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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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AXZ編
  第164話:いざ、内なる世界へ

 奏とマリアの2人が、エルフナイン主導の元脳領域に存在する”愛”の概念の痕跡を辿ると言う危険を伴う作業に従事している頃、颯人はウィズと共にある事で頭を悩ませていた。

「これで5人目……か」

 沈痛な面持ちで颯人が見ているのは、苦悶に顔を歪めながら昏睡している1人の女性だった。大きな外傷はないのに、意識を失い目覚める様子がない。これがここ最近急激に発生し、これで5人目と言う状況だった。

 外傷どころか薬物反応も見られず、実に不可解としか言いようのない容態の者達。その原因が何処にあるのか、ウィズは直ぐに気付いた。
 依然取り逃がしたレギオンファントム。奴が何も知らない彼ら彼女らを襲い、内側から心を破壊したのだ。

「何だってあのレギオンって奴は、こんな事を……」
「それしか楽しみを知らないのさ」

 何気なく呟かれた颯人の言葉に、他の被害者の容体を診ていたウィズが答えた。彼は被害者に手を翳し、力無く首を横に振り顔を上げる。

「治せないのか?」
「流石にこうなっては私の力でもどうこうする事は出来ない。ホープの指輪があれば話は別だろうが……」

 生憎とホープの指輪は颯人の独断で破損し、もうこの世には存在しない。新しい賢者の石があればまた作れるだろうが、散々サバトを邪魔してきた関係か使えるような賢者の石は存在しなかった。と言うより存在してはいけない代物なので、必然的にホープの指輪も望んではいけないのだが。

 これ以上この話をすると嫌な気分になるので、颯人は話を戻した。

「楽しみって、人の心を壊す事がか?」
「正確には、奴の琴線に触れるような気高く美しい心を、だな。他者を思いやる優しさや、誰かに向ける底なしの愛。無償の慈悲の心など、清廉潔白…………」

 そこでウィズは一度颯人に目を向けた。突然言葉を区切り黙って自分を見る彼に、颯人が訝しげな顔をして首を傾げると彼は咳払いを一つして言葉を続けた。

「まぁ、あれだ。アイツが気に入った奴の心を壊す事に至上の幸福を見出す奴なのさ」
「何で言い直した?」
「まぁ愛だけは本物だからな」
「答えになってねぇ」

 何か釈然としないものを感じつつ、颯人は改めて被害者の苦しむ顔を見て溜め息を吐いた。

「とにかく、だ。これ以上あの野郎に好き放題させる訳にはいかねえ」
「分かっている。だから今あちこちに使い魔を走らせているだろう」
「つっても俺とウィズ合わせて5体だけじゃねえか。そんなんで足りるのか?」
「魔法使いの頭数自体が少ないんだ。一応風鳴 弦十郎にも人手を使って探させている。見つかるまでの辛抱だ」
「あ、そ」

 足取りが分からない以上、彼らに出来る事は待つ事のみ。相手が個人で奔放に動いている以上、迂闊に動き回ればすれ違いになる危険もある。

 釣りとは訳が違うが、今颯人に出来る事は歯痒さに耐えて待つ事のみであった。




 一方、残り2人の魔法使いが何をしているかと言うと…………

「――――ガルド君、こっち終わったよ」
「よし、それじゃ鍋に入れて火にかけておいてくれ」
「うん!」
「?」
「ん? あぁ、よしよし。それじゃ透は――」

 ガルドはセレナと共に本部の食堂で食事の仕込みを行い、透はそれを手伝っていた。

 ここ最近、透は暇な時はこうして厨房でガルドの手伝いに明け暮れている。ここならばクリスと必要以上に顔を合わせずに済むからだ。

 依然として冷え切った透とクリスの関係。未だ修復の兆しすら見せない2人の様子に、ガルドは小鍋の中のソースをかき混ぜながら思わずため息をついた。

「はぁ……」
「ガルド君?」
「ん? あぁ、トオルとクリスの事で、な」

 調理中に溜め息などらしくない様子の彼をセレナが心配すれば、彼は野菜を切っている透を一瞥しながら言葉少なに答えた。それだけでセレナも彼の懸念を察する事ができた。

 今のS.O.N.G.で、あの2人の事を心配していない者など居ない。普段はぴったりと寄り添い合っていた2人が顔も合わせないのだ。見ている方も正直辛かった。絶えず仲睦まじくしている2人の様子に癒されていた職員も居たのだ。

 しかしガルドにはどうする事も出来ない。所詮彼は外野であり、また透にせよクリスにせよ、彼が知るのは上辺の部分でしかないのだから。

――もっと2人の内面に踏み込めるような立場の奴なら、或いは……――

 考えても仕方のない事を考えつつ、コンロの火を消して小鍋に蓋をする。そしてお玉をシンクに持っていき洗おうとしたその時、食堂の方から朔也が声を掛けてきた。

「なぁ、ガルド。今透君居るか?」
「トオル? ならそこに……」

 2人の会話が聞こえたのか、透が厨房の奥から顔を覗かせた。彼の顔を見るなり朔也は手にした手紙を彼に見せた。

「これ、君宛にだ」

 朔也が見せてきた手紙を、透は首を傾げながら手を拭き受け取った。果て一体誰が手紙など出したのか? 父である航が態々手紙など出す訳が無いし、手紙のやり取りをするような知人など心当たりがなかった。

 だが手紙を受け取りその差出人を見て、彼は合点が入った。そう言えば1人……いや2人ばかり居た。手紙のやり取り位はするだろう間柄の姉弟が。

 その手紙の差出人は、ソーニャとステファンの姉妹だったのだ。

 透は厨房から出て手紙を開け中を見ると、そこには簡単な挨拶と近況が書かれていた。向こうは未だ復興などで大変らしいが、上手くやれているようだ。
 知り合いの無事と元気を知らせる頼りに透が久し振りに安堵で顔を綻ばせていると、最後の方にこんな事が書かれていた。

 曰く、『近い内に日本に行き透とクリスに会いに行く』と言うもの。その一文を目にした時、透は鉛でも飲み込んだような気分になった。
 あの2人は透とクリス、2人との再会を望んでいる。だが現状、透はクリスと顔を合わせる勇気がなかった。仮にクリスにこの事を伝えても、彼女の方が透と共に行動する事を拒否するか共に向かっても空気が悪くなる可能性があった。

 どうするべきか……悩む透に、何時の間に居たのか背後からセレナが話し掛けた。

「透君……」
「!」
「ゴメンね、後ろから手紙の内容少し見ちゃった。悩んでるんでしょ? クリスちゃんの事で」

 セレナの指摘に、透は俯きながら頷いた。それを見て、セレナは小さく溜め息を吐くと彼の頭を撫でながら口を開いた。

「悩みは、1人で抱えても何も解決しないよ。その2人……少なくともソーニャさんは、透君達の事を良く知ってるんでしょ? なら、思い切って相談するのも一つの道だと思うな」

 セレナの言う通り、今この世界で透とクリスの事を航以外で良く知る人物は、過去に2人と共に過ごしたソーニャ以外に居ないだろう。彼女ならば、或いは別の角度から透とクリスの抱えている問題にくさびを打ち込んでくれるかもしれない。
 透もセレナの言わんとしている事に気付いたのか、暫し逡巡する仕草を見せるも頷いて見せた。そして、手紙に返事を書くべくその場を後にする。

 そんな2人の様子を少し離れた所からガルドと朔也の2人が見ていた。

「やるねぇ……あの透を動かしたよ」
「セレナの優しさが、トオルに届いたんだろう」
「いい相手見つけたじゃん?」
「人の事言う前にお前も相手の1人は見つけてみせろ」
「うるせ」

 軽口を叩き合いながら、ガルドはふと今セレナの姉であるマリアに想いを馳せる。

 改良型LiNKERの完成の為、危険に身を投じている彼女。自分にとっても将来の義姉となる女性が、今どうしているのか…………




***




 エルフナインの研究室には、現在奏とマリア、そしてエルフナインの3人がコードに繋がれたヘッドギアを付けて専用のシートに腰掛けていた。
 ヘッドギアから伸びたコードはシートに繋がり、それを操作する為のコンソールをあおいが操作している。

「始めましょうか」
「うし」
「えぇ。あなたが私達のここに入ってくる訳ね?」

 マリアが装着したヘッドギアに軽く触れながら確認の為に問う。他人の意識が自分の中に入って来ると思うと、やはり複雑な気分を感じないではない。

「正しくは仮想空間に複写した、マリアさんと奏さんの脳構造に接続。僕とお2人の意識を共有します」
「……それって、アタシとマリアの意識がごちゃ混ぜになったりしないのか?」
「それは大丈夫です。言うなれば、その仮想空間は幾つもの部屋が隣り合った状態。アイデンティティと言う壁で隔てられているので、お2人の意識や記憶が混ざり合うと言う様な事にはなりません」

 それを聞いて安心した。3人はシートに深く腰掛け、体から力を抜きリラックスした姿勢になる。

 準備が出来た事を確認し、あおいが装置を起動させた。

「いいわね、いくわよ」

 装置が起動し、3つ並んだシートの後ろにある機械が唸りを上げ錬金術の作動を意味する紋章が浮かび上がる。

 3人の意識が接続されると、エルフナインの意識が見ず知らずの景色の場所へと飛ばされた。

――ここは……?――

 周囲を山と木に囲まれた一面の花畑。耳を澄ませば、誰かの歌声が響き渡っている。その歌が聞こえる方に目を向ければ、そこに居るのは2人の幼い少女の姿。
 その少女の姿にエルフナインはマリアの面影を見た。

「これが、マリアさんの脳内? 記憶が描く心象風景」

 これが実際に存在する場所なのかは分からない。マリアの記憶から作り出された、理想の場所と言う可能性も否定できなかった。

 そこに1人の女性が姿を現した。厳しい表情をした、顔に皺の目立つ女性。エルフナインは直接目にした事は無いが、その女性はナスターシャ教授だった。

 ナスターシャ教授が幼少期のマリアに手を伸ばす。その時には既に周囲は穏やかな花畑から一変、無機質な壁と床に囲まれた部屋と化していた。
 その部屋には幼いマリアとセレナの他にも数人の子供達が居て、誰もが不安そうにナスターシャ教授に手を掴まれたマリアを見ている。

 エルフナインを含め子供達が見ている前で、ナスターシャ教授はマリアの腕に持っていた鞭を叩きつけた。

「ヒッ!?」
「痛ッ!?」

 マリアが腕を鞭で打たれたと同時に、エルフナインの腕にも鋭い痛みが走る。何かと思いエルフナインが白衣の腕をまくって見れば、そこにはマリアの腕につけられたのと同じ傷がついていた。

「どうして……!」

「今日からあなた達には、戦闘訓練を行ってもらいます! フィーネの器となれなかったレセプターチルドレンは、涙より血を流す事で、組織に貢献するのです!」

 ナスターシャ教授の言葉に、その気迫に、マリアの後ろにいたセレナが不安に顔を姉の背に埋めた。

 エルフナインはそれを見て、マリアの腕と自分の腕を交互に見て、この場で起きている事を理解した。

――意識を共有しているからには、記憶と体験は僕にも及ぶ――

 つまり、ここでマリアが受けた傷もエルフナインに反映されると言う事。F.I.S.時代のマリアは過酷な経験を重ねてきたと言う。それを考えればこれからはエルフナインもそれと同じ過酷な想いをしなければならないと言う事になる。

 思わず冷や汗が流れる。意識だけなのに冷や汗が流れると言う考えもおかしいかもしれないが。

 その後、エルフナインはマリアが経験した出来事をダイジェストの様に見ながら体験していた。

 試作品のLiNKERを飲まされ、機械に繋がれ、戦う為の力を身につけさせられる。子供が経験して良いものではない過酷な体験を通じながら、エルフナインはギアと繋がる脳の領域を必死に探していた。

 そんな中、彼女はある事に気付く。ここまで自分はマリアの記憶が作り出した心象しか見ていない。しかし奏も同じ機械に繋がり、意識を共有している筈。
 奏は一体どこに…………?

 そう考えていると、唐突に周囲の景色が変わった。破壊され荒廃した街中。人の気配が存在しないそこに居たのは、嘗て猛威を振るっていたノイズ達。

「これは、ノイズの記憶ッ!?」

 迫る無数のノイズ達を前に、エルフナインは慌てて逃げ出した。もしここで彼女が死んだりしようものなら、現実世界の彼女も二度と目覚める事は無い。意識だけが死んでいる、脳死に近い状態になる。そんなのは御免だった。

 だが悲しいかな、意識状態でもエルフナインは荒事に向いていない。破壊され荒れ果てた街中を走るには、体力も身体能力もあまりにも足りなかった。

「あっ!?」

 足を瓦礫に取られて転ぶエルフナインに、ノイズ達が獲物に群がるありの様に殺到した。

 すぐそこまで迫って来たノイズの集団に、どうすればいいかと半ば絶望しながら必死に頭を働かせる。

 その時周囲に清らかな歌声が響き渡った。

《color:#d4d4d4》「Seilien coffin airget-lamh tron」《/color》

 歌声が響き渡った直後、上空から無数の光の刃が降り注ぎノイズ達を切り裂き打ち倒した。衝撃から顔を守っていたエルフナインが手を下ろすと、そこにはアガートラームのシンフォギアを纏ったマリアの姿があった。

「マリアさんッ!」
「……幾ら相手がエルフナインでも、想い出を見られるのはちょっと照れ臭いわね」
「あの、何時の記憶の、どのマリアさんですか?」

 そうは訊ねるが、今の状態のマリアは期間的にかなり限られる。少なくともここ最近のマリアである事は間違いない。

 だがその前提がそもそも間違っていた。今ここに居るのは記憶の中のマリアではない、正真正銘、今を生きるマリアそのものであった。

「一緒に戦うって約束したばかりでしょ? この場に意識を共有するのは、居るのはあなただけじゃない。私の中で私が暴れて、何が悪いッ!」

 マリアは駆け出すと、周囲の蔓延るノイズを次々と切り裂いていった。素早い動きで、意識の存在とは言えノイズを切り裂くマリアの姿に、エルフナインもそれが記憶ではなくマリア自身の意識であると漸く理解した。

「突破する!」
「はい!」

 マリアが血路を切り開き、エルフナインが手を引かれてノイズの包囲網から突破する。

 一見起死回生を測れているように見えて、しかしその実現実世界ではそう簡単に事が運んでいる訳では無かった。

「これは……!?」

 あおいが見ている前で、マリアのコンディションが次々と危険を訴えていた。やはり意識の中でとは言え、派手に暴れるのは賢い選択ではなかったのだ。自分で自分の内側を傷付ける行為は、どんな理由であれ褒められたものではない。

 それに気付かず意識下の荒廃した街中を駆け抜けていたマリアとエルフナイン。道すがらマリアはエルフナインに奏の事を訊ねた。

「そう言えば、奏の方はもう見たの?」
「いえ、奏さんの意識にはまだ……」
「全く、一体どこで何やってるのよ……!」

 思わず愚痴ったその時、物陰から何かが飛び出した。新手のノイズかとマリアが身構え迎え撃ったそれは、ノイズではなくギアを纏った奏であった。

「奏ッ!?」
「おらぁっ!」
「ちょっ!?」

 有無を言わさずアームドギアを振り下ろした奏。寸でのところで回避したマリアだが、奏の一撃は地面を砕き大穴を空けた。マリアとエルフナイン、そして大穴を空けた張本人である奏もその穴の中へと消えていく。

「なぁぁぁぁぁぁっ!?」
「わぁぁぁぁぁぁっ!?」

 3人が落ちていった先にあるのは、昼か夜かも分からない暗い場所。誰のどの記憶から作られたのかも定かではないこの場所に、元の姿に戻った奏とマリア、そしてエルフナインの3人はいた。

「い、つつ……どういうつもりよ奏」
「悪い悪い。ただ、あれだ。つい最近他人の中に入った経験から言わせてもらうと、あんまり派手に暴れるのは良くないと思ってな。ちょっと無理矢理だったけど、場所を変えさせてもらった」

 颯人のアンダーワールドで暴れたと言うレギオンファントム。その時の事をガルドから聞いていた奏は、内面世界での迂闊な戦闘は危険であると言う事を理解していた。故に、多少強引だったが戦闘行為を止めさせる為に起こした行動だったのだ。

 それにはエルフナインも理解を示してくれた。

「なるほど……ところでここは?」

 見渡す限り薄暗く、あまり光も見えない。だが手を伸ばせば触れる感触から、それが石造りの何かの中だと言う事が分かった。

 奏は近くの壁に触れながら、それが何なのかを察し口を開いた。

「ここは……そうか。ここはアタシの記憶の中だ。強引に場所を変えた時に、2人をアタシの記憶の中に引っ張り込んだらしい」

 そこまで話して奏は前方に顔を向けた。釣られてマリアとエルフナインがそちらを見ると、前方から2人の少年少女が走って来る。その後ろからはノイズの集団。
 ノイズに追われている2人の姿に、マリアはそれが誰なのかに気付いた。

「あれは、まさか……!」
「あぁ、そうさ……」

「あれはアタシにとって、ある意味で始まりの光景さ」

「颯人ッ!? ああぁぁぁぁぁっ!?」

 奏が見ている前で、子供の頃の颯人がノイズによって殴り飛ばされそれを見た奏が叫び声を上げていた。 
 

 
後書き
と言う訳で第164話でした。

原作では義足の治療の為に来日したステファンとソーニャですが、本作では純粋に透とクリスに会う為に来日しました。本当はクリスとも会いたかったでしょうが。現在透とクリスが絶賛絶縁状態なので会えるのは透だけです。ですがこれがきっと2人の関係修復に役立ってくれる筈です。
因みにクリスはクリスで、後程ある人物と会っていただきます。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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