンジェルマンと同様に苦しんでいたのを思い出したのだ。
全身から脂汗を流して悶えるサンジェルマンの姿に、颯人は最近アルドにより作られ渡された指輪を取り出した。
「奏以外の女に指輪嵌めるのは抵抗あるけど、仕方ねえ。奏、おっちゃんに連絡してくれ」
「何て?」
「残りのパヴァリア幹部2人を絶対こっち近付けるなって」
これから颯人が行おうとしているのは、以前自分がウィズ達にやってもらったのと同じ事だ。即ち、サンジェルマンの中に入りアンダーワールドに潜り込んだレギオンファントムを倒すか追い出す。
その上で彼が心配しているのは、レギオンファントムの強さ以上にサンジェルマンを回収される事だ。仮にレギオンファントムを倒すか追い出すか出来た場合、彼も外に出なければならない。もしその時に、サンジェルマンがカリオストロ達に回収されてパヴァリア光明結社の本部に運び込まれていたらどうなるか?
「外に出た時敵陣のど真ん中、なんて冗談じゃねえからな」
〈エンゲージ、プリーズ〉
颯人がサンジェルマンに魔法を使う傍らで、奏が本部に連絡を取っている。内容は今し方颯人が告げた幹部2人の足止めに加えて、増援としてガルドと透を寄越せと言うものだ。以前、奏は颯人の中に遅れて入り込みレギオンファントムを追い出す事に成功したが、あの時は無我夢中だったし何よりウィズ達との戦闘でレギオンファントムが消耗していたと言うのが大きかった筈。今回、全く消耗していないレギオンファントムを相手に何処まで対抗できるかと言われて、即座に明言する事は奏にも難しい事だった。
だからこそ、奏は颯人について行く。彼1人では何かあった時が事だからだ。
〈プリーズ〉
「うし! 行くぞ颯人!」
「ッ、あぁ!」
一瞬奏がついてくることに戸惑いを覚えそうになった颯人だが、レギオンファントムが一筋縄ではいかない相手である事は既に彼も承知している。そんな相手に、自分1人で何処まで持ち堪えられるかと言われれば、悔しいが正直自信がない。奏がついて来てくれると言うのであれば、これ程心強く思える事は無かった。
僅かに言葉を詰まらせながらも頷いた颯人は、奏に頷き返しサンジェルマンの上に浮かび上がった魔法陣の中に飛び込んだ。
「よっと!」
〈エンゲージ、プリーズ〉
「ほっ!」
颯人に続き奏も魔法陣の中に飛び込み、2人揃ってサンジェルマンのアンダーワールドへと入っていく。
奇妙なトンネルの様な物の中を飛び降りた先に2人が降り立ったのは、古代ローマを思わせる石造りの街中だった。
「っと! ここが……?」
「サンジェルマンのアンダーワールドって奴か? でも、これって……」
何と言うか、想像を遥かに超える光景に2人は束の間レギオンファントムの存在を忘れてしまった。錬金術師が肉体に手を加えて長い年月生き続けていると言う話は聞いた事がある。事実キャロルとハンスは300年近く生きていると言う話だったし。
だがこの光景が2人に与えるインパクトは、初めて錬金術師を目の当たりにした時の比ではない。今2人は正真正銘、サンジェルマンと言う長い年月を生き続けた人物の過去の光景を目にしているのだ。それも生半可な年月ではない。この光景は恐らく紀元前レベルの話だ。
「ちょっと予想外だな。まさかこんな過去が出てくるとは……」
「こんな大昔に、一体……」
周囲を見渡すと、1人の少女が大人2人に押さえつけられながら身形の良い男に必死に何かを懇願している様子が見て取れた。
『お願いしますッ! お願いしますッ!』
「あれは……?」
「多分、サンジェルマンだろうな。ここに居る人間の中で一際目立つなんざ、それ意外にない」
それは幼い頃のサンジェルマンだった。颯人と奏が知る、男装の麗人と言う風体とはかけ離れて、どこか質素な印象を受ける程過去のサンジェルマンはやせ細り着ている物も粗末で、何よりやせ細っている。
そのサンジェルマンの姿を見て、2人の脳裏に真っ先に浮かんだのは「奴隷」の二文字だった。
幼いサンジェルマンは身形の良い男に必死に助けを求めているが、男はにべもなく少女のサンジェルマンを突き放した。会話を聞く限り、どうやらあの2人は親子関係にあるらしいが純粋な親子とは異なるらしい。早い話が、あの男は貴族で奴隷の女に手を出して生まれたのがサンジェルマンと言う事のようだ。
見ていて胸糞の悪くなる光景に、颯人と奏は揃って呻き声を上げた。そして同時に察する。これがサンジェルマンの今を形作る原点と言える景色、この頃の経験が元となっているのだろうと言う事が容易に想像できた。確かにこんな貧富の差を経験したら、今の世界を恨み全てをひっくり返したいと思うのも無理は無いのかもしれない。
だからと言って颯人がサンジェルマンに靡く事は天地がひっくり返ってもあり得ないが。
「って、そうだよ暢気に見てる場合じゃねえ。ファントムの奴探さないと……」
慌てて周囲を見渡しレギオンファントムを探す颯人と奏だったが、結果から言えば探すまでも無かった。
何しろ奴は今、サンジェルマンの精神世界を破壊する事に夢中で大暴れしているからだ。無理に探そうとしなくても、暴れて周囲を破壊する音と興奮のあまり上がる高笑いで居場所は直ぐに分かった。
「ハッハッハッハッハッ! ハーッハッハッハッハッ!」
実に楽しそうにサンジェルマンの精神世界を破壊していくレギオンファントム。颯人に並んで念願のサンジェルマンの精神世界を破壊できるのが楽しくて仕方ない解いた様子だ。颯人達にはレギオンファントムの美醜の概念が理解できないが、奴にとってはこのサンジェルマンの精神世界はこの上なく美しいものらしい。そして、それを自らの手で破壊する事に至上の快楽を感じているのだ。
その暴挙を、黙って見ている颯人達ではない。
「奏ッ!」
「あぁッ!」
颯人はガンモードのウィザーソードガン、奏はウィザードギアになった事で宝石のような装飾のあしらわれた魔法の杖の様に変化したアームドギアを手にレギオンファントムに攻撃を仕掛けた。
手始めに颯人の銃撃がレギオンファントムに襲い掛かる。
「おいこっち見ろテメェッ!」
「ん?」
挑発するかのような颯人の言葉を響く銃声に、レギオンファントムも破壊を止めそちらを見る。すると次の瞬間不規則な軌道を描いて無数の銃弾がレギオンファントムの表皮に突き刺さった。銃弾は表皮の上で弾け、無数の火花を散らせる。
「ぬぐっ!?」
「オラァァッ!」
颯人の銃弾で動きが止まったレギオンファントムに、奏がアームドギアを振り下ろす。変化前には大矛とも言える形だった槍は、形状を変え石突の部分に宝石を付け穂先が細長い形状に変化している。だが形状が変化しただけで、奏の扱い方は変わっていない。何時も通り大きく振り被り、体重を乗せ勢いよく振り下ろした。
その一撃をレギオンファントムはギリギリのところで回避した。落雷の様な一撃は何もない所に振り下ろされ、地面は大きく抉られる。
その際に抉られた地面は、どこか禍々しさを感じさせる光を放ち罅割れていた。
「っとと! くそ、やり辛いな、ここは……!?」
以前颯人の一件で奏も理解している。このアンダーワールドで下手な攻撃はこの世界の主である人間に悪影響を及ぼす事を。必要以上に暴れる事は、レギオンファントムに利する事になってしまう。
故に奏も今回ばかりは持ち前の勢いを抑え気味にして戦わなければならず、あまり慣れない手加減をしなければならないと言う事でどうしてもやり辛さを感じずにはいられなかった。
思わず攻めあぐね掛けた奏の隣に、颯人が援護射撃をしながら近付いていった。無用な破壊を齎してしまった奏に対し、狙ったところへ銃弾が飛んでいく颯人の銃撃は無駄なくレギオンファントムに命中し後退させた。
「大丈夫か、奏?」
「あぁ。しかし面倒だなここは。あんまり派手に暴れる訳にもいかないし……」
「この俺にやった時みたいに、アイツ押し出したら?」
「やりたいのは山々なんだけど、あの時かなり我武者羅だったからぶっちゃけ何をどうやったのか覚えてないんだよ」
所謂火事場の馬鹿力、若しくは愛の力とでも言えばいいのか。いずれにしてもあれは颯人の危機だから出来た事であり、サンジェルマンが相手だとあまり望むべくもないものらしい。
となると、正攻法で行くしかないと言う事になる。具体的には、ここで奴を倒すかそれとも追い詰めて向こうから勝手に出て行ってもらうかだ。
他の案としては一応、ウィズ達が応援に駆けつけてくれるのを待つと言うのもある。だが結局は待っている間に2人だけでレギオンファントムの相手をしなければならないし、下手に時間稼ぎをしようものなら戦いの余波でサンジェルマンが持たなくなる可能性もある。結局は、この場で倒すか何とかして追い出すかの二択となってしまう。
「颯人、どうする?」
一応訊ねはするが、奏の中でもレギオンファントムに対する方針は決まっていた。
「倒す気でやるしかねえだろ。時間稼ぎが出来る場所じゃねえし、倒す気でやらなきゃ追い出す事も出来やしねえ」
「だな」
そうと決まれば話は早い。奏はアームドギアを振り回しながら、レギオンファントムに向けて魔法を使った。
〈バインド、プリーズ〉
兎に角動き回られるとそれだけで被害が増える。まずは奴の動きを止めようと奏が魔法の鎖を幾つもレギオンファントムに向けて伸ばした。次々と虚空から伸びてくる鎖に対し、レギオンファントムはハルメギドを振り回して応戦する。
「ぬっ! くっ、はっ!」
鎖それぞれが意志を持っているかのようにレギオンファントムに向けて伸びて行き、手足に巻き付き拘束しようとするがレギオンファントムはそれを全て弾いてしまう。それどころか、薙刀が鎖を切りつけた際に出来た亀裂で鎖の動きが逆に止められてしまった。これでは奴を拘束できない。
結局奏が伸ばした鎖は全て動きを止められ、レギオンファントムは奏の行動を阻止できたことに満足そうに鼻を鳴らした。
「ふん、無駄だったな」
「どうかな?」
「何だと?」
折角魔力を消費して使った魔法が不発に終わったと言うのに、肝心の奏はまるで気にした様子を見せない。それどころか寧ろこれが正解かの様な余裕の笑みを浮かべているので、レギオンファントムも奏が何を仕込んだのかと思わず警戒した。
それが功を奏したのだろう。レギオンファントムは次の瞬間、固定された鎖の間を縫うように姿を現した颯人の一撃を喰らってしまった。
「そこだッ!」
「ぐっ!? 何ッ!?」
レギオンファントムが見ると颯人は奏が伸ばした鎖の間をすり抜けるような動きで移動している。レギオンファントムもその後に続いて彼を攻撃しようとするが、図体がデカい方な為鎖に邪魔されて思うように動けない。空中で鎖を固定してしまった事がこんな形で仇となるなど誰が想像できるだろうか。
そしてここで漸くレギオンファントムは理解した。奏が無暗矢鱈に魔法の鎖を使ったのは、鎖を使ってレギオンファントムを直接拘束する為ではなく、空中に固定した鎖でレギオンファントムの動きを阻害する為だったのだ。
奏の策はまんまと的中し、鎖の檻の中に閉じ込められたレギオンファントムは素早く動き回る颯人に翻弄され、また薙刀が鎖に引っ掛かり思う様に反撃も防御も出来ていない。
対して颯人は、透程ではないが滑らかな身のこなしで鎖の檻の中を縦横無尽に動き回っていた。時には固定された鎖を足場にして、義経の八艘飛びが如く鎖を足場に一気にレギオンファントムに接近しすれ違いざまに切り裂くなどして着実にダメージを与えていく。以前の戦いで真正面からぶつかってパワー負けしたので、その時の事を教訓に徹底して一撃離脱戦法に終始した。お陰で颯人は被害らしい被害を受ける事無く、一見するとレギオンファントムを圧倒出来ていた。
しかしやはりレギオンファントムは只者ではなかった。鎖に攻防を邪魔され颯人にチクチクと攻撃されている事に苛立ちを覚えたのか、レギオンファントムは力を溜めるとそれを一気に解放。拘束の為ではなく破壊の為にハルメギドを振り回し、周囲の鎖を一薙ぎで粉砕してしまった。
「いぃっ!?」
「マジかッ!?」
これには2人共面食らったが、特に顔を青くしたのは颯人の方だった。仮面で彼の顔色は伺えないが、それでも彼が仰天している事は雰囲気で分かる。
何しろ彼はたった今足場にしていた鎖を切断されたのだ。その所為でバランスを崩し、地面に落下して背中を強かに打ち付けてしまう。
「ぐぉっ!? いっつぅ~……ッ!?」
「ヌンッ!」
「クソッ……!?」
打ち付けられた背中の痛みに悶える颯人だったが、太い上げるとそこではレギオンファントムが今にもハルメギドを振り下ろそうとしていた。それを見て慌てて転がるようにして危機を脱するが、レギオンは尚も彼を弄ぶように上から何度も薙刀を突き刺し追い立てる。
それを見て奏はアームドギアをレギオンファントムに向け投擲した。
「こっち見ろッ!」
「んん?」
咄嗟の事とは言え渾身の力を込めて投擲した槍を、しかしレギオンファントムは無手の片手で軽々と弾いてしまった。一見すると無意味に終わったかに見える奏の一撃。
しかしこの一瞬の間が颯人にとってはこの上なく最高のサポートとなった。
「サンキュー奏!」
〈キャモナ! スラッシュ、シェイクハンズ!〉
「はっ!?」
〈フレイム! ヒーヒーヒー!〉
レギオンファントムが奏に気を取られている数瞬の間に、颯人はウィザーソードガンのハンドオーサーに左手を翳してスラッシュストライクを発動。至近距離から炎の斬撃をレギオンファントムにぶつけた。
「ぐぉっ!?」
「まだまだぁっ!」
「くっ!?」
颯人の一撃で押し出されたレギオンファントムに、今度は奏が躍りかかった。コネクトの魔法で回収したアームドギアを手に、コートの裾を翻しながら飛び掛かる。
奏が乱舞の様に槍を振り回し、レギオンファントムはそれを手にした薙刀で何とか防ぐ。が、奏の攻撃の激しさにレギオンファントムは防戦一方と言った様子だ。
レギオンファントムが奏に掛かりきりになった。それを見て颯人は、アルドにより新たに作られた指輪を右手に嵌めて使用した。
「どれ? アルドからはこういうところで使えって言われたけど……?」
〈ドラゴライズ、プリーズ〉
颯人が新たな指輪、ドラゴライズの魔法を使うと、次の瞬間颯人の体の中からドラゴンが飛び出しウィザードの姿が通常形態に戻った。
「うぉっ!? は? え!? こういう事?」
詳しい効果までは効いていなかった。アルドからは精々、アンダーワールドでファントムの力を借りる事が出来るようになると言う話しか聞いていなかったのだ。だから具体的にどう言う効果なのかまでは分からなかったが、実際に浸かって見て漸く理解した。この魔法は、己の中のファントムをアンダーワールド限定で使役できるようになる魔法だったのだ。
だが事前に聞かされていた情報に反して、颯人から飛び出したドラゴンは彼の意志に反して好き放題に暴れていると言った様子だった。主な攻撃こそレギオンファントムに狙いを定めているようだが、周囲への被害の削減とかそう言う事は一切考えず只管にレギオンファントムだけを攻撃し続けていた。恐らく前回の戦いでの鬱憤もあるのだろう。あの時に傷付けられた時の事を未だに根に持っているのだ。
「ギャオォォォォォッ!」
「ぬぉっ!?」
「おわっ!?」
突然のドラゴンの参戦に、レギオンファントムのみならず奏までもが面食らいその場を飛び退いた。直後奏が居た場所にドラゴンの吐いたブレスが直撃し辺り一帯を吹き飛ばした。
「ぐおぉぉぉっ!?」
「うひぇぇぇぇっ!?」
ドラゴンのブレスによりレギオンファントムは吹き飛ばされ、直撃を受けなかった奏も衝撃の余波によりバランスを崩してひっくり返った。その結果に颯人はまず最初に怒りを抱いた。
「この、馬鹿ドラゴンッ!? 何してやがんだッ!?」
いくら何でも奏を危うく巻き込むような攻撃は論外にも程がある。こんな結果になるとは知らなかったとは言え、これでは半分敵が増えたも同然だ。現に今のブレスにより、サンジェルマンのアンダーワールドに傷が付いてしまった。これ以上アンダーワールドを傷付ける訳にはいかないと言うのに、これでは意味がない。
しかし当のドラゴンは颯人の言う事等聞く気がないらしい。まるで自由を手に入れたことを喜ぶように好き放題に動きつつ、先日の礼と言わんばかりにレギオンファントムに襲い掛かろうとした。
そのドラゴンの前に奏が躍り出る。
「待て待てッ! ストップ! 止めろ、下手に暴れるなッ!」
「ちょ、ま、奏ッ!?」
奏の行動に颯人は焦った。今のドラゴンは颯人の制御を外れ好き放題暴れる獣も同然。そんな奴の替えに飛び出すなど、暴れる熊の前に姿を晒すに等しい。幾らなんでも危険すぎると彼女をその場から退かそうと手を伸ばした。
ところが次の瞬間、颯人の目に飛び込んできたのは予想外の光景だった。
「グルル……」
「お、っと?」
「は?」
なんとドラゴンは奏の事を攻撃するどころか、まるで甘えるように鼻先ですり寄ったのである。その行動に奏と颯人の目が点になる。
「何だ何だ? さっきのが嘘みたいに人懐っこいな?」
レギオンファントム諸共自分の事を吹き飛ばそうとしてきたものだから、てっきり気象の荒いじゃじゃ馬かと思えば今度はこれである。一体どういう事かと奏が颯人の事を見れば、彼も訳が分からないと両手を肩の所まで上げた。
「何か命令した?」
「しても聞く雰囲気じゃ無かったろ?」
「……もしかしてさっきの、アタシからアイツを引き離す為にやったのかな?」
奏の予測に対し颯人は仮面の奥で何とも言えない顔になる。実際問題奏には大きな被害は無かったとは言え、一歩間違えば危うかったのは事実だ。しかし無作為に暴れるにしては今のドラゴンの行動に説明がつかない。
颯人は己が力の源である筈の、魔力の塊であるドラゴンが途端に分からなくなった。
「一体誰の味方なんだよ」
「……フン」
「あ? お前今鼻で笑ったか?」
「まぁまぁ、一緒に戦ってくれるってんなら心強いじゃないか。ただし、さっきみたいに無暗矢鱈に吹き飛ばすのは無しで頼むぞ?」
颯人とドラゴンが一触即発の喧嘩になりそうな雰囲気になったのを奏が宥め、ついで彼女がドラゴンに願うとドラゴンは仕方がないと言う様に鼻を鳴らした。宿主である自分よりも奏に対して聞き分けの良いドラゴンに対し、颯人は納得いかない物を感じずにはいられなかった。
「……まぁ何でもいいけどよ。今は兎に角、アイツをさっさと何とかするぞ」
颯人が視線を向けた先では、ドラゴンのブレスによる一撃から体勢を立て直したレギオンファントムが立ち上がる姿が見えていた。どうやら自分の楽しみを散々に邪魔された事で怒り心頭と言った様子らしい。ハルメギドを握る手が力を籠めるあまり震えていた。
「キ、サマァ・・・・・・!?」
「奏、一気に決めるぞ!」
「あぁっ!」
「ドラゴン、俺達に力を貸せッ!」
「グルゥ!」
奏が一緒に居るからか、今度はドラゴンも素直に颯人の言う事を聞いた。了解したと返事する様に唸り声を上げたドラゴンに、颯人は仮面の奥で小さく苦笑しながら奏と共にハンドオーサーに右手を翳す。
〈〈チョーイイネ! キックストライク、サイコー!〉〉
指輪をはめた右手を腰のバックルの前に翳し、魔法が発動すると2人は同じ動作でコートの裾を翻しその場で飛び上がり、空中で体を捻ってレギオンファントムに向け蹴りを放った。するとその蹴りの射線上にドラゴンが割込み、体を変形させてドラゴンの脚の形となり2人の蹴りに押されてレギオンファントムへと向け突き進む。
[DRAGONIC∞METEOR]
「「ハァァァァァァァッ!!」」
颯人と奏の合体技である『DORAGONIC∞METEOR』がレギオンファントムに炸裂する。レギオンファントムもその一撃を受け止めようとしていたが、予想外の攻撃力に押し潰されそうになっていた。
「グググッ……!? クソッ!?」
あと一歩で2人の攻撃の前に潰されるところだったレギオンファントムだが、ギリギリのところで攻撃の軸をずらす事に成功。強烈な一撃が地面に炸裂し、大きな爆発を起こしてレギオンファントムのガタイの良い体が吹き飛ばされた。
「グハァッ!?」
「くそ、仕損じたッ!?」
「まだだッ! 今なら奴も……」
このまま追撃してレギオンファントムを完膚なきまでに始末しよう……そう言おうとした颯人だったが、突如胸に痛みが走ったかのように胸に手を当てその場に蹲った。
「ぐぅっ!? な、んだ……?」
「颯人ッ!?」
突然苦しみだした颯人に奏もその場に膝をつき彼を心配する。その間にレギオンファントムは傷だらけの体で立ち上がると、よろけながらもその場から離れていった。
「く、残念だが今回はここまでだまぁ、楽しみは後に取っておくと思えばいいか……」
レギオンファントムは来た時と同じように空間を切り裂き、亀裂の中に入り込むようにその場から姿を消した。
その様子を颯人と奏、そしてドラゴンは静かに睨み付けつつ、一先ずサンジェルマンの心を壊される事は避けられた事に安堵の溜め息を吐くのだった。
後書き
と言う訳で第169話でした。
以前颯人の中にレギオンが入り込んだ時は殆ど勢いで追い出す事が出来た奏でしたが、今回は颯人を助けると言う名目が無かった為か前回のような力技は出来ませんでした。あれは颯人に対する愛があってこそ成せることでしたからね。
ドラゴンは颯人よりも奏の方に懐いてます。そこはやっぱりドラゴンも颯人の一部ですからって事で。
次回は颯人と奏がサンジェルマンのアンダーワールドで戦っている頃、外では何が起きていたかに触れていきたいと思います。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。
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