リュカ伝の外伝
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酒は飲んでも、飲まれるな
(グランバニア:芸術高等学校内第3自習室)
ピクトルSIDE
午後の授業も終わり私は本年度の卒業式を制作する為に組織された“卒業式制作委員会”の活動場所である第3自習室に集まった。
先刻まで同じ授業を受けていたエウカも一緒に部屋へ入る。
自習室には既にピエッサさんとアイリーンさんが来ていて、卒業式で披露する曲を練習している。
先日まで陛下のお手伝いで別の練習をしていたから、遅れを取り戻すかのような勢いで練習に励んでいる……私から見れば既に十分すぎる腕前だと思う。
私も先日スケッチした先輩方の授業風景を描き上げて卒業式で披露させなくてはならないから、お二人の演奏&歌声に聞き惚れている場合では無い。
手早く道具を準備して始めなければ……
「頑張ってるかい?」
気持ちとは裏腹に呆然と聞き入っていたら、入り口付近から話しかけてくる声が……
振り返ると、そこには陛下の姿があった!
「へ、陛下! 如何かしましたか? 何か問題でも……!?」
いち早く反応したのはピエッサさん。
基本的に何かのトラブルを恐れている感じだ。
「何も問題は無いよ。僕も今し方に授業が終わったから、皆の様子を見に来たんだ」
「授業……? あぁ、MGとMBの授業ですか! そう言えば陛下自らが講師をされてるんでしたね」
思い出したかの様にエウカが陛下に話しかける。
「うん。まだまだこれからだけど、皆優秀だよ」
それは素晴らしい。
私は陛下の演奏を拝見した事がないが、格好いいと評判だ。
「今日は4人しか集まってないのかな?」
「そうですね……他の方々は予定があるらしいです」
アイリーンさんが答えてくれた……彼女は陛下の前だと、普段見せる事の無い笑顔をしてくれる。
「じゃぁ運が良いって事で、君等4人に差し入れを上げよう」
「差し入れ?」
そう言って陛下は肩掛けの鞄から、何やら高級そうな桐の箱を取り出した。
形状から見て中身はワインだと思われる。
「そ、そんな宜しいんですか!?」
常識人のピエッサさんが常識人としての反応をする一方……
「わーい、やったね! 陛下ってば気が利くぅ(サムズアップ)」
エウカは遠慮が無い。
「中身はワインだから、作業が終わってから飲んでね」
やっぱりワインだった。
陛下からは一番遠くに居たピエッサさんに手渡す。
一番手近に居たエウカに渡さないのが笑えるわ。
「わー、凄ーい! 銘柄はぁ?」
自分に渡されなかった事は気にも止めず、桐の箱に入ったワインをサッサと取り出すエウカ。
もう少し遠慮しなさい。
「うっわ……高そうなワイン!」
「え~と……銘柄は……」
今にも一人で飲み出しそうなエウカからアイリーンさんがワインを取り上げて確認する。
「ロ、ロマン・コンティ!?」
ワインを取り上げ銘柄を確認してたアイリーンさんから悲鳴の様な声が発せられた。
今なんて言った?
「こ、これ……ロマン・コンティじゃないですか!!」
「うん。そんな名前だったと思う」
ロマン・コンティって世界一高いワインって奴でしょ!?
差し入れで貰える様な代物じゃ無いわよ!
「ちょ、見せて!!」
銘柄を聞いて目の色を変えて奪い取るのは現役キャバ嬢のサビーネさん。
流石の彼女も飲んだ事は無いのだろう……当然私も無いけどね。
「こ、これ……ソルムンド歴170年物よ! 以前オークションでサラボナ商会のルドマンって商人が3本も落札してたわよ。確か……1本55万Gだったわ!」
1本55万G!?
「あぁ、昨日そのハゲから貰ったんだよ。いらねって言ったのに、如何しても2本持ってけって言われてさ。もう1本は僕とビアンカ等で飲む予定だから、余った方はあげるよ。お世話になってるからね」
陛下ともなると55万Gのワインを2本も貰えるんですね!
「こ、これは……売って軍資金にした方が……」
金額に目が眩んでるエウカは陛下からの差し入れである事を忘れている。
「ダ~メ!」
だが陛下は、そんな彼女からワインを取り上げると、常識人のピエッサさんへ再度手渡した。
「ワインを投機の対象にする事に反対はしないけど、僕は飲み物は飲む事を推奨する。僕の実体験と聞いた話だけど、ワインにも賞味期限があるらしくって、寝かせると味わいが出ると言っても限度があるらしい。無駄に寝かし続けるとダメになるみたいだから、飲まないと勿体ないよね。まぁ僕の実体験は数千年保存して飲もうと思ったんだけど、管理してたマヌケが僕の予想を超えるマヌケで、ワインを失いやがったんだけどね」
よく分からないけど誰かが陛下のワインを紛失したみたい。
誰よ、そんなマヌケな事をしでかす奴は!?
一体どんな保存をしていたのか……
「売るんだったら違う子にあげちゃう。如何する?」
「えぇ~! お金があった方が、もっと良い卒業式に出来る様な気がするぅ」
絶対お金を自分の懐にしまい込むであろうエウカの発言は誰も信じない。
「金を掛けたからって良い物が出来るとは限らない。心が籠もってるか否かが重要。寧ろ金で楽しようとしてるから、心は籠もらないだろう」
流石は陛下。私も同意見です。
「で、でも陛下ぁ……55万Gですよ! 心が揺るがない人間の方が異常ですよぉ~」
この娘もしつこいわね。
「じゃぁサビーネちゃんにはあげな~い! 3人で飲んでね」
「あ~ん、私も飲むぅ!」
「今度感想聞かしてね」
エウカの訴えを無視して陛下は私達3人にだけ話しかける。
「じゃぁ僕は失礼するよ。これからラインハットの王子に会って、『ハゲからの融資は問題無い』って知らせるんだ。あとアイツの親父を殴る」
そう言って颯爽と出て行ってしまった。
「何で殴るのかしら?」
「解らないわ……ロマン・コンティを差し入れしてくれる人物のお考えは」
ワインをエウカから守っているピエッサさんと、陛下に惚れ込んでいるアイリーンさんの会話が聞こえる。
「ねぇねぇ~そんな事よりさぁ」
陛下が出て行かれた事を確認したエウカが、ワインを桐の箱にしまっているピエッサさんに近付き、猫なで声で話しかける。
「ダメよ!」
「まだ何も言ってなぁい!」
「陛下には『飲んだ』と嘘吐いて、ワインを売ろうと考えてるんでしょ!?」
「まぁ! ピエッサパイセンは心が読めるのかしら?」
誰でも解るわよ。
「ピエ、ワインを貸して」
「?」
アイリーンさんにワインを要求されて、頭上に“?”を浮かべながらワインを渡す。
「これ……アンタが持ってなさい」
受け取ったワインは直ぐにエウカへと渡された。
何で!?
「えぇ~……良いのぉ~……♥」
良くないと思います。
この娘きっと売りに行くわよ。
「そのワインは今日の作業が終わったら、みんなで飲むのよ。アンタも仲間に入れてあげるけど、私達の作業中にワインが紛失していたら全部アンタの所為だから。包み隠さず全てを陛下にご報告します。その後の処理は陛下と……多分宰相閣下が下してくれるでしょう。陛下は女に甘いですけど、宰相閣下は甘くない上に性格が悪いです。もう一度言います……紛失したら陛下に言いますから!」
「ちょ、こわ! え、なに!? 怖いんですけど!」
「さぁ私達は一旦ワインの事を忘れて、卒業式制作に取りかかりましょう」
凄い威圧感でワインを渡され釘を刺されたエウカ……ワイン入りの桐の箱を抱えて呆然としている。
「ちょっと考えてよ……55万Gを4人で山分けよ。1人13万G以上よ! 心が揺れないの!?」
「その10億倍の金額で、やっと少しだけ心が揺らぐわね。そんな端金で陛下に嘘を吐くなんて冗談じゃないわ!」
「んもぉ~ぅ! 売るなんて冗談に決まってるじゃ~ん♥ ピクちゃんは解ってくれてるでしょ?」
「ゴメン、正直解んないわ。エウカだったらやりかねないし……」
アイリーンさんに真剣に脅されてブリッ子で誤魔化してる。私を巻き込まないで。
「ピクちゃん酷~い!」
エウカの訴えを無視して私は作業準備に取りかかる。
何時までも相手をしている訳にもいかない。
「ねぇねぇ……」
「だからダメって言ってるでしょ!」
無視されても挫けないエウカが、また何かを言いかけてピエッサさんに止められる。
「まだ何も言ってなぁ~い!」
「売りたいって、まだ言うんでしょ!?」
言うでしょうね。
「違うわよ~。流石にもう売ろうとは思わない……売れたら売りたいけどね。でもそうじゃなくって、どうせなら取り分を減らしたくない! 他の面子が来る前に、もう飲んじゃわない?」
この娘は……
「ダメよ! 陛下は作業が終わってからって言ったでしょ!」
当然だが常識の塊なピエッサさんから猛反対を受ける。
私もお酒は強い方では無いので、今飲んでしまってはこの後の作業に支障が出るかも知れないし。
「じゃぁ作業を終わらせちゃえばいいじゃない! 何時間やらなきゃダメとか、どこまでやらなきゃダメとか、そんなの決まって無いんだし、今日は作業終わりって事にしちゃおうよぉ! こんな高価な物の管理責任を何時までも負ってたくないのよぉ!」
「……その意見には私も賛成よ」
「ア、アイリ!?」
陛下に対しては真面目なアイリーンさんだが、陛下の言い付けに背いてない場合はサボる事も厭わないらしい。
「ピクトルさんは如何したい? 直ぐ傍に高級なワインが在って気が気じゃ無い状態で作業をするのと、今日は終わりって事にして直ぐに飲んでしまうのと……?」
「わ、私ですか!?」
私に同意を求められても……
「現在、作業継続派が1人。作業終了派が2人なの。4人で決めるべき事なのだから、貴女の意見も必要よ。貴女が作業継続派ならば2対2だけど作業は必要だし、諦めて1~2時間くらいは待つつもりよ。でも3対1になるんだったら、今日は引き上げましょう」
「ねぇねぇピクちゃん……飲も~! 一日くらい良いじゃんサボったって」
作業終了派が私に圧を掛けてくる。
正直言えば私も直ぐに飲みたいわ。
せめて作業継続派の意見を聞きたく、チラリとピエッサさんを見る。
「……………」
が、本心では彼女も飲みたいらしく、進んで反対意見を言ってくれない。
もう決まった様なものじゃない!
「わ、私も……飲みたい……かなぁ」
遠慮がちに作業終了派に参加する。
「じゃぁ今日は帰りましょう!」
誰よりも早く明るい声で終了を告げるのはピエッサさん。
ズルいわぁ……これじゃぁまるで私が決めたみたいじゃない!
「そうとなれば、ここで飲むのもアレだし、学校から一番近い私のアパートに行きましょうよ。帰り際にスモークチーズでも買ってさ!」
私は行った事はないのだが、如何やらアイリーンさんのアパートは、学校から一番近いらしい。
エウカからワインを取り上げ、嬉しそうに帰り支度を始める。
「良いわねスモークチーズ。ワインもこれだけじゃ足りないでしょうから、飲み比べも兼ねて数本買っていきましょ!」
まるで常識的なキャラ付けとして反対してたみたいに、今ではワインを飲みたがっているピエッサさん。
追加ワインも提案する。
「アンタどんだけ飲むつもりよ……一人でガバガバ飲まないでよね。常識外れで酒が強いんだから」
「わぁピエッサパイセンってばお酒に強いんですか? キャバ嬢になっては如何ですぅ?」
作業の準備もしてなかったエウカが、楽しそうに話しかける。
「私の様な地味な女がキャバ嬢になれる訳ないでしょ!」
それは私も同じだなと思いながら、作業するつもりで用意した道具等を片付ける。
「私の同僚にもパイセンレベルの女は沢山居ますよぉ……でも化粧次第で幾らでも盛れるんです」
この娘は化粧を落としてても可愛いが、地顔が地味な娘もキャバ嬢には居るのか。
「いいわ……そんな偽物の美人に鼻の下を伸ばす男の相手はしたくないわ」
「ただの金蔓じゃないですかぁ。パイセンって潔癖症?」
ピエッサさんは真面目なだけだと思うわ。
「私には彼氏が居るのを知ってるでしょ!」
「知ってますけどぉ……私の金蔓でしたからぁ。でも関係なくないですか?」
“金蔓”って言葉止めなさいよ!
「懲りないわね貴女……貴女の所為で私達は修羅場を迎えたのよ!」
「何それ、詳しく聞きたいです!」
思わず声が出てしまった。
「私もそれは初耳ね……丁度良いわ、酒のツマミにその話を聞かせなさいよ!」
アイリーンさんも知らなかったらしく、今日は高価なワインと下世話な話で盛り上がるらしいわ……
あぁ……楽しくなってきたわ!
ピクトルSIDE END
後書き
次回の投稿は
2024年1月1日です。
舞台はラインハット……
新年を祝うのに相応しいエピソードになれば幸いです。
物語の中でもちょっとしたパーティーが催されます。
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